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猫好きな王子様(4)

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 召喚獣契約は滞りなく進み、私はリュリーの召喚獣にもなってしまった。私、働くの嫌いだからあまり呼び出さないでね?
 召喚獣契約をする時、獣は真の姿でいないといけないらしいので、リュリーは魔法を解いて私を元の大きさに戻してから契約を行った。

「そ、その猫、幻獣だったのですか!?」

 ザックやウィーニー、ラムゴやクインレイは私の正体を知っていたわけだけど、残りの騎士はリュリーから何も聞かされていなかったらしく、私が巨大な姿に変わった時はかなり驚いていた。
 そして召喚獣契約を行った後も、私は元の大きさのまま、リュリーと一緒に城へ戻る。

「子猫は小さいから可愛いという意見に異論はないが、大きな猫にもロマンが詰まっているんだ。分かるか?」

 廊下を歩きながらリュリーが話しかけてきたけど、言ってることが良く分からなかったので聞こえていない振りをした。
 のしのしと歩く私を見て、すれ違う使用人は悲鳴を上げて逃げていく。

「逃げるなんてもったいないな。大きな子猫という夢のような生き物に出会ったのに」

 でも廊下の向こうから巨大な猫が歩いてきたら普通は逃げると思うけどね。リュリーの猫好き具合が普通じゃないだけでさ。

「で、殿下!? 大丈夫ですか!」
「大丈夫だ。剣をしまえ。三日月は私のペットだ」
「ペット……?」

 噂を聞いて慌てて集まってきた騎士たちにリュリーが言う。騎士はリュリーの後ろにいたザックたちに視線をやり、目で『ペット?』と確認している。ザックたちは神妙な顔をして頷いていた。

 私はリュリーのペットになったつもりはないけど、でも大きい子猫をペットにしたとして何をそんなに驚くのか分からない。ここには普通サイズの猫しかいないのかもしれないけどさ、大きな猫がいたっていいじゃん。星降る森には変わった生き物なんてたくさんいるよ?
 城の人間たちからは奇異の目で見られたけど、私は堂々とした態度で廊下を歩いた。普通と違う、大きな私って素敵だもん!

 自分の大きさに誇りを持っている私だが、リュリーの寝室に入った後、「このままの大きさではベッドで寝られないぞ」と言われて、あっさりともう一度小さくなる魔法をかけてもらったのだった。
 誇りよりもベッドだよね~。


 次の日、リュリーが幻獣をペットにしたという噂が広がったのか、何人かの貴族がリュリーを訪ねてきた。

「星降る森の幻獣をも手懐けられるとは、さすが殿下ですね。あなたが王になられた後、この国がどうなるか楽しみです。きっとより良くなるでしょう」
「殿下が幻獣をペットにしたとなりますと、貴族の間でもそのような流行りがくるかもしれませんわね。私も宝石を集めるのはやめて、次は殿下のように珍しい幻獣をペットにしたいですわ。そうすれば共通の話題もできますものね」

 貴族たちはみんなリュリーと親しくなりたいみたいで、言うことは大体似ていた。面白い話をする人はいなかったので、私は小さい体のまま出窓でくつろいでいたが、リュリーはうんざりしているようだった。

 そして最後にやって来たのはアナスターシャだ。彼女は名のある貴族の子女だったらしく、今日は鮮やかな赤いドレスを身にまとっている。ふりふりで動きにくそうだけど豪華で美しい装いだった。

「リュリー様! 今日は猫も食べられるお菓子を持って参りました!」

 アナスターシャは先に訪れていた貴族が帰ると、手に小袋を持って入れ替わりで迎賓室に入ってきた。〝今日は〟という言い方からして、たぶんこれまでも用事を作ってはリュリーに会いに来てたんだろう。アナスターシャはリュリーのことが好きみたい。

「三日月、食べるか?」

 アナスターシャからお菓子を受け取ったリュリーは、出窓でお腹を出して伸びている私のところにやってくる。
 
「ミャウ」

 お菓子がどんなものか知らないけど今はいらないよ。ここで貰えるごはんは美味しくて今朝もいっぱい食べちゃったし、お腹空いてないもん。
 眩しい日差しに目をつぶりながら鳴いて答えると、リュリーは笑いながらこう言った。

