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第四章
第50話 家族
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「イテッ!!」
「おい、兄貴。どうしたんだよ」
「いやな、猫がこの奥に入っちまって、出て来ないんだよ。手を引っ掛かれちまった」
「何やってんだよ。ほら、ナル、こっちだぞ、こっち」
俺は妹の形見分けがあると、家族と共に生前住んでいたマンションに来ている。
「ナルはお利口さんだな」
「お前の方が猫の扱いに慣れてるじゃないか。お前の所でその猫を飼えよ」
「兄貴も母さんが猫アレルギーだって知ってるだろう。実家じゃ飼えないよ」
「そんな事言ってもな、俺のマンションだってペット禁止なんだぞ……」
既に妹の旦那はここを引き払って田舎に帰っちまった。後始末は、結局俺たち家族がする事になった。形見分けとは言うものの、この部屋に残った物を整理しに来たようなもんだ。
「ほんとにあの旦那も薄情なもんだ」
「そうは言っても、相当なショックを受けていたみたいだったじゃないか。結婚してまだ一年も経っていなかったんだからな」
「そうは言ってもな……」
「元々、すぐにでも田舎に帰るつもりだったらしい。向こうでの仕事も決まっていてこっちには留まれないそうだからな」
こんな事になるんだったら、柚葉を嫁に出すんじゃなかった。
弟の車に荷物を積み込んで、俺は猫を入れたキャリーバッグと猫用品を入れた手提げの紙袋を持って車に乗り込む。
助手席には弟の嫁さんと、後部座席には俺一人か?
「あれ、母さんは? 電車で帰るのか」
「ああ、やっぱり猫アレルギーが出たようで、病院に寄ってから帰るそうだ」
そういや部屋の中は相当埃っぽかったものな。猫の毛とかも舞っていたんだろう。
「兄貴、ここでいいんだな」
「ああ、そのマンションの入り口で降ろしてくれ」
俺はキャリーバッグなどを持って車を降りる。
◇ ◇
「ねえ、あなた。お義兄さん、こんな古いマンションに一人で住んでいるの」
「こっちの方が職場に通うのに便利だからと言って、オレたちが結婚するちょっと前にここに引っ越したんだ」
「それで私たちがあの実家に住むことになったのね」
「そうだぞ。それにあの家は兄貴の持ち家だ。それをオレたちに貸してくれている」
多分、オレがまだ家を持てないから気を使ってくれたんだろう。貸すとは言うもの、家族の為だからと全くの無償だ。まあ、代わりとして母親の面倒はオレが見るようにと兄貴から言われている。
「そうだったの。てっきりお義母さまの家だとばかり思っていたわ」
「母さんも頭金を出して家の権利の一部は持っているそうだが、ほとんどの金は兄貴が払っている。今もローンを払っているのは兄貴だ」
兄貴は家族の中でも稼ぎ頭だ。高校を出てすぐに大企業に入り働き続けて昇進もしている。中途半端に大学を出たオレなんかよりずっと給料がいい。
「自分の家なのに、なんでお義兄さんは引っ越したのかしら」
「オレも兄貴もまだ小学校の頃に父親を交通事故で亡くしてな。それからずっと兄貴が親代わりだったんだ。その時、妹はまだ四歳で、毎日の保育園への送り迎えも兄貴がやっていてな。働いている母さんの代わりに食事なども作っていてくれていたんだ」
「まあ、苦労していたのね」
「オレたちも大人になって、兄貴も自由になった。それで気ままに過ごせる一人暮らしを選んだと言っていたな」
末っ子の柚葉が短大を卒業するまでは、給料のほとんどを家族の生活費と家のローンにつぎ込んでいた。オレや柚葉も大学の入学金は兄貴が借金しながら出してくれている。兄貴は、これまでずっと家族のために働き詰めだった。
それに比べオレはまだ大学の奨学金の返済も済んでいない。兄貴には頭が上がらない。
柚葉の結納や結婚式も兄貴が父親代わりで取り仕切っていた。柚葉を嫁に出して、肩の荷が下りたとホッとしていたんだがな。
「結婚はされないのかしら」
「結婚して、また子供の面倒を見るのは嫌だそうだ。そりゃそうだろうな。小さな頃からずっとオレたちの世話をしてくれていたんだからな」
「そうだったの……」
「まあ、オレも兄貴には世話になりっぱなしだし、いい人がいれば紹介してやりたいんだがな。苦労して育ててきた妹を嫁に出して一年も経たずに亡くして、一番悲しんでいるのは兄貴だろうからな」
「そうね」
「まあ、兄貴は料理やら家事は全部一人で熟せるからな。当分は一人でも大丈夫だろう。これからはナルが新しい家族になってくれる。寂しくはないんじゃないかな」
◇ ◇
キャリーバッグを肩にかけ、重い手提げの紙袋を両手に持って俺はマンションの階段を登り、二階にある自分の部屋の鍵を開ける。
「さあ、ここが今日からお前が住む家だぞ」
これから、この部屋で、この猫……ナルとの新しい生活が始まる。
---------------------
【あとがき】
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回で最終話となります。
今まで応援していただいた読者の方々に感謝いたします。
