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領主の騎士(2)

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「なんだか偉そうな奴らだな」
「アイラが言いますか。でもそうですね」

 公爵家の騎士たちはソファーにふんぞり返って、大きな声を上げて笑っていた。
 テーブルにはたくさんの料理と酒が並んでいるが、もうほとんど食事は終えたようだった。食べ残しはたくさんあるが、誰もそれを綺麗に片付けようとはしない。

「でも一人だけ楽しそうじゃない奴もいるな」

 黒髪を短く刈り込んだ、若い騎士だ。彼は他の騎士の話に相槌を打つことなく、酒に手を付けることもなく、うつむき気味にソファーに座っている。
 
 そしてよく見れば、他の席の客たちもちらちらと騎士たちを見て、その挙動を気にしているようだった。中には店に入ってきて騎士たちの姿を発見すると、そそくさと踵を返してしまう者もいる。

「嫌われ者みたいだな」
「そのようですね。避けられていると言うか……。おそらくアイリーデ公爵の威を借りて、街で好き勝手にしているからでしょう」

 そんな会話をしているうちに料理が完成したようだった。

「豚肉とじゃがいもの煮込みと、塩鱈のオイル煮だよ」

 店主はフォークとスプーンを突っ込んだ皿をアイラの前に置いた。骨付きの豚肉とじゃがいもが赤い色のスープに浸っている。

「ナイフは?」
「ナイフ? 柔らかいからフォークを使えば骨から剥がせるさ。みんなそのままかぶり付いてるけどな」

 店主の答えに、アイラはちょっと困ってルルを見た。ルルは軽く肩をすくめて小声で言う。

「それはエストラーダの家庭料理ですよ。城では出たことありませんでしたか? あまりかしこまって食べる料理ではないのです」

 仕方がないのでアイラはまずスプーンを持ち、スープの味を確かめた。高級食材を使っているようには思えないので、深みのない薄い味がするに違いないと思いながら。
 けれど一口飲んで衝撃を受けた。トマトとパプリカ、ハーブ、ニンニク、それに豚肉の旨味が混ざり合い、塩辛くないのに濃い味がする。食材から出汁が出ていて美味しい。
 フォークで刺してかじり付いた豚肉は柔らかく、脂身と赤身のバランスが絶妙で、じゃがいもはスープを吸ってほくほくとろりとしていた。

「……何だ、これ。美味しい……」

 アイラは瞳をキラキラさせて呟いた。

「よかったですね」

 そう言って笑うルルに出された魚料理を、アイラはじっと見る。鱈が黄色いオリーブオイルのソースまみれになっていてあまり美味しそうには見えないが、あれも意外と美味しいのかもしれない。

「そっちも食べたい」
「欲張りですね。いいですよ」

 ルルはフォークで魚を一口大に分け、ソースのたっぷりついたそれをアイラの口に入れた。
 
「……お、美味しい!」

 まだほとんど咀嚼しないうちからアイラは感激する。口に入れてすぐ美味しかった。
 乳化されたオリーブオイルのソースはとろとろしていてニンニクと唐辛子の風味が効いている。鱈はふんわり柔らかく、ほんのり塩味がして、コクのあるソースとよく合う。

「こんなところに天才料理人がいたなんて……」
「天才? 俺のことか? そんなに褒められると照れるね」

 感動に打ち震えながら言うと、店主もその隣りにいた妻も笑った。けれどアイラは真剣に続ける。

「いや、お世辞じゃないぞ。お前たちは城で奉仕すべきだ。私がまだ王族だったなら、お前たちを雇ったのに」
「は? どういう意味だい?」

 首をかしげる店主に、ルルが慌てて言う。

「ああ、本気にしないでください。彼は小さい頃に両親を亡くし、そのショックでちょっとおかしくなってしまったのです。妄想がひどく、自分のことを王子だと思い込んでいます」
「そりゃあ気の毒に」

