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【番外編】それぞれの……
【番外編25】事件の裏事情
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◇◆◇◆◇◆◇◆◇
(三人称/ブッターヤ視点)
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
カツ、カツ、カツ。
石畳の地下牢に靴音が響く。
つい数日前まで領主として君臨していたブッターヤ・ベゼロニアは、今現在地下牢にとらわれの身である。
「レイク・ブルテか」
ブッターヤは足音の方に視線を向けて尋ねた。
「ええ。お久しぶりです」
「久しぶりというほど時間は流れていまい」
「確かに」
レイクは苦笑して応じた。
「こちらは忙しくて目が回りそうでしてね」
「ふん、そのまま倒れてしまえ」
毒づくブッターヤに、レイクは冷笑したままだ。
「それで、何の用だ?」
「明日、アル殿下と私たちはこの地を去ります」
「別れの挨拶か。いらんわ。それとも俺を王都に連行するか?」
もはや取り繕う必要もなく、『俺』という一人称で言う。
「いいえ。あなたの身柄については、後日追って沙汰を出します。ただ、今のうちに確かめたいことがあったものですからね」
「ふん」
ブッターヤは顔を背ける。
どのみち、王女の命を狙った自分は、もはや助かるまい。
仮にアル王女達が政争に負けたとしても、テキルース・ミルキアス・レオノル王子が自分を救うとも思えない。
ブッターヤにできることはもはやなにもない。
故に、質問に答える義理はなかった。
だが、レイクは構わず続ける。
「どうにも今回の件、妙に感じるのですよ。なにゆえにあなたは心変わりをしたのか」
心変わり、か。
別段心変わりなどしていないと反論したくなるが、ここは何も言わないのが相手への最大の嫌がらせだろう。
レイクもブッターヤが答えることに期待はしていないのだろう。
ブッターヤの様子にかまわず続ける。
「最初に領主館を訪れたとき、あなたは良い感情を持ってこそいなかったでしょうが、アル殿下を殺そうとまでは思っておられないように感じました。
にもかかわらず、わずか数刻後には毒殺をもくろんだ。なぜです?」
答えるものか。
「誰かから指示されたのでは?」
答える必要はないし、意味もない。
何も答えないブッターヤに、レイクは唐突に話題を変えた。
「ところで、私は大魔導士アラブシ・カ・ミランテの弟子でしてね」
それがどうしたというのか。
「実は師よりある特殊な魔法を授かっています」
特殊な魔法?
何を言っているのだ、この男は?
「探り合いに便利な魔法でしてね。相手が図星をつかれると、その動揺がわかるという魔法です」
ハッタリだ。
そんな魔法があるわけがない。
いや、ブッターヤは魔法に関して門外漢だが、これはハッタリだと思える。
単に、動揺を誘っているだけだ。
そう自分に言い聞かせるが、それでも背中に冷や汗がでてくる。
レイク・ブルテが大魔導士アラブシ・カ・ミランテの弟子であるという事実は、短い時間の中で調べさせていた。魔法についてはともかく、そこはハッタリではないのだ。
「それをふまえて質問します。あなたにアル殿下暗殺を指示したのはアルバンテ・ミルキアスですか?」
違う。
アルバンテは諸侯連立盟主であるが、あくまでも諸侯連立内の領主は名目上対等な関係だ。自分に王女暗殺を命じる権限などないし、命じられたら反発していただろう。
アルの命などどうでもいいが、自分の命が危険な任務だったのだから。
「なるほど。やはりテキルース・ミルキアス・レオノル殿下ですか」
少し、ドキッとする。
正しくはないが、かなり回答に近づいた。
おそらく、レイクは次に真実の名前を口にするだろう。
そうなれば、自分は動揺を隠せないかもしれない。
だから、ブッターヤは自ら口を開いた。
「想像にお任せするが、テキルース殿下は恐ろしい方だよ」
暗にテキルース王子の名だったと認める。
実際の指示者の名前をレイクが口にするまえに。
「なるほど。よくわかりました」