「お前はいいな。俺も好きなことだけして生きていたい」

 そして私のお腹を撫でながら続ける。

「公務は好きだが貴族や権力者の相手をするのは嫌いだ。誠実な人間もいるが、欲に塗れた者も多いからな。さっき来た貴族の中で、何の下心もなく俺と親しくなりたいと考えている人間はいるだろうか?」

 人間は心に上とか下とかあるのか、と思いながらフワァとあくびをする。

「王子という地位にいるからこそ、権力者の醜い部分をよく目にしてしまう。だからそういう奴らが私腹を肥やして裕福になり、懸命に働いている庶民が貧しくなっていくのは許せない。自分も王族だが……王族だからこそ、権力者の味方であってはならないと思う」

 ねぇねぇ、この出窓ってやつをどうにか星降る森に持って帰れないかな? 窓越しに降り注ぐ日光っていうのも良いものだね。

「だから時間のある時には、信用できて魔法の才能もある仲間と共に義賊の真似事をしている」
「ミ?」

 義賊という初めて聞く単語にぴくりと耳が反応する。『正義の悪者』みたいな印象を受けたので、たぶんそういう意味なんだと思う。
 それに『信用できて魔法の才能もある仲間』っていうのは、星降る森に一緒に来ていたみんなのことだろう。
 私はごろごろしながらも一応リュリーの話に耳を傾ける。

「不正をして金を稼いでいる貴族の屋敷に侵入し、金を奪って、それを貧しい者に与えたり。星を無駄に蓄えている権力者から盗みを働いて、それを本当に必要としている庶民に配ったり。全て自分たちの正体は隠しながらやってる。ただの自己満足だしな」

 リュリーは私のお腹を撫でながら真面目な顔をして話しを続けている。猫好きって、猫が人間の言葉を理解してるって思ってるよね。私は普通の猫より賢いし理解してるけど、でも難しい話をしても気の利いた返事はできないよ。

「最近は隣国のジーズゥにも目をつけていて、圧制を敷く愚かな王を何とか破滅させられないかと考えている。王子である俺がジーズゥ国内に入って工作するのは難しいから、星降る森の南側に落ちている星を根こそぎ奪ってやろうと思ってるんだ」

 リュリーはそこで悪戯っぽく笑った。

「ジーズゥでは庶民が勝手に森に入ることは許されていない。つまり星は全て王が所持していて、王に気に入られた者だけが星を分け与えてもらえる。だから王の手下たちが星を拾う前に俺たちで拾ってやろうというわけだ。今はそれくらいしか俺がジーズゥにできることはないからな」

 ふーん。じゃあこの前リュリーたちが星降る森に来ていたのって、星を拾うためだったのか。確かにジーズゥに近い森の南側にいたもんね。
 そんなことを思いながら、私のお腹を撫でてくるリュリーの手を両前足でつかみ、後ろ足でケリケリする。もう撫でるんじゃない。やめろ。
 急に気分が変わって撫でられるのが嫌になった私を見て、リュリーは「痛い痛い。急にどうした?」と困惑している。
 リュリーは猫好きだけど、リセとは違って猫の扱いに特別慣れているわけではないらしい。これまで猫は飼っていなかったのかも。

「あ、あのぅ、リュリー様……」

 とそこで、リュリーの後方にずっと立っていたアナスターシャが控えめに声をかけてくる。その瞬間リュリーはちょっとビクッとしたし、『アナスターシャがいるのを忘れてた』って顔をした。
 私のお腹のもふもふが魅力的だったとはいえ、同じ部屋にいる人間を忘れるのはどうかと思うよ。

 でもアナスターシャはリュリーの仲間で、自分の国の王子が義賊みたいなことをしてるのも分かってるわけだから問題ないね。他の人に聞かれたら口止めしないといけなかったけど。
 アナスターシャは独り言のようなリュリーの話を聞いてしまって申し訳なさそうな顔をしていたが、次には少し寂しそうなほほ笑みを見せて言う。

「リュリー様が猫好きなのは、猫には下心がないからだったのですね。猫は人の地位も外見も気にしませんし、本当に好きな人間にしか懐かないですから」

 そしてもじもじしながら続ける。

「わ、私は……確かに最初はリュリー様のことを『王子』として見ていましたし、さらにリュリー様は当時から美少年でおられましたから、地位と外見を見てお近づきになりたいと思いました、正直」

