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第1章 共和国の旅

第22話 朝の港

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 宿に泊まった翌朝、俺はいつもの癖で陽が昇る前に目覚めて、鍛錬をしようと外に出る。だが宿の周りでは剣を振るって鍛錬するような場所はなかった。道の真ん中で剣を振るう訳にもいかんしな、と思っていたらカリンも起きてきた。

「ユヅキ、おはよう。相変わらず早いわね」

 カリンも時々俺と一緒に、魔法の鍛錬をする事がある。鍛錬と言っても、腹式呼吸やストレッチのような体操をして魔力の巡りを良くするものだ。

「鍛錬しようと来たが、場所が無くてな。そうだカリン、朝の散歩がてら港の方に行ってみないか」
「そうね、折角だから朝の港も見てみましょうか」

 ふたりして港の方に歩いて行くが、カリンとふたりっきりで出かけるのは久しぶりのような気がする。

「朝だと、漁師が水揚げした新鮮な魚が見れるかもしれんぞ」
「そうなの。漁師の人ってこんな朝早くから働いてるんだ」
「朝市でもやっていれば魚が買えるしな」
「それは楽しみね、早く行きましょう」

 俺達は少し急ぎ足で港に向かった。朝市はなかったが、漁師から仲買人に売買している市場は開いていた。
 魚の水揚げが終わって、仕分けされた魚が木の箱に入って並べられている。中には水瓶に入って生きている魚もいた。

「うわっ、すごいわよ。こんな沢山の魚。ねえユヅキ、こっちの魚はピチピチ跳ねてるわよ」

 広い場所に、獲れたての魚が並んでいて、俺達も自由に入って見ることができた。初めて見る光景にカリンは、相変わらず子供のようにはしゃぐ。

「活きのいい魚ばかりだな。おお、これはイカじゃないか」

 水瓶に入れられた生きたままのスルメイカがいた。

「これを買うことはできるか?」
「その魚は売れ残りだ。その水瓶の中全部を銀貨1枚で売るぞ」
「よし、買った!」

 銀貨1枚とは安いじゃないか、水瓶には10匹ほどのスルメイカが泳いでいる。これはそのまま刺身にできるぞ。ほくほくしながら売ってくれた猟師に聞いてみた。

「これを生で食いたいんだが、どこか料理してくれる所を知らんか」
「あんた人族だな。人族もそんな食べ方をするのか。俺達、漁師しか生で食べないと思ってたよ」

 虎獣人の漁師は驚いたように言う。

「やはり普通は生で食わんのか。町のレストランでも出してなくてな」
「それなら俺がさばいてやるよ。家に来るか?」

 イカの刺身を食えるならと、二つ返事でこの漁師の家に行くことにした。自分でさばいてもいいが、手慣れた人にやってもらうのが一番だ。

「カリンも一緒にイカを食べてみないか。美味いぞ」

 水瓶に入ったイカをカリンに見せる。

「こいつ魔物じゃん。足がいっぱい付いててウネウネ動いてるよ」
「カリン、これはイカって言ってな、立派な魚……じゃない、海の生き物なんだぞ」
「まあ、こいつを初めて見る奴は大概、魔物って言うだろうな。これを生で食べようと思うやつはいね~よ」

 浜辺にある漁師の家に着いて、水瓶のイカを手早くさばいてイカ刺しを作ってくれた。透明なイカの胴体が細く切られて、皿の上に並ぶ。

「これだよ、これ!」

 醤油は無かったが、代わりに少しだけ塩を振ると、切ったばかりのイカ刺しがウネウネと動く。
 新鮮で透き通った刺身は甘くてすごく美味い。この世界で初めて食べる刺身の味だ。

「あんたも遠慮せずに一緒に食べなよ」

 さばいてくれた漁師にもイカ刺しを勧める。

「そうか、それじゃ酒を持って来よう」
「カリン。お前には足を焼いたげそ焼きを作ってやろう」

 横で見ていたカリンは気持ち悪がっていたので、浜辺で火を熾してイカを炙る。

「なんだか、おいしそうな香りだけど、食べても大丈夫なんだよね、ユヅキ」
「ああ、うまいぞ。食ってみろ」

 さっきまで動いていた魔物の足だからと、恐る恐るカリンが食べる。

「うん、これ美味しい!」

 漁師が持ってきた酒をごちそうになって、3人でイカを食べる。

「よし、もう1匹さばくか」
「おお、頼むよ。こんな美味いのに何でみんな食べないんだろうな」
「そうなんだよな、この姿を見て買う者があまりいなくてな。いつも売れ残って捨てちまうんだ」
「それはもったいないな。捨てるぐらいなら干物にしたらいいんじゃないか」
「こいつを干物にすると、小さく丸まって硬くて食えたもんじゃないぞ」
「それはちょっと違うな。特に一夜干しなら半分生のような状態で柔らかく仕上がるぞ」
「そうなのか。すまんが、その方法を教えてくれんか」

 俺も実際に作ったことは無いが、一夜干しは酒のつまみでよく食べていた。
 テレビでイカを干しているところも見ていたし、どんな物かは分かる。

「このイカを串で刺して広げるんだが、これぐらいの長さの串はあるか」
「それなら家にある。ちょっと待っててくれ、カカァも呼んでくる」

 漁師の奥さんが来てくれて、干物用のイカをさばいてくれる。

「刺身と同じように内臓を取って開くんだが、足を付けたままにしてくれるか」
「じゃあ、目玉とか口とかの堅いところは取った方がいいね。塩加減はどんなもんだい」
「そうだな。軽く塩味になる程度の方が美味いかな」

 魚の干物のように塩分が多すぎるのはダメだが、そのあたりは仕上がりを見て調整してもらったほうがいいな。

「さばいたイカの縦と横に、串をこうやって刺して広げて干してくれ。乾きも早くなるし、この形がスルメらしくていいんだよな」
「へぇ~、そんな風に干すのかい。どれぐらい干せばできるんだい?」

 一夜干しというぐらいだから夜で一晩、昼間だと半日ぐらいか。

「陽に当てて、お昼ぐらいまでか。乾きすぎてもだめだしな。だが一夜干しだと2日ぐらいしか日持ちしないから、長く持たせるなら完全に乾かしてスルメにした方がいいぞ」

 1枚を一夜干しに、もう1枚をスルメにするそうだ。

「すまんな。あんたが買ったイカなのに」
「いや刺身にしてもらったし、酒ももらった。礼を言うのはこっちの方だよ」

 残ったイカは焼いて、アイシャ達の土産にしよう。おっと、キイエ用に生のイカも持って帰るか。

「あんたみたいに買ってくれる奴がいれば、もっとイカを捕ってもいいんだがな」

 今は他の魚を釣り上げる時に、たまたま引っ掛かるイカを売りに出している程度だそうだ。それでもあれだけ売れ残るのか……勿体ない話だ。

「イカだけを捕りたいなら、夜の水面にランプの光を当てればいい。水面近くに寄ってくるはずだ。それを網ですくえば簡単に捕まえられるぞ」
「それは人族の漁法か……さすがイカを生食する種族だな。今度俺もやってみるか」
「あんた、それはこのイカが売れてからにしておくれよ」

 まあそうだなと、猟師は豪快に笑った。
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