茜空

文字の大きさ
上 下
8 / 12

7

しおりを挟む
3月11日 37回目
やっと綾の退院が決まった。

“したいことノート”にはまだ室内の事が書いてあったが、特別に書き換えることにして、その元37個目はまた別の日にする事とした。
新37個目は、水族館に行きたい。だった。
勿論行かない理由がないのですぐにチケットを取って水族館に行った。久しぶりに綾と二人で出かけられたのが嬉しかったし、綾から目が離せなくて正直魚たちより綾を見ていた。彼女が この魚可愛い、と言うけど僕は発見できず もう、ちゃんとみて!と頬を膨らませられた。 ごめん、綾を見てて。と言うと綾は真っ赤になった。僕も何を正直に言ってるんだ、と思い時間差で赤くなっていたと思う。その後も二人は水族館を楽しんだ。イルカショーでは水を沢山かけられたしペンギンにはそっぽを向かれたが、忘れられない思い出ができたねと笑いあった。
「楽しかったね」
「そうだね」
「あ、今度はさ、あの関西にある大きい水族館行きたい、」
「いいね」
「でしょ、旅行がてら行きたいなぁ…」
「行こうね」
「うん」

いつの間にか僕たちは自然に未来の話ができるようになっていた。このまま彼女は元気になってくれるんじゃないか。病気が治るんじゃないか、心の中でそんな風に思っていた。けれど現実はそんなに甘くなかった。

“したいこと”が40個目を迎えてから、綾は次の週の分のノートを見せてくれなくなった。
彼女曰く、「その日に言われた方がドキドキするでしょ?」との事らしい。
急に言われて準備ができるか不安だったが、綾が頑なに見せないと言うので従うことにした。

……

4月8日 41個目
映画を見に行った。

女子は恋愛ものが好きだと勝手に思っていた。まあ僕の女子のサンプルなんて春香しかないからアテにならないのだが。
僕の予想に反して綾が見たがったのはコメディ映画とホラーサスペンス映画だった。コメディ映画はよく分からない芸人がたくさん出ていたが本当に面白く、無い腹筋が割れるんじゃないかと思うぐらい笑ってしまった。お昼ご飯を食べて、その後に見たホラーサスペンス映画の方はデスゲームもので、最初はありがちな展開だな、と思ったのだが段々と世界観に引き込まれていって、主人公に感情移入して見てしまいハラハラドキドキでこちらもとても面白かった。綾は映画より僕の反応を見て楽しんでいたらしい。なんでだよ、と思ったけど水族館の時僕もそんな感じだったな、と思って呑み込んだ。

……

4月15日 42個目。
お花見をしに行った。

例の、そう。僕と綾が出会った公園である。
しかし今日は“いつもの場所”ではなく、公園の開けた所、大きな桜の木の近くにレジャーシートを引いてお弁当を広げた。お互いにお弁当を作りあってきて、半分こして食べた。綾は料理上手で、とても美味しかったのを今でもよく覚えている。一方僕はさっきも言ったけれど器用な方ではない。若干焦げた卵焼き(これでもやり直した)に、どこかが変なタコさん?ウインナー。それでも綾はは可愛い~!!と喜び、美味しそうに食べてくれた。
そして僕たちは人が多い広場を離れ、“いつも”の場所に向かった。勿論、誰もいない。さっきまでの騒がしさが嘘のように静かだ。相変わらず色とりどりの花が咲き乱れている。
「もったいないよね、こんなに綺麗なのにさ」
「そうかもね、けど私は 私と瑞樹くんだけの秘密の場所、って感じで好きだよ」
「…それもいいね」
「でしょ!…よっと、」 彼女はまた軽々と柵を乗り越えた 
「懐かしいね」
「そうだね …あのさ、瑞樹くんは何で、死のうとしてたの」
「…つまんない事だよ。両親が離婚するってなって、どっちについてくのか~みたいな争いが始まって、どっちを選んでもどっちかは傷付くし、みたいな感じになって。受験も上手くいかなくて志望校は落ちるし、友達も居なくて毎日退屈だし。生きがいも生きる意味もなくて、何が楽しくて、何のために毎日生きてるのかわかんなくなってた。」
「そっか」
「うん でも綾に出会って、少し変わった。友達だって自分から話してみないと出来ないし、話してみると全然印象が違うこともあるんだなって野々宮で学んだし、僕の悩みなんて小さいもんだなって どこにでもありふれてることだし。」
「…それでも、瑞樹くんは辛かったんでしょ。皆辛いから瑞樹が辛くないわけじゃないよ。ありふれてるからって平気なわけじゃないよ。よく頑張ったね。あの日まで死なないでくれて、私と出会ってくれてありがとう。」

僕は泣いてしまった。あれだけ泣かないと決めていたのに、声を上げて泣いてしまった。綾は何も言わずただ隣にいてくれた。やがて陽は落ちてきて空が真っ赤に染まり、暗くなる。“いつも”の景色なはずなのに、久しぶりに見たせいなのか、それとももっと別の何かなのか。酷く切ない空に感じた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

処理中です...