上 下
116 / 201
第四部 少年少女と王侯貴族達 第一章 王都への行程

9.お願いと提案

しおりを挟む
「あのですね……」

 僕のお願いを聞き終えた彼は額を右手で押さえながら言った。

「あなた方は教会を介護施設か何かと勘違いしていませんか? パドくんのお母さんに次いで、今度は弟さんとか、もうね……」

 確かに彼――教会の枢機卿たるラミサルさんがそう言いたくなるのも分かる。
 お母さんを預かってもらっているのに続いて、今度は僕の弟――バラヌを預かってもらえないかとお願いしているのだから。

 ブツブツ文句を言い続けるラミサルさんに、レイクさんが言う。

「ですが、教会にも益がある話だと思いますよ」
「それは分かりますよ、分かるだけに上手く使われているようで腹が立つんです」
「いけませんね、神に仕える枢機卿ともあろう方が簡単に腹を立てては。
 それに、上手くつかっているようではありません。上手く使っているんです」

 にっこり笑って言うレイクさん。ラミサルさんにしてみればムカつくだろうなぁ。

「なおさらたちが悪いでしょ、それは!?」
「代わりに教会も我々を上手く使えばいい。Win-Winというやつです」
「ああ、もう、分かりました。ここで議論するのも面倒くさい。バラヌくんを預かれというなら預かりますよ」

 ラミサルさんはそう言ったあと、付け加えた。

「ただし、条件がありますけどね」

 ---------------

 ラミサルさんがブッターヤ領主――いや、元領主の屋敷にやってきたのは、あの戦いから3日後だった。
 アル様達にこの地を治める余裕はない。かといって、他の諸侯連立派の貴族の手に戻すのも馬鹿馬鹿しい。
 そんな中での折衷案が、この地をひとまず教会総本山にあずけてしまうことだった。

 実際、教会が実質政治のトップにいる領地は多く、王都の総本山からもほど近い場所に教会勢力の土地ができることは教会にとっても望ましいらしい。
 そんなわけで、やってきたのがラミサルさん。
 今回彼が来たのは、レイクさんと旧知の仲っていうのもあるだろうか。

 そして、僕はバラヌについてラミサルさんに相談することにした。
 このまま、血なまぐさい世界に彼を連れて行きたくはない。だけど、エインゼルの森林に戻す気もしない。そもそもその方法がない。ピッケに運ばせるのは色々な意味で避けたい。
 ならば、いっそのこと第三勢力である教会に預けてしまおうという発想だ。

 一応、ブシカ師匠の弟子という立場を考えれば、僕もラミサルさんに個人的なコネはあるといえなくもないわけだし。
 この情勢下、王都近隣で考えるなら、教会総本山は比較的安全な場所だろう。
 リスクもあるがメリットもある。他に方法がないとも言うが。

 そういうわけで、バラヌの出自を説明し、彼を預かって欲しいとお願いした後のラミサルさんの言葉が、冒頭のものだった。

 ---------------

 僕はラミサルさんに尋ねた。

「条件って何ですか?」
「彼に出家してもらうことです」
「出家? それって……」
「つまりは神父見習い――厳密には修道士見習いになっていただくということです」

 出家――お寺の小坊主さんみたいなものかな?
 ラミサルさんがそう言い出した意図はなんだろう?

「ラミサル、彼はエルフとのハーフですよ。そのことは分かっていての提案ですか?」
「分かっているからこその提案です」
「なるほど」

 レイクさんが右手でメガネを触る。考え事をしているときの癖だ。
 つまり、ラミサルさんのこの提案には考えなくちゃいけない余地があるということ。

「エルフ族の中にもテオデルス信教を信仰する者がいるという実績作りですか」
「同時に、アル殿下御一行の関係者の1人の中にもということになりますね。お母さんの現状は信仰とかそういう状況ではありませんし」
「教会は出家しなくても孤児を預かるんじゃなかったのですか?」
「ええ、だから、これは弟弟子2人との交渉のつもりです。そもそも、バラヌくんの現状は孤児といえるか微妙でしょう?」

 さて、どうしたものか。
 この提案にどんな意味があるのか考えないと。

 ラミサルさんが考えているのは、エルフとの関係構築だろう。確かに賢者ブランドの子孫といわれる教皇の存在があるとはいえ、それだけでは関係性が薄い。
 そもそも、ラミサルさんもレイクさんと共に、少年時代に500年前の真実の一端を知ったはず。それを考えれば、勇者伝説に基づく関係性だけでは不安なのは当然だ。

