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元奴隷(3)

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「あ……」
 
 トーイは動揺して呟く。
 一方、不良たちは堂々とした態度だ。

「よう、昨日ぶりだな」

 不良たちの中の一人、鼻にピアスをつけている若者は、一歩こちらに近づいた。

「もう町を出て行くのかよ。俺たち、せっかく仲良くなったじゃねぇか」

 セリフだけなら感動的だが、鼻ピアスの若者はニヤニヤと嫌な笑みを浮かべている。

「そっちの二人も元奴隷か? 昨日とは人数も増えてるみてぇだし、有り金全部置いてけよ」
「ぼ、僕らのお金は昨日全部お前たちが盗ったじゃないか!」
「お前らは無一文かもしんねぇけど、そっちの二人は持ってるだろ?」

 鼻ピアスはアイラとルルを顎で指す。
 すると他の不良たちが笑って続けた。

「随分キレーな元奴隷だな」
「あれだろ、〝それ用〟の奴隷なんじゃね? 主人を慰める用のさ」
「うわー、そういうのホントにいるんだな」

 不良たちはゲラゲラ笑っている。アイラたちを馬鹿にしているような笑い方だ。
 面と向かって人に馬鹿にされた経験のないアイラは何がおかしいのかときょとんとしていたが、ルルは不愉快そうに眉をひそめた。

「私は別に構いませんが、ライアのことを性奴隷だと勘違いするなんて許せませんね。攻撃魔法は得意ではないし、騒ぎは起こしたくないのですが……」

 珍しくルルが攻撃的になって、呪文を唱え始める。
 しかしそれをアイラが止めた。

「待て。トーイにやらせよう。あいつ、たぶんこいつらから金を取り戻そうとして、忘れ物をしたなんて嘘をついたんだ」

 アイラの視線の先でトーイは歯を食いしばり、不良たちを睨みつけていた。そして少しビビりつつもこう言う。

「ここで会えてちょうどよかった。お前たちのこと、探しに戻るつもりだったんだ。僕と姉さんから奪った金を返せ!」
「ト、トーイ……!」

 ティアが慌てて弟を止める。

「何言ってるの。また殴られてしまうわ」
「姉さん、でも戦わないと。また殴られたって反撃しなきゃいけないんだ。元奴隷だからって、自分のものを奪われたまま大人しくしてるわけじゃないって、奴らに思い知らせてやるんだ」

 鼻息の荒いトーイに、ルルがため息をついて言う。

「すみません、私が『奴隷根性が染みついてる』なんて言ったからですね。トーイ、今回は相手の人数が多くて分が悪い。あなた一人では無茶です」
「いいえ、僕だって戦います!」

 何かに火がついたようで、トーイは急に強情になった。

「ずっと平気なふりをしてきたけど、本当は奴隷だからって誰かに馬鹿にされるのは腹が立つんです。だからあいつらを少しでも見返してやりたい。それに僕がここで反撃しておけば、あいつら、もうこの町に来る元奴隷には手を出さなくなるかもしれない」
「トーイ……」

 ティアは不安げに弟を見て呟く。
 一方、不良たちはニヤニヤ笑ったままこちらを見ていた。

「何をごちゃごちゃ言ってんだ。俺たちを見返す? お前が反撃するって?」

 大柄な不良がそう言うと、他の不良たちがドッと笑った。

「トーイが反撃するのは何もおかしくないのに、さっきからよく笑う奴らだ。そういう年頃なんだな」

 一人のんきなアイラは、そう言ってうんうんと頷く。
 しかし不良たちにはアイラの独り言は聞こえなかったようで、トーイをまた煽り出した。

「ほら、来いよ。奴隷少年。お前の金を取り返してみろよ」
「膝が震えてるぞ。怖いんだろ?」
「この……っ」

 トーイは挑発を受けて、勢いだけで相手に突っ込んでいった。真ん中にいた鼻ピアスの若者に体当たりしたのだ。
 しかし相手より体の小さいトーイは、簡単に跳ね返されて後ろに転んでしまう。
 すると不良たちはまた笑って、全員でトーイを取り囲む。そして立ち上がろうとしたトーイを突き飛ばし、蹴った。

「元奴隷が生意気なんだよ。奴隷解放だか何だか知らねぇけど、お前らは永遠に俺たちより下の人間なんだ」
「そうそう、搾取され続けるだけの存在だから」
「こいつ、もう反抗する気も起きねぇように身ぐるみも剥がしてやろうか? 真っ裸にしてさ」
「それいいな」

 不良たちはそんなことを話しながら、うずくまってしまったトーイの服を脱がそうとしている。

「どうかやめてください! 謝りますから!」

 ティアが必死に訴える一方、アイラはイライラし始めていた。元奴隷で、しかもまだ子供と言っていい少年が、複数の若者たちからいじめられているのだ。アイラにとって弱い者は守るべき存在で、虐げられている場面を見ていると腹が立ってくる。

