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【番外編】 禁忌を乗り越えて
【番外編4】リラ、命のその意味を
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私が目を覚ますと、そこは人族の小さな集落――ラクルス村だった。
村民達は気を失っている間に私のお腹の鱗を見たらしい。当然のように私を獣人の里へと送り返そうと話していた。
当然だろう。
獣人の里の子どもが人族の村に迷い込めば、そういう判断になる。
厄介払いというよりは、迷子を親元に届けるという意識だと思う。
別に間違った判断ではない。私が禁忌の子でなければ。
だが、私は里に帰るわけにはいかなかった。
脳裏には磔にされ、絶命するお父さんの姿が、今なお焼き付いている。
私は世話をしてくれていた少年――ジラとスーンに事情を話した。
2人は村長は私をかくまってまではくれないだろうと言った。
それも当然の判断だろう。
よそ者の私をかばって、獣人と争う馬鹿はいない。
このままではこの村を巻き込んでしまう。
私は夜、密かに1人旅立つことにした。
そんな私を、ジラが追いかけてきて問うた。
「一体どこに行くつもりなんだよ」
私は答えに窮した。
宛てなんてなかったからだ。
でも、そう答えても、この子は納得しないだろう。
困った私の口から出てきたのは、自分でも意外な街の名前だった。
「テルグスの宿場街に行くつもり」
幼い頃暮らした人族の街。
祖父母がいるはずの街。
戻ったところで厄介者であり、受け入れてくれるとも思えない。
だが、他に道がなかった。
そもそも、私が知っている地名がテルグスくらいしかなかったというのもある。
ジラはじっと考えていた。
「目覚めたばかりなのに1人で下山するのは無茶だろ」
ジラは自分も一緒に行くと言い出した。
正直、困ったことになったと思った。
ほとんどやけっぱちみたいな私の行動に、年下の少年を巻き込んでしまうのは本意ではない。
だが、ジラはさらにもう1人の少年を巻き込んだ。
それがパドだった。
---------------
「今、村を出て下山するのは自殺行為でしょう。自殺行為を見逃したら、僕やジラはあなたを殺したのと同じことになります。おそらく一生良心の呵責に苦しむでしょう」
ジラよりもさらに年下に見えるその少年は、年に似合わない理路整然とした言葉で私を責めた。
いや、責めたというよりは、私を止めようとしたのだと思う。
「チビのガキんちょのくせにっ」
「その年下の子供に、一生辛い思いをさせるのかと言っているんです」
「だって……だって、しょうがないじゃない。私は生まれながらの禁忌の子なんだから」
「禁忌の子?」
「私は、獣人と人族のハーフなの。産まれてはいけない子なのよ」
私の説明を聞いて、パドは深刻な顔になった。
どうしたら私を助けられるか、必死に考えている表情だ。
結局、その場に現れたスーンとパドと共に私は隣村に向かうことになった。
その隣村には行商人がいるらしく、彼の馬車に乗せてもらえれば、テルグスまで行けるかもしれないそうだ。
---------------
「どうして、あなた達は私を助けようとしてくれるの?」
夜道で問うた私の言葉。
パドは何故そんなことを聞かれるのかも分からない様子だった。
「どうしてって……だって、殺されるって言っていたじゃないですか」
「私は獣人から見ても、人族から見てもハンパ者なのよ。私を助ける義理なんて、あなた達にはないはず」
「女の子が殺されるって聞いたら助けようと思うじゃん」
当たり前のように答えるパド。
「何よそれ、新手のナンパ?」
「ナ、ナンパ!? ち、違うよ、そんなんじゃないって」
それまで頑なに敬語で話していたのが、崩れた。
中々に可愛らしい反応に、私はちょっとからかってみたくなる。
