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【番外編】日の国・魔法の国

【番外編34】日の国のリラ

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 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇

(一人称/リラ)

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 次元の狭間を抜けてたどり着いたのは、パドの故郷だった。
 といっても、ラクルス村ではない。
 パドが転生する前の世界。
『チキュウ』という世界にある『ニホン』という国だ。

 最初は『チキュウ』と『ニホン』の区別がよく分からなかった。
 なにしろ、元の世界では国は1つしか無い。世界=国だったともいえる。
『チキュウ』にはたくさんの国があって、それぞれ争ったり協力したりしているという。

 この世界には驚くものが多い。
 遠くの場所を映す『テレビ』、『ジャグチ』をひねるだけで水がでてくる『スイドウ』、レバーをあげるだけで汚物を始末してくれる『トイレ』、紐を引っ張るだけで部屋の中を照らす『ケイコウトウ』などなど。

 道路は石畳よりも平らな『アスファルト』だし、病気や怪我を治す技術もものすごい。
『チュウシャ』や『テンテキ』で体の中に直接薬を注入するなど、お師匠様だって教えてくれなかった。たぶん、あの世界にはそんな技術がそもそも無いのだろう。
 私はまだ目撃していないが、時には他人の血液を分け与える『ユケツ』なることもするらしい。ちょっと気持ち悪い。

 料理も美味しい。あっちの世界では貴重な、砂糖や塩もほとんど使い放題みたいにあるし、『ソース』や『ショウユ』、『ミソ』、『ミリン』、『メンツユ』といった見たこともない食材もある。
 そして、驚くべきが『レイゾウコ』だ。常に食材を冷やしておける。こんな便利なモノはないと思う。

 これらは魔法ではなく『カガク』で実現しているという。正直、その差は私にはよく分からない。そもそも魔法についてだってよく知らないし。
 だが、もしも、向こうの世界でこの技術を実現できたら。
 きっと、たくさんの人が助かるだろうなと思う。

 パドの弟――前世の弟のミノルはいい人だ。
 弟といっても、パドよりもずっと年上になっている。
 転生したことだけでなく、次元の狭間で時間が狂ってしまったらしい。

 ミノルはすでに大人で、医者としてこの島の皆に尊敬されている。
 お師匠様と同じように、たくさんの人の病気や怪我を治している。
 素直に尊敬できる人だ。

 ミノルの母親――つまり、パドの前世の母親は本当にやさしい。
 見ず知らずの私を受け入れ、毎日食事を作ってくれる。
 できるだけ私も手伝いたいと思っているが、なかなか難しい。

 この半年は、とても穏やかだった。
 私にとって、これほど穏やかだった時間は無い。
 獣人の里で暮らしていたときも、どこか周囲との差を感じてささくれ立っていたと思う。

 まして、お父さんが殺されてから、パドと出会って王都での戦いまでの日々と比べれば、本当にノンビリした時間だった。
 それはきっと、パドにとっても同じだったと思う。

 いいや違う。
 パドは私以上にこの世界で穏やかだった。

 何しろ、母親や弟と幸せな生活を送っているのだ。
 それは、ずっとパドが求めてきたものではないか。
 もちろん、形は違う。
 向こうの世界に残してきたものもある。

 だが。
 それでも。

「この世界の技術を、あっちの世界に戻っても役立てたい」

 そう言った私に、パドはちょっと寂しそうな顔をした。
 それで、私は気づいてしまった。

 ああ、パドはこの世界で暮らしていきたいんだなと。

 それを止める権利は私にはない。
 パドは今とても幸せなのだ。

 向こうの世界のご両親やバラヌくんのことは気になっているだろうけど、あんな戦いの日々よりもこの世界での穏やかな生活の方が彼にはあっている。
 優しくて傷つきやすくて泣き虫な彼は、この世界で暮らしていくべきだ。

 だけど。

 それなら私はどうしたらいいのか。

 私もこの世界は好きだ。
 ミノルもミノルの母親も好きだ。

 できることならば、私もパドと共にこの世界で暮らしていきたい。

 そう考えたこともある。

 だが、ミノルが医者として私のお腹や背中の鱗を診るたびに、それは無理なのだと思い知らされる。
 彼は私の鱗を皮膚炎の一種だと思っているらしい。獣人も龍族もいないこの世界では、鱗の生えた人間など考えられないのだ。

 やっぱり、この世界は私の生きる場所じゃないと理解してしまう。

 今はまだ、お腹と背中だけだけど、そのうち腕や顔にも鱗ができるかもしれない。
 そうなったら、私はこの世界では暮らしていけないのだろう。
 この世界にとって、私は異物なのだ。

 だから、私は戻らなければならない。
 戻る方法は分からないけれど、異物はいつまでもこの世界にいてはいけない。

 でもそれは。

 きっと、パドとの永遠の別れを意味する。
 パドはきっと、私とあの世界よりも、ミノルとこの世界を選ぶ。
 そんな予感が、私にはあった。
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