上 下
213 / 308
第2章 シャウラ村編

第40話 林の中の薬草採取

しおりを挟む
「師匠。マンドレイクの栽培実験に行きましょう」

 チセと村の中でマンドレイクが育たないか、試行錯誤を繰り返してきた。意外にもマンドレイクは毒の土ではなく清浄な水で育つことが分かった。
 マンドレイクは元々毒を持っておらず、身を守るために毒の土地から、体内に毒を取り入れているんじゃないかと推察したのだ。そのため毒の土地を求めて移動するという仮説を立てている。

「少し上流に流れの緩やかな所がある。今日はそこに行ってみようか」

 あの紫の丸い物は、マンドレイクの実だということも分かった。その実を綺麗な水に漬けておくと根や葉が伸びる。土より水耕栽培の方が成長は早く、今は川で育てられないか実験をしている最中だ。

「この辺りに植えましょうか」
「そうだな。この浅瀬ならしっかり根付くかもな」

 種から育てた物と、マンドレイクの先端部分を切ったものを植え付ける。前に植えた水量の多い所と、今回の浅瀬と両方でどう育つかを観察するのだ。

「また何日かしたら、見に来ましょうね」

 植物を育てる実験は日数がかかる。すぐ結果が出ないのはもどかしいが、チセは観察するのが楽しいようで、それならいいかと俺も付き合っている。


 家に戻ると、研究室用に貸している建物の中でスティリアさんが、チセの育てているマンドレイクを見てウンウン唸っていた。
 このガラス工房にする予定の倉庫は広いので、チセとスティリアさんが研究室として半分ずつ使っている。

「あの~、チセさん、チセさん。この窓際にある鉢植えの植物の葉っぱなんですけど、マンドレイクの葉によく似ているのですが」
「はい、それは種から育てたものですね。まだしっかりと根付いていないので、ちゃんと育つか実験中です」

 外で育てている物の一部を鉢植えに植えて、チセが観察をしている最中だ。スティリアさんはマンドレイクにも詳しいから興味があるんだろう。

「ここまで育った例は聞いたことがないですよ。するとこちらもマンドレイクですか?」
「こっちは、毒抜きしたマンドレイクの根の先から育てた物です。こちらと比較しながら根が育つか観察してるんですよ」
「毒抜きした物からも育つんですか。すごいですね」

 チセの実験に感心しきりのようだが、自分の研究の方は忘れていないだろうな。

「スティリアさん。午後から東の林の奥に行きたいと言っていたが、予定通りでいいんだな」
「はい、珍しい薬草の群生地があるそうなので、護衛をお願いします」


 村の穀倉地の奥にある東の林は比較的安全で、今日は俺ひとりで護衛をする。

「あっ、ありました。これです、これ」

 スティリアさんは目的の薬草の群生地を見つけたようだ。小走りで駆け寄り地面の草を確かめる。

「やはりこの村はすごいですね。こんな珍しい薬草がこんな近くにあるなんて」
「そうだな、人が立ち入らない場所が多いからな」
「もしかすると、幻の千年草も見つかるかもしれませんよ」
「千年草? そんなに珍しいものなのか」
「それはもう。決して枯れない草と言われている薬草で、不老長寿の薬になるそうです」
「ほほう、それはすごいな。ここで探し出せたらいいな」

 「はい」とスティリアさんは、弾けるような笑顔で答えてくれた。前に村に来た時よりも、明るい表情をよく見掛ける。前の職場で人間関係があまり良くなかったようで、この村で自分の好きな研究に取り組めるのが嬉しいようだ。

 家に戻ると、研究室に新しい机が運び込まれていた。スティリアさんは机に本や薬剤を作る道具を置いていく。

「こんな机まで作っていただいて、ありがたい事です」

 最初持ちこんだ机が狭くて、村人に頼んで大きな机を作ってもらったそうだ。木材は豊富にあるしな。
 スティリアさんはお金を支払おうとしたようだが、薬師様のお役に立てるだけでいいと断られたそうだ。
 今日採ってきた薬草のうち半分を薬に、もう半分は研究用にするらしい。ガラスの試験管に薬草を入れて温めたり試薬を入れたりしている。本格的な研究だな。

「あの~、隣で見ていてもいいですか?」

 こんな実験が物珍しいのだろう。チセはスティリアさんの横から様子を覗っている。

「ええ、結構ですよ。今、この薬品を入れて色が変わるかを見ているんです」

 スティリアさんは説明しながら、実験を進めてくれている。本格的な研究風景を見れるのはチセにとっていい経験だ。スティリアさんに感謝だな。
 夕食を済ませ、スティリアさんが自分の部屋に戻った後、チセと話をする。

「スティリアさんっていい人だな。普通あんな実験中は人を側に置かないぞ」
「あれは何をしていたのか、師匠は分りますか?」
「あれは酸性度……薬草の性質を調べていたんだな。無毒の水に近いか、毒に近いかを見てたんだよ」
「師匠、よく知っていますね。スティリアさんに聞いたんですか」

 まあ、聞かなくてもpH試験なんて簡単で見ていれば分かる。そんな俺達の様子を見ていたアイシャが変な事を言い出す。

「ユヅキさん。スティリアさんと仲がいいんですね」
「そうね。今日も護衛はひとりで行くって言って、ふたりだけで林の中に入って行ったわよね」

 カリン、妙な勘繰りはやめろ。それとその怖い顔もな。

「ユヅキさん、林の奥って他に人いましたか。あそこって安全でひとりでも薬草採取できる場所ですよね」
「えっ、何言ってんだ。お、俺はやましいことはしていないぞ」
「そういえば、師匠。帰ってからもず~っとスティリアさんと一緒でしたね」

