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第3章 俺のスローライフ編

第60話 チセ工房・レトゥナ工房

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 炉の火入れも無事終わり、チセは実際にガラスを作る作業をしていく。町で買ってきたガラスを溶かすバケツ型のルツボも1つ炉の中に納めて、ガラスとなる材料を入れた。
 それを見ていたコーゲイさんが、感心したように言ってくる。

「こんな砂がガラスになるとはな」
「この灰と、白い石の粉も入れないと溶けないんですけど、これで透明なガラスになるんですよ」

 コーゲイさんが作った実験用のルツボも、炉の中に入れて準備は整った。

「前のように炉をゆっくり温めていきますね」
「チセさん、オレはこの後仕事がある。すまんが、新しい焼き物をよろしくお願いするよ」
「はい、分かりました」

 コーゲイさんが帰った後も、俺とチセで炉を温めていく。今回は前より早くできるそうで、チセの指示でどんどん空気を送り込みながら温度を上げていった。
 お昼前にはガラスが溶ける温度になったようだな。その温度を保ったまま2時間ほどすると材料が完全に溶けて、ルツボに溜まる。

「ガラスを取り出してみます」

 炉の口を開けてチセが鉄の吹き棒を使って、真っ赤に溶けたガラスの塊を取り出した。吹き棒に息を一息吹き込み、クルクルと棒を回しながら丸いガラス球を作る。

「師匠、できましたよ。この炉で作った最初のガラス球です」

 チセはすごく嬉しそうに、作ったガラス球を俺に見せてくれた。

「良かったな、チセ。これでチセ工房の完成だな」
「はい、ありがとうございます。じゃあ、予定通り魔弾を作っていきますね」

 チセは魔弾を作るための型に、溶けたガラスを流し込んでいく。
 ここから先はガラス職人としてのチセの腕にかかってくる。テキパキとガラス工房内を動き回るチセを、俺は静かに見守る。
 この日作ったガラス製品を徐冷用の炉に移して、本体の炉の温度が下らないように炭を入れて工房を出る。

「もう俺が手伝えることはなさそうだな」
「今までありがとうございました。こんな立派な工房が作れたのは師匠のお陰です」
「いやいや。これはチセが作ったチセの工房だ。あとは自分の好きに使えばいいさ」
「はい、ありがとうございます」

 翌日からもチセは魔弾や窓ガラスを作っていく。俺は窓ガラスの外枠を作ったり蝶番で窓枠に取り付けたりと、ガラス製作以外の事を手伝う。
 そして1週間ガラスを作り続けていたチセが俺に告げる。

「今回のガラス作りはこの辺りで終わりにします」
「そうか。もう沢山のガラスを作ったしな。お疲れ様だったな、チセ」
「家の窓が全部ガラスになって、部屋がすごく明るくなったわ。ありがとう、チセ」
「今度は、色付きのガラス作ってよね。まあ、気の向いた時でいいから」

 ガラスに色を付ける材料も揃っているので、窓ガラスがある程度できたら色付きガラスも作ってみたいとチセは言っていた。
 コーゲイさんが作った焼き物も1つは割れたが、残りはルツボとして使えるそうだ。
 ガラスの主原料の川砂は沢山あるし、これで炉を止めながらでもガラス作りができると喜んでいる。

「質のいいガラスを作るには、もう少し材料を吟味する必要もありますが、今のところ材料も燃料も充分あるので気が楽ですね」

 これからも、ガラスの研究をして良いガラスを作りたいと、チセは張り切っていた。

 翌日。鍛冶師のレトゥナさんが俺とチセに相談があると家に訪れた。

「私の工房に鉄用の炉を作って、鋳物を作りたいんですが相談に乗ってもらえませんか」
「やはり、鍛造だけで全部の鉄製品を作るのは難しいか」
「はい、特に矢じりは数がいるので、鋳物じゃないと辛いですね」

 村で魔道弓を使うようになって矢じりが多く要るようになってきた。足らない分を今は町から買っているが、いずれは全て村で作りたいとレトゥナさんは話す。

「今の私に鉄を溶かしたり、鋳物を作る技術は無いです。トリマンの町へ行って修業しようと思っています」
「どれくらいかかりそうだ」
「3ヶ月……、いえ半年掛かるかもしれません。その間この村で鉄が作れなくなってしまいます」

