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第11章 空の神
第124話 移民政策2
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俺の家にも教国の役人がやって来て、魔国への移住を希望するか聞いてきた。魔国では魔王の眷属になり、神の子だとかの姿で魔国のために働くそうだ。
移住などしたくない、この土地で酪農を続けるのだと言うと、この土地は自治区となり人族の物になる。将来、魔国に行かないなら余所の土地に移るようにと言われた。
「なんの関係もない俺達が、なぜこの地を追われないといけないんだ」
戦争の時もそうだった。教団関係者が来て、神のために戦えと言ってきた。村から離れたこんな山間の教会もない場所で、馬や牛と暮らしている俺達に戦争など遠い地の事だ。それよりも魔獣の脅威を、神の力とやらで何とかしてもらいたいものだ。
だが国が決めた事に逆らえはしない。仕事を続けられるのかと聞くと、西にある広い牧場を用意していると言う。その牧場主が魔国への移住を希望しているから、その土地をそのまま俺にくれるらしい。
「ここには二十頭もの牛が居るんだ。そんな遠くまでお前達が運んでくれるんだろうな」
「その点に関しては、魔国の方で対処してもらう事になります。ではボルテイスさんは教国に残るという事でよろしいですね」
そんな事を言って役人は帰って行った。役人仕事とはこのような事を言うんだろうな。近くの村に降りて聞いてみると、半数は教国に残るからと強制移住させられるらしい。
五十人程の小さな村だ。半数が残っても村として成り立たない。残る者はここより西の平地にある町に移り住むようだ。
「どのみちこの村の行く末は暗い。これを契機に病院のある場所に行くのもいいだろう」
病気の親を抱える友人が俺に話す。東に暮らす者は貧しい者が多い。西の聖地に近づくほど豊かで便利になる。だが俺にはあの牧草地が必要だ。
「役人が言っていた牧場。一度行ってみんといかんな」
国が用意したと言う移住先。もしもダメな土地なら自治区に居残るという選択もあり得るか……。
四日をかけ乗合馬車で移住先の牧場に来てみた。ここは俺の倍の規模を持つ酪農家が経営している場所。牛舎や穀倉の設備も立派だ。
「この土地にある物を全て俺がもらえるのか!」
「ああ、もうこの土地には用がないのでな」
魔国に移住すると言う、ここの経営者が惜しげもなく全てを後継者の俺に引き継ぐと言った。
「妻がどうしても魔国に行きたいと言ってな、魔国で酪農を続けられるか聞いてみたんだ」
魔国の役所に手紙を送ると、移住者のための牧草地を見学してはどうかと返事が来たそうだ。魔国の国境まで行くと、他にもその地を見学する人がいて、用意された馬車で現地まで行ってここの経営者は驚いたと言う。
「広大な土地に農園が広がっていてな、その一角に牧草地があるんだ」
「農地の一部……。俺達は農業をやらんぞ」
「移住してきた農家が、その畑を使うらしい。俺達が飼っている牛の糞尿をワラに混ぜて農家に渡すと、いい肥料になるそうだ」
移住者が集まって、新しい町で共同して暮らすようだな。商人などもいて割と大きな町らしい。
「牛の乳を集めてチーズやバターに加工する場所があってな、毎日加工品を出荷しているそうだ」
牧場近くに大きな工場があって、複数の酪農家から乳が運ばれて来るらしい。その日の内に加工し、冷やして保存し遠くの町へと運ぶそうだ。クウユとかいう方法で他国にも送れるらしい。牛の乳は日持ちしない。バターでも二週間程が限度だから近場でしか売れないはずなのだが。
「氷を長持ちさせる箱があってな、馬車でエルメスの都まで新鮮なまま届けられる。あんな大きな都で買ってくれるから、生産が追いつかないそうだ」
商売の方法が全然違うと、ここの経営者が目を輝かせて俺に話してくれた。農家や商売人など専門家が協力して、物を作り運び商売する。俺一人ではできない事を魔国では組織的に行なっているようだな。
何にせよ、ここの牧場主は準備出来次第ここから出ていくそうだ。ここなら俺も仕事を続けられそうだ。
そして移住の日。朝起きると牧場の前に屋敷が建っていた。
「な、何なんだ!」
「牛や家財道具など、この中に移動させていただけますか」
魔国から移動のための乗り物を持って来たと言う。この屋敷のような物が乗り物だと……。言われた通り屋敷の中に牛などを移動させた。中は窓もない広い場所。部屋が振動したと思ったら、今まで感じたこともないフワッとした感覚に襲われた。
しばらくすると別の移住者が入って来て二階へと向かう。
次の日の朝。移住先に到着したと言われて扉を出ると、以前に馬車で四日もかけて行った牧草地の前だった。夢でも見ているようだ。
「あなたが言っていた通り、素晴らしい場所じゃない。ここに来れて良かったわね」
「そうだな。俺の決断は間違っていなかったよ」
広く設備の整った牧場に妻は喜び、二人して酪農に励む。新しい牧場で生活して半年。新たな従業員も雇い仕事も順調に進んでいた矢先、仕事中に妻が倒れた。
急いで家に運び入れたが、高熱を出してもがき苦しんでいる。この牧場の近くに医者はいない。一晩中苦しむ妻に薬草を飲ませて様子を見守るしかなかった。
明け方、妻の体に異変が現れた。
「何なんだこれは!? これは眷属の姿じゃないか!」
妻は体中の毛皮が剥がれ落ち、俺達が拒否していた魔王の眷属の真っ白な姿になっていた。
---------------------
【あとがき】
お読みいただき、ありがとうございます。
今回で第11章は終了となります。
