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第二章

第16話 お盆休み1

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「すみません、篠崎班長。少しご相談したいことがありまして……」

 ある日職場で、早瀬さんに声をかけられた。お昼ご飯も終って部屋に戻ろうとしていた時だった。

「何だ? 仕事の事か」

 早瀬さんは少し躊躇したような様子でモジモジと話してくる。

「いえ、猫の事なんですけど……今度のお盆休みの間、篠崎班長の所でうちの猫を預かってもらえないかと思いまして……」

 八月のお盆休み。今年は週の中間がお盆で有給を使うと九連休となる。この支社のほとんどの人が九連休を取るようだ。
 早瀬さんは去年の学生の時にも帰省したそうだが、そのときは近くの動物病院に猫を預けたと言っている。

「それがですね。去年のお盆明けに動物病院から引き取った後、シャウラがすごく怯えてしまって、しばらくの間私の足元から離れなくなってしまったんですよ」

 帰省したのは五日程だったそうだが、狭いペット用のケージに入れられて、飼い主とも会えずに過ごしてすごく寂しがっていたらしい。そういえばナルも病院から退院して帰って来た時は、俺から離れようとしなかったな。

 早瀬さんは二年半前に、広島の実家からこの関西に引っ越して来て、昔からの知り合いも居ないので俺に相談してきたようだ。

 俺は一人暮らしだが実家は近くにあるから、毎年のお盆休みで田舎に帰るという事はしない。自分の家でゆっくりと本を読んだり、撮り溜めたビデオを見るなどしている。お盆休み中でも家にいる俺の事を、会社の先輩にでも聞いたのだろう。

「別に構わんが、どうやって猫を連れてくる? 俺は車などは持っていないぞ」

 預かるなら猫だけじゃなくて、身の回りの用品や餌なども預からないといけない。早瀬さんはこの関西支社のすぐ近くに住んでいるそうだ。ここも俺の家も大阪都心からは少し離れた場所で、俺の家まで来るとなると電車で大阪市内を迂回して四十五分はかかる。用品全部を持って運ぶとなると少し苦労するな。

「佐々木先輩の軽自動車を借りて、篠崎班長の家まで持って行くつもりです」

 新幹線で広島まで帰る前に、俺の家に来るつもりらしい。早瀬さんの賃貸マンションから車だと直線で来れて、三十分掛からずに移動できると言っている。

「だが若い女性が一人で俺の部屋に来るのは、まずくないか」

 男一人の部屋に職場の新人さんを呼んで、変な噂をする奴がいないとも限らん。

「なんだ篠崎班長、そんなこと気にしてんの。班長、女の人に興味は無いんじゃないの?」

 えっ、なにそれ。隣で話を聞いていた佐々木。お前、俺の事そんな風に見てたのか?

「そうね。篠崎さんなら男性が家に行った方が危険だと思うわね」

 橋本女史までなんて事言うんだ。

「大丈夫ですよ。私どんな趣味の人でも差別しませんから」

 何なんだ、早瀬さんまで。俺はここではホモ認定されているのか!?
 まあ、それは置いておいて、猫の方だな。

「よし、それなら俺が預かるよ。早瀬さんには猫の事で色々とお世話になっているからな」

 別にお盆の間だけ猫が1匹増えるぐらい、どうという事はない。早瀬さんの猫は人懐っこいと言う事だし上手くやっていけるだろう。
 土曜日。今日からお盆休みの連休が始まる。お昼ごろに早瀬さんが猫を連れてやってくると連絡を受けている。

「お~、今行く」

 玄関のチャイムが鳴った。早瀬さんが来たようだな。

「なんだ。佐々木も来たのかよ」

 ドアを開けた先、早瀬さんの横に佐々木も一緒にいた。当然会社とは違い私服で、早瀬さんは水色のストライプのブラウスに、薄手の白いヒダヒダのロングスカート姿で涼しげだ。佐々木はロゴの入ったTシャツにデニムのショートパンツとラフな格好をしている。

「いいじゃないですか~。あたしもナルちゃん見たいし」

 車を貸すのなら、自分が運転して俺の家まで乗せて行くと言ったらしい。好奇心旺盛な奴め。

「へぇ~、ここが篠崎班長の部屋ですか。ナルちゃんは何処にいるんですか?」
「お前が来たから、警戒して隅っこに隠れちまったよ」

 ナルは警戒心が強いからな。知らない人には近づこうとしない。
 早瀬さんが猫のキャリーバックを床に置き、俺は佐々木が手にしている猫がいつも使っているトイレと餌などが入った紙バックを受け取った。

「こっちの部屋に早瀬さんの猫を住まわせるつもりなんだがな」

 ナルがいるキッチンではなく、中間にある四畳半の部屋に二人を案内した。

「そうですね。慣れていないナルちゃんとは別の部屋の方がいいですね。シャウラ、出ておいで」

 キャリーバッグの入り口を開けて猫を呼ぶとすぐに外に出てきて、俺を見てミャ~と鳴く。

「ほらシャウラ、篠崎さんと仲良くするのよ」

 人懐っこい猫だな。俺が手を出しても嫌がらず背中を撫でさせてくれた。
 シャウラ用のトイレを設置するなどして、しばらく早瀬さんの猫を慣れさせるためこの部屋で歩かせる。

「ウーロン茶ぐらいしかないが、飲んでいくか」

 すみませんと言う早瀬さんら二人を、奥の和室の部屋に案内する。男やもめの部屋に三人もいるとやはり狭いな。まあ、我慢してくれ。こら、佐々木。お前は部屋の中をキョロキョロと見渡すなよ。
 お茶を持って行った後、キッチンにいたナルを抱き上げて和室に連れて来た。

「やっぱりまだ警戒しているようだな」

 抱いていったナルは少し嫌がり、手から離れてテレビ台の後ろに隠れてしまった。

「ナルちゃん。こっちだよ、こっちへおいで」

 チッ、チッ、チッと舌を鳴らしながら佐々木がナルのいる所に手を出すが、奥に入ったまま警戒の瞳でこちらを見てくる。

「猫は飼い主さんが仲良くしている人だと、気を許してくれるんですよ。ほら~、ナルちゃん。私と篠崎さんは仲良しだよ~」

 早瀬さんがそう言って俺の横にペタリとくっ付いてくる。「あたしも、あたしも」と佐々木も俺にくっ付いてくる。何なんだよ、お前たちは。
 両手に花状態で、俺がナルを呼ぶとテレビ台の奥から出てきてくれた。
 抱き上げて首筋などを撫でてリラックスさせてやると、警戒を緩めたのか、早瀬さんたちにも大人しく背中を撫でさせている。

「うわ~、ナルちゃんカワイイね~」
「そうですね。それじゃあ、今度はうちの猫とご挨拶しましょうか」
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