 村にある農機具や鉄製品の修理はほぼ終わっている。矢じりといった消耗品が作れなくなる訳だな。

「矢じりは今ある数で当分はやっていけるわ。レトゥナさんが新しい技術を身につけてくれた方が、これから先の事を考えるといいと思うの。頑張ってほしいわ」
「新しい炉を作るなら、あたしがお手伝いしますよ」
「元々、この村で鉄が無くてもやっていけたんだから、大丈夫よ。気にしなくてもいいんじゃない」

 チセやカリン達もレトゥナさんが町で修業する事を応援してくれる。

「よし、じゃあ村長の家に行って一緒に相談してみよう」

 村長もレトゥナさんが村を離れることを快く承諾してくれた。

「レトゥナさんが来てくれたお陰で、村の生活が楽になったんじゃ。わしらの事は気にせず修業してきてくれ」
「はい、ありがとうございます」

 レトゥナさんは町に行く決心をして、数日後に村を離れていった。トリマンの町で元いたデダートの鍛冶工房で働ける事になったそうだ。
 これから半年間、寂しくなるな。そう思っていた矢先。2週間が過ぎた頃、急にレトゥナさんが村に帰ってきた。

「どうしたんだ、レトゥナさん。町での修業が上手くいかなかったのか!」
「いえ、修業仲間だった人を村に連れて来ました。この人は鋳物を作る技術がすごくて、この村の工房で働きたいと言っています」

 レトゥナさんが連れて来たのは、ニルヴァと言う羊獣人の若い男性だ。
 レトゥナさんより年下だそうだが、自分の工房が持ちたくて鍛造の修業をするため、デダートの工房で働いていたらしい。

「僕はレトゥナさんの鍛造の技術をみて惚れ惚れしました。やはり僕の力ではあのハンマーの扱いは無理です。そこで鋳物は僕が作るので、村で働かせてくれと頼んだんです」
「私もニルヴァが鉄を溶かして鋳物を作ってくれるなら、すぐに村に帰れると思って連れてきたんです。村長に話したら村に住んでいいって言ってくれて」

 嬉しそうにトゥナさんが話してくれた。それで俺達に、新しい炉を作ってほしいとお願いに来たようだ。
 ニルヴァ君はしばらく寄合所で寝泊まりして、早速明日から俺達と一緒に炉を作る事になった。

 鉄を溶かす炉はガラスの炉より高い温度が必要で、炉内の形や熱風の伝わり方など独特のものだった。
 炉には材料を入れたり不純物を取り除く上部の入り口と、溶けた鉄が出てくる下部の出口の2ヵ所しか口がない。鉄を溶かすルツボは1つだけで、炉内に内蔵される。

「ニルヴァ君。この外壁は完全に閉じていいんだな」
「はい、中のルツボが使えなくなったら外壁を壊して交換するんです。熱を逃がさないように完全に閉じてください」

 鉄用の炉には大型のふいごが2基付いていて、これを水車で動かすそうだ。元々水車を作るつもりで川のすぐ近くに工房を建てているが、水車も水路も新しく作る事になる。外では水車を動かすための水路をカリンに作ってもらっている。

「ネクス。水車は上手くできそう?」
「姉ちゃん。木工や水路の事は俺に任せてよ。姉ちゃんに道具を作ってもらった恩返しをするよ」

 姉弟ふたり協力して鍛冶工房に水車を作っていく。村の人も手伝ってくれて新しい炉と水車が完成した。

「皆さんありがとうございます。自分の炉が持てて鍛冶仕事ができるなんて、僕の夢が1つ叶いました」
「ニルヴァよ。この村のためになるなら、わしらはいくらでも協力する。今後も頑張ってくれるかな」
「はい。ありがとうございます、村長。僕の家まで建ててくれて、このご恩は働いてお返しします」

 ニルヴァ君が最初に作ったのは鐘だった。音の違う大小の鐘を作って紐を引くと綺麗な音が響く。

 ――カンコ~ン カンコ~ン

 共和国の町で聞き慣れた鐘の音が、この村で時を知らせてくれるようになった。
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