上 下
5 / 212
第1章 始まりの洞窟

第4話 ヴァンパイア能力を確かめる

しおりを挟む
 自身の能力を確かめつつ食料となる獣を狩るために、洞窟のすぐ下に広がる森へと山道を降りて行く。途中大きな岩を持ち上げてみたけど、両手で頭の上まで上げる事ができた。武器は持っていないけど、この力があれば素手でも大丈夫だろう。

 森に入ってすぐ、運よく大型の鹿のような獣をみつけた。その獣は大きな角があるものの見慣れない黒っぽい縞模様と、やけに筋肉質な体。やっぱりここは異世界、見知った動物とは違うようだね。

 その鹿を仕留めるべく、リビティナはそっと近づいていく。獲物までの距離は遠く木々も多くて邪魔だけど、ここからはヴァンパイアの身体能力を頼りに走り出す。

「どりゃ~」

 デコボコの地面であっても、その速度は自動車並。もしここで翼を出したら空を飛べるんじゃないかという速度で走る。当然そんなリビティナに気付いた鹿は、倒木などを避けて飛び跳ねながら逃げていく。

「そうは、させないぞ~。今晩のおかずは君に決めたんだからね」

 神様からもらったこの体はすごい。獲物を目で追ってこっちのコースを進みたいと思っただけで、即座に体が反応してくれる。
 よし追いついたぞ、と思った瞬間、逃げられないと思ったのか鹿が急に振り向いて、頭を下げて角をこちらに向けてきた。

「うわっ、わっ! ちょっと待ってよ~」

 急に止まる事ができず、両腕をクロスして膝を抱えるような体制で防御する。そのまま鹿にぶち当たった衝撃で横に弾かれて、大きな木の幹に背中からぶつかってしまった。

「痛ってて、急に止まるなんて反則だよ~」

 幸い鋭い鹿の角に当たった腕には傷一つ付いていなかった。ぶつかった衝撃で、背中の大木がギギィーと軋む音を立てながらゆっくりと後ろに倒れていく。
 大木だけでなく、目の前の鹿ももんどりうって横倒しになっているじゃないか。ぶつかって無事なのはリビティナ一人だけだった。

「えっ、なんで。攻撃してきたのはそっちだよね? まあ、いいか。先に止めを刺しちゃおうかな」

 膝に手を突きヨイショと立ち上がり、お尻についた砂を払い落とす。足をバタつかせている鹿に近づいて首に手刀を一閃すると、日本刀で斬られたかのように首が落ちて血を噴き出した。

「あれ、この血も栄養になるんだっけ」

 血が一番の栄養だと言っていたから、もったいないような気がしたけど、獣の血は吸っても美味しくなさそうだし、そのままにしておこう。
 落ちた首はここに放っておいて、まだ血を噴き出している胴体だけを持って帰る事にした。

 ――んん、何だ?

 草むらの向こう、誰かが見ている気配がする。人……いや違うね。もっと大きな……獣かな。その途端、気配のする方向から火の玉が飛んできた。

「うわっ、なに!」

 肩に担いでいた鹿を放り出して、咄嗟に腕で火の玉を弾く。リビティナに向かって来た火の玉は上空へと弾き飛ばされ飛散した。

「熱いじゃんか!」

 あれは魔法……ゲームで言うところのファイヤーボールだよね。
 神様から、この世界には魔法があるとは聞いてたけど、獣まで魔法を使って来るんだ。びっくりだよ。

 魔法を撃ってきた方へ駆けだすと、そこには大きな二本の牙を生やしたサーベルタイガーのような獣が、口を開けてまた火の玉を撃って来た。

「このボクを、舐めるなよ!」

 その火の玉を紙一重で躱して、大きく開いた口へと手刀を叩きこむ。獣の後頭部からは、閉じられた五本の指が赤く血に染まって、剣先のような形で突き出ていた。即死だね。

「この森には、こんな獣まで居るんだね。こいつも食べられるのかな」

 血に染まった右手を引き抜きシュッと腕をひと振りし、手に着いた血を振り飛ばす。

 こんな大きな獣を持ち帰っても、腐らせてしまうだけだろう。今日のところはさっきの鹿一頭で十分だと鹿の居た場所に戻る。すると、ハイエナのような動物が鹿の首を咥えて逃げていくところだった。

「うひゃ~。この森は油断も隙もないね」

 他の獣に横取りされないように、今日の晩ご飯の胴体だけでもすぐに持ち帰ろう。鹿を肩に担いで全速力で洞窟へと戻って来た。

 神様が言った通り、ヴァンパイアというのは相当の強さだと実感する。大きな鹿だけでなく、魔法を撃ってくる獣を難なく倒すこともできた。この分なら食料の心配をする必要はなさそうだ。

 ――しかし、この鹿をどうやって料理したらいいんだ?

