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第6章 魔族の国

第32話 外交 キノノサト国1

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「エリーシア達はキノノサト国へ向かっているんだよね」
「はい、二週間ほど前にミノエル君と一緒に里を出ましたから、もう数日で首都へ着く予定ですね」

 元鬼人族のエリーシアには、外務大臣兼外交官としてキノノサト国へ馬車で行ってもらっている。息子のミノエル君が寂しがるといけないので、一緒に行ってもらう事にした。
 ミノエル君は大将軍の孫にあたる。大将軍の座を継ぐことはないだろうけど、この機会にお祖父さんに会いに行くは悪い事じゃないさ。

「じゃあ、ネイトス。一日里で休んでから、キノノサト国へ出発しようか」
「ねえ、あたしも連れて行ってくれるんでしょう」
「まあ仕方ないね。エルフィは鬼人族のことに詳しいんだろう。向こうで色々と教えてくれよ」
「ええ、任せなさい」

 とは言え、内情についてはキノノサト国のお城に住んでいたエリーシアから詳しく聞いている。宮廷の巫女の存在や大将軍との力関係など、条約を結ぶ上での情報は既にある。

 国の実権を握っているのは大将軍。宮廷は権威の象徴として存在し国民をまとめている、二重構造の珍しい国だね。宮廷は神事を行なう巫女達で運営され、独自の軍も持っているから、大将軍の意のままという訳でもないらしい。

 今回の不可侵条約の調印式も水面下での交渉は終わっていて、互いの文官が口上を述べて締結される運びになっているから、心配ないとは思うんだけど。


 キノノサト国への出発の朝。いつものようにネイトスを吊り下げ、エルフィを抱えて飛び立つ。

「丸一日かけて、首都のひとつ手前の町まで飛んでいくよ」
「ねえ、リビティナ。国境検問所は通らなくてもいいの?」
「エリーシアが乗っている馬車に、ボクもネイトスも乗っていることになっているんだ。ややこしい手続きをしなくていいから助かるよ」

 キノノサト国との国境検問所は一つだけ。今まで住民の往来は無く、交渉のために赴いた役人だけが行き来している。ほとんど封鎖状態と言ってもいいほどだ。
 キノノサト国の首都は、南東方向に直線で千キロメートル程だろうか。王都より近いから楽だね。

 夕方。待ち合わせの町に到着して上空から街中を眺めると、宿屋に停められている魔国の馬車はすぐに見つかった。艶のある黒塗りの箱馬車が五台並んでいると良く目立つね。一旦町の外に降りて仮面を付けてから町に入る。

「思っていたより早く着いてたんだね」
「リビティナ様~」

 エリーシア達が泊まっている宿の部屋に入ると、ミノエル君がリビティナの姿を見るなり元気に駆け寄って来た。

「元気にしてたかい。馬車の旅、辛くなかったかな」
「ううん、母様と一緒で楽しかったよ。あのね、あのね」

 ミノエル君が旅の楽しかった様子を話してくれる。小さな頃から眷属の里で暮らし、七年近く外に出たことがなかったからね。お母さんとの旅が余程嬉しかったのかな。
 今までと違って気兼ねなく里の外に出られる。今回、意図せずに眷属達の国を持てたことが良かったんだと初めて実感できたよ。

「これ、これ、ミノエル。リビティナ様はお仕事で来られているんですよ」
「は~い」
「王国の方はどうでしたか」
「順調だったよ、国王さんや公爵さんとも話ができてね。みんないい人達だったんだ」

 王国の調印式の様子をエリーシアに詳しく話す。外務大臣として王国の様子は知っておいてもらいたいからね。

「キノノサトでも上手くいけば良いのですが。御義父様……大将軍様は少し気難しい方ですので」
「大丈夫だよ。事前協議はできているんだし、いざとなればボクが何とかするよ。エリーシアは里帰りすると思って気楽にしていてくれよ」