「そうよね。鱗の生えた人間、人族の男の子が好きになるわけないわよね」
「いや、あの、そういうことでもなくて。っていうか、リラはかわいいと思うよ。黒い髪もきれいだし」
顔を真っ赤にしながらそういうパド。
思えば、私はこの時から、少しずつパドに惹かれていったのだと思う。
そのあと、パドは私に自分の力を見せた。
「僕は、産まれながらに普通より200倍の力を持っています。産まれた直後に家を壊し、産婆さんを蹴飛ばして怪我をさせました。
そのことをずっと秘密にしていて、そのせいでお父さんやお母さんをずいぶん苦しめました」
「……200倍の力……」
「リラ、あなたが禁忌の子だというなら……ご両親を苦しめた自分が許せないというなら……それは僕も同じことです」
パドが私を励まそうとしてくれているのは理解できた。
それなのに、どうしても私はその言葉を素直に受け入れられなかった。
「僕の父は言ってくれました。
僕が産まれたとき、嬉しかったと。それはたぶん、どんな親でも同じだと思うと。
だから、きっとリラのご両親も、リラが産まれてきて良かったと感じていた思います」
「ガキのくせに、あんたに私の何が分かるのよ?」
「リラだって子どもじゃないですか」
「あんたよりは大人よ」
この言葉は嘘。
パドが転生者だと後に知ることになるが、そんな意味ではなくて。
仮にパドが見たまんまの実年齢だとしても、必死に励ましてくれる彼に意地を張って怒鳴り返す私の方が、よっぽどガキぽい。
それを自覚しつつも認められなかった。
「それに、私とあんたは違うわよ」
「どうしてですか?」
「だって、あんたは――あんたには両親と帰る家があるじゃない。
私にはもう、そんなものどこにもない!!
テルグスに行ったって、祖父母が受け入れてくれるかどうかなんてわからない!!」
我ながらひどいことを言っていると思った。
見ず知らずの私を助けてくれようとしている少年に、なんて身勝手な叫び声を浴びせているのだろう。
パドは押し黙り、悲しそうな顔をして、そして最後は申し訳なさそうにこう言った。
「……ごめんなさい」
パドに謝らせてしまった自分が許せなくて、私はそっぽを向いた。
「謝らないでよ。やっかいごとを持ち込んだのはこっちなんだから」
自己嫌悪でどうにかなりそうだった。
---------------
世の中そんなに上手くいくわけがない。
追っ手はすぐにやってきた。
ブルフおじさんとナターシャおばさん。
先日までの良き隣人は、殺意を込めた目で私を睨んでいた。
そして、ナターシャおばさんが追っ手だと知って悟る。
アベックニクスの暴走は彼女によるものだ。
ナーシャおばさんの因子はアベックニクス。獣人は因子を持つ動物を、ある程度操れる。
つまり、パド達の友達が怪我をしたのは、やっぱり私のせいだったのだ。
「リラ、人族の子に迷惑をかけちゃダメでしょう? さあ、里に戻りましょう」
ナターシャおばさんはそう言った。
今、この場で私を殺すつもりはないらしい。
ラクルス村の大人達も一緒についてきていたし、人族の前で騒ぎを起こしたくはないのだろう。
――だめだ。
――これ以上は迷惑をかけられない。
「パド、もういいわ。迷惑をかけてゴメンね。
スーンもありがとう。ジラとテルにもお礼を言っておいて。
ブルフおじさん、ナターシャおばさん、迷惑をかけてごめんなさい。
私は里に戻るから、パド達には手出ししないで」
私はすべてを諦めた。
その私の背に向かって、パドが問いかける。
「リラ、本当にいいの!?」
――いいわけない。
――こんなの納得できない。
――でも。
――これ以上、パドやスーンを巻き込めない。
「……ええ。元々、あの川原で私は死んでいたはずだったし。お父さんが殺されたときに、本当は私も死にたいって思ったし。
さっきも言ったでしょう。あんたに私の何が分かるのって。私とあんたは違うのよ。あんたやスーンには帰る場所があるんでしょう? 私はもう、死んでもいいのよ」