 店主は憐れむようにアイラを見た。そして店主の妻も同情して焼きプリンを差し出してくれる。

「え、いいのか?」

 アイラがプリンにも目を輝かせていると――

「食えって言ってんだよ!」

 ソファー席の方から声が響き、同時に人が倒れるような物音も聞こえてきた。
 店の中は騒然とし、客たちはお喋りをやめて黙り込む。アイラはプリンを食後の楽しみにしつつ豚肉料理を食べながらそちらを見た。

 騒がしいのはあの騎士たちだ。先ほど一人静かだった黒髪短髪の騎士が床に倒れている。彼はどうやら蹴られたらしく、蹴ったのは仲間の騎士のようだった。
 くせ毛の茶色い髪を後ろで一つに縛った偉そうな騎士が言う。

「ほら、食えよ。お前は床で食うのがお似合いだ」

 見れば、黒髪の騎士の前には骨付きチキンが転がっていた。くせ毛の騎士は続ける。

「せっかく一緒にメシに連れてきてやったってのに、ずっと辛気くせぇツラしやがって」
「あんたたちと食べてるとメシがマズくなる。下卑た話ばっかりして、とても騎士とは思えない」

 歯を食いしばってそう言う若い黒髪の騎士。その言葉に、くせ毛の騎士や他の騎士たちは額に青筋を立てた。

「てめぇは本当に生意気だな。正義感ばかり振りかざして、騎士に何を夢見てんだ」

 くせ毛の騎士は立ち上がると、床に膝をついている黒髪の騎士の頭を掴んだ。そして片手でスープをぼとぼとと床にぶちまけると、そこに黒髪の騎士の顔を無理やりつける。

「っ、……」
「意地でも食わねぇんなら、こっちにも考えがあるぞ。確かお前の家族はこの街に住んでたよなァ? まだ小さい妹もいるんだったか?」
「……家族には手を出すな!」
「ならどうすればいいか分かるよな?」

 そう脅されると、黒髪の騎士は床に這いつくばったままスープを舐め始めた。悔しいのか手がぶるぶると震えている。
 
「本当に食ったぞ!」
「はははッ!」

 そしてくせ毛の騎士たちは手を叩いて馬鹿みたいに笑っている。
 他の客たちは騎士に萎縮しながら食事の手を止めていた。食欲が失せたのだろう。
 そして店主は、自分の料理が粗末に扱われていることや店の中で騒ぎを起こされたことに腹を立てて顔を真っ赤にしていた。

「だから公爵様の騎士を入れるのは嫌なんだ」
「あなた、こらえてくださいよ。彼らに反抗したら店がどうなるか」
「分かってる」

 騎士たちの不快な笑い声は店中に響き続けていた。
 やがて一人の騎士がテーブルの上に残った料理を口に詰め込んで噛んだかと思うと、それを床に吐いて言う。

「これも食え。残すなよ」
「そりゃあいい!」

 くせ毛の騎士が同調して笑う。黒髪の騎士は唇を噛みながらも、騎士が吐いた料理のところに這いずるようにして向かっていく。
 そしてそこに口をつけようとしたところで、ぐちゃぐちゃに咀嚼されたその料理がふわりと宙に浮かんだ。
 床にこぼされたスープも、骨付きチキンもだ。

「なんだ?」

 異変に最初に気づいたのは黒髪の騎士で、くせ毛の騎士たちはまだ腹を抱えて大笑いしていた。
 そして床の上にあった汚れた料理は全て、大口を開けて笑っているくせ毛の騎士の口に飛び込んでいく。

「っんぐ……!?」

 口に料理を詰め込まれてやっと黙ったくせ毛の騎士は、苦しげに目を白黒させていた。
 これをやったのはもちろんアイラだ。
 ルルがため息をつくと同時に、アイラは騎士たちに向かって言った。

「さっきからうるさいぞ。私が食事中だ、静かにしろ」
 
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