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俺たちの学園生活と初レース
第4話 初めての騎乗試験(後編)
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強風の中、ガオとラドンはなんとか息を合わせようとしていた。
少しでもタイミングがズレたら先輩は地面に落下する。
ラドンはもう、もたないだろう。
「ガオ! あと、一・三二メートル北北西だ!」
たぶん、強風で俺の声はガオに届いていないだろう。それでも、ガオは相棒の俺の指示を受け止めてくれた。
ドラゴンマスターがドラゴンに指示するときに言葉など必要ない。
「龍矢、今だ!」
俺が言った。
が、龍矢は別の指示をラドンに与えた。
「いや、まだだ!」
龍矢が叫んだ瞬間、上空にさらなる烈風が吹き荒れ、ガオとラドンの体が大きく揺れた。
危なかった。
ラドンが口を開いていたら、先輩はガオに乗らず宙に投げ出されていた。
龍矢は二匹の位置だけでなく、風まで読み切っていたのだ。
「竜太、あと三秒後だ。もう一度ガオをラドンの直下に付けろ。その瞬間、風はやむ」
龍矢は自信満々に断言した。
「分った」
俺はうなずく。龍矢はイヤミで、ムカつくヤツだ。
でも、能力は俺よりある。
俺には読めない風の流れも読めている。
なら、今は信頼するだけだ。
「ガオ! あと一・一七メートル前方へ!」
俺の叫び声に、ガオは正確に応えてくれた。
それを確認し、龍矢が叫ぶ。
「今だ、ラドン! 口を開け!」
そのとき、風はゼロだった。
全てがスローモーションに感じた。
ラドンが龍矢に従って口を開ける。
先輩の体が、宙に舞う。ガオの背へと、先輩が落ちる。
先輩はガオの首をしっかりと抱える。
よし、上手くいった!
「ガオ! そのまま先輩を乗せて地上へ戻れ!」
だが、その時。
再び強風が吹き荒れガオと先輩を襲う。
ガオは翼を広げ風と重力に逆らおうとするが、急速に落下を開始してしまう。
ダメだ! あのスピードじゃ、ガオはともかく先輩は地面に投げ出さる。
「ガオ! ふんばれ!!」
くそ、あとちょっとなのに!
そのとき、ガオの下に、どこから現れたのか一匹の青いドラゴンが滑り込んだ。
それは乱獅子先生の相棒ドラゴン、ブルフだった。
先生がホッとした声「きたか」と言った
ブルフの巨体は、先輩のみならず、ガオをも受け止める。
「大空竜太、ブルフに身を任せるようガオに命じろ」
俺はうなずいてガオに命令した。
言葉にする必要はなかった。
今、俺とガオも心が通じ合っているのを感じていたからだ。
ガオはブルフに身を任せ、翼を閉じた。
ゆっくりとブルフがグラウンドに着地した。
先輩は青ざめた表情で、ガオとブルフから降りた。
そのあと、ガオとそれに、ホンとラドンもグラウンドに降り立った。
鹿山先生が先輩に声をかけた。
「大丈夫か!?」
「すみません」
先輩の声はガクガクとふるえていた。
龍矢が「ふぅ」と一息。
「無事に済んだか」
「龍矢、サンキュ!」
「ふんっ、俺とラドンで十分だった……とはさすがに言えんか」
「そうだな。俺とガオだけでも無理だった」
龍矢とラドンもいたから、先輩を助けられた。
もっとも、最後は乱獅子先生とブルフに救われたけど。
乱獅子先生が俺と龍矢に言った。
「大空竜太、高力龍矢。今回のお前たちのドラゴンへの指示はなかなかだった。このまま励むがいい」
……あれ? ひょっとして俺たち先生にほめられた?