「嘘だ」
私の言葉をパドが否定する。
「だって、もし本当に死んでもいいと思っているなら、どうしてそんなに震えているんだよ!?」
――もう、やめてよ。
「死にたくないんだろ?」
――もういいのよ、パド。
「助けてほしいんだろ?」
私は怒鳴る。
「そんな言葉は助ける力がある人間が言うことよ。あんたがいくら馬鹿力を持っていても、どうにもならないこともあるのよ!! 分かりなさいよ!!」
「助けるよ。助けてみせるよ。だから、だから、君の本当の気持ちを言えよっ!!」
――私の本当の気持ち。
「じゃあ……助けてよ」
納得なんてできない。
できるわけがない。
ただ、産まれてきただけで禁忌などと言われて。
祖父母に倉庫に閉じ込められて。
お父さんを無残に殺されて。
私が何をしたって言うのよ。
「……リラ?」
「死にたくなんてない。こんなの悔しいよ。だから、助けてくれるなら助けてよ」
私の言葉に、パドが動いた。
---------------
「リラ、僕を信じてもらえますか?」
追い詰められた崖の上で、パドは私にそう問いかけた。
私は小さく頷く。
「ならばどうする?」
「渡すくらいなら、一緒に死ぬさ」
尋ねるブルフおじさんに、にやっと笑ってパドは崖から飛び降りた。
抱きしめるパドの力はとてつもなくて。
私の腕が悲鳴を上げたけど、でもそれすらも暖かさに感じて。
ああ、そうか。
パドは私と一緒に死んでくれるんだ。
生まれ変われたら、彼と一緒になりたいな。
私はそんなことを考えながら地面に向かって落ちていった。
---------------
だけど違った。
パドは私を助けてくれた。
危険な相手と契約して、魔法を手に入れて。
私のために命を賭けてくれた。
のちにお師匠様になるブシカさんから獣人の歴史を聞いて。
「……私はやっぱり、呪われた子じゃない。お父さんが死んだのも、お母さんが死んだのも、パドやスーンを巻き込んだのも、全部私のせいじゃない。
私は産まれてきちゃいけない子だったのよ。私のせいで、みんな、みんな……
私の命なんて、何の意味もない。なのに、私のせいで……」
嘆くことしか出来ない私に、パドはそれでも優しかった。
こんなに迷惑をかけて、こんなに自分勝手なことを言い続けて、こんなに素直になれない私を、パドはそれでも救おうとしてくれた。
「もしも、あんたの命に何の意味も無いっていうならば、お父さんが殺されたことも、パドがあんたのために命をかけたことも、全部意味が無かったってことになるね」
ブシカさんの言葉は辛辣で。でも事実だった。
「じゃあ、教えてよ。私の命の意味って何!?」
「甘ったれるんじゃないよ。自分の命の意味なんていうのは、他人に教えてもらうもんじゃない。自分でみつけるもんだ」
私の命の意味なんて、本当に見つかるんだろうか。
そう思って小屋を飛び出した私に、パドが言った。
「僕は、リラに出会えて良かったよ。
もし、リラが産まれてこなかったら、僕はリラに会えなかった。リラの命の意味なんて僕には分からないけど、でも、リラが産まれてきて、ラクルス村に逃げてきたから、僕はリラと出会えたんだ。
僕は、リラと出会えて嬉しかった。だから、きっと意味があるんだよ。
ううん、意味があると僕は思う。そして、僕がそう思う以上、やっぱり意味はあるんだ」
私はその時、パドから命の意味をもらった。
私の命は、パドとこうして出会うためにあったのだ。
---------------
その後、私はブシカさんに弟子入りした。
テルグスに行くよりも、その方がずっといいと思った。
お師匠様としての彼女はめちゃくちゃ厳しかった。
厳しかったけど、私に生きる術と人を助ける技術を教えてくれた。
この時、私はパドは凄く頼りになる子だと思った。
だけど、後になって私はパドがとても弱い部分を持っていると知る。
彼は真面目で優しくて、それでいてとても繊細な少年だ。
