上 下
77 / 308
第2章 街暮らし 冒険者編

第75話 シルス2

しおりを挟む
 2日後、改良したドライヤーの魔道具を持ってユヅキさんが店に訪れた。

「シルスさん、新しいドライヤーができたよ」

 ユヅキさんが、改良したドライヤーと外装の図面をカウンターに置く。

「ユヅキさん、ありがとう……って、私の作ったのと全然違うじゃない。すごいわね。持ちやすいし、なんだかカワイイわね」

 箱型だったドライヤーの外装がくの字型になっている。手で持つ所に魔力を入れる窪みがあって、操作もしやすくなっているわ。

「そんなに喜んでくれて、作ったかいがあるよ」
「こんなのを作っちゃうなんて、やっぱりユヅキさんって不思議な人ね」
「まあ、そんな事より魔術師協会への登録はどうするんだ」
「この魔道具の説明資料は、昨日書き上げました。ユヅキさんの図面もあるし、今から行ってみましょうか。魔道具の申請って初めてだから早めの方がいいと思うわ」

 私達は魔道具と資料を持って魔術師協会に向かう。魔術師協会は貴族街近くの少し高台に位置した3階建ての建物だ。
 受付で聞くと、魔道具関連の部署は通路を入った奥の部屋だと言われた。私が働いていた頃から場所が変わったようね。

 それにしても、この建物に入ってからユヅキさんの方を見ながら、小さな声でコソコソ話している人が多いわ。
 ここにいる職員のほとんどは、魔法大学を卒業している。大学の歴史の授業で、世界征服を挑んだ人族の事がよく出てきていたし、警戒しているのかしら?

 奥の部屋の中に入ると、小さなカウンターと奥にふたりの職員がいた。知らない顔ね。そりゃそうか、私がいた頃の上司も定年で居ないでしょうし、入れ替わっているわよね。

「すみません。魔道具の登録に来たんですが」

 ひとりの女性職員がカウンターに座った。

「魔道具の登録ですか?」

 その職員は後ろの男性職員に「登録ってどうするの」と小さな声で聞いている。
 何だか、よく分かっていないようね。私が勤めていた頃も、魔道具の登録なんてした事なかったから仕方ないわね。

「今日は責任者がいないので、よく分からないんです。すみませんが明日もう一度来ていただけますか」

 無駄足になってしまったわ。ユヅキさんにも謝って、一緒に帰る道すがらこの部署の事を話す。

「魔道具っていうのは、魔術の中に分類されているけど、華やかじゃないから異端みたいに扱われているの」
「それで部署が違うと言われて、奥の部屋に行かされたのか」
「製造も販売も王都でしかやっていないから、この町じゃ魔道具を扱っているのは私の店だけだし」

 王都には魔道具を売っている店が沢山あって、色んな魔道具が売られていた。

「でも、魔道具は人の役に立っているぞ」
「そうなんだけど、所詮魔道具は生活魔法の模倣品と言われているわ。魔道具にできることは普通の人にもできてしまうもの」
「でも、ランプみたいに全属性を持っていないとできない事も、魔道具ならできるじゃないか」
「そうね。あれは素晴らしい魔道具だわ。でもかなり昔に発明されて、それ以来改良も新しい発明もあまり無いのよ。なかなか役立つ発明はされてこなかったの」

 人の役に立って普及する発明なんて、そうそうできるものじゃない。魔道部品の動作原理も大学の上の魔法学院で研究する難解なものだ。その部品を組み合わせて魔道具を作っていくんだけど、その組み合わせも試され尽くしている。

「でも、シルスさんの作ったこの魔道具はすごいと思うぞ。アイシャもすごく喜んでいた」
「だからちゃんと登録して世に出したいんだけど、手続きができるか不安だわ」


 翌朝。ユヅキさんと一緒に資料を持って再び魔術師協会に向かう。
 昨日の部屋に入ってカウンター前に座ると、奥から初老の人が出てきて向かい側に座った。
 この方が新しい責任者のようね。他の部署から定年前にここに回されたってところかしら。

「昨日は留守にしていてすまなかった。魔道具の登録に来られたと聞いたんじゃが」
「はい、新しい魔道具を作りましたので、登録して販売許可をもらおうと思って来ました」
「すまんが今ここで登録することはできんのじゃ。そのような事は全て王都でしかやっていなくてな。ここでは受付と登録のための資料を王都に送る事しかやっておらん」

 そうよね。こんな小さな部署で魔道具の審査なんてできないでしょうね。

「ではここで受付手続きと、どんな資料が必要か教えていただけますか」
「まずこの紙にあんたの名前と新しい魔道具の名前を書いてくれるか」
「作ったのは私とユヅキさんのふたりなんですが」
「ほう、そうじゃな……それなら上下に名前を書いてくれるかな。しかし新しい魔道具の登録など、この町で初めての事じゃないかの。それをあんたらふたりでとは大したものだ」