レイクはそう言って、その場から立ち去った。
---------------
アル王女一行がこの地を訪れた直後、ブッターヤは通信魔法で王都に連絡していた。相手はフロール・ミルキアス・レオノル王女。キルース王妃の第二子にて、テキルース王子の妹である。
ブッターヤは知っている。
本当に恐ろしいのはフロール王女だ。
キルース王子も恐ろしい方だが、フロール王女はその数倍過激な性格をしている。
キルース王子のために、後ろ黒い役目を自ら負おうとしているあの王女。笑いながら相手の喉元に短剣を突き刺すような恐ろしさ。
彼女に逆らえる人間などそうはいない。
あるいは、テキルース王子ですら、フロール王女には逆らえないのかもしれない。
彼女にアルを暗殺するように告げられたとき、ブッターヤは青ざめた。
王女を暗殺するなど、自分にそんな大それたことができようか。確かに自分は諸侯連立派に属しているが、王位継承問題などに関わりたいとは思わなかった。
そもそも、アル暗殺などという強硬手段に出なくても、すでにテキルース王子は貴族の大半を取り込んでいる。
レイク・ブルテが何をしようと、アル王女がどうあがこうと、それが覆るようには思えない。
だが、それでもフロール王女は自分にそう命じてきたのだ。
思えば、なぜアル王女は自分の館を訪ねてきたのか。
黙ってとっとと王都に向かえばいいのだ。別に邪魔するつもりもない。見なかったことにしてやったのに。
ああも堂々と訪ねられては報告するしかなくなってしまったではないか。
その結果がこれだ。
なぜ、自分がこんな目にあわなくてはいけないのか。
王位継承問題など自分とは別の場所で勝手にやってくれればいいのだ。
自分は誰を恨めばいいのか。
アル王女か、フロール王女か、それともレイク・ブルテか、キラーリアか。あるいはふがいない部下達か。
その答は終ぞ出ないのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
(三人称/レイク視点)
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
(やはり、フロール王女ですか)
ブッターヤ元領主と面談を終え、レイクはそう確信した。
ブッターヤが素直に口を割るとは思っていない。むろん、動揺を知ることができる魔法なんていうものもないし、人の動揺を読む能力に長けているわけでもない。
だからこそ、相手を心理的に揺さぶるためにハッタリを仕掛け、口を割らせた。
アル暗殺を命じるであろう候補数人の名前を順々に挙げていき、残りはフロール王女しかいないというところになると、彼はまるでテキルース王子が黒幕かのごとく語り出した。
それまではほとんど黙秘していたのにだ。
つまり、フロール王女の名前を出されて、自分が動揺してしまうことを恐れたのだろう。
(しかしあの方は……)
フロール王女。
彼女は恐ろしい。
何が恐ろしいかというと、頭が良く、理屈をこね、それでいて最終的に感情を優先させる。
その感情は極めて過激だ。
今、アルの命をブッターヤに狙わせる意味はほとんどなかった。
確かにアルが死ねばテキルース王子の王位継承が自動的に決まるかもしれない。
しかし、失敗したときのリスクを考えれば、そんな手段をとろうとは思わない。
何より、仮にも異母兄弟をあっさり殺そうとする感覚が、さすがにレイクにも理解しがたい。
だが、現に彼女はシャルノール・カルタ・レオノル第一王子をはじめとして、異母兄弟達を殺しているのだ。
それも、顔色一つ変えずに。
――と。
領主館に戻ると、ラミサルがなにやら部下に指示を与えていた。その傍らにはなぜかバラヌ。
「お疲れ様です」
「ブッターヤ殿はなんと?」
「さあ、ほとんど黙秘を続けられましたよ」
嘘ではない言葉で躱しておく。
「時に、どうしてバラヌくんがここに?」
レイクの疑問にはバラヌが答えた。
「僕、お兄ちゃんに言われて教会に行くことになったから。ラミサルさんのお仕事を勉強しようと思ったんです」
なかなかにしっかりした返事だ。
いつの間にやら、パド少年はバラヌを説得したらしい。
(一体、どういう言葉で説得したんですかね?)