照れ笑う俺。一方龍矢はそっぽを向く。
「ふんっ、今回はやむをえなかっただけだ。竜太と仲良くなったつもりなどない」
佐野原先輩の騎乗訓練。
最初の結果は当然失敗となった。
ラドンに噛まれた傷はそこそこ深く、一時間ほど保健室で治療が必要だった。
先輩に与えられたチャンスは今日の日暮れまで。
治療を終えて再びホンに乗ろうとする先輩に、俺は声援を送った。
「先輩、がんばってください!」
先輩は答えなかった。
それに少し青ざめてふるえているように感じた。
「先輩、大丈夫だよな……」
俺は誰にともなくつぶやく。龍矢は冷たく「さあな」と吐き捨てた。
ちょっぴりカチンときて、俺は龍矢をにらみつける。
「お前、少しは応援したらどうなんだよ?」
「別に応援していないわけではない。だが、おそらくは……」
「無理だって言うのか。さっきだっていきなり風が吹かなければ問題なかったんだ」
「天候の変化を読むのもドラゴンマスターの資質だ。それに、おそらくそれ以前の問題だ」
「どういう意味だ?」
「ふんっ、すぐに分る」
龍矢の言葉は正しかった。
先輩はホンの横に立つと、その場で青ざめたまま固まった。乱獅子先生が先輩に言う。
「どうした、佐野原? 時間には限りがあるぞ」
だが、先輩は動けない。
龍矢が「やはりな」とつぶやいた。
「だから、どういう……?」
「入試のときの加藤翔汰を覚えていないのか?」
俺は「あっ」と声を上げた。
先輩が青ざめているのは、緊張だけが理由じゃない。
乱獅子先生がとつぶやくように言った。
「やはり無理か」
俺も気がついた。
「先輩、高所恐怖症になったのか」
さっきの落下は先輩に十分すぎる恐怖を刻み込んだ。
龍矢が俺の言葉に続く。
「ま、加藤のように何年も治らないトラウマになったか、それとも今だけかは知らんがな」
その通りだ。案外一日ゆっくり休めば回復するかもしれない。
だが、そんな余裕はない。
今日中に飛べなければ退学なのだ。
乱獅子先生が冷たく言った。
「時間の無駄だな。もう佐野原は飛べん。とっとと退学にしてやったほうがいい」
吐き捨てるような乱獅子先生に反論したのは鹿山先生だった。
「それを決めるのはあなたではありません。飛ぶか飛ばないかを決めるのは佐野原です」
「この状態で無理に飛んだら、再び事故が起きかねん。今度は助からんかもしれんぞ」
「だとしても、私は生徒を信じます。そして、今の佐野原の担任は私です」
鹿山先生ははっきりとそう断言した。
乱獅子先生は少し苦々しい顔をしつつも、「好きにしろ」と言い捨てた。
その様子を見て、龍矢が言う。
「俺は乱獅子先生に賛成だ。再び事故が起きてからでは遅い」
そうかもしれない。
乱獅子先生と龍矢の方が、鹿山先生より正しいのかもしれない。
だけどさ!
「黙れよ、龍矢。それを決めるのは、先輩自身だ。乱獅子先生でも、ましてお前でもない」
「ご立派な正論だな。だが万が一また落下事故が起きたらどうする?」
「そのときは、また俺とガオが助けるさ」
俺の言葉にミカも同意する。
「そうよ、今度は私とリンリンも手伝うわ」
そんな俺たちに、龍矢はヤレヤレと両手を振った。
「ふんっ、俺はつきあいきれんな」
「ああ、そうかよ」
でも、俺は先輩を応援したいんだ。
だけど、結局太陽が夕日となり、やがて地平線の彼方へと沈む時間になっても、佐野原先輩はホンの背に乗ることすらできなかった。
先輩は鹿山先生に一礼した。
「ご期待に添えなくて申し訳ありませんでした」
「残念だが、こうなった以上理解しているな?」
「はい。退学処分が出る前に、自主退学させていただきます」
俺は鹿山先生に言う。
「先生、一日だけでも待てないんですか?」
先輩が翔汰のように、何年たっても治らないトラウマを持ってしまったとは限らない。
明日になればもう一度飛べるかもしれない。
だが俺の抗議を止めたのは、他ならぬ佐野原先輩自身だった。
「ありがとう、大空くん。だが、それは無理だ」
「どうしてですか!? 今晩ゆっくり寝ればきっと……」
「そういう問題じゃない。キミだってこの学園の厳しさは、もう分っているだろう。その理由は、その先にあるドラゴンライダーという職業がもっと何十倍も厳しい世界だからだ」
俺はもう、言葉も無かった。代わりに龍矢が言う。
「その通りでしょうね。ここで一日待ってもらうような甘さでは、どのみちドラゴンライダーとしては成功できない」
