上 下
211 / 212
第13章 受け継ぐもの

第149話 異世界の月

しおりを挟む
 丸一日をかけて、やっとアンカー衛星を視界にとらえる事ができた。窓から見えるのは小さな光の点だけど、モニターで拡大すると先端が少し尖ったずんぐりとした楕円形の人工物。

 中央部は軌道ステーションに使われたのか、代わりの丸い小惑星を前後から移民船が挟み込んでいる形だ。金属光を放つ本体の後方半分には地上からも観測できた、巨大なエンジンが見て取れる。

「前後に分かれてるけど、そのまま移民船を使っているね」

 アンカー衛星としての重量を増すために、小惑星を使ったみたいだけど、このままでも宇宙空間を航行できる宇宙船のようになっている。

「さて、あの衛星と通信はできるかな」

 ビーコンを衛星に向けて発射してみる。このシャトルの元となったフライボードは、空の住人であるあの男が作った物だ。通信プロトコルも共通のものに合わせてくれていると思うんだけど。

「あっ、返信が帰って来た!」

 アンカー衛星からもビーコンが届き、係留のためのシーケンスが開始されたようだね。衛星前方の外壁ハッチがゆっくりと開いていく。

 近づくにつれてアンカー衛星の巨大さが分かる。破壊した軌道ステーションも町一つ分、直径七、八キロぐらいはあったかな。
 元々はそれを内包した、太陽系からここまでやって来た恒星間宇宙船だからね、全長は何十キロもあったんだろう。今は小惑星が間にあってもっと巨大になっている。

 元移民船だった前方側面の外壁ハッチが開き、小さなシャトルが中に誘導されていく。内部には桟橋のような物が何本も伸びていて、その内の一本にシャトルがドッキングする。外部ハッチは閉じられ桟橋から伸びた通路が、シャトル入り口のハッチに接続された。

 操作パネルには係留シーケンスが終了したことを示す文字が並ぶ。確認ボタンを押すとシャトル側のハッチが開き内部通路に出られるようになった。

 無重力状態で飛んで内部通路を進むと、白地に赤い三角のマークが向かい合わせになった扉が自動で開く。ここから先が宇宙船の船内という事かな。でも内部は暗いままで照明の光もない。
 警戒しながらその扉を潜った瞬間、首筋辺りにチクリと針が刺さるような感覚を受けた。

 侵入者を防ぐ、船内の防衛装置が働いたか!?

「ようこそマスター。あなたを管理者であると認識しました。どうぞ中にお入りください」

 天井から女性の人工音声が流れて、内部の照明が灯る。
 空に居たあの者達と同じ管理者だって? さっきチクリとしたのは、リビティナの細胞を採取して調べたのか? 空の住民達も同じ不死身の身体だからね、リビティナも管理者だと判断したようだ。

「君はこの船を司っている人工知能AIなのかな?」
「はい、私の事はハルカとお呼びください」
「じゃあ、ハルカ。この船の軌道を変えてほしいんだけど」
「現在、前任の管理者による全機能停止命令が発動されています。まずはメインブリッジでマスター登録をお願いします」

 ハルカの指示で船内のリニアバスに乗り込み、先頭に位置するメインブリッジへと向かう。降りた場所から指示された通路を急ぎ、何度目かの扉を開く。

「ここがブリッジとなります。どうぞ中へ」

 人工音声に従って入った場所は、外の様子が見渡せる窓のある大きな部屋。でも非常灯だけが灯っていて暗く、惑星ノウアルズからの反射光が眩しかった。

「一番上のシートに座り、前面のパネルに手を置いていただけるでしょうか」

 黒いパネルに手を置いた途端、ブリッジ内の照明が灯り、部屋中央部の空中にメインモニターが表示される。

「マスターのお名前を」
「ボクはリビティナだよ」
「現在この船の機能は停止状態となっています。管理者権限で停止状態の解除を行ないますか」
「停止解除を行なって、全権限をボクに移譲してくれるかい」
「了解しました、マスター」

 そのアナウンスと共にメインモニターに現在の軌道が赤い線で示され、衝突までのカウントダウンが表示される。

「リビティナ様。現在この船はノウアルズへの降下軌道を進んでいます。2日と22時間39分12秒で地表と接触します」
「分かっているよ。至急エンジンを始動して衝突を回避してくれ」
「了解しました、マスター。エンジン始動まで34秒お待ちください」

 しばらくすると部屋が僅かに振動した。

「エンジン始動。推力20%で加速します」

 メインモニターに青い線で惑星から離れていく今後の進路が表示された。良かった、これで地表への衝突は回避できたようだね。ほっと息をつく。

「到達地点はどうしましょうか。元の静止衛星軌道へ投入しましょうか」
「そんな遠くなくていいよ。惑星の様子が見れる安定した位置にしてくれるかい」
「赤道上空一万キロの位置はどうでしょうか。大陸全土が見渡せます」
「そうだね。それがいいね」

 窓から直接大陸が見える位置で周回しよう。
 地表ではティーアやアルディアがこの衛星を観測してくれている。今頃は衝突が回避されたことを知って喜んでいるかな。
 アンカー衛星は予定された軌道に乗り、安定して惑星を周回するようになった。

 今後この衛星は、惑星ノウアルズを周回する月となる。前の地球の月と違って小さいだろうけど、地表からでも肉眼で楕円の形が分かる明るい星として見ることができる。

「これならボクも、地上の眷属達も寂しくはないさ」

 ――さて、これからボクはここで長い眠りにつくよ。

 照明を落として暗くなった室内、窓の外には愛しい眷属達が住む大地が見て取れる。ネイトスが言ってくれた、必ず迎えに行きますとの約束を胸に、君達を見守りながらここで眠り続けよう。
 この星を受け継いだ君達の幸せを、いつまでも祈っているよ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【改訂版】目指せ遥かなるスローライフ!~放り出された異世界でモフモフと生き抜く異世界暮らし~

