上 下
59 / 201
第二部 少年と王女と教皇と 第二章 決意の時

5.それぞれの戦い(2)アル

しおりを挟む
 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇

(三人称・アル視点)

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 アル達がキラーリアの元にたどり着いたとき、彼女はまさに瀕死の状態だった。
 息は乱れる状態を超えて消えゆきそうだ。
 鎧の上からでも胸の出血がよく分かる。

「治せそうか?」
「最善を尽くしましょう」

 アルの問いに教皇が答えた。

「頼む」

 正直なところ、アルは教皇を信用も信頼もしていない。
 信用という意味では、彼の魔法や医学の実力を全く知らない。
 信頼という意味では、教会は必ずしも自分達の味方ではない。
 それでもキラーリアの治療を彼に委ねたのは、一目見て魔法を使えない自分には手の施しようがない状態だと分かったからだ。
 ならば、最善策は教皇に任せることだろう。

「まずは止血を。その後、鎧を脱がせるのは手伝ってください」
「わかった」

 キラーリアの治療が始まる。
 教皇が傷を塞ぐ魔法を使い、アルが鎧を脱がせた。
 その間、枢機卿が体力回復の魔法を使い続けている。
 キラーリアの息は少し落ち着いた。

「中々、すさまじい生命力ですね。この方もあなたやパドくんのような特殊な力をお持ちで?」
「さあな。時に教皇、やはりお前は私の力も知っているのだな」
「ええ、3年後までに解呪できなければどうなるかも含めて。テノールが情報を流している相手はあなたがただけではありませんよ」

 7年前、当時12歳だったアルは漆黒の世界の住人と契約した。
 自らの命の一部を差し出し、10倍の力を得たのだ。
 義父グダンを助けるためだったが、彼を攫った事件そのものが、漆黒の世界の住人による自作自演だった。

 自分の決定に後悔はない。
 グダンは救えたのだし、10倍の力はその後も役に立った。
 なによりも、アルにとって後悔という感情は最も忌むべきものの1つだ。
 だが、掌の上で踊らされた不快感は強い。
 アレがパドの言うルシフと同一個体かはわからないが、いずれにせよ漆黒の世界の住人は根性がひねくれすぎている。

 その後も、教皇と枢機卿がキラーリアに回復魔法をかけていく。

「やれるだけのことはやりました。あとは彼女の体力次第です」
「体力次第か。ならば問題ないな。コイツの体力は尋常ではない」

 実際、キラーリアの力はアルの10倍の力を凌駕する。
 いや、純粋な力――例えば腕相撲など――で勝負すれば、さすがにアルが勝つだろうが、一方で先ほどキラーリアが見せたようなトンデモ跳躍など、いかにアルといえどもできない。
 パドは似たようなことをやっていたが、10倍と200倍ではまるで異なるのだろう。

「もし目覚めるならば、飲用水を用意しておきたいところですね」
「ふむ」

 川がどっちの方向にあるかも分からない。
 旅をしている間は水袋を持っていたが、小屋の中に放置してきてしまった。
 あの様子だと小屋を破壊されたときに水袋など破れているだろう。

「ところで、ラミサルとかいったな」
「はい」
「お前も、あの老婆のことを知っているのか?」

 アルは話題を変えた。

「ええ。私とレイク殿の師匠に当たります」
「レイクのことも知っていたか」
「なにしろ、同じ教室で学んだ仲ですから。13年前まで、アラブシ先生は王国立大学校で教鞭を執られていました。頑固で厳しく生徒からは嫌われていましたが、私とレイクは彼女の知識の泉に惚れていましたよ」

 王国立大学校。
 貴族や教会のエリートが通う学校だ。
 教育内容は言語や数学などの一般教養のみならず、歴史、魔法、礼儀作法、戦闘訓練など多岐にわたる。

「そのわりに、お前もレイクも戦闘は苦手なようだな」
「私たちはコチラが得意分野ですから」

 ラミサルはそう言って頭を指す。
 知能が専門だといいたいのだろう。

「が、彼女は13年前王都から出奔しました」
「13年前……確か、最初の事件が起きたころだったな」

 王子連続変死事件の2年前、王家派重鎮ガラジアル・デ・スタンレード公爵が変死している。

「はい、私もレイクも、そしてアラブシ先生も、スタンレード公爵には大変お世話になりました。
 私はその後も教会の、レイク殿は実家やスラシオ侯の保護を受けられましたが、アラブシ先生にはそういった後ろ盾がありませんでした。
 色々と敵の多いかたでしたしね。あるいはスラシオ侯は後ろ盾になったかもしれませんが、いずれにせよ誰に相談もなく王都から彼女は姿を消しました。
 まさか、こんなところで再会するとは夢にも思いませんでしたよ」

 確かに偶然にしてもできすぎだ。

(まさか、これもルシフが仕組んだなどといわんだろうな)

