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そして9月3日、10個目。
花火大会に行った。
いつの日かにした夏祭りの約束はここで果たすことが出来た。この日も4人で行ったが、途中気を利かせてくれたのか、何かと別行動する事が多かった。浴衣姿の綾はとても新鮮で綺麗だった。いつもと違って纏めた髪、揺れる髪留め、赤い花柄の浴衣がとても似合っていた。
歩きづらいだろうし、と僕は手を差し出した。精一杯の照れ隠しだった。今思えば手なんて何度も繋いでいるし、今更照れることでもなかったのだが、あの時は彼女も照れていたように思う。いつも通りの彼女だったら
「変なの、いつも繋いでるじゃん」と茶化すはずだからだ。そのまま色んな屋台を回って祭りを楽しんで、その後4人で花火を見た。
綾が綺麗だね、と呟いたから そうだね、とだけ返した。手は繋いだままだった。最後の大花火が上がり、散った。辺りに人がほとんど居なくなるまで僕たちは空を眺めていた。
……
やがて 帰ろっか、と春香が呟き、そうだね、と野々宮が続けた。 綾は 楽しかった、ありがとうと僕達に言った。勿論彼女の表情は笑顔だったけれど、どこか寂しそうに見えた。
それは2人にも同じように映っていたようで、春香も野々宮も黙ってしまった。僕も同じだった。誰も何も言わず すっかり人の居なくなった河川敷を駅に向かって歩いた。ゆっくり、ゆっくり進んだ。2人は下駄だったから歩きづらかったのかもしれないが、それ以上にきっと皆この時間を惜しんでいたのだと思う。
……
先に口を開いたのは春香だった。
「来年もさ、4人で来ようね」
拳をぎゅっと握って春香は言った。きっとみんな思っていたけど、口に出来なかった言葉だった。僕は少し上を向いてから、当たり前だろ。と返した。少し遅れて野々宮も、楽しみだね、と言った。
綾は でも、と言ったがそれに被せるように春香が
「今日お腹いっぱいで食べれなかったいちご飴も、瑞樹が失敗して取れなかった射的の景品も、来年リベンジしないとでしょ、」
と言った。綾は少し俯いたが直ぐに顔を上げて、そうだねと笑った。暫くして駅に着き、僕たちは解散した。もう遅いので僕は綾を、野々宮は春香を送っていくことになった。2人になった途端彼女が疲れた、と言ったので 近くの公園のベンチに腰を下ろすことになった。彼女の要望で自販機からいちごミルクを買った。僕はサイダーを買った。特段好きな訳では無いが、彼女が僕の飲んでいるものも飲みたがるのを知っていたからだ。珈琲を選ぶと飲めないのでむくれてしまう。いちごミルクを手渡すとありがとう、と彼女は笑って小銭を手渡してきたが断った。彼女はまた一瞬頬を膨らませたが、じゃあ、お礼。と僕にキスをした。初めてのキスだった。
「お、お礼って、こんな、」
「バカ、ジュースだけじゃないよ。…今日のお礼。」
彼女は照れていた。まあ最も僕も茹でダコのような顔をしていたと思うが。
僕が歩きづらいから、と言い訳して手を繋いだように お礼というのは彼女なりの言い訳だったんだと思う。街頭に照らされた彼女の頬は赤く染まっていて、なんだかいつもより可愛らしく見えて…僕は気付いたら彼女に口付けていた。顔を離すと彼女は泣いていた。嫌な思いをさせてしまったかと焦り僕は挙動不審になってしまったが、彼女は違うの、と言った。
「嬉しくて。」
「うん」
「嬉しかったの。当たり前のように、来年の約束をしてくれたのが」
「うん」
「私ね、未来の話をするのが好きじゃなかったの。」
僕はペットボトルの蓋を開けた。プシュ、と 静かな公園に音が響いた。
「明日すら、普通に生活していられるか分からないのに、明日が来るのが怖いのに。一年後の話なんて怖くて出来なかった。最初に、したいこと50個叶えようって言ってくれた時も、どうせ無理なのに、って思っちゃってた」
「うん」
「でもね、瑞樹くんと出会って、好きになって、なってくれて、春香ちゃんと、野々宮くんと仲良くなって、明日が楽しみになったの。…元気になって、皆と思いっきり遊びに行きたい。そう思うようになって」
「うん」
僕は少しだけ上を向いて答えた。
「来年はさ、絶対春香ちゃんといちご飴食べるんだ」
「うん」
「で、私が瑞樹くんより上手になって射的でぬいぐるみ取ってあげる」
「本当かよ笑」
「本当だもん!でね、野々宮くん金魚すくいがとっても上手らしいの。……金魚、取ってもらってもいつまで一緒にいれるか分からないから今回は遠慮したけど…来年はきっと病気治して、金魚取ってもらうんだ」
「…いいね」
ふと彼女の方を見るともうすっかり笑顔だった。「それ、ちょーだい」と言うからサイダーを手渡した。ゴクゴク、と飲み干して 僕たちはまた歩き出した。
「泣いてたの、秘密だからね」
「うん」