泣いてばかりのバラヌがここまでハキハキ答えるのは不自然なほどに感じる。
(ま、それは後でパドくんご本人か、リラさんに聞きますか)
レイクはあっさりそう判断する。
「それで、ほとんど黙秘ということは、何かは仰ったのですか?」
「ははは、それは言葉尻を捉えすぎですよ」
レイクはそう言い残し、アル王女の元へと向かうのだった。
(三人称/ブッターヤ視点)
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
カツ、カツ、カツ。
石畳の地下牢に靴音が響く。
つい数日前まで領主として君臨していたブッターヤ・ベゼロニアは、今現在地下牢にとらわれの身である。
「レイク・ブルテか」
ブッターヤは足音の方に視線を向けて尋ねた。
「ええ。お久しぶりです」
「久しぶりというほど時間は流れていまい」
「確かに」
レイクは苦笑して応じた。
「こちらは忙しくて目が回りそうでしてね」
「ふん、そのまま倒れてしまえ」
毒づくブッターヤに、レイクは冷笑したままだ。
「それで、何の用だ?」
「明日、アル殿下と私たちはこの地を去ります」
「別れの挨拶か。いらんわ。それとも俺を王都に連行するか?」
もはや取り繕う必要もなく、『俺』という一人称で言う。
「いいえ。あなたの身柄については、後日追って沙汰を出します。ただ、今のうちに確かめたいことがあったものですからね」
「ふん」
ブッターヤは顔を背ける。
どのみち、王女の命を狙った自分は、もはや助かるまい。
仮にアル王女達が政争に負けたとしても、テキルース・ミルキアス・レオノル王子が自分を救うとも思えない。
ブッターヤにできることはもはやなにもない。
故に、質問に答える義理はなかった。
だが、レイクは構わず続ける。
「どうにも今回の件、妙に感じるのですよ。なにゆえにあなたは心変わりをしたのか」
心変わり、か。
別段心変わりなどしていないと反論したくなるが、ここは何も言わないのが相手への最大の嫌がらせだろう。
レイクもブッターヤが答えることに期待はしていないのだろう。
ブッターヤの様子にかまわず続ける。
「最初に領主館を訪れたとき、あなたは良い感情を持ってこそいなかったでしょうが、アル殿下を殺そうとまでは思っておられないように感じました。
にもかかわらず、わずか数刻後には毒殺をもくろんだ。なぜです?」
答えるものか。
「誰かから指示されたのでは?」
答える必要はないし、意味もない。
何も答えないブッターヤに、レイクは唐突に話題を変えた。
「ところで、私は大魔導士アラブシ・カ・ミランテの弟子でしてね」
それがどうしたというのか。
「実は師よりある特殊な魔法を授かっています」
特殊な魔法?
何を言っているのだ、この男は?
「探り合いに便利な魔法でしてね。相手が図星をつかれると、その動揺がわかるという魔法です」
ハッタリだ。
そんな魔法があるわけがない。
いや、ブッターヤは魔法に関して門外漢だが、これはハッタリだと思える。
単に、動揺を誘っているだけだ。
そう自分に言い聞かせるが、それでも背中に冷や汗がでてくる。
レイク・ブルテが大魔導士アラブシ・カ・ミランテの弟子であるという事実は、短い時間の中で調べさせていた。魔法についてはともかく、そこはハッタリではないのだ。
「それをふまえて質問します。あなたにアル殿下暗殺を指示したのはアルバンテ・ミルキアスですか?」
違う。
アルバンテは諸侯連立盟主であるが、あくまでも諸侯連立内の領主は名目上対等な関係だ。自分に王女暗殺を命じる権限などないし、命じられたら反発していただろう。
アルの命などどうでもいいが、自分の命が危険な任務だったのだから。
「なるほど。やはりテキルース・ミルキアス・レオノル殿下ですか」
少し、ドキッとする。
正しくはないが、かなり回答に近づいた。
おそらく、レイクは次に真実の名前を口にするだろう。
そうなれば、自分は動揺を隠せないかもしれない。
だから、ブッターヤは自ら口を開いた。
「想像にお任せするが、テキルース殿下は恐ろしい方だよ」
暗にテキルース王子の名だったと認める。
実際の指示者の名前をレイクが口にするまえに。
「なるほど。よくわかりました」
レイクはそう言って、その場から立ち去った。
---------------
アル王女一行がこの地を訪れた直後、ブッターヤは通信魔法で王都に連絡していた。相手はフロール・ミルキアス・レオノル王女。キルース王妃の第二子にて、テキルース王子の妹である。