次回からは 第12章 ラグナロク編です。お楽しみに。
お気に入りや応援、感想など頂けるとありがたいです。
今後ともよろしくお願いいたします。
移住などしたくない、この土地で酪農を続けるのだと言うと、この土地は自治区となり人族の物になる。将来、魔国に行かないなら余所の土地に移るようにと言われた。
「なんの関係もない俺達が、なぜこの地を追われないといけないんだ」
戦争の時もそうだった。教団関係者が来て、神のために戦えと言ってきた。村から離れたこんな山間の教会もない場所で、馬や牛と暮らしている俺達に戦争など遠い地の事だ。それよりも魔獣の脅威を、神の力とやらで何とかしてもらいたいものだ。
だが国が決めた事に逆らえはしない。仕事を続けられるのかと聞くと、西にある広い牧場を用意していると言う。その牧場主が魔国への移住を希望しているから、その土地をそのまま俺にくれるらしい。
「ここには二十頭もの牛が居るんだ。そんな遠くまでお前達が運んでくれるんだろうな」
「その点に関しては、魔国の方で対処してもらう事になります。ではボルテイスさんは教国に残るという事でよろしいですね」
そんな事を言って役人は帰って行った。役人仕事とはこのような事を言うんだろうな。近くの村に降りて聞いてみると、半数は教国に残るからと強制移住させられるらしい。
五十人程の小さな村だ。半数が残っても村として成り立たない。残る者はここより西の平地にある町に移り住むようだ。
「どのみちこの村の行く末は暗い。これを契機に病院のある場所に行くのもいいだろう」
病気の親を抱える友人が俺に話す。東に暮らす者は貧しい者が多い。西の聖地に近づくほど豊かで便利になる。だが俺にはあの牧草地が必要だ。
「役人が言っていた牧場。一度行ってみんといかんな」
国が用意したと言う移住先。もしもダメな土地なら自治区に居残るという選択もあり得るか……。
四日をかけ乗合馬車で移住先の牧場に来てみた。ここは俺の倍の規模を持つ酪農家が経営している場所。牛舎や穀倉の設備も立派だ。
「この土地にある物を全て俺がもらえるのか!」
「ああ、もうこの土地には用がないのでな」
魔国に移住すると言う、ここの経営者が惜しげもなく全てを後継者の俺に引き継ぐと言った。
「妻がどうしても魔国に行きたいと言ってな、魔国で酪農を続けられるか聞いてみたんだ」
魔国の役所に手紙を送ると、移住者のための牧草地を見学してはどうかと返事が来たそうだ。魔国の国境まで行くと、他にもその地を見学する人がいて、用意された馬車で現地まで行ってここの経営者は驚いたと言う。
「広大な土地に農園が広がっていてな、その一角に牧草地があるんだ」
「農地の一部……。俺達は農業をやらんぞ」
「移住してきた農家が、その畑を使うらしい。俺達が飼っている牛の糞尿をワラに混ぜて農家に渡すと、いい肥料になるそうだ」
移住者が集まって、新しい町で共同して暮らすようだな。商人などもいて割と大きな町らしい。
「牛の乳を集めてチーズやバターに加工する場所があってな、毎日加工品を出荷しているそうだ」
牧場近くに大きな工場があって、複数の酪農家から乳が運ばれて来るらしい。その日の内に加工し、冷やして保存し遠くの町へと運ぶそうだ。クウユとかいう方法で他国にも送れるらしい。牛の乳は日持ちしない。バターでも二週間程が限度だから近場でしか売れないはずなのだが。
「氷を長持ちさせる箱があってな、馬車でエルメスの都まで新鮮なまま届けられる。あんな大きな都で買ってくれるから、生産が追いつかないそうだ」
商売の方法が全然違うと、ここの経営者が目を輝かせて俺に話してくれた。農家や商売人など専門家が協力して、物を作り運び商売する。俺一人ではできない事を魔国では組織的に行なっているようだな。
何にせよ、ここの牧場主は準備出来次第ここから出ていくそうだ。ここなら俺も仕事を続けられそうだ。
そして移住の日。朝起きると牧場の前に屋敷が建っていた。
「な、何なんだ!」
「牛や家財道具など、この中に移動させていただけますか」
魔国から移動のための乗り物を持って来たと言う。この屋敷のような物が乗り物だと……。言われた通り屋敷の中に牛などを移動させた。中は窓もない広い場所。部屋が振動したと思ったら、今まで感じたこともないフワッとした感覚に襲われた。
しばらくすると別の移住者が入って来て二階へと向かう。
次の日の朝。移住先に到着したと言われて扉を出ると、以前に馬車で四日もかけて行った牧草地の前だった。夢でも見ているようだ。
「あなたが言っていた通り、素晴らしい場所じゃない。ここに来れて良かったわね」
「そうだな。俺の決断は間違っていなかったよ」
広く設備の整った牧場に妻は喜び、二人して酪農に励む。新しい牧場で生活して半年。新たな従業員も雇い仕事も順調に進んでいた矢先、仕事中に妻が倒れた。
急いで家に運び入れたが、高熱を出してもがき苦しんでいる。この牧場の近くに医者はいない。一晩中苦しむ妻に薬草を飲ませて様子を見守るしかなかった。
明け方、妻の体に異変が現れた。
「何なんだこれは!? これは眷属の姿じゃないか!」
妻は体中の毛皮が剥がれ落ち、俺達が拒否していた魔王の眷属の真っ白な姿になっていた。
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【あとがき】
お読みいただき、ありがとうございます。
今回で第11章は終了となります。
次回からは 第12章 ラグナロク編です。お楽しみに。
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