 アナスターシャの素直な言葉に呆れつつ、リュリーは「本当に正直に言ったな」と呟く。

「でも今は違うんです! 明日王家が没落してリュリー様が王子でなくなったとしても、その麗しいお顔に大きな傷ができたとしても――」
「縁起でもないことを言うなよ」
「も、申し訳ありません! でも、リュリー様がリュリー様であれば私はずっと好きです! 弱きを助け強きを挫こうとするリュリー様のお心が好きなんです!」

 段々声が大きくなって最終的に叫ぶように告白したアナスターシャは、頬を赤く染めて肩で呼吸をしながらリュリーを見つめている。
 好きだってことを別にそんな大声で言わなくても、体をすり寄せたり鼻と鼻をくっつけるだけで好意は十分伝わると思うけど。と、起き上がって後ろ足で頭を掻きながら私は思った。

 一方、リュリーは少しだけ目を見開いてアナスターシャを見ていたけど、やがてフッと表情を崩して穏やかに言う。
 
「まぁ、お前たちは俺の内面を見てくれていると分かってる」

 出窓から入る明るい日差しを受けながらほほ笑むリュリーに、アナスターシャはさらに頬を赤くした。

「リュ、リュリー様! 私と結婚してくださいっ!」
「それは断る」

 すげなく拒否したリュリーに、アナスターシャはガクッと肩を落とす。人間だとメスからの求婚をオスが断ることもあるんだなと、私は新たな知識を得たのだった。


 それから二日が経ち、まるでずっと昔からここに住んでいたかのように、私は城でもくつろぐようになった。
 小さい姿でいる時は出窓でダラダラし、たまに元の大きな姿に戻してもらったら芝生の庭に出てゴロゴロした。さらに初夏の暖かな陽気の中で暖炉をつけてもらい、思う存分体を温め、溶けて、夜はふかふかのベッドで眠る。
 夜中に一人でテンションが上がってしまって走り回っていると、一緒に寝ていたリュリーもさすがに若干迷惑そうな顔をしたけど、朝には幸せそうな顔で小さな姿の私を撫でる。『子猫がいる生活』というのが最高に嬉しいらしい。
 
(今まで星降る森が一番良い場所だと思ってたけど、お城も悪くないなぁ)

 リュリーが魔法で私を小さくしてくれるから、大きな体が障害になることもない。お城の階段をぴょんぴょん登っていくのも楽しいし、階段の手すりとか、あとはテーブルや棚の上とか、高い場所に乗るのも今まで体験したことのない愉快な遊びだった。
 
(リュリーは私を森に返すつもりはないみたいだけど、まぁずっとここに住むのも悪くはないかも)

 リュリーがしてくれるブラッシングも好きだしね、と私が野良としての気概をすっかり捨てて、大きな姿で庭で日向ぼっこをしていた時だった。

 私の体が突然光ったかと思えば、次の瞬間には森の中に移動していた。目の前にはハロルドがいるので、ハロルドに呼び出されて星降る森に戻ってきたようだ。

「ミャーン」
「日向ぼっこでもしていたのか?」

 仰向けに寝転がった体勢で召喚された私を見て、ハロルドが笑う。

「ミー」

 何か用? と尋ねると、ハロルドは「いや、特に用はないんだがな……」と言いながら私を手招きし、そばにある自分の家の前まで連れて行く。

「とりあえずこれを見てくれ」
「ミ?」

 何だこれ? と私は首を傾げた。森から木の枝が一本ぐいーんと伸びてきて、先がハロルドの家の扉の前まで来ている。他の木の枝は特にいつもと変わらないのに、この枝だけ急激に十何メートルも成長したみたい。
 しかも枝の先は不自然に何度も曲がって、何かを形作っている。私には猫の顔の輪郭に見えるけど……。

(何がどうなったら枝がこんなことになるの?)

 ハロルドも不思議そうに言う。

「一昨日の朝、外に出ようと扉を開けたら、こんなふうに枝が一本不自然に伸びてきていてな。枝の先は猫の顔の形になっているように見えた。しかし意味が分からなかったし、妖精か幻獣のいたずらだろうと思って私は枝を切ったのだ。出入りするのに邪魔だったから。すると昨日もまた新しい枝が伸びてきて、それを再び切ったら、さらに今日も枝が伸びてきた」