村民達は気を失っている間に私のお腹の鱗を見たらしい。当然のように私を獣人の里へと送り返そうと話していた。
当然だろう。
獣人の里の子どもが人族の村に迷い込めば、そういう判断になる。
厄介払いというよりは、迷子を親元に届けるという意識だと思う。
別に間違った判断ではない。私が禁忌の子でなければ。
だが、私は里に帰るわけにはいかなかった。
脳裏には磔にされ、絶命するお父さんの姿が、今なお焼き付いている。
私は世話をしてくれていた少年――ジラとスーンに事情を話した。
2人は村長は私をかくまってまではくれないだろうと言った。
それも当然の判断だろう。
よそ者の私をかばって、獣人と争う馬鹿はいない。
このままではこの村を巻き込んでしまう。
私は夜、密かに1人旅立つことにした。
そんな私を、ジラが追いかけてきて問うた。
「一体どこに行くつもりなんだよ」
私は答えに窮した。
宛てなんてなかったからだ。
でも、そう答えても、この子は納得しないだろう。
困った私の口から出てきたのは、自分でも意外な街の名前だった。
「テルグスの宿場街に行くつもり」
幼い頃暮らした人族の街。
祖父母がいるはずの街。
戻ったところで厄介者であり、受け入れてくれるとも思えない。
だが、他に道がなかった。
そもそも、私が知っている地名がテルグスくらいしかなかったというのもある。
ジラはじっと考えていた。
「目覚めたばかりなのに1人で下山するのは無茶だろ」
ジラは自分も一緒に行くと言い出した。
正直、困ったことになったと思った。
ほとんどやけっぱちみたいな私の行動に、年下の少年を巻き込んでしまうのは本意ではない。
だが、ジラはさらにもう1人の少年を巻き込んだ。
それがパドだった。
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「今、村を出て下山するのは自殺行為でしょう。自殺行為を見逃したら、僕やジラはあなたを殺したのと同じことになります。おそらく一生良心の呵責に苦しむでしょう」
ジラよりもさらに年下に見えるその少年は、年に似合わない理路整然とした言葉で私を責めた。
いや、責めたというよりは、私を止めようとしたのだと思う。
「チビのガキんちょのくせにっ」
「その年下の子供に、一生辛い思いをさせるのかと言っているんです」
「だって……だって、しょうがないじゃない。私は生まれながらの禁忌の子なんだから」
「禁忌の子?」
「私は、獣人と人族のハーフなの。産まれてはいけない子なのよ」
私の説明を聞いて、パドは深刻な顔になった。
どうしたら私を助けられるか、必死に考えている表情だ。
結局、その場に現れたスーンとパドと共に私は隣村に向かうことになった。
その隣村には行商人がいるらしく、彼の馬車に乗せてもらえれば、テルグスまで行けるかもしれないそうだ。
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「どうして、あなた達は私を助けようとしてくれるの?」
夜道で問うた私の言葉。
パドは何故そんなことを聞かれるのかも分からない様子だった。
「どうしてって……だって、殺されるって言っていたじゃないですか」
「私は獣人から見ても、人族から見てもハンパ者なのよ。私を助ける義理なんて、あなた達にはないはず」
「女の子が殺されるって聞いたら助けようと思うじゃん」
当たり前のように答えるパド。
「何よそれ、新手のナンパ?」
「ナ、ナンパ!? ち、違うよ、そんなんじゃないって」
それまで頑なに敬語で話していたのが、崩れた。
中々に可愛らしい反応に、私はちょっとからかってみたくなる。
「そうよね。鱗の生えた人間、人族の男の子が好きになるわけないわよね」
「いや、あの、そういうことでもなくて。っていうか、リラはかわいいと思うよ。黒い髪もきれいだし」
顔を真っ赤にしながらそういうパド。
思えば、私はこの時から、少しずつパドに惹かれていったのだと思う。