ブッターヤは知っている。
本当に恐ろしいのはフロール王女だ。
キルース王子も恐ろしい方だが、フロール王女はその数倍過激な性格をしている。
キルース王子のために、後ろ黒い役目を自ら負おうとしているあの王女。笑いながら相手の喉元に短剣を突き刺すような恐ろしさ。
彼女に逆らえる人間などそうはいない。
あるいは、テキルース王子ですら、フロール王女には逆らえないのかもしれない。
彼女にアルを暗殺するように告げられたとき、ブッターヤは青ざめた。
王女を暗殺するなど、自分にそんな大それたことができようか。確かに自分は諸侯連立派に属しているが、王位継承問題などに関わりたいとは思わなかった。
そもそも、アル暗殺などという強硬手段に出なくても、すでにテキルース王子は貴族の大半を取り込んでいる。
レイク・ブルテが何をしようと、アル王女がどうあがこうと、それが覆るようには思えない。
だが、それでもフロール王女は自分にそう命じてきたのだ。
思えば、なぜアル王女は自分の館を訪ねてきたのか。
黙ってとっとと王都に向かえばいいのだ。別に邪魔するつもりもない。見なかったことにしてやったのに。
ああも堂々と訪ねられては報告するしかなくなってしまったではないか。
その結果がこれだ。
なぜ、自分がこんな目にあわなくてはいけないのか。
王位継承問題など自分とは別の場所で勝手にやってくれればいいのだ。
自分は誰を恨めばいいのか。
アル王女か、フロール王女か、それともレイク・ブルテか、キラーリアか。あるいはふがいない部下達か。
その答は終ぞ出ないのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
(三人称/レイク視点)
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
(やはり、フロール王女ですか)
ブッターヤ元領主と面談を終え、レイクはそう確信した。
ブッターヤが素直に口を割るとは思っていない。むろん、動揺を知ることができる魔法なんていうものもないし、人の動揺を読む能力に長けているわけでもない。
だからこそ、相手を心理的に揺さぶるためにハッタリを仕掛け、口を割らせた。
アル暗殺を命じるであろう候補数人の名前を順々に挙げていき、残りはフロール王女しかいないというところになると、彼はまるでテキルース王子が黒幕かのごとく語り出した。
それまではほとんど黙秘していたのにだ。
つまり、フロール王女の名前を出されて、自分が動揺してしまうことを恐れたのだろう。
(しかしあの方は……)
フロール王女。
彼女は恐ろしい。
何が恐ろしいかというと、頭が良く、理屈をこね、それでいて最終的に感情を優先させる。
その感情は極めて過激だ。
今、アルの命をブッターヤに狙わせる意味はほとんどなかった。
確かにアルが死ねばテキルース王子の王位継承が自動的に決まるかもしれない。
しかし、失敗したときのリスクを考えれば、そんな手段をとろうとは思わない。
何より、仮にも異母兄弟をあっさり殺そうとする感覚が、さすがにレイクにも理解しがたい。
だが、現に彼女はシャルノール・カルタ・レオノル第一王子をはじめとして、異母兄弟達を殺しているのだ。
それも、顔色一つ変えずに。
――と。
領主館に戻ると、ラミサルがなにやら部下に指示を与えていた。その傍らにはなぜかバラヌ。
「お疲れ様です」
「ブッターヤ殿はなんと?」
「さあ、ほとんど黙秘を続けられましたよ」
嘘ではない言葉で躱しておく。
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レイクの疑問にはバラヌが答えた。
「僕、お兄ちゃんに言われて教会に行くことになったから。ラミサルさんのお仕事を勉強しようと思ったんです」
なかなかにしっかりした返事だ。
いつの間にやら、パド少年はバラヌを説得したらしい。
(一体、どういう言葉で説得したんですかね?)
泣いてばかりのバラヌがここまでハキハキ答えるのは不自然なほどに感じる。
(ま、それは後でパドくんご本人か、リラさんに聞きますか)
レイクはあっさりそう判断する。
「それで、ほとんど黙秘ということは、何かは仰ったのですか?」
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