俺は龍矢を睨んだ。
反論したかった。
龍矢をぶん殴りたいとも思った。
だが、俺はぐっとこらえた。
龍矢の言葉は正しい。
俺だって、もうそのくらい分っている。
一年生に課せられた理不尽なカリキュラムは、もっと理不尽な現実の厳しさに耐えるための訓練。
甘ったれた小学生気分をたたき直すためのものだ。
だから、先生が温情を示すわけにはいかない。
甘ったれた判断をしてくれるわけがない。
先輩は最後に俺に言った。
「大空くん、君なら、きっと立派なドラゴンライダーになれる。高力昇龍すら超える最高の世界チャンピオンに」
気がつくと、俺の目から涙がポロポロ流れていた。先輩も、うつむいて泣いていた。
「俺、がんばります。絶対にドラゴンライダーになって、世界チャンピオンになります」
それがどれだけ難しいか、俺はもう分っている。
入学前の甘ったれた夢じゃない。そんなのは三ヶ月の学園生活でとっくに砕けている。
それでも、俺は世界チャンピオンになる。もう口先だけの夢じゃない。
「うん、その意気だ。高力くんも、風粉くんも負けるなよ」
こうして、ドラゴンライダー学園から一人の生徒が去った。
その後ろ姿を見送った後、俺の幼い時代の夢ははっきりとした目標へと変わっていた。
俺たちはさらなる訓練に励むのだった。
俺たちが入学してから九ヶ月が経過した。
俺たち三人は初めてドラゴンの騎乗訓練を受けることになった。
佐野原先輩が一年と三ヶ月かかった騎乗訓練まで、俺とガオは九ヶ月でたどり着いた。
ガオは全長三・四一メートルの立派なドラゴンに成長した。
もう、ガオは俺の頭には乗れないし、俺たちの寮には入れない。
地上には龍矢、ミカとその相棒ドラゴンたちの姿もある。
龍矢は先ほど初の騎乗訓練を成功させた。
ミカも俺のあと挑戦する予定だ。
「飛ぶぞ、ガオ。空高く、どこまでも」
ガオの背の上でそう言うと、ガオは『当然』とばかりに「がぉーん」と鳴いた。
ガオの翼が力強く開き、俺たちは一気に空へと舞い上がる。
十メートル。二十メートル、五十メートル!
眼下に広がる龍神市。
最高の気分だった。
「さあ、進むぞ、ガオ!」
ガオと共に、俺は空を飛ぶ。
父ちゃん、母ちゃん、俺、今飛んでいるよ!
ガオと一緒に飛んでいるよ!
もちろん、空には危険もたくさんある。
父ちゃんや佐野原先輩がそれを俺に教えてくれた。
それでも、俺とガオは飛ぶ。
俺は空を恐れない。
俺は空をなめない。
ただ、どこまでも飛んでいくんだ。
この日、俺と龍矢とミカの三人は初めての騎乗訓練を成功させた。
少しでもタイミングがズレたら先輩は地面に落下する。
ラドンはもう、もたないだろう。
「ガオ! あと、一・三二メートル北北西だ!」
たぶん、強風で俺の声はガオに届いていないだろう。それでも、ガオは相棒の俺の指示を受け止めてくれた。
ドラゴンマスターがドラゴンに指示するときに言葉など必要ない。
「龍矢、今だ!」
俺が言った。
が、龍矢は別の指示をラドンに与えた。
「いや、まだだ!」
龍矢が叫んだ瞬間、上空にさらなる烈風が吹き荒れ、ガオとラドンの体が大きく揺れた。
危なかった。
ラドンが口を開いていたら、先輩はガオに乗らず宙に投げ出されていた。
龍矢は二匹の位置だけでなく、風まで読み切っていたのだ。
「竜太、あと三秒後だ。もう一度ガオをラドンの直下に付けろ。その瞬間、風はやむ」
龍矢は自信満々に断言した。
「分った」
俺はうなずく。龍矢はイヤミで、ムカつくヤツだ。
でも、能力は俺よりある。
俺には読めない風の流れも読めている。
なら、今は信頼するだけだ。
「ガオ! あと一・一七メートル前方へ!」
俺の叫び声に、ガオは正確に応えてくれた。
それを確認し、龍矢が叫ぶ。
「今だ、ラドン! 口を開け!」
そのとき、風はゼロだった。
全てがスローモーションに感じた。
ラドンが龍矢に従って口を開ける。
先輩の体が、宙に舞う。ガオの背へと、先輩が落ちる。
先輩はガオの首をしっかりと抱える。
よし、上手くいった!
「ガオ! そのまま先輩を乗せて地上へ戻れ!」
だが、その時。
再び強風が吹き荒れガオと先輩を襲う。
ガオは翼を広げ風と重力に逆らおうとするが、急速に落下を開始してしまう。
ダメだ! あのスピードじゃ、ガオはともかく先輩は地面に投げ出さる。
「ガオ! ふんばれ!!」
くそ、あとちょっとなのに!