 その後、名前の横に私達の拇印を押す。

「すまんな、名前の横に発明比率を書かないといかんようじゃ」

 資料を見ながら責任者の人が指示する。

「登録に必要なのは、新しい魔道具の動作説明書と構造説明書、それと形状の分かる図面が必要じゃな。持ってきておるかな」
「はい、こちらに。これが動作と構造の説明書で、こちらが形状の図面です。実物は必要ないのですか?」
「そうじゃな、この資料によると実物は要らんようじゃ。ではこれらを王都に送るように手続きしておくよ」
「お願いします」
「登録できたかどうかは2週間後分かる。またその時に来ておくれ」

 2週間後か、役所仕事みたいなもんだから時間がかかっても仕方ないわね。

「すぐに登録できると思ったのに、残念だったな」
「いえ、時間が掛かると思っていましたので。でも職人ギルドとは違うのですね。前はすぐできたのに」

 ユヅキさんが作った新型の弓を、私との共同開発の魔道弓として再登録した時は、その日の内に登録できた。

「シルスさん。2週間あるならその間に、ドライヤーの魔道具の改良を考えてみないか?」
「改良?」

 ユヅキさんは私の店に戻り詳しく説明してくれる。

「アイシャにも使ってもらったが、風量の強弱の差が大きくて使い辛いと言っていた」
「確かに、魔道部品の魔法力の小と中をそのまま使っていますから」

 部品の種類は大、中、小の3種類だけ。その中間の魔道部品は存在しないわ。

「そうだな。だから改良には時間がかかると思って先に登録を済ませようと思った。でも時間があるなら今から考えてもいいんじゃないかと思っている」
「ユヅキさんには何か良い案があるんですね。聞かせてください」

 ユヅキさんはすごいわね。初めて見せた魔道具なのに、もう改造の事まで考えているなんて。

「まず原理として、火と風を細かく切り替えて両方を発動させているはずだ」
「はい、そうです。そこが一番苦労したところです」
「ではその発動している時間を変えて、風量や火力の強弱を調整できないか?」
「ちょっと待ってくださいね」

 エギルさんに作ってもらった部品に手を加えれば、できるかもしれない。でもあの部品を作るのは難しいと言っていたわ。

「発動時間を変えることは、できなくはないですが難しいと思います。でもそれで強弱の調整ができるのですか?」

 ユヅキさんは絵に描いて、火と風の発動が交互に断続的に繰り返している図を見せてくれた。発動時間を短くすれば全体として弱くなると説明してくれる。

「なるほど、今私が作ったやり方だと、発動が半分、休みが半分で、それが最大の出力になるということですね」
「そうだ、その通りだ」

 発動時間を今の半分にすると風量も温度も半分になると……なるほど。

「そうなると魔道部品も、魔法力が″中″の1つだけでも動作しませんか?」
「上手く調整できたら、それも可能かもしれんな」
「すごいです、すごいです。これなら自分の思うように自由に調整できます。でもそうするとこの部品を少し変えて……」

 話を聞いて改良する方法が次々に沸いてくる。やはりユヅキさんの発想はすごい。これなら部品数を減らして、安くて壊れにくい物ができるわ。


 翌日から実験を繰り返して動作を確かめてみる。

「これならできそうね」

 その形でエギルさんに新しい部品を作ってもらった。
 新しい部品を組み込んで耐久試験をする。これなら大丈夫。改良機の完成だわ。

 ユヅキさんに見てもらおう。

「すごいな、シルスさん。ここまで完璧に作り出すとは。俺は理論的なことは言えるが、動作原理に関わる部分の改良は簡単なことじゃないはずだ」
「いえ、いえ。ユヅキさんの助言があったからですよ。今は3段階の風量ですが何段でも増やせます」

 この方式なら自分の好きなように新しい物が作り出せる。
 アイシャさんにも使ってもらったけど大喜びしてくれた。気に入ってもらえたのなら私も嬉しいわ。

 王都の魔術師協会から登録の連絡が来る日は、アイシャさんも付いて行きたいと言うので、ユヅキさんと3人で行くことにした。

「すみません。私の魔道具、登録できましたか?」

 初老の責任者の方が奥から出てきた。

「すまんのう。不許可になって登録はできなかったようじゃ」
「ええ~!!」
しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