 単にバラヌを預かるのではなく、教会勢力が取り込むことで、エルフとの関係強化をもくろんでいるのか。

「パドくん、一応申し上げておきますが、これはバラヌくんの安全のための配慮でもあるのですよ」
「どういう意味ですか?」
「教会はエルフとそれなりに懇意とはいえ、純粋な人族以外を保護するとなれば軋轢が生じる可能性があります。しかも、例の神託の子どもの弟となればなおさらです。
 教会の中にも過激な一派がいることは私も認めざるをえません」

 過激な一派。
 たとえば異端審問官か。
 いや、あれは盗賊だったってことで話を終えたのだから、蒸し返さないけど。

「ただ預かった子どもとなれば、保護するにも限界があります。私は枢機卿という立場ではありますが、他の枢機卿の意向もありますしね。
 教会内の政治闘争に巻き込まないためには、いっそバラヌくんを修道士見習いとしてしまった方が都合がいいのです」

 どんどん外堀が埋められていくような気分になる。
 思わず頷いてしまいそうになるくらいに。

 そんな僕をよそに、レイクさんが言う。

「教会内部も色々と大変なのですね。何か大きな動きでもあるのでしょうか?」
「いえいえ、あくまでも一般論ですよ。恥ずかしながら、神に仕える我々も、怒りや嫉妬といった感情と無縁でいることはなかなかに難しいのです」

 微妙に教会の内情を探ろうとしているレイクさんを、さらっと交わすラミサルさん。
 僕はレイクさんに尋ねる。

「レイクさん、この提案をのんだらアル様に不利になりますか?」
「さあ、どうでしょう。直接的に問題にはならないと思いますが。あるとしたら、バラヌくんが教会勢力の思想に染まりかねないことくらいですね。
 仮にそうなったとしても、アル様には直接影響はないでしょう。あとは、パドくんとバラヌくん次第ですよ」

 それはそうか。

 それにしても、子どもを戦いから逃れさせるために出家させるって、なんだか日本の大河ドラマでありそうな話だなぁ。

「ラミサルさん、バラヌは出家して上手くやっていけますか?」
「さあ、それはまだバラヌくんと会ってもいませんからなんとも。
 修道士見習いは出家した後、ある程度の年齢まで共同生活を送りながら学問や信仰について学びます。色々と抑圧される生活ではありますが、この世界最高の学び舎でもあると思いますよ」

 要するに、全寮制の宗教学校って考えればいいのかな。
 僕はジッと考える。
 バラヌをこのまま連れてはいけない。
 だったら、誰かに預けなくちゃダメだけど、その相手はたぶん教会しかない。
 それに、これは日本人的な感覚かもしれないけど、学校に通うのは悪いことじゃないと思う。
 もちろん、日本の学校とは違うだろうけどね。

 うん。この提案は受け入れるべきだ。
 でも、やっぱり、本人の意志は大切だろう。

「一度、バラヌと話をさせてください。彼が頷けば、ラミサルさんにお任せします」

 ラミサルさんは頷いて言う。

「わかりました。それでは私達は一度戻りましょう。領地の引き継ぎで忙しいですし」
「ルアレさんには私から話しておきましょう」

 レイクさんはそう付け加えた。確かにエルフの代表者であるルアレさんの許可も必要だろう。たぶん、彼は反対しないと思うけどね。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました

akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」 帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。 謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。 しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。 勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!? 転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。 ※9月16日  タイトル変更致しました。 前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。 仲間を強くして無双していく話です。 『小説家になろう』様でも公開しています。

異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです

ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。 転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。 前世の記憶を頼りに善悪等を判断。 貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。 2人の兄と、私と、弟と母。 母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。 ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。 前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

プラス的 異世界の過ごし方

seo
ファンタジー
 日本で普通に働いていたわたしは、気がつくと異世界のもうすぐ5歳の幼女だった。田舎の山小屋みたいなところに引っ越してきた。そこがおさめる領地らしい。伯爵令嬢らしいのだが、わたしの多少の知識で知る貴族とはかなり違う。あれ、ひょっとして、うちって貧乏なの? まあ、家族が仲良しみたいだし、楽しければいっか。  呑気で細かいことは気にしない、めんどくさがりズボラ女子が、神様から授けられるギフト「+」に助けられながら、楽しんで生活していきます。  乙女ゲーの脇役家族ということには気づかずに……。 #不定期更新 #物語の進み具合のんびり #カクヨムさんでも掲載しています

転生令嬢は現状を語る。

みなせ
ファンタジー
目が覚めたら悪役令嬢でした。 よくある話だけど、 私の話を聞いてほしい。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~

ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。 コイツは何かがおかしい。 本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。 目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

処理中です...