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第一部 ラクルス村編 第三章『闇』の襲来
4.醜悪なる対価
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漆黒が支配する世界。
あの時と同じように、ルシフはそこにいた。
『やあ、また会えたね、お兄ちゃん。うれしいよ』
あいかわらずその姿なのかよ。
桜稔の姿で話しかけてくるルシフに、僕はウンザリした気分で思う。
『まーね。稔クンって結構かっこいいし?』
うわぁ、うざい。
『そんなことよりさ、お兄ちゃん、助けてほしいんでしょう?』
そうだけど。
『今のお兄ちゃんに必要なのは2つだよね。
1つはアイツ――お兄ちゃんが勝手に『闇』とか呼んでいたヤツを倒す力。
もう1つはお母さんの怪我を治す力』
確かにその通りだ。
『闇』を倒し、お母さんを助けられるなら……
……月並みな表現だけど、悪魔にだって魂を売れる。
そう思ったからこそ、ルシフの誘いに乗ったのだ。
『うわぁ、ひどい。まるでボクが悪魔みたいな言い草』
似たようなモノとしか思えないけど。
『お兄ちゃんに悪魔って言われるなんて……ボク、かなしいよぉ』
稔の姿で下手くそな泣き真似をするルシフ。下手くそというよりは、わざとらしすぎるというべきかもしれないが。
『それこそ、わざとわざとらしく見せてるからね』
そう言って今度はニヤニヤと笑うルシフ。
どうみても、1ミリも信用できない。
――いいのか?
――本当にもう一度コイツに頼って良いのか?
――だけど、ほかにどうにも……
『心配しなくても、ボクはお兄ちゃんに『闇』を倒す魔法を与える準備があるよ。それに、お母さんを助ける魔法もね』
ルシフを信用できるとは思わない。
それでも、今は……
――わかった。もう一度魔法をくれ。
だが、ルシフはチッチと指を鳴らして言った。
『うーん、お兄ちゃん。ボクが前に言ったこと忘れちゃったんかな? 次はそれなりの代償を払ってもらうって、そう言ったはずだよ』
確かに。
ブシカさんも本来魔法の契約には対価が必要だと言ってた。
何がほしい?
お母さんを助けられるなら、なんでもしてやる。
『お、いいね。じゃあ、魔法の対価として……』
ルシフはそこで一瞬言葉を止めた。
そして、これまで見せた中でも、もっとも邪悪な笑みを浮かべて、こう言ったのだ。
『……お兄ちゃんの家族の命をちょうだい』
その言葉に、僕の中で何かがプチンと切れた。
---------------
家族の命、だと?
お母さんの命を救うために、家族の命をよこせと、そう言っているのか?
『そうだよ。何か問題がある?』
ある。
あるに決まっている。
『あ、誤解しないで。家族の命って言っても、全員ってわけじゃない。誰か1人の命で……』
言いかけたルシフに、僕は跳びかかる。
『闇』に対してそうしたのと同じように殴りかかったのだ。
ここはラクルス村じゃない。地面を壊す心配もいらない。
だが。
僕が飛びかかる寸前、ルシフの姿が消えた。
僕の拳はむなしく空振り、ルシフは僕の後ろに再び現れる。
『うんもう、突然何するんだよ? おにいちゃんってば、丁寧で慎重なようでいて、意外と沸点低いよねぇ。そのせいで村の建物もこわしちゃってさぁ』
うるさいっ!!
痛いところを突かれ、僕は憎々しくルシフを睨みつける。
『何もお母さんを助ける代わりに、この世界の家族の命をよこせなんて言っていないよ。だって、お兄ちゃんには他にも家族がいるじゃない?』
どういう意味だ?
確かに、ラクルス村の住人は家族みたいに親しいが……
『そういう意味じゃないよ。うーん、分からないかなぁ。それとも分からないふりでもしているの? 単純なことさ。パドの家族だけでなく、桜勇太の家族がいるでしょう』
桜稔の姿をしたルシフはニヤニヤしたまま言った。
『だからさ、前世の両親のどっちかか、弟の命をよこせば、今のお母さんを助けた上に、『闇』を倒す力もあげるって言っているんだよ』
――コイツはっ!!
そんな取引、ぼくが頷くと思っているのか!?