 もしも、神託がルシフの仕込みだというのなら、その可能性すら考えたくなる。さすがに深読みが過ぎる思いたいが。

「そうか。ならば尚更キラーリアを助けてほしい」
「彼女に何かあるのですか?」
「コイツのフルネームはキラーリア・ミ・スタンレードだ」

 その言葉に、ラミサルと教皇が目を見開く。

「まさか、スタンレード公爵の……」
「娘らしいぞ」

 ラミサルが唸る。

「むむむ、確かにスタンレード公爵のお嬢さんには一度会ったことがありますが……そういえばその後は騎士団に入隊したと聞きましたね……いやはや、奇縁というのはあるものですね」

 確かにその通りだ。
 本当に誰かの掌の上にいるかのような偶然が続いている。
 そのうちのいくつかは本当に偶然なのだろうし、あるいはテノール・テオデウス・レオノルの手引きもあるのだろうが、やはり根本的にはルシフという謎の存在が大きいのかもしれない。

「気に入らんな」

 アルは呟く。
 教皇が首をひねる。

「何か?」
「いや、まるで誰かの掌の上で踊らされているようでな。こういうのは実に不愉快だ」
「神のお導きかもしれませんね」
「ふん、神か。いかにも教会らしいが、それならまだマシといったところだな」

 アルにしてみれば、神だろうが悪魔だろうが、そんなわけの分からない存在に踊らされるなど屈辱でしかない。

「それで、教会は結局あのガキパドをどうするつもりだ? 形的にはラミサルの弟弟子になるのかもしれないぞ」

 アルの問いに、ラミサルは薄く笑う。

「私は教会の決定に従うのみです」

 言外に、弟弟子という事実は関係ないと匂わせる。まあそうだろう。
 それは同時に教皇に決定を促す言葉だった。

「そうですね。あの神託をどう解釈するか次第ですが……しかし、一個人としてはパドくんには好感を持っています」

 答えになっていない。
 一個人としての意志など、教会という集団の中では、教皇とはいえ意味が無いだろう。

「アル殿下、あなたこそ彼についてどう思うのですか?」
「そうだな……最初は情けないガキとしか思わなかった」

 異端審問官を倒す力を持ちながら、殺す勇気が無く自分と少女リラの命を危うくした愚かなガキ。自分の大剣を目の前に、小便をちびって腰を抜かすチビ。

 ――だが。

「だが、先ほどのヤツの行動は、まあ認めてやらんでもない」

 当初はやはり師匠のアラブシに頼ろうとしていたが、叱咤激励されると状況を分析してそれぞれに指示を出した。
 アルや教皇すらその指示に概ね従ったほど、的確だと感じられた。
 しかも、一番危険な部分は自身が背負って、今も戦っているのだろう。
 甘ちゃんだという思いは今でも変わらないが、その部分を鍛え上げてやれば使い物になりそうだとも思える。

「なるほど」

 教皇は頷く。

 ――その時、アルは何かの気配を感じていた。

「いずれにしても、全てはこの戦いの結果次第ですね。パドくんが殺されてしまうならば、それはそれで……」
「ああ、そういう結果もあるかもしれないな。だが」

 アルはそこで言葉を句切った。

「それ以上に、私たちが生き残れるかという話だ」

 アルは背中の大剣を抜き放つ。
 彼女たちを囲むように草陰から十匹以上の『闇の獣』が現れたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

美女エルフの異世界道具屋で宝石職人してます

網野ホウ
ファンタジー
小説家になろうで先行投稿してます。 異世界から飛ばされてきた美しいエルフのセレナ=ミッフィール。彼女がその先で出会った人物は、石の力を見分けることが出来る宝石職人。 宝石職人でありながら法具店の店主の役職に就いている彼の力を借りて、一緒に故郷へ帰還できた彼女は彼と一緒に自分の店を思いつく。 セレナや冒険者である客達に振り回されながらも、その力を大いに発揮して宝石職人として活躍していく物語。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

元勇者パーティーの雑用係だけど、実は最強だった〜無能と罵られ追放されたので、真の実力を隠してスローライフします〜

一ノ瀬 彩音
ファンタジー
元勇者パーティーで雑用係をしていたが、追放されてしまった。 しかし彼は本当は最強でしかも、真の実力を隠していた! 今は辺境の小さな村でひっそりと暮らしている。 そうしていると……? ※第3回HJ小説大賞一次通過作品です!