「あいつら、この町に来る元奴隷ばかり狙って金を奪ってるんだな。弱い奴ばかり獲物にしてる。でもその弱い奴に圧倒的な力で倒されたら、もう二度と元奴隷には手を出さないかもしれないな」

 アイラは独り言のように呟きつつ、力を使った。軽く指を動かして不良たちの動きを止める。

「……何だ? 体が……」
「う、動かねぇ」

 不良たちが止まっている間に、トーイに向かって叫ぶ。

「トーイ! 今だ、反撃しろ!」

 自分の頭を抱えるようにうずくまっていたトーイは、ハッとして顔を上げ、立ち上がった。まだ闘争心は折れていなかったようで、目の前にいた腕に刺青のある若者に体当たりする。
 と同時に、アイラは力を使って若者を後ろに吹き飛ばす。危うくトーイまで一緒に吹き飛びそうになったが、トーイは相手から手を離していてぎりぎり無事だった。

「危なかった。トーイの動きに合わせて倒すのはなかなか難しいな。――よし、トーイ、次だ!」

 アイラは後半はトーイに向かって叫びながら、彼の攻撃に合わせて不良たちを倒していく。

「な、何だ!? 何でこいつ、急にこんなに強く――うわぁッ!?」
「実は魔法が使えたのか? それともとんでもない怪力だったとか――ぐッ!」

 アイラが力を使ったおかげで、あっという間に不良たち全員が地面に伏した。
 トーイは信じられないといった様子で、自分の両手をまじまじと見つめる。

「ぼ、僕にこんな力が……」
 
 アイラはフフフといたずらっぽく笑い、ルルにこっそりと言う。

「あいつ、自分が倒したって勘違いしてるぞ。何だか嬉しそうだからしばらく勘違いさせておいてやろう」
「まぁいいですけど……」

 トーイは強気になって、倒れている不良に詰め寄る。

「おい! 僕たちのお金を返せ!」
「ぅう……」

 不良は訳の分からないトーイの力に怯えて、懐から財布を二つ取り出した。それは奪われたトーイとティアの財布だったようだ。トーイは財布を取り返すと、中身を確かめる。

「お金が足りないぞ! 半分以上減ってる!」
「き、昨日使っちまったんだよ」
「なら、お前たちの持ってるお金で弁償しろ! ちゃんとお金を返さないとまた僕がやっつけてやるぞ!」
「うぅ、クソ……」

 トーイが拳を握ると、不良たちは自分たちの財布を出してトーイにお金を返した。
 
「いいか、お前たち! 弱く見える元奴隷にだって強い人間はいるんだ! これに懲りたらもう元奴隷を襲ったりしないことだ! 分かったか!?」
「わ、分かったよ……」

 不良たちにお説教すると、トーイは意気揚々とアイラたちのところに戻ってくる。

「姉さん、ほら。お金を取り返したよ! ライアさん、ルルさん、見てましたか? 自分でもびっくりしましたけど、僕ってすごく強いみたいです!」

 トーイは少年らしく目をキラキラさせつつも、何やら格好つけて腰に手を当てて立っている。

「僕、自分がこんなにすごいとは思いませんでした! 不良たちを一瞬でやっつけちゃうなんて。でも、僕って選ばれた人間なのかもしれません。きっと僕って神様のお気に入りなんです。それで神様が僕に力を下さったんですよ! ライアさんたちには宿代を出してもらった恩もありますし、これからは困ったことがあれば助けてあげてもいいですよ。僕は選ばれた人間ですから!」
「トーイ」

 興奮しているトーイに、アイラは静かに声をかけた。そして分かりやすく手を動かしてトーイを宙に少し浮かせ、端的に言う。

「これ、私の能力。お前が勝ったのは私の魔力のおかげだ」
「え? あ、そういう……」

 パンパンに膨らんだ風船がしぼむように、自信過剰だったトーイは一気に大人しくなった。つまり元のトーイに戻った。
 ルルはアイラに言う。

「ネタバレ早くないですか?」
「いや、トーイが思った以上に調子に乗ったから」
「まぁ、このままだとトーイにとっても良くないでしょうからいいんですけどね」

 元の謙虚さを取り戻したトーイは、恥ずかしそうにアイラに礼を言う。

「ライアさん、ありがとうございます。まさか魔法が使えるなんて知りませんでした。ルルさんもさっき呪文を唱えていましたし、お二人ともすごいんですね」
「まぁな。私は本当にすごい」

 アイラは謙虚さの欠片もなく断言したのだった。
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