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第五部 時は流れゆく 第三章 楽園の崩壊

7.帰ろう

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 診療所の病室。
 右足に包帯を巻かれ、抗生剤を点滴されているリラに僕は尋ねた。

『リラ、向こうの世界に帰れると言われたら、どうする?』

 リラは目を見開く。
 そして。

『帰る方法が見つかったの!?』

 その反応で、僕は理解する。理解できてしまう。
 リラはやっぱり帰りたいんだと。

 僕はゆっくり頷いた。

『さっき、デオスって名乗る神様が現れた』
『デオス……それって……』
『うん、バスティーニやルペースが言っていた、神様を作った神様』
『パドを殺しに来たの?』

 僕は首を振って否定する。

『色々とムカつくことを言っていたけど、そこら辺は飛ばして重要なことだけを伝えるね。疑問とか感想とか、色々あると思うけど、とりあえず聞いてほしい。
 まず、向こうの世界の現状。
 僕たちが王都から飛ばされて、すでに8年が経過している。
 そして、『闇の卵』から生まれた『闇の女王』によって、世界は滅ぼされかけている。人族や獣人の数は1/50まで減り、殺された者達が『闇』となり、さらに生きている者達を襲うという地獄のような状態らしい』

 デオスから聞かされた向こうの世界の現状。
 僕らの知り合いがどうなったかは分からないが、多くの人が死に、『闇』と化した。

『今はエインゼルの森林を中心に、5種族が『闇』と戦っている。でも、龍族はともかく、他の種族は『闇』に抵抗するすべをほとんど持っていない』

 リラの顔が青ざめる。
 そりゃあそうだろう。
 彼女だって『闇』の恐ろしさはよく知っている。

『デオスはその原因が僕にあり、僕が自分だけこの世界に逃れてきたと考えてあの2人に僕を殺させようとした。
 こっちの世界にもルシフみたいなやつがいるらしいからね』

 今のところ、こちらの世界のデネブは僕たちに接触してきていない。
 その理由はデオスにも分からないらしい。
 おそらくは、核兵器のボタンとかを持っている世界のリーダー達への画策で忙しいらしいからなのだろうと言っていた。
 それはそれで気になるが、僕らが気にすべきところはそこじゃない。

『僕はデオスに持ちかけた。
 向こうの世界を救うから僕を元の世界に戻せって。
 デオスは頷いてくれたよ』

 その言葉に、リラはさらに驚く。

『パドは、それでいいの?』
『僕には責任があると思うから』
『でも、ミノルやこっちの世界のお母さんと一緒に暮らした方が幸せじゃないの?』

 それはもう何度も考えた。
 考えて考えて、でもやっぱり向こうの世界を放っておけないと思った。

『僕は――パドは向こうの世界の住人だから。こっちの世界の桜勇太はすでに死んだ人間なんだ。向こうの世界には僕の家族がいるんだ』

 それが僕の結論。

『それを踏まえて、リラにもう一度聞く。リラは向こうの世界に戻りたい? 向こうの世界は地獄のような状態だ。命がけの戦いになると思う。
 この島にいれば、そんな思いをしなくてすむ。僕がいなくなっても、リラをここに住まわせてもらうよう稔に頼んでもいい』

 僕の言葉に、リラの顔が紅潮する。

『ふざけないで。パドがあっちの世界の住人だって言うなら、私だってそうよ』
『でも、リラの家族はもう……』
『私だって、バラヌくんやアル様や、皆のことが気になるわ。当たり前じゃない』
『そうか』

 僕は頷いた。

『わかった。出発は今日の夜中だ。稔にも伝えよう』

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 その後、僕は稔に元の世界に戻る方法が見つかったと伝えた。
 向こうの世界の状況とかは伝えずに、ただそれだけを語った。

「それで、兄さんはどうするの?」

 尋ねる稔に、僕は一言、「ごめん」と言った。
 それで、稔は察してくれた。

「わかった。それで、いつ?」
「今日の夜、0時ちょうど」

 その言葉に、稔の顔が曇る。

「せめて、1週間伸ばせないかな? 医者として、リラちゃんの怪我はまだ退院させられる状況じゃない。そっちの世界にはこっちほどの医療技術はないんだろう?」
「医療技術はないけど、魔法で治せるよ」

 厳密には、デオスがリラの怪我も、僕の両腕も元に戻してくれると約束したのだが。

「……そうか」

 稔は黙想する。

「なら、準備をしよう」
「準備?」
「こっちでは手に入っても、向こうでは手に入らない物もあるだろう?」

 確かにその通りだ。

 その後、僕は稔と一緒に色々な物を用意して、リュックサックに詰め込んだ。
 塩、砂糖、味噌といった調味料や食料、飲料水。大した量は持って行けないけれど、それでも何かの足しにはなるだろう。
 靴もこちらの世界の運動靴の方が性能がいい。
 LEDの懐中電灯をいくつか。
 ボールペンとノートも用意した。向こうの世界の筆記具よりもずっと性能が良いから。

「そっちの世界のウィルスに効くかは分からないし、医者としては無闇に渡したくないけれど、何かの時に助けになるかもしれないから」

 そう言って、傷薬や抗生物質も渡してくれた。
 一通り荷物を詰め終わり、僕らは少し沈黙した。

 その後、僕は呟くように言う。

「ありがとう」
「いや、いいよ」
「……この半年、楽しかった」
「僕もだ。母さんも、父さんが死んでから久々に明るくなってた」
「そっか」

 こんな僕でも、お母さんに笑顔を与えられたのかな。

「お母さんのこと、頼むよ」
「ああ、勇太兄さんが死んでから、ずっと任されてる」
「なんだかおかしな言い方だな」
「そうだね」

 そう言って、2人で笑った。

 ---------------

 その日の晩ご飯は、魚の煮物と肉じゃがだった。
 季節が違うから魚の種類は異なるけれど、半年前、初めて食べたお母さんの料理と同じメニューだ。

 お母さんにはなんて言えばいいのか。
 考えたけど答えが出ない。

 でも、これがお母さんと食べる最後の食事だ。
 そう思うと、僕はもう、涙が出てきそうで。
 リラも少し悲しそうだ。
 稔も押し黙っている。

「どうしたの、3人とも?」

 お母さんだけが、よく分からないという顔をしている。

「美味しくない?」

 お母さんがちょっと心配そうに尋ねる。

 僕は答える。

「いいえ、とっても美味しいです」

 リラも覚え立ての片言の日本語で言う。

「ウン、オイシイ、デス」

 稔が無理のある笑顔で言った。

「そうだよ、母さんの料理はいつも美味しいよ」

 3人の不自然な表情に、お母さんはちょっといぶかしげにしつつも、それ以上は何も言わなかった。

 ---------------

 そして。
 別れの時が来た。
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