水瀬 とろん
ファンタジー
「今のわたしでは・・ここにある・・それだけ」白い部屋で目覚めた俺は、獣人達のいる魔法世界に一人放り出された。女神様にもらえたものはサバイバルグッズと1本の剣だけ。 これだけで俺はこの世界を生き抜かないといけないのか? あそこにいるのはオオカミ獣人の女の子か。モフモフを愛して止まない俺が、この世界で生き抜くためジタバタしながらも目指すは、スローライフ。 無双などできない普通の俺が、科学知識を武器にこの世界の不思議に挑んでいく、俺の異世界暮らし。 ―――――――――――――――――――――――――――― 完結した小説を改訂し、できた話から順次更新しています。基本毎日更新します。 ◇基本的にのんびりと、仲間と共にする異世界の日常を綴った物語です。 ※セルフレイティング(残酷・暴力・性描写有り)作品

彼氏に身体を捧げると言ったけど騙されて人形にされた!

ジャン・幸田
SF
 あたし姶良夏海。コスプレが趣味の役者志望のフリーターで、あるとき付き合っていた彼氏の八郎丸匡に頼まれたのよ。十日間連続してコスプレしてくれって。    それで応じたのは良いけど、彼ったらこともあろうにあたしを改造したのよ生きたラブドールに! そりゃムツミゴトの最中にあなたに身体を捧げるなんていったこともあるけど、実行する意味が違うってば! こんな状態で本当に元に戻るのか教えてよ! 匡! *いわゆる人形化(人体改造)作品です。空想の科学技術による作品ですが、そのような作品は倫理的に問題のある描写と思われる方は閲覧をパスしてください。

バイクごと異世界に転移したので美人店主と宅配弁当屋はじめました

福山陽士
ファンタジー
弁当屋でバイトをしていた大鳳正義《おおほうまさよし》は、突然宅配バイクごと異世界に転移してしまった。 現代日本とは何もかも違う世界に途方に暮れていた、その時。 「君、どうしたの?」 親切な女性、カルディナに助けてもらう。 カルディナは立地が悪すぎて今にも潰れそうになっている、定食屋の店主だった。 正義は助けてもらったお礼に「宅配をすればどう?」と提案。 カルディナの親友、魔法使いのララーベリントと共に店の再建に励むこととなったのだった。 『温かい料理を運ぶ』という概念がない世界で、みんなに美味しい料理を届けていく話。 ※のんびり進行です

航海のお供のサポートロボが新妻のような気がする?

ジャン・幸田
恋愛
 遥か未来。ロバーツは恒星間輸送部隊にただ一人の人間の男が指揮官として搭乗していた。彼の横には女性型サポートロボの登録記号USR100023”マリー”がいた。  だがマリーは嫉妬深いし妻のように誘ってくるし、なんか結婚したばかりの妻みたいであった。妻を裏切りたくないと思っていたけど、次第に惹かれてしまい・・・ 予定では一万字前後のショートになります。一部、人体改造の描写がありますので、苦手な人は回避してください。

日は沈まず

ミリタリー好きの人
歴史・時代
1929年世界恐慌により大日本帝國も含め世界は大恐慌に陥る。これに対し大日本帝國は満州事変で満州を勢力圏に置き、積極的に工場や造船所などを建造し、経済再建と大幅な軍備拡張に成功する。そして1937年大日本帝國は志那事変をきっかけに戦争の道に走っていくことになる。当初、帝國軍は順調に進撃していたが、英米の援蔣ルートによる援助と和平の断念により戦争は泥沼化していくことになった。さらに1941年には英米とも戦争は避けられなくなっていた・・・あくまでも趣味の範囲での制作です。なので文章がおかしい場合もあります。 また参考資料も乏しいので設定がおかしい場合がありますがご了承ください。また、おかしな部分を次々に直していくので最初見た時から内容がかなり変わっている場合がありますので何か前の話と一致していないところがあった場合前の話を見直して見てください。おかしなところがあったら感想でお伝えしてもらえると幸いです。表紙は自作です。

進学できないので就職口として機械娘戦闘員になりましたが、適正は最高だそうです。

ジャン・幸田
SF
 銀河系の星間国家連合の保護下に入った地球社会の時代。高校卒業を控えた青砥朱音は就職指導室に貼られていたポスターが目に入った。  それは、地球人の身体と機械服を融合させた戦闘員の募集だった。そんなの優秀な者しか選ばれないとの進路指導官の声を無視し応募したところ、トントン拍子に話が進み・・・  思い付きで人生を変えてしまった一人の少女の物語である!  

残酷な淫薬は丸出しの恥部目掛けて吹き付けられる

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

売られていた奴隷は裏切られた元婚約者でした。

狼狼3
恋愛
私は先日婚約者に裏切られた。昔の頃から婚約者だった彼とは、心が通じ合っていると思っていたのに、裏切られた私はもの凄いショックを受けた。 「婚約者様のことでショックをお受けしているのなら、裏切ったりしない奴隷を買ってみては如何ですか?」 執事の一言で、気分転換も兼ねて奴隷が売っている市場に行ってみることに。すると、そこに居たのはーー 「マルクス?」 昔の頃からよく一緒に居た、元婚約者でした。

処理中です...