 この三日、切っても切っても毎日枝が伸びてきたってことか。

「しかも毎回、枝の先はくねくねと曲がって猫の顔の形になっている。だからそこでふと三日月のことを思い出してな。呼び出してみたのだ」
「ミャァ」

 呼び出されても、私だって意味分からないよ。
 困ってミャウミャウ鳴いていると、ハロルドの家の前まで伸びていた枝がしゅるしゅると縮まって短くなっていく。

「おや」

 そして最終的に普通の枝と変わらない長さに戻り、生い茂る木の葉の中に収まった。

「ミ?」
「やはり三日月が関係していたようだな」

 私には思い当たる節はなかったけど、ハロルドは何か予想がついた様子で私を見上げる。そして私の周りをゆっくりと一周回り、こちらを観察し終えるとこう言った。

「三日月、森の外に出ていたのか? 誰か人間と一緒にいたな?」

 どうしてそんなこと分かるの? と驚く私にハロルドが説明する。

「毛艶が良くなっているぞ。お前の舌の届かない背中も、まるで櫛で梳かしたかのように綺麗に整っている。誰かに風呂に入れられて、ブラッシングしてもらったのだろう?」
「ミャー」

 よく分かったねぇ、さすがハロルド。私は普段から自分で毛づくろいしているから毛並みは綺麗だと思っていたけど、背中とかは変化が分かりやすいのかも。

「しかしなるほど、お前が星降る森にいないから呼び戻せと――」

 ハロルドが話している途中で、私の体が再び光る。また召喚魔法で呼び出されたみたいだ。今度は誰が……。

「三日月」

 光が消えると私の前には軽く息を切らしたリュリーが立っていて、私の姿を見るとホッとしたように名前を呟いた。
 この場所は城のそばにある紫法殿(しほうでん)の中のようだ。ここでリュリーが召喚魔法を使って私を呼び出したらしい。

「ミャア」
「……使用人から、三日月が光に包まれて消えるのを見たと聞いた。召喚魔法で呼び出されたのか? お前、俺以外の人間と召喚獣契約を結んでいたんだな?」
「ミゥ……」

 何故かリュリーが責めてくるので、私も不思議とバツが悪くなって小さく鳴く。でも別に召喚獣契約って何人としたっていいはずだよね? 私が責められるいわれはないよね?
 そう考え直して胸を張る私に、リュリーはそっと手を伸ばしてきた。そして胸毛をもふもふしながら悲しそうに言う。

「お前、野良猫だと思ってたのに飼い猫だったのか……」

「本当の飼い主がいたのか」と辛そうに続けるリュリー。何がそんなに悲しいんだか分からないし、そもそも私に飼い主とかいないから。
 傷心した様子のリュリーはしばらく私の大きな体に抱き着きながらもふもふし続けたが、やがて今にも泣きだすんじゃないかと心配になるような顔をしながらこう言った。

「手紙を書こう。お前の飼い主に」

 そうして即座に手紙をしたためたリュリーは、長い赤色のリボンを持ってきて私の首に緩く巻きつけ、さらにそこに上手に手紙をくくりつけた。
 それが終わったところで、ちょうどまたハロルドに召喚されて私は星降る森に戻る。

「一体誰に召喚されていたのだ? お前は森にいてくれないとまた枝が――おや、リボンをつけてもらったのか」
「ミャァン」
 
 出迎えたハロルドに、私はぐいっと首を近づけリボンを取ってもらった。鬱陶しいよ、これ。

「手紙がついているな」

 ハロルドはくくりつけてあった手紙を取ると、それを開いて読んだ。内容は短かったようで、あっという間に読み終わると苦笑いして言う。

「三日月、お前はよほどの猫好きと召喚獣契約を交わしたのか? この手紙を書いた人物は私が三日月の飼い主だと思ってるようだが、『自分にも三日月を可愛がらせてほしい。たまに召喚することを許してほしい』と頼まれたぞ。丁寧な文章だが、真に迫るものがある。この頼みを断ったら、この人物は泣き崩れて倒れてしまうんじゃないかと不安になるような……」

 リュリーならそうなりかねないかも。一見すると冷静でかっこいい感じだから、猫一匹と触れ合えなくなるだけで泣くような人間には見えないけどね。
 
「ミャー」

 私は呆れて鳴いた。

「まぁ三日月がいいなら、この手紙を書いた人物のところにも自由に遊びに行けばいい」

 ハロルドはそこで森の方を見ながら、最後にこう呟いたのだった。

「しかし三日月に飼い主がいるとしたら、それは私ではないと思うがね……」
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