そのあと、パドは私に自分の力を見せた。
「僕は、産まれながらに普通より200倍の力を持っています。産まれた直後に家を壊し、産婆さんを蹴飛ばして怪我をさせました。
そのことをずっと秘密にしていて、そのせいでお父さんやお母さんをずいぶん苦しめました」
「……200倍の力……」
「リラ、あなたが禁忌の子だというなら……ご両親を苦しめた自分が許せないというなら……それは僕も同じことです」
パドが私を励まそうとしてくれているのは理解できた。
それなのに、どうしても私はその言葉を素直に受け入れられなかった。
「僕の父は言ってくれました。
僕が産まれたとき、嬉しかったと。それはたぶん、どんな親でも同じだと思うと。
だから、きっとリラのご両親も、リラが産まれてきて良かったと感じていた思います」
「ガキのくせに、あんたに私の何が分かるのよ?」
「リラだって子どもじゃないですか」
「あんたよりは大人よ」
この言葉は嘘。
パドが転生者だと後に知ることになるが、そんな意味ではなくて。
仮にパドが見たまんまの実年齢だとしても、必死に励ましてくれる彼に意地を張って怒鳴り返す私の方が、よっぽどガキぽい。
それを自覚しつつも認められなかった。
「それに、私とあんたは違うわよ」
「どうしてですか?」
「だって、あんたは――あんたには両親と帰る家があるじゃない。
私にはもう、そんなものどこにもない!!
テルグスに行ったって、祖父母が受け入れてくれるかどうかなんてわからない!!」
我ながらひどいことを言っていると思った。
見ず知らずの私を助けてくれようとしている少年に、なんて身勝手な叫び声を浴びせているのだろう。
パドは押し黙り、悲しそうな顔をして、そして最後は申し訳なさそうにこう言った。
「……ごめんなさい」
パドに謝らせてしまった自分が許せなくて、私はそっぽを向いた。
「謝らないでよ。やっかいごとを持ち込んだのはこっちなんだから」
自己嫌悪でどうにかなりそうだった。
---------------
世の中そんなに上手くいくわけがない。
追っ手はすぐにやってきた。
ブルフおじさんとナターシャおばさん。
先日までの良き隣人は、殺意を込めた目で私を睨んでいた。
そして、ナターシャおばさんが追っ手だと知って悟る。
アベックニクスの暴走は彼女によるものだ。
ナーシャおばさんの因子はアベックニクス。獣人は因子を持つ動物を、ある程度操れる。
つまり、パド達の友達が怪我をしたのは、やっぱり私のせいだったのだ。
「リラ、人族の子に迷惑をかけちゃダメでしょう? さあ、里に戻りましょう」
ナターシャおばさんはそう言った。
今、この場で私を殺すつもりはないらしい。
ラクルス村の大人達も一緒についてきていたし、人族の前で騒ぎを起こしたくはないのだろう。
――だめだ。
――これ以上は迷惑をかけられない。
「パド、もういいわ。迷惑をかけてゴメンね。
スーンもありがとう。ジラとテルにもお礼を言っておいて。
ブルフおじさん、ナターシャおばさん、迷惑をかけてごめんなさい。
私は里に戻るから、パド達には手出ししないで」
私はすべてを諦めた。
その私の背に向かって、パドが問いかける。
「リラ、本当にいいの!?」
――いいわけない。
――こんなの納得できない。
――でも。
――これ以上、パドやスーンを巻き込めない。
「……ええ。元々、あの川原で私は死んでいたはずだったし。お父さんが殺されたときに、本当は私も死にたいって思ったし。
さっきも言ったでしょう。あんたに私の何が分かるのって。私とあんたは違うのよ。あんたやスーンには帰る場所があるんでしょう? 私はもう、死んでもいいのよ」
「嘘だ」
私の言葉をパドが否定する。
「だって、もし本当に死んでもいいと思っているなら、どうしてそんなに震えているんだよ!?」
――もう、やめてよ。
「死にたくないんだろ?」
――もういいのよ、パド。
「助けてほしいんだろ?」
