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第3章 安住の地

第33話 森への侵攻3

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 翌日。俺達の小隊長から木の盾が一人ひとりに渡された。森に生えている木を伐って、急遽作ったようだな。四角い木の板の裏に手を通す革帯が一本と、木の持ち手だけが取り付けられた簡易型の小さな盾だ。

「いいか、お前達。敵陣の前面に行くまでの間、この盾を頭上にかざして敵の矢を防げ」

 俺達弓隊の後方に位置する魔術師部隊にも同じ物が支給されていて、敵陣を射程に入れるまで矢を防ぎ切ろうと言う作戦のようだな。

「だが、前方にあまり行きすぎるなよ。お前達を守る前衛が強力な矢で倒されてしまうからな」

 三日前の戦闘で、戦場から持ち帰った全体が鉄でできた矢を見せてもらった。その矢が頑丈な鎧を貫いたそうだ。矢尻付近がどす黒く変色している。これを受けた騎士は死んだのだろうな。

 鉄でできたあんな重い矢を高速で飛ばせる弓、新兵器と言われるだけのことはある。俺の弓であの矢を飛ばせば、弦の方が切れてしまうだろう。

 今日は盾を持って前進する訓練だ。実戦と同じように矢筒を腰に括り付け、肩に矢を担ぐ。そして支給された胴体の幅しかない小さな盾を片手で持って頭上に掲げる。
 この密集隊形で移動すれば、腹や足に矢が刺さることもないだろう。

 俺達の軍隊は、強固な前衛と一緒に前進し敵を攻撃する古くからある戦法を使う。一番確実で安全な戦い方だ。これで今まで何度も敵に勝利してきた。

「これなら、次の戦いはいけそうだな。勝てばやっと屋根の下で寝る事ができるぞ」
「こら、そこ。私語を慎んで訓練に集中しろ!」
「へ~い。すいませんでした~」

 またライルのせいで小隊長に怒られちまった。だが領地を出て二週間、野営のテント暮らしにも飽きてきたところだ。早く屋根の下のベッドでゆっくりと寝たいものだ。

 前日の訓練も終わり、四日前と同じ戦場に出る。
 右手には深い森、別動隊が全滅した森だ。側面の森には偵察が入っていて、伏兵などいない事が確認されている。そうは言われても近づきたくない不気味な森だ、足の傷が疼く。冒険者時代、森には何度も入ったが、ここの森は普通の森とは違う気がする。

 「盾を構え! 前進!」

 部隊長の号令の元、五百人になる部隊が整然と隊列を組んで前進する。訓練通り、木の盾を頭上にかざして前進して行くと、まだまだ敵陣は遠いというのに盾に矢が突き刺さる。
 時折、矢が体に刺さり悲鳴を上げる魔術師がいるな。日頃持ち慣れない装備だからな、これで死ぬ不運な奴もいるんだろう。

 予定通り前進して、もうすぐ敵陣を射程に捕らえられると思った瞬間、右の部隊から凄まじい悲鳴が聞こえた。

「何だ、一体どうしたんだ?」

 ライルが盾を降ろして、右手の様子を覗う。矢が当たった程度の悲鳴ではないな。どこからの攻撃なんだ? と思っていると風で体が吹っ飛ばされた。

「な、なんだ!!」

 俺のいる弓小隊が皆倒れ込んでいる。突風かそれとも火魔法の爆発か!