『思っているよ。だって、このままだったら、『闇』はお母さんだけでなく、パドくんのお父さんも、友達も、村の皆全員殺しちゃうよ。
両親を含む何十人もの村民と、たった1人の前世の家族。
どっちを大切にすべきか、簡単な算数の問題だろう?』
――算数の問題。
今度こそ僕は確信する。
ルシフを信用してはいけない。
人の命を簡単な算数の問題といいきったコイツは、僕とは絶対に相容れない存在だ。
桜勇太は病室から出る見込みがなかった。
算数の問題として考えれば、完治の見込みがない桜勇太に医療費をかけるなら、もっと助かる見込みのある人間の医療費にまわすべきだという意見だってあるだろう。
だけど、それでも僕は――桜勇太は11年間戦った。
だから、僕は信じている。
人の命は簡単な算数の問題で語れるようなものではないと。
『はぁ、やれやれ』
ルシフはわざとらしくため息をつき、両手を広げて首を左右に振った。
『正直、ボクには理解しかねるね。お兄ちゃんはパドとして今の世界で幸せになりたいんだろう? だったら、前世の家族がどうなろうと一切関係ないじゃないか。
それともいつかは前世の家族とも再会できるとか期待しているの? 断言しても良いけど、人間が世界を渡るなんて不可能だよ』
そんなこと、期待していない。
『だったら、今の家族と村のみんなを大切にするべきだろう? 前世の家族の命なんてどうでもいいじゃないか』
そんなわけないだろ!!
『なぜ? お兄ちゃんの言い分は全く論理的じゃない。前世の家族の命は今生の人生においてなんら意味を持たないはず。それなのに、なぜお兄ちゃんは前世の家族に義理立てするの?』
心底分からないという表情で彼は言う。
たぶん、ルシフは本心から不思議がっているのだろう。
そして、僕が何を言っても彼は理解しないだろうとも思う。
ルシフの価値観を僕は受け入れられないし、ルシフは僕の価値観を理解できない。
『じゃあ、しょうがない。これが最後の提案だ。家族の命が嫌だというなら、別の捧げ物をもらおう』
――別の捧げ物?
『そうだなぁ……お兄ちゃんの手首でももらうか』
――手首。
『心配しなくてもサービスで止血処理はするし、痛みも感じないように切り取ってあげる。右か左か、どっちか片方でいいよ』
僕は自分の両手首を見る。
彼の言葉を信じるなら、今の僕は魂だけの存在だ。
しかし、確かに両手が認識できる。
両手を握って、開いて、もう1度握った。
『これ以上ボクは譲歩するつもりはない。今のお兄ちゃんには3つの選択肢がある』
そう言って、ルシフは指を3本立てる。
『1.今の家族の命をボクに捧げて魔法を手に入れる。
2.前世の家族の命をボクに捧げて魔法を手に入れる。
3.自分の手首をボクに捧げて魔法を手に入れる』
言って、指を曲げていくルシフ。
『さあ、どうする?』
目の前の桜稔の顔は、今までで1番不愉快な笑みに彩られた。
『あ、4つめの選択肢として、せっかくの魔法を手に入れる機会を逃して、このままヤツに殺されて、お母さんも助けないっていうのもあるね』
僕は彼をにらみつける。
『念のため言っておくけど、殺されるまでにボク以外の精霊やら神やらが他の魔法を授けてくれるかもしれないとか、突然勇者様が村を都合良く訪問して救ってくれるかもしれないとか、実は村人の中に強力な魔法使いがいたとか、そんな非現実的ご都合主義展開は期待はしない方がいいよ。
僕と契約しないなら、お母さんだけでなく村の人間はみんな死んじゃうよ』
本当にお前と契約すればお母さんを助けて、『闇』を倒せるのか?