 前の世界での記憶はないけど、獣を解体した経験はないはずだ。列車も高速道路もある世界だ、精肉関係に就職でもしていない限り、お肉はスーパーでパックに入った物を買っていただろう。
 これは困ったなと思ったけど、『獣の解体』と心に念じると、それに関する知識が頭の中に浮かんできた。

「おお、これは便利だね」

 これは神様が、何も知らない自分のために授けてくれたガイダンス能力のようだ。転生時にもらえるチートスキルみたいなものかな、ありがたく使わせてもらうことにする。

「なになに、獣は木などに逆さに吊るして血抜きをする?」

 あれ、おかしい。ヴァンパイアにとっては、血は栄養になるから全部飲んじゃえばいいはずなんだけど……。この知識は一般の人間のためにある知識みたいだね。さっき『魔法を使う獣』と心に念じても、フィクションの怪物としか出てこなかった。この、異世界に対応した知識とは違うようだ。

「神様。ちゃんとアップデートしておいてよ~」

 この世界ではあまり役立たない知識が多いかも知れないけど、獣の皮を剥ぎ鹿のステーキを作る事はできた。今日のところは神様に感謝して美味しくいただいておこう。

 お腹も満腹になったし、お風呂にでも入ろうと、一番奥にあるお風呂場へと向かう。食事前に湯船に水を張って、窯に火を入れてある。

「ちょうどいい湯加減だ。疲れた一日の最後にお風呂に入れるなんて最高だね」

 さっさと服を脱いでお風呂に浸かる。誰もいないここは気兼ねする必要も無いから楽でいいね~。

 おっと、そうだ。自分自身の事をちゃんと知っておかないとね。元々男なのか女なのかすら記憶がないリビティナ。そのせいか、自分の体なのに何となく違和感がある。
 でもこの体は十四、五歳の女の子の体だ。お風呂に入りながら自分の体を触り確かめていく。

 胸は手に収まるぐらいの大きさ、Cカップと言ったところだろうか。腰は細くくびれ、ヒップはまあある方だし、体形としてはいいんじゃないかな。
 白くて綺麗なピチピチの肌は若さの象徴だね。そうだ、女の子として肝心な部分はどうなっているんだ? 毛は生えていないようだけど、下半身へと指を這わせて確かめてみる。

「んんっ、ああっ……。ちょっとくすぐったいね」

 ちゃんと女の子としての機能はあるようだね。子供を産めるかどうかまでは分からないけど。
 この小さな胸も、尖った耳も神様の趣味だって言っていたけど、胸はもう少しあっても良かったんじゃないかな。これから成長もできないし、神様ちゃんと作っておいてくださいよ~。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

転生令嬢は現状を語る。

みなせ
ファンタジー
目が覚めたら悪役令嬢でした。 よくある話だけど、 私の話を聞いてほしい。

神々に見捨てられし者、自力で最強へ

九頭七尾
ファンタジー
三大貴族の一角、アルベール家の長子として生まれた少年、ライズ。だが「祝福の儀」で何の天職も授かることができなかった彼は、『神々に見捨てられた者』と蔑まれ、一族を追放されてしまう。 「天職なし。最高じゃないか」 しかし彼は逆にこの状況を喜んだ。というのも、実はこの世界は、前世で彼がやり込んでいたゲーム【グランドワールド】にそっくりだったのだ。 天職を取得せずにゲームを始める「超ハードモード」こそが最強になれる道だと知るライズは、前世の知識を活かして成り上がっていく。

転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~

ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。 コイツは何かがおかしい。 本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。 目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。

【完結】引きこもり令嬢は迷い込んできた猫達を愛でることにしました

かな
恋愛
乙女ゲームのモブですらない公爵令嬢に転生してしまった主人公は訳あって絶賛引きこもり中! そんな主人公の生活はとある2匹の猫を保護したことによって一変してしまい……? 可愛い猫達を可愛がっていたら、とんでもないことに巻き込まれてしまった主人公の無自覚無双の幕開けです! そしていつのまにか溺愛ルートにまで突入していて……!? イケメンからの溺愛なんて、元引きこもりの私には刺激が強すぎます!! 毎日17時と19時に更新します。 全12話完結+番外編 「小説家になろう」でも掲載しています。

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

憧れのスローライフを異世界で?

さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。 日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。

処理中です...