そのとき、ガオの下に、どこから現れたのか一匹の青いドラゴンが滑り込んだ。
それは乱獅子先生の相棒ドラゴン、ブルフだった。
先生がホッとした声「きたか」と言った
ブルフの巨体は、先輩のみならず、ガオをも受け止める。
「大空竜太、ブルフに身を任せるようガオに命じろ」
俺はうなずいてガオに命令した。
言葉にする必要はなかった。
今、俺とガオも心が通じ合っているのを感じていたからだ。
ガオはブルフに身を任せ、翼を閉じた。
ゆっくりとブルフがグラウンドに着地した。
先輩は青ざめた表情で、ガオとブルフから降りた。
そのあと、ガオとそれに、ホンとラドンもグラウンドに降り立った。
鹿山先生が先輩に声をかけた。
「大丈夫か!?」
「すみません」
先輩の声はガクガクとふるえていた。
龍矢が「ふぅ」と一息。
「無事に済んだか」
「龍矢、サンキュ!」
「ふんっ、俺とラドンで十分だった……とはさすがに言えんか」
「そうだな。俺とガオだけでも無理だった」
龍矢とラドンもいたから、先輩を助けられた。
もっとも、最後は乱獅子先生とブルフに救われたけど。
乱獅子先生が俺と龍矢に言った。
「大空竜太、高力龍矢。今回のお前たちのドラゴンへの指示はなかなかだった。このまま励むがいい」
……あれ? ひょっとして俺たち先生にほめられた?
照れ笑う俺。一方龍矢はそっぽを向く。
「ふんっ、今回はやむをえなかっただけだ。竜太と仲良くなったつもりなどない」
佐野原先輩の騎乗訓練。
最初の結果は当然失敗となった。
ラドンに噛まれた傷はそこそこ深く、一時間ほど保健室で治療が必要だった。
先輩に与えられたチャンスは今日の日暮れまで。
治療を終えて再びホンに乗ろうとする先輩に、俺は声援を送った。
「先輩、がんばってください!」
先輩は答えなかった。
それに少し青ざめてふるえているように感じた。
「先輩、大丈夫だよな……」
俺は誰にともなくつぶやく。龍矢は冷たく「さあな」と吐き捨てた。
ちょっぴりカチンときて、俺は龍矢をにらみつける。
「お前、少しは応援したらどうなんだよ?」
「別に応援していないわけではない。だが、おそらくは……」
「無理だって言うのか。さっきだっていきなり風が吹かなければ問題なかったんだ」
「天候の変化を読むのもドラゴンマスターの資質だ。それに、おそらくそれ以前の問題だ」
「どういう意味だ?」
「ふんっ、すぐに分る」
龍矢の言葉は正しかった。
先輩はホンの横に立つと、その場で青ざめたまま固まった。乱獅子先生が先輩に言う。
「どうした、佐野原? 時間には限りがあるぞ」
だが、先輩は動けない。
龍矢が「やはりな」とつぶやいた。
「だから、どういう……?」
「入試のときの加藤翔汰を覚えていないのか?」
俺は「あっ」と声を上げた。
先輩が青ざめているのは、緊張だけが理由じゃない。
乱獅子先生がとつぶやくように言った。
「やはり無理か」
俺も気がついた。
「先輩、高所恐怖症になったのか」
さっきの落下は先輩に十分すぎる恐怖を刻み込んだ。
龍矢が俺の言葉に続く。
「ま、加藤のように何年も治らないトラウマになったか、それとも今だけかは知らんがな」
その通りだ。案外一日ゆっくり休めば回復するかもしれない。
だが、そんな余裕はない。
今日中に飛べなければ退学なのだ。
乱獅子先生が冷たく言った。
「時間の無駄だな。もう佐野原は飛べん。とっとと退学にしてやったほうがいい」
吐き捨てるような乱獅子先生に反論したのは鹿山先生だった。
「それを決めるのはあなたではありません。飛ぶか飛ばないかを決めるのは佐野原です」
「この状態で無理に飛んだら、再び事故が起きかねん。今度は助からんかもしれんぞ」
「だとしても、私は生徒を信じます。そして、今の佐野原の担任は私です」
鹿山先生ははっきりとそう断言した。
乱獅子先生は少し苦々しい顔をしつつも、「好きにしろ」と言い捨てた。
その様子を見て、龍矢が言う。
「俺は乱獅子先生に賛成だ。再び事故が起きてからでは遅い」
そうかもしれない。
乱獅子先生と龍矢の方が、鹿山先生より正しいのかもしれない。
だけどさ!