私は怒鳴る。
「そんな言葉は助ける力がある人間が言うことよ。あんたがいくら馬鹿力を持っていても、どうにもならないこともあるのよ!! 分かりなさいよ!!」
「助けるよ。助けてみせるよ。だから、だから、君の本当の気持ちを言えよっ!!」
――私の本当の気持ち。
「じゃあ……助けてよ」
納得なんてできない。
できるわけがない。
ただ、産まれてきただけで禁忌などと言われて。
祖父母に倉庫に閉じ込められて。
お父さんを無残に殺されて。
私が何をしたって言うのよ。
「……リラ?」
「死にたくなんてない。こんなの悔しいよ。だから、助けてくれるなら助けてよ」
私の言葉に、パドが動いた。
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「リラ、僕を信じてもらえますか?」
追い詰められた崖の上で、パドは私にそう問いかけた。
私は小さく頷く。
「ならばどうする?」
「渡すくらいなら、一緒に死ぬさ」
尋ねるブルフおじさんに、にやっと笑ってパドは崖から飛び降りた。
抱きしめるパドの力はとてつもなくて。
私の腕が悲鳴を上げたけど、でもそれすらも暖かさに感じて。
ああ、そうか。
パドは私と一緒に死んでくれるんだ。
生まれ変われたら、彼と一緒になりたいな。
私はそんなことを考えながら地面に向かって落ちていった。
---------------
だけど違った。
パドは私を助けてくれた。
危険な相手と契約して、魔法を手に入れて。
私のために命を賭けてくれた。
のちにお師匠様になるブシカさんから獣人の歴史を聞いて。
「……私はやっぱり、呪われた子じゃない。お父さんが死んだのも、お母さんが死んだのも、パドやスーンを巻き込んだのも、全部私のせいじゃない。
私は産まれてきちゃいけない子だったのよ。私のせいで、みんな、みんな……
私の命なんて、何の意味もない。なのに、私のせいで……」
嘆くことしか出来ない私に、パドはそれでも優しかった。
こんなに迷惑をかけて、こんなに自分勝手なことを言い続けて、こんなに素直になれない私を、パドはそれでも救おうとしてくれた。
「もしも、あんたの命に何の意味も無いっていうならば、お父さんが殺されたことも、パドがあんたのために命をかけたことも、全部意味が無かったってことになるね」
ブシカさんの言葉は辛辣で。でも事実だった。
「じゃあ、教えてよ。私の命の意味って何!?」
「甘ったれるんじゃないよ。自分の命の意味なんていうのは、他人に教えてもらうもんじゃない。自分でみつけるもんだ」
私の命の意味なんて、本当に見つかるんだろうか。
そう思って小屋を飛び出した私に、パドが言った。
「僕は、リラに出会えて良かったよ。
もし、リラが産まれてこなかったら、僕はリラに会えなかった。リラの命の意味なんて僕には分からないけど、でも、リラが産まれてきて、ラクルス村に逃げてきたから、僕はリラと出会えたんだ。
僕は、リラと出会えて嬉しかった。だから、きっと意味があるんだよ。
ううん、意味があると僕は思う。そして、僕がそう思う以上、やっぱり意味はあるんだ」
私はその時、パドから命の意味をもらった。
私の命は、パドとこうして出会うためにあったのだ。
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その後、私はブシカさんに弟子入りした。
テルグスに行くよりも、その方がずっといいと思った。
お師匠様としての彼女はめちゃくちゃ厳しかった。
厳しかったけど、私に生きる術と人を助ける技術を教えてくれた。
この時、私はパドは凄く頼りになる子だと思った。
だけど、後になって私はパドがとても弱い部分を持っていると知る。
彼は真面目で優しくて、それでいてとても繊細な少年だ。
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