スキル【自動回収】で人助け〜素直な少年は無自覚に人をたらし込む〜

ree
ファンタジー
主人公ー陽野 朝日は(ようの あさひ)は  かなり変わった境遇の持ち主だ。  自身の家族も故郷も何もかもを知らずに育ち、本だけが友達だった。  成人を目前にして初めて外に出た彼は今まで未知だった本の中の世界を夢見て冒険に出る。  沢山の人に頼り、頼られ、懐き、懐かれ…至る所で人をタラシ込み、自身の夢の為、人の為ひた走る。    【自動回収】という唯一無二のスキルで気づかず無双!?小さな世界から飛び出した無垢な少年は自分の為に我儘に異世界で人をタラシ込む?お話…  冒険?スローライフ?恋愛?  何が何だか分からないが取り敢えず懸命に生きてみます! *ゲームで偶に目にする機能。  某有名ゲームタイトル(ゼ○ダの伝説、テイ○ズなどなど)をプレイ中、敵を倒したらそのドロップアイテムに近づくと勝手に回収されることがありませんか?  その機能を此処では【自動回収】と呼び、更に機能的になって主人公が扱います。 *設定上【自動回収】の出来る事の枠ゲームよりもとても広いですが、そこはご理解頂ければ幸いです。 ※誤字脱字、設定ゆるめですが温かい目で見守って頂ければ幸いです。 ※プロット完成済み。 ※R15設定は念の為です。 ゆっくり目の更新だと思いますが、最後まで頑張ります!  

Fragment-memory of future-Ⅱ

黒乃
ファンタジー
小説内容の無断転載・無断使用・自作発言厳禁 Repost is prohibited. 무단 전하 금지 禁止擅自转载 W主人公で繰り広げられる冒険譚のような、一昔前のRPGを彷彿させるようなストーリーになります。 バトル要素あり。BL要素あります。苦手な方はご注意を。 今作は前作『Fragment-memory of future-』の二部作目になります。 カクヨム・ノベルアップ+でも投稿しています Copyright 2019 黒乃 ****** 主人公のレイが女神の巫女として覚醒してから2年の月日が経った。 主人公のエイリークが仲間を取り戻してから2年の月日が経った。 平和かと思われていた世界。 しかし裏では確実に不穏な影が蠢いていた。 彼らに訪れる新たな脅威とは──? ──それは過去から未来へ紡ぐ物語

【完結】転生したら登場人物全員がバッドエンドを迎える鬱小説の悪役だった件

2626
ファンタジー
家族を殺した犯人に報復を遂げた後で死んだはずの俺が、ある鬱小説の中の悪役(2歳児)に転生していた。 どうしてだ、何でなんだ!? いや、そんな悠長な台詞を言っている暇はない! ――このままじゃ俺の取り憑いている悪役が闇堕ちする最大最悪の事件が、すぐに起きちまう! 弟のイチ推し小説で、熱心に俺にも布教していたから内容はかなり知っているんだ。 もう二度と家族を失わないために、バッドエンドを回避してやる! 転生×異世界×バッドエンド回避のために悪戦苦闘する「悪役」の物語。

外れスキル《コピー》を授かったけど「無能」と言われて家を追放された~ だけど発動条件を満たせば"魔族のスキル"を発動することができるようだ~

そらら
ファンタジー
「鑑定ミスではありません。この子のスキルは《コピー》です。正直、稀に見る外れスキルですね、何せ発動条件が今だ未解明なのですから」 「何てことなの……」 「全く期待はずれだ」 私の名前はラゼル、十五歳になったんだけども、人生最悪のピンチに立たされている。 このファンタジックな世界では、15歳になった際、スキル鑑定を医者に受けさせられるんだが、困ったことに私は外れスキル《コピー》を当ててしまったらしい。 そして数年が経ち……案の定、私は家族から疎ましく感じられてーーついに追放されてしまう。 だけど私のスキルは発動条件を満たすことで、魔族のスキルをコピーできるようだ。 そして、私の能力が《外れスキル》ではなく、恐ろしい能力だということに気づく。 そんでこの能力を使いこなしていると、知らないうちに英雄と呼ばれていたんだけど? 私を追放した家族が戻ってきてほしいって泣きついてきたんだけど、もう戻らん。 私は最高の仲間と最強を目指すから。

【第一部】異世界を先に生きる ~先輩転移者先生との異世界生活記!~

月ノ輪
ファンタジー
―私達と共に来てくれないか? 帰る方法も必ず見つけ出そう。 平凡な中学生の雪谷さくらは、夏休みに入った帰り道に異世界に転移してしまう。 着いた先は見慣れない景色に囲まれたエルフや魔族達が暮らすファンタジーの世界。 言葉も通じず困り果てていたさくらの元に現れたのは、20年前に同じ世界からやってきた、そして今は『学園』で先生をしている男性“竜崎清人”だった。 さくら、竜崎、そして竜崎に憑りついている謎の霊体ニアロン。彼らを取り巻く教師陣や生徒達をも巻き込んだ異世界を巡る波瀾万丈な学園生活の幕が上がる! ※【第二部】、ゆっくりながら投稿開始しました。宜しければ! 【第二部URL】《https://www.alphapolis.co.jp/novel/333629063/270508092》 ※他各サイトでも重複投稿をさせて頂いております。

処理中です...