 こら、チセまで変な事言うなよ。

「へぇ~、それで夕食に来るの遅かったのね」

 おかしい、俺はなにも悪いことをしていないはずなんだ……。しかし状況は不利。
 確か満員電車でチカンなどに間違われた時は、しっかりと説明するか逃げるかのどちらかだったはずだ。
 よし、ここは逃走を選ぼう。俺はアイシャ達の追及を逃れるために部屋に閉じこもり、戦略的撤退をしたのだった。
しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

孤児院で育った俺、ある日目覚めたスキル、万物を見通す目と共に最強へと成りあがる

シア07
ファンタジー
主人公、ファクトは親の顔も知らない孤児だった。 そんな彼は孤児院で育って10年が経った頃、突如として能力が目覚める。 なんでも見通せるという万物を見通す目だった。 目で見れば材料や相手の能力がわかるというものだった。 これは、この――能力は一体……なんなんだぁぁぁぁぁぁぁ!? その能力に振り回されながらも孤児院が魔獣の到来によってなくなり、同じ孤児院育ちで幼馴染であるミクと共に旅に出ることにした。 魔法、スキルなんでもあるこの世界で今、孤児院で育った彼が個性豊かな仲間と共に最強へと成りあがる物語が今、幕を開ける。 ※他サイトでも連載しています。  大体21:30分ごろに更新してます。

“絶対悪”の暗黒龍

alunam
ファンタジー
暗黒龍に転生した俺、今日も女勇者とキャッキャウフフ(?)した帰りにオークにからまれた幼女と出会う。  幼女と最強ドラゴンの異世界交流に趣味全開の要素をプラスして書いていきます。  似たような主人公の似たような短編書きました こちらもよろしくお願いします  オールカンストキャラシート作ったら、そのキャラが現実の俺になりました!~ダイスの女神と俺のデタラメTRPG~  http://www.alphapolis.co.jp/content/cover/402051674/

異世界転生 転生後は自由気ままに〜

猫ダイスキー
ファンタジー
ある日通勤途中に車を運転していた青野 仁志(あおの ひとし)は居眠り運転のトラックに後ろから追突されて死んでしまった。 しかし目を覚ますと自称神様やらに出会い、異世界に転生をすることになってしまう。 これは異世界転生をしたが特に特別なスキルを貰うでも無く、主人公が自由気ままに自分がしたいことをするだけの物語である。 小説家になろうで少し加筆修正などをしたものを載せています。 更新はアルファポリスより遅いです。 ご了承ください。

女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません

青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。 だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。 女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。 途方に暮れる主人公たち。 だが、たった一つの救いがあった。 三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。 右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。 圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。 双方の利害が一致した。 ※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております

異世界転生!俺はここで生きていく

おとなのふりかけ紅鮭
ファンタジー
俺の名前は長瀬達也。特に特徴のない、その辺の高校生男子だ。 同じクラスの女の子に恋をしているが、告白も出来ずにいるチキン野郎である。 今日も部活の朝練に向かう為朝も早くに家を出た。 だけど、俺は朝練に向かう途中で事故にあってしまう。 意識を失った後、目覚めたらそこは俺の知らない世界だった! 魔法あり、剣あり、ドラゴンあり!のまさに小説で読んだファンタジーの世界。 俺はそんな世界で冒険者として生きて行く事になる、はずだったのだが、何やら色々と問題が起きそうな世界だったようだ。 それでも俺は楽しくこの新しい生を歩んで行くのだ! 小説家になろうでも投稿しています。 メインはあちらですが、こちらも同じように投稿していきます。 宜しくお願いします。

最弱スキルも9999個集まれば最強だよね(完結)

排他的経済水域
ファンタジー
12歳の誕生日 冒険者になる事が憧れのケインは、教会にて スキル適性値とオリジナルスキルが告げられる 強いスキルを望むケインであったが、 スキル適性値はG オリジナルスキルも『スキル重複』というよくわからない物 友人からも家族からも馬鹿にされ、 尚最強の冒険者になる事をあきらめないケイン そんなある日、 『スキル重複』の本来の効果を知る事となる。 その効果とは、 同じスキルを2つ以上持つ事ができ、 同系統の効果のスキルは効果が重複するという 恐ろしい物であった。 このスキルをもって、ケインの下剋上は今始まる。      HOTランキング 1位!(2023年2月21日) ファンタジー24hポイントランキング 3位!(2023年2月21日)

S級パーティを追放された無能扱いの魔法戦士は気ままにギルド職員としてスローライフを送る

神谷ミコト
ファンタジー
【祝!4/6HOTランキング2位獲得】 元貴族の魔法剣士カイン=ポーンは、「誰よりも強くなる。」その決意から最上階と言われる100Fを目指していた。 ついにパーティ「イグニスの槍」は全人未達の90階に迫ろうとしていたが、 理不尽なパーティ追放を機に、思いがけずギルドの職員としての生活を送ることに。 今までのS級パーティとして牽引していた経験を活かし、ギルド業務。ダンジョン攻略。新人育成。そして、学園の臨時講師までそつなくこなす。 様々な経験を糧にカインはどう成長するのか。彼にとっての最強とはなんなのか。 カインが無自覚にモテながら冒険者ギルド職員としてスローライフを送るである。 ハーレム要素多め。 ※隔日更新予定です。10話前後での完結予定で構成していましたが、多くの方に見られているため10話以降も製作中です。 よければ、良いね。評価、コメントお願いします。励みになりますorz 他メディアでも掲載中。他サイトにて開始一週間でジャンル別ランキング15位。HOTランキング4位達成。応援ありがとうございます。 たくさんの誤字脱字報告ありがとうございます。すべて適応させていただきます。 物語を楽しむ邪魔をしてしまい申し訳ないですorz 今後とも応援よろしくお願い致します。

処理中です...