「おい、ライル。大丈夫か」

 横で倒れているライルの肩を掴んで起こすと、ザクロの実のようにつぶれた血まみれの頭がそこにあった。

「ゲイン! ライルが……ライルが殺られちまった!!」
「おい、あれを見ろ」

 隣りのゲインが恐怖に顔を引きつらせて、上空を指差す。そこには足の岩を落としながら、上空を舞う怪鳥スパルナの姿があった。しかも五体が編隊を組んで飛んでいる。

「な、なんでこんなところにスパルナがいるんだ!」

 あいつは森の奥深く、山の崖近くにしか生息していないはずだ! それが五体も……。岩を落としたスパルナが炎を吐きながら、尚も俺達の上空を飛び回る。

 早く弓で攻撃を仕掛けないと、焦れば焦るほど弓が手に付かない。
 この密集隊形で周りの獣人達も、手に持った盾も邪魔で弓を構えられない。
 魔術師部隊も同じなのか、本来なら弓と魔法で上空の魔獣をけん制できるのだが、散発の攻撃しかできずスパルナの炎に後方部隊が焼かれる。

「ゲイン! 前方の砦からも敵が攻めてきたぞ」
「こ、こっちは投石器から岩が飛んできているぞ。敵の全面攻勢だ!」

 上空に気を取られている間に、前方の敵が陣を出て攻め込んで来た。

「お前達、落ち着け。前方は騎馬隊の騎士が応戦する。作戦通り隊列を組んで前進するぞ」

 馬に乗った小隊長が大声で指揮する。まだ射程外だが、ここで部隊を立て直して敵陣に近づけば、後衛の魔術師部隊が何とかしてくれる。俺達は前衛に守られ前進すればいい。

 さっきまで俺の横にあったライルの遺体が足元に打ち捨てられているが、そんな事に構うことなく混乱していた部隊が整列していく。上空を飛んでいたスパルナもどこかに行ってしまったようだ。

「前進!!」

 騎乗し、片手を突き出した小隊長の号令が響き渡る。その刹那。小隊長の肩から上が切断されて地面に落ちていく。

「小隊長!!」

 右手からの魔法攻撃! 森に近い部隊から断末魔の叫びが響き渡る。

「ス、スタンピードだ!」

 ゲインが叫ぶ。どういうことだ! このタイミングで森から魔獣があふれ出してくるだなんて。
 前衛は前に突出し、後衛は後ろで体制を立て直している最中。隊列が前後に伸びたこの状態で、側面の森から魔獣の攻撃!?

 そんなバカな事があるものかと目を疑ったが、側面の部隊が魔獣に追われ逃げてくる。

「俺達も逃げるぞ」

 森から出てきた魔獣が、横一列に並んで一斉に魔法攻撃をしている。あんなものに対抗などできるものか。あり得ない攻撃を背に、とにかく反対側の川に向かって逃げる。
 なんなんだ、この戦場は……。阿鼻叫喚に包まれて逃げまどう兵士達。
 炎に焼かれ、風の刃に切り刻まれて、岩に押しつぶされる。

 大軍であるはずの部隊が一方的に蹂躙されていく。あの川岸まで行けば何とかなる……僅かな希望を胸に走る。
 俺の肩に手を掛けて一緒に走っていたゲイン。振り返ると腕だけが俺の襟をつかんでいる。

「うわっぁぁぁ!」

 俺は叫びながら、ひたすら走る。
 川岸まで来たが、この広く深い川を歩いて渡るのは無理だ。敵陣の方を見ると投石器の攻撃で重歩兵や重騎馬の騎士が潰されて、俺達を守ってくれる者は誰もいない。

 他の兵も動けずに立ち尽くすが、魔獣に追われて次々と兵が押し寄せる。途方に暮れて立ちすくむ俺に敵陣からの矢が肩に刺さった。

 もうダメだ。俺はこの戦場で死ぬんだ。妻と子供の顔が閉じた瞼の裏に映る。


 俺はいつの間にか川に流されて下流の岸に流れ着いていた。確かこの高台の上は本陣の指令所があったはずだ。

「ま、まだ俺は生き残れるぞ」

 肩の痛みに耐え、細い糸のような、一の望みに縋り斜面を登る。

「セイドリアン様! お隠れくだされ! 上空に怪鳥が」

 その声を聴き、見上げた上空には黒い翼を広げた人型の魔獣!!
 その魔獣の魔法攻撃で、貴族の周りの護衛が次々に倒されていく。

 ここも地獄だった。俺は力尽き意識を手放してしまった。
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