『保証はできないよ。
ボクは回復系の魔法は専門外でね。お母さんの傷をふさぐ魔法はあげられるけど失った血液を与えることはできないから、手遅れになる可能性はある。
攻撃系に関しても、あくまでも戦うのはお兄ちゃんだから、勝てるかどうかもお兄ちゃん次第だね。
でも、このままならお母さんが助かる可能性も、ヤツを倒せる可能性も0%だ。
ボクと契約すれば0%が50%になるくらいに考えれば良い。こっちの算数の問題なら理解してもらえるかな?』
ここまで言われれば、僕の選択肢はもう1つしかない。
――わかった、僕の左手をやるよ。だから魔法をよこせ。
僕のその言葉に、彼はニッコリほほえんだ。
『よし、それじゃあ契約成立だね』
あの時と同じように、ルシフはそこにいた。
『やあ、また会えたね、お兄ちゃん。うれしいよ』
あいかわらずその姿なのかよ。
桜稔の姿で話しかけてくるルシフに、僕はウンザリした気分で思う。
『まーね。稔クンって結構かっこいいし?』
うわぁ、うざい。
『そんなことよりさ、お兄ちゃん、助けてほしいんでしょう?』
そうだけど。
『今のお兄ちゃんに必要なのは2つだよね。
1つはアイツ――お兄ちゃんが勝手に『闇』とか呼んでいたヤツを倒す力。
もう1つはお母さんの怪我を治す力』
確かにその通りだ。
『闇』を倒し、お母さんを助けられるなら……
……月並みな表現だけど、悪魔にだって魂を売れる。
そう思ったからこそ、ルシフの誘いに乗ったのだ。
『うわぁ、ひどい。まるでボクが悪魔みたいな言い草』
似たようなモノとしか思えないけど。
『お兄ちゃんに悪魔って言われるなんて……ボク、かなしいよぉ』
稔の姿で下手くそな泣き真似をするルシフ。下手くそというよりは、わざとらしすぎるというべきかもしれないが。
『それこそ、わざとわざとらしく見せてるからね』
そう言って今度はニヤニヤと笑うルシフ。
どうみても、1ミリも信用できない。
――いいのか?
――本当にもう一度コイツに頼って良いのか?
――だけど、ほかにどうにも……
『心配しなくても、ボクはお兄ちゃんに『闇』を倒す魔法を与える準備があるよ。それに、お母さんを助ける魔法もね』
ルシフを信用できるとは思わない。
それでも、今は……
――わかった。もう一度魔法をくれ。
だが、ルシフはチッチと指を鳴らして言った。
『うーん、お兄ちゃん。ボクが前に言ったこと忘れちゃったんかな? 次はそれなりの代償を払ってもらうって、そう言ったはずだよ』
確かに。
ブシカさんも本来魔法の契約には対価が必要だと言ってた。
何がほしい?
お母さんを助けられるなら、なんでもしてやる。
『お、いいね。じゃあ、魔法の対価として……』
ルシフはそこで一瞬言葉を止めた。
そして、これまで見せた中でも、もっとも邪悪な笑みを浮かべて、こう言ったのだ。
『……お兄ちゃんの家族の命をちょうだい』
その言葉に、僕の中で何かがプチンと切れた。
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家族の命、だと?
お母さんの命を救うために、家族の命をよこせと、そう言っているのか?
『そうだよ。何か問題がある?』
ある。
あるに決まっている。
『あ、誤解しないで。家族の命って言っても、全員ってわけじゃない。誰か1人の命で……』
言いかけたルシフに、僕は跳びかかる。
『闇』に対してそうしたのと同じように殴りかかったのだ。
ここはラクルス村じゃない。地面を壊す心配もいらない。
だが。
僕が飛びかかる寸前、ルシフの姿が消えた。
僕の拳はむなしく空振り、ルシフは僕の後ろに再び現れる。
『うんもう、突然何するんだよ? おにいちゃんってば、丁寧で慎重なようでいて、意外と沸点低いよねぇ。そのせいで村の建物もこわしちゃってさぁ』
うるさいっ!!
痛いところを突かれ、僕は憎々しくルシフを睨みつける。
『何もお母さんを助ける代わりに、この世界の家族の命をよこせなんて言っていないよ。だって、お兄ちゃんには他にも家族がいるじゃない?』
どういう意味だ?
確かに、ラクルス村の住人は家族みたいに親しいが……
『そういう意味じゃないよ。うーん、分からないかなぁ。それとも分からないふりでもしているの? 単純なことさ。パドの家族だけでなく、桜勇太の家族がいるでしょう』
桜稔の姿をしたルシフはニヤニヤしたまま言った。
『だからさ、前世の両親のどっちかか、弟の命をよこせば、今のお母さんを助けた上に、『闇』を倒す力もあげるって言っているんだよ』
――コイツはっ!!
そんな取引、ぼくが頷くと思っているのか!?