男装の皇族姫

shishamo346
ファンタジー
辺境の食糧庫と呼ばれる領地の領主の息子として誕生したアーサーは、実の父、平民の義母、腹違いの義兄と義妹に嫌われていた。 領地では、妖精憑きを嫌う文化があるため、妖精憑きに愛されるアーサーは、領地民からも嫌われていた。 しかし、領地の借金返済のために、アーサーの母は持参金をもって嫁ぎ、アーサーを次期領主とすることを母の生家である男爵家と契約で約束させられていた。 だが、誕生したアーサーは女の子であった。帝国では、跡継ぎは男のみ。そのため、アーサーは男として育てられた。 そして、十年に一度、王都で行われる舞踏会で、アーサーの復讐劇が始まることとなる。 なろうで妖精憑きシリーズの一つとして書いていたものをこちらで投稿しました。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

異世界転生 転生後は自由気ままに〜

猫ダイスキー
ファンタジー
ある日通勤途中に車を運転していた青野 仁志(あおの ひとし)は居眠り運転のトラックに後ろから追突されて死んでしまった。 しかし目を覚ますと自称神様やらに出会い、異世界に転生をすることになってしまう。 これは異世界転生をしたが特に特別なスキルを貰うでも無く、主人公が自由気ままに自分がしたいことをするだけの物語である。 小説家になろうで少し加筆修正などをしたものを載せています。 更新はアルファポリスより遅いです。 ご了承ください。

孤児院で育った俺、ある日目覚めたスキル、万物を見通す目と共に最強へと成りあがる

シア07
ファンタジー
主人公、ファクトは親の顔も知らない孤児だった。 そんな彼は孤児院で育って10年が経った頃、突如として能力が目覚める。 なんでも見通せるという万物を見通す目だった。 目で見れば材料や相手の能力がわかるというものだった。 これは、この――能力は一体……なんなんだぁぁぁぁぁぁぁ!? その能力に振り回されながらも孤児院が魔獣の到来によってなくなり、同じ孤児院育ちで幼馴染であるミクと共に旅に出ることにした。 魔法、スキルなんでもあるこの世界で今、孤児院で育った彼が個性豊かな仲間と共に最強へと成りあがる物語が今、幕を開ける。 ※他サイトでも連載しています。  大体21:30分ごろに更新してます。

異世界転生!俺はここで生きていく

おとなのふりかけ紅鮭
ファンタジー
俺の名前は長瀬達也。特に特徴のない、その辺の高校生男子だ。 同じクラスの女の子に恋をしているが、告白も出来ずにいるチキン野郎である。 今日も部活の朝練に向かう為朝も早くに家を出た。 だけど、俺は朝練に向かう途中で事故にあってしまう。 意識を失った後、目覚めたらそこは俺の知らない世界だった! 魔法あり、剣あり、ドラゴンあり!のまさに小説で読んだファンタジーの世界。 俺はそんな世界で冒険者として生きて行く事になる、はずだったのだが、何やら色々と問題が起きそうな世界だったようだ。 それでも俺は楽しくこの新しい生を歩んで行くのだ! 小説家になろうでも投稿しています。 メインはあちらですが、こちらも同じように投稿していきます。 宜しくお願いします。

42歳メジャーリーガー、異世界に転生。チートは無いけど、魔法と元日本最高級の豪速球で無双したいと思います。

町島航太
ファンタジー
 かつて日本最強投手と持て囃され、MLBでも大活躍した佐久間隼人。  しかし、老化による衰えと3度の靭帯損傷により、引退を余儀なくされてしまう。  失意の中、歩いていると球団の熱狂的ファンからポストシーズンに行けなかった理由と決めつけられ、刺し殺されてしまう。  だが、目を再び開くと、魔法が存在する世界『異世界』に転生していた。

女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません

青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。 だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。 女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。 途方に暮れる主人公たち。 だが、たった一つの救いがあった。 三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。 右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。 圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。 双方の利害が一致した。 ※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております

霊感頼みの貴族家末男、追放先で出会った大悪霊と領地運営で成り上がる

とんでもニャー太
ファンタジー
エイワス王国の四大貴族、ヴァンガード家の末子アリストンには特殊な能力があった。霊が見える力だ。しかし、この能力のせいで家族や周囲から疎まれ、孤独な日々を送っていた。 そんな中、アリストンの成人の儀が近づく。この儀式で彼の真価が問われ、家での立場が決まるのだ。必死に準備するアリストンだったが、結果は散々なものだった。「能力不足」の烙印を押され、辺境の領地ヴェイルミストへの追放が言い渡される。 絶望の淵に立たされたアリストンだが、祖母の励ましを胸に、新天地での再出発を決意する。しかし、ヴェイルミストで彼を待っていたのは、荒廃した領地と敵意に満ちた住民たちだった。 そんな中、アリストンは思いがけない協力者を得る。かつての王国の宰相の霊、ヴァルデマールだ。彼の助言を得ながら、アリストンは霊感能力を活かした独自の統治方法を模索し始める。果たして彼は、自身の能力を証明し、領地を再興できるのか――。

処理中です...