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第6章 魔族の国

第34話 外交 キノノサト国3

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 お城まで行くには深い堀に架かる橋を二回越えないといけない。厳重な門を潜り、迷路のような道を進んでやっと天守閣に辿り着く。

「ここより先は靴を脱いで……」
「分かっている!」
「し、失礼いたしました」

 低い声で一言いうと、玄関にいた兵士が慌てて下がって行った。
 昨日の事もあって少し気が立っているようだ、何せ徹夜だったからね。別に不機嫌なのを隠すつもりもないけど。

 リビティナの前を案内役は一言も話さず先を行く。恐怖で顔が引きつっているのが後ろからでも分かる。

 三階に上がった廊下の左、広い木の引き戸の前でこの奥が控えの間であると言われた。ふすまではない分厚い木の引き戸が開かれると五メートル四方ほどの部屋、その先に同じような木の二枚扉がある。その左右には役人らしき鬼人族が二人床に座る。

 ここまでは板の間の廊下を歩いてきたけど、この部屋には分厚いクリーム色の絨毯が敷かれている。畳でないところは異世界と言うべきか。
 そのふかふかの床にそのまま眷属達は座るけど、後ろの獣人達は直接床に座る習慣がないのか戸惑いつつもリビティナ達に習い座る。

 しばらく待っていると控室に座っていた役人が立ち上がり、扉の向こう側に向かって大きな声を出す。

「魔王殿、御入場されます」

 扉を開けその役人が先導するように部屋の中へと入っていく。

 開けられた扉の先には一段高い場所、左側に男性の鬼人族二人が正座をしている。
 エリーシアが長男のゾワエルと次男のガリエルであると告げてきた。両者とも副将軍の地位にあるという。一段下のリビティナ達と同じ高さの場所には、四人の護衛と六人の役人が壁際に座る。

 その場所より遠い位置に四列に並んだ細長い木の箱のような物。背もたれのない長椅子のようで、そこに座るように促された。

「大将軍様、御出座~」

 その声と共に右より仰々しい服を着た大将軍が出てきた。黒と紫色を基調とした着物のようだけど、やたらと袖が長かったり肩が外に広がっていたり、足元もだぶだぶだよ。
 より多くの生地を使った着物を着る事が権威の象徴らしいから、こうなっちゃうんだろうけど……。あれじゃ歩きずらいだけだよね。

 中央に置いてある座布団に座り、体を斜めにひじ掛けに腕を乗せる。着席したのを確認して前にいた役人が口を開く。

「中央におられる方が大将軍のダグスエル・セルガワ様。こちらが左将軍のゾワエル・セルガワ様、次に……」

 キノノサト国の紹介が終わり、魔国の紹介をするが、外務大臣のエリーシアと紹介されたところで前方に座る将軍三人が目を止める。
 眷属となり人間の顔ではあるが、目やその長い黒髪は以前の鬼人族のまま。それを確かめるように注視している。

「大将軍様におきましては壮健であらせられ、此度の訪問受け入れていただき感謝しております。不可侵条約の締結に向け……」
「そのような茶番、もう良いわ。魔王よ、なぜ余が不可侵などというものを認めねばならんのだ」

 大将軍が手元の書類を投げ捨て言い放つ。事前協議を全く無視し根本的なところへと話を蒸し返してきた。

「大昔のように我ら魔族と再び戦うと言うのか。お前ら鬼人族は成長していないようだな」

 魔族の伝承を臭わせつつ挑発してきた相手に反発の意を示す。

「貴様! 大将軍様に向かって無礼であるぞ」
「無礼はどちらか!!」

 低い声を魔力波に乗せ叩きつける。直接頭に響くその声に将軍や役人達がビクッと体を震わせた。左右の護衛の者がなんとか気を張り腰の刀に手をやるが、震えて緩めた鯉口とはばきがカチャカチャと音を立てる。

 今度は魔力波に言葉を乗せず、普通に口からの言葉のみを発する。

「大将軍よ、何様のつもりだ。たかが行政官の長である貴様ごときが、王である我に直接言葉を交わせると思っておるのか。役者不足と思い知れ」

 実権を握っているとはいえ、この国を統治する者ではない政府の長。

「我と話がしたくば、巫女を呼んで来るのだな」

 正論を投げかけられ反する言葉はないようだね。いちいち脅しをかけないといけないとは面倒な事だよ。

「大将軍よ。条約に関する話であれば、首相である俺が受けよう」

 大将軍のカウンターパートナーとしては、ネイトスが正解だからね。

「不可侵を受け入れねば争いが続くことになる。大将軍殿はそれでも良いと考えるのか」
「小さき魔国が、余と戦いで勝てると……」
「大将軍様。わたくし達は既に王国と友好条約を結んでおります」

 そう口を挟んだのは外務大臣であるエリーシア。

「魔国と戦争するという事は、王国をも敵に回すという事になります」
「余の国は帝国と同盟を結び、妖精族とも友好的である」

 同盟の力をもってすれば、王国相手でも戦えると主張したいのだろう。

「先日、妖精族のエルフィが空を飛ぶのを見て城下の者は驚いていた様子。妖精族との繋がりが薄くなっているのではありませんか」

 妖精族のミシュロム共和国とは同盟ではなく、経済的な友好関係。昔に比べ取引が縮小し、街中に妖精族を見かけなくなっているのではとエリーシアが問いただす。

「この後、魔国はミシュロム共和国と友好条約を結びに行きます。そうなれば孤立するのはキノノサト国の方ではないでしょうか」

 軍事的な繋がりはなくとも、物資の供給など経済面で妖精族の支援は必要になってくる。全面戦争になった場合、自国だけで賄えるとは思えない。その点、王国は南のヘブンズ教国とも友好関係にある。経済面においてもキノノサト国を大きく上回っている。

 でもそんな事は既に了解済みのはず。こんな国際情勢があるからキノノサト国は不可侵条約の事前協議に応じて、今まで話し合ってきたはずだけどね。

 こちらを試している? 今までは王国から借りている官僚による協議。今の魔族がこの大陸の事をどこまで把握しているかを探ったのか。

「ノルキア帝国とは条約を結ばんようだが、魔国が攻め込む意図が見えるのだがな」
「先方が条約締結を拒否しているだけの事。魔国から攻め入ることは無い」

 ネイトスが堂々とした態度できっぱりと言ってのける。

「それはどうかな。現に王国の手を借り帝国国境に部隊を展開しているではないか」
「自国を守るのは当然」
「ならば、我らの軍を帝国に派遣して帝国内を守るのも可能であると言う事だな」
「今回の不可侵条約は貴国と魔国との二国間で交わすもの。帝国が貴国の軍を受け入れて戦うと言うなら、その結果は帝国が負う事となる」

 そうなればキノノサト国とアルメイヤ王国との代理戦争になってしまう。それは避けたい事ではあるけど、ノルキア帝国と条約を結べない現状では、また戦争が起きる可能性は残ってしまう。

「それらを踏まえた上で、条約を結ぶかは貴国の判断。結ばないなら明日、国境を越え攻められても文句は言えんという事だ。その力は示したはずだが」
「我らは、そなたら魔族が世界を征服するのを阻止したいだけ。前回の惨事は繰り返さぬぞ」

 世界征服を目論む魔族を倒す勇者にでもなったつもりなのかな。なんでそんな発想になっちゃうんだろうね。このままだと条約締結をしない最悪の判断を下すかもしれないね。

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