 今回は友好条約じゃなくて不可侵条約だ。敵対しつつもお互い攻め込まないようにしようというもの。条約の内容など相容れない箇所もあるけど、戦争を回避するつもりがあるなら締結する事は難しくないさ。
 エリーシアの話を聞くと大将軍というのは、家柄や格式を重んじる古風な人のようだね。


 翌朝、馬車五台を連ねてキノノサト国の首都へと向かう。ここからなら一日掛からずに到着する予定だ。
 前後を文官達が乗る馬車。車列の左右には馬に乗った護衛の兵士が付く。リビティナが乗る中央の馬車には、里でエリーシアを護衛していた鬼人族の二人が常に付いている。

 その馬車の中、エリーシアとネイトスとで最終調整を行なう。そのためミノエル君とエルフィには一つ後ろの馬車に乗ってもらっている。

 昼を過ぎ夕方にはまだ早い時間、遠くに大将軍が住むと言うお城が見えてきた。

 首都を巡る石の城壁、都市中央の小高い場所に岩を組んだ石垣があり、その上に天守閣のような建物が建てられている。日本の大昔のお城がこんな形だった。

「リビティナ様は物知りですわね。他国にはない形のお城ですから、初めて目にする方は驚かれるのですけど」

 そう言ってくるのはエリーシア。

「お城に住んでいたはずのミノエル君の方が、大きなお城を見てはしゃいでいるみたいだよ」

 後ろの馬車の窓から身を乗り出すミノエル君。エルフィも顔を出してお城を指差し何か楽しそうに話しているよ。それを見てエリーシアも微笑む。

「大きな都市なんだね」
「政府全ての中枢機関が集まっている所ですので」
「でもキノノサト国を統治しているのは、巫女様という地位の人物なんだろう。その人はどこに住んでいるんだい」
「ここよりも先、もっと東方にある場所ですが、国内でも皇都である東宮に入れるのはごく僅かの者だけ。国外の者は入る事ができません」

 東宮は土地の名前じゃなくて、巫女達が住む町を東宮と呼びそこが宮廷になると説明してくれた。


 お城の都市が近くなってきた。首都、ガウリル。その城壁は高く何人なんぴとも寄せ付けない重厚な感じの壁だ。武力を誇るキノノサト国らしいね。
 その城門で魔国の者であると書類を見せると、まだお城の準備ができていないので、今日は街中の宿泊施設に泊まるように指示された。

 確かに、調印のためにガウリルに訪れるのは明日以降、一週間以内となっている。交通機関の整っていないこの世界では予定が狂う事も多く、ある程度の期間を設けている。

「少し早く来ちゃいましたからね。もうすぐ日暮れですし指定された宿に向かいやしょう」

 門番と打ち合わせしていたネイトスが各馬車の御車に指示して宿屋に向かう。城門にいた兵士に先導されて行った先は、貴族が泊まるような宿屋で、広い敷地にこぢんまりとした木造の建物が建つ高級旅館。馬車五台と護衛の馬を停めても余裕がある。

「魔国御一行様ですね。将軍様より接待するように言い使っております。どうぞお部屋へ」

 玄関から上がる際に靴を脱ぐようにと言われたけど、眷属の人達は言われるまでもなく靴を脱いで上がっていく。獣人の文官達はこんな高級な宿に泊まったことは無く、戸惑った様子でオタオタとリビティナ達に続いた。

「ここは、大浴場もあるらしいよ。エリーシア達も一緒に入ろうか」
「そうですわね。今までお風呂もなくてのんびりできませんでしたから、嬉しいですわね。良かったわね、ミノエル」
「はい、母様。食事前に入りに行こうよ」

 キノノサト国でも、お風呂があるのは一部の貴族と、こういう高級旅館だけのようだね。ゆったりとお湯に浸かって、その後、豪華な食事をいただく。
 キノノサト国はリビティナ達を歓迎してくれているのか、いい旅館を用意してくれたよ。
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