次回作については、近況ボードに書いています。
お気に入りや感想など頂けるとありがたいです。
今後ともよろしくお願いいたします。
「おい、兄貴。どうしたんだよ」
「いやな、猫がこの奥に入っちまって、出て来ないんだよ。手を引っ掛かれちまった」
「何やってんだよ。ほら、ナル、こっちだぞ、こっち」
俺は妹の形見分けがあると、家族と共に生前住んでいたマンションに来ている。
「ナルはお利口さんだな」
「お前の方が猫の扱いに慣れてるじゃないか。お前の所でその猫を飼えよ」
「兄貴も母さんが猫アレルギーだって知ってるだろう。実家じゃ飼えないよ」
「そんな事言ってもな、俺のマンションだってペット禁止なんだぞ……」
既に妹の旦那はここを引き払って田舎に帰っちまった。後始末は、結局俺たち家族がする事になった。形見分けとは言うものの、この部屋に残った物を整理しに来たようなもんだ。
「ほんとにあの旦那も薄情なもんだ」
「そうは言っても、相当なショックを受けていたみたいだったじゃないか。結婚してまだ一年も経っていなかったんだからな」
「そうは言ってもな……」
「元々、すぐにでも田舎に帰るつもりだったらしい。向こうでの仕事も決まっていてこっちには留まれないそうだからな」
こんな事になるんだったら、柚葉を嫁に出すんじゃなかった。
弟の車に荷物を積み込んで、俺は猫を入れたキャリーバッグと猫用品を入れた手提げの紙袋を持って車に乗り込む。
助手席には弟の嫁さんと、後部座席には俺一人か?
「あれ、母さんは? 電車で帰るのか」
「ああ、やっぱり猫アレルギーが出たようで、病院に寄ってから帰るそうだ」
そういや部屋の中は相当埃っぽかったものな。猫の毛とかも舞っていたんだろう。
「兄貴、ここでいいんだな」
「ああ、そのマンションの入り口で降ろしてくれ」
俺はキャリーバッグなどを持って車を降りる。
◇ ◇
「ねえ、あなた。お義兄さん、こんな古いマンションに一人で住んでいるの」
「こっちの方が職場に通うのに便利だからと言って、オレたちが結婚するちょっと前にここに引っ越したんだ」
「それで私たちがあの実家に住むことになったのね」
「そうだぞ。それにあの家は兄貴の持ち家だ。それをオレたちに貸してくれている」
多分、オレがまだ家を持てないから気を使ってくれたんだろう。貸すとは言うもの、家族の為だからと全くの無償だ。まあ、代わりとして母親の面倒はオレが見るようにと兄貴から言われている。
「そうだったの。てっきりお義母さまの家だとばかり思っていたわ」
「母さんも頭金を出して家の権利の一部は持っているそうだが、ほとんどの金は兄貴が払っている。今もローンを払っているのは兄貴だ」
兄貴は家族の中でも稼ぎ頭だ。高校を出てすぐに大企業に入り働き続けて昇進もしている。中途半端に大学を出たオレなんかよりずっと給料がいい。
「自分の家なのに、なんでお義兄さんは引っ越したのかしら」
「オレも兄貴もまだ小学校の頃に父親を交通事故で亡くしてな。それからずっと兄貴が親代わりだったんだ。その時、妹はまだ四歳で、毎日の保育園への送り迎えも兄貴がやっていてな。働いている母さんの代わりに食事なども作っていてくれていたんだ」
「まあ、苦労していたのね」
「オレたちも大人になって、兄貴も自由になった。それで気ままに過ごせる一人暮らしを選んだと言っていたな」
末っ子の柚葉が短大を卒業するまでは、給料のほとんどを家族の生活費と家のローンにつぎ込んでいた。オレや柚葉も大学の入学金は兄貴が借金しながら出してくれている。兄貴は、これまでずっと家族のために働き詰めだった。
それに比べオレはまだ大学の奨学金の返済も済んでいない。兄貴には頭が上がらない。
柚葉の結納や結婚式も兄貴が父親代わりで取り仕切っていた。柚葉を嫁に出して、肩の荷が下りたとホッとしていたんだがな。
「結婚はされないのかしら」
「結婚して、また子供の面倒を見るのは嫌だそうだ。そりゃそうだろうな。小さな頃からずっとオレたちの世話をしてくれていたんだからな」
「そうだったの……」
「まあ、オレも兄貴には世話になりっぱなしだし、いい人がいれば紹介してやりたいんだがな。苦労して育ててきた妹を嫁に出して一年も経たずに亡くして、一番悲しんでいるのは兄貴だろうからな」
「そうね」
「まあ、兄貴は料理やら家事は全部一人で熟せるからな。当分は一人でも大丈夫だろう。これからはナルが新しい家族になってくれる。寂しくはないんじゃないかな」
◇ ◇
キャリーバッグを肩にかけ、重い手提げの紙袋を両手に持って俺はマンションの階段を登り、二階にある自分の部屋の鍵を開ける。
「さあ、ここが今日からお前が住む家だぞ」
これから、この部屋で、この猫……ナルとの新しい生活が始まる。
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【あとがき】
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回で最終話となります。
今まで応援していただいた読者の方々に感謝いたします。
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