『思っているよ。だって、このままだったら、『闇』はお母さんだけでなく、パドくんのお父さんも、友達も、村の皆全員殺しちゃうよ。
両親を含む何十人もの村民と、たった1人の前世の家族。
どっちを大切にすべきか、簡単な算数の問題だろう?』
――算数の問題。
今度こそ僕は確信する。
ルシフを信用してはいけない。
人の命を簡単な算数の問題といいきったコイツは、僕とは絶対に相容れない存在だ。
桜勇太は病室から出る見込みがなかった。
算数の問題として考えれば、完治の見込みがない桜勇太に医療費をかけるなら、もっと助かる見込みのある人間の医療費にまわすべきだという意見だってあるだろう。
だけど、それでも僕は――桜勇太は11年間戦った。
だから、僕は信じている。
人の命は簡単な算数の問題で語れるようなものではないと。
『はぁ、やれやれ』
ルシフはわざとらしくため息をつき、両手を広げて首を左右に振った。
『正直、ボクには理解しかねるね。お兄ちゃんはパドとして今の世界で幸せになりたいんだろう? だったら、前世の家族がどうなろうと一切関係ないじゃないか。
それともいつかは前世の家族とも再会できるとか期待しているの? 断言しても良いけど、人間が世界を渡るなんて不可能だよ』
そんなこと、期待していない。
『だったら、今の家族と村のみんなを大切にするべきだろう? 前世の家族の命なんてどうでもいいじゃないか』
そんなわけないだろ!!
『なぜ? お兄ちゃんの言い分は全く論理的じゃない。前世の家族の命は今生の人生においてなんら意味を持たないはず。それなのに、なぜお兄ちゃんは前世の家族に義理立てするの?』
心底分からないという表情で彼は言う。
たぶん、ルシフは本心から不思議がっているのだろう。
そして、僕が何を言っても彼は理解しないだろうとも思う。
ルシフの価値観を僕は受け入れられないし、ルシフは僕の価値観を理解できない。
『じゃあ、しょうがない。これが最後の提案だ。家族の命が嫌だというなら、別の捧げ物をもらおう』
――別の捧げ物?
『そうだなぁ……お兄ちゃんの手首でももらうか』
――手首。
『心配しなくてもサービスで止血処理はするし、痛みも感じないように切り取ってあげる。右か左か、どっちか片方でいいよ』
僕は自分の両手首を見る。
彼の言葉を信じるなら、今の僕は魂だけの存在だ。
しかし、確かに両手が認識できる。
両手を握って、開いて、もう1度握った。
『これ以上ボクは譲歩するつもりはない。今のお兄ちゃんには3つの選択肢がある』
そう言って、ルシフは指を3本立てる。
『1.今の家族の命をボクに捧げて魔法を手に入れる。
2.前世の家族の命をボクに捧げて魔法を手に入れる。
3.自分の手首をボクに捧げて魔法を手に入れる』
言って、指を曲げていくルシフ。
『さあ、どうする?』
目の前の桜稔の顔は、今までで1番不愉快な笑みに彩られた。
『あ、4つめの選択肢として、せっかくの魔法を手に入れる機会を逃して、このままヤツに殺されて、お母さんも助けないっていうのもあるね』
僕は彼をにらみつける。
『念のため言っておくけど、殺されるまでにボク以外の精霊やら神やらが他の魔法を授けてくれるかもしれないとか、突然勇者様が村を都合良く訪問して救ってくれるかもしれないとか、実は村人の中に強力な魔法使いがいたとか、そんな非現実的ご都合主義展開は期待はしない方がいいよ。
僕と契約しないなら、お母さんだけでなく村の人間はみんな死んじゃうよ』
本当にお前と契約すればお母さんを助けて、『闇』を倒せるのか?
『保証はできないよ。
ボクは回復系の魔法は専門外でね。お母さんの傷をふさぐ魔法はあげられるけど失った血液を与えることはできないから、手遅れになる可能性はある。
攻撃系に関しても、あくまでも戦うのはお兄ちゃんだから、勝てるかどうかもお兄ちゃん次第だね。
でも、このままならお母さんが助かる可能性も、ヤツを倒せる可能性も0%だ。
ボクと契約すれば0%が50%になるくらいに考えれば良い。こっちの算数の問題なら理解してもらえるかな?』
ここまで言われれば、僕の選択肢はもう1つしかない。
――わかった、僕の左手をやるよ。だから魔法をよこせ。
僕のその言葉に、彼はニッコリほほえんだ。
『よし、それじゃあ契約成立だね』
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