「黙れよ、龍矢。それを決めるのは、先輩自身だ。乱獅子先生でも、ましてお前でもない」
「ご立派な正論だな。だが万が一また落下事故が起きたらどうする?」
「そのときは、また俺とガオが助けるさ」
俺の言葉にミカも同意する。
「そうよ、今度は私とリンリンも手伝うわ」
そんな俺たちに、龍矢はヤレヤレと両手を振った。
「ふんっ、俺はつきあいきれんな」
「ああ、そうかよ」
でも、俺は先輩を応援したいんだ。
だけど、結局太陽が夕日となり、やがて地平線の彼方へと沈む時間になっても、佐野原先輩はホンの背に乗ることすらできなかった。
先輩は鹿山先生に一礼した。
「ご期待に添えなくて申し訳ありませんでした」
「残念だが、こうなった以上理解しているな?」
「はい。退学処分が出る前に、自主退学させていただきます」
俺は鹿山先生に言う。
「先生、一日だけでも待てないんですか?」
先輩が翔汰のように、何年たっても治らないトラウマを持ってしまったとは限らない。
明日になればもう一度飛べるかもしれない。
だが俺の抗議を止めたのは、他ならぬ佐野原先輩自身だった。
「ありがとう、大空くん。だが、それは無理だ」
「どうしてですか!? 今晩ゆっくり寝ればきっと……」
「そういう問題じゃない。キミだってこの学園の厳しさは、もう分っているだろう。その理由は、その先にあるドラゴンライダーという職業がもっと何十倍も厳しい世界だからだ」
俺はもう、言葉も無かった。代わりに龍矢が言う。
「その通りでしょうね。ここで一日待ってもらうような甘さでは、どのみちドラゴンライダーとしては成功できない」
俺は龍矢を睨んだ。
反論したかった。
龍矢をぶん殴りたいとも思った。
だが、俺はぐっとこらえた。
龍矢の言葉は正しい。
俺だって、もうそのくらい分っている。
一年生に課せられた理不尽なカリキュラムは、もっと理不尽な現実の厳しさに耐えるための訓練。
甘ったれた小学生気分をたたき直すためのものだ。
だから、先生が温情を示すわけにはいかない。
甘ったれた判断をしてくれるわけがない。
先輩は最後に俺に言った。
「大空くん、君なら、きっと立派なドラゴンライダーになれる。高力昇龍すら超える最高の世界チャンピオンに」
気がつくと、俺の目から涙がポロポロ流れていた。先輩も、うつむいて泣いていた。
「俺、がんばります。絶対にドラゴンライダーになって、世界チャンピオンになります」
それがどれだけ難しいか、俺はもう分っている。
入学前の甘ったれた夢じゃない。そんなのは三ヶ月の学園生活でとっくに砕けている。
それでも、俺は世界チャンピオンになる。もう口先だけの夢じゃない。
「うん、その意気だ。高力くんも、風粉くんも負けるなよ」
こうして、ドラゴンライダー学園から一人の生徒が去った。
その後ろ姿を見送った後、俺の幼い時代の夢ははっきりとした目標へと変わっていた。
俺たちはさらなる訓練に励むのだった。
俺たちが入学してから九ヶ月が経過した。
俺たち三人は初めてドラゴンの騎乗訓練を受けることになった。
佐野原先輩が一年と三ヶ月かかった騎乗訓練まで、俺とガオは九ヶ月でたどり着いた。
ガオは全長三・四一メートルの立派なドラゴンに成長した。
もう、ガオは俺の頭には乗れないし、俺たちの寮には入れない。
地上には龍矢、ミカとその相棒ドラゴンたちの姿もある。
龍矢は先ほど初の騎乗訓練を成功させた。
ミカも俺のあと挑戦する予定だ。
「飛ぶぞ、ガオ。空高く、どこまでも」
ガオの背の上でそう言うと、ガオは『当然』とばかりに「がぉーん」と鳴いた。
ガオの翼が力強く開き、俺たちは一気に空へと舞い上がる。
十メートル。二十メートル、五十メートル!
眼下に広がる龍神市。
最高の気分だった。
「さあ、進むぞ、ガオ!」
ガオと共に、俺は空を飛ぶ。
父ちゃん、母ちゃん、俺、今飛んでいるよ!
ガオと一緒に飛んでいるよ!
もちろん、空には危険もたくさんある。
父ちゃんや佐野原先輩がそれを俺に教えてくれた。
それでも、俺とガオは飛ぶ。
俺は空を恐れない。
俺は空をなめない。
ただ、どこまでも飛んでいくんだ。
この日、俺と龍矢とミカの三人は初めての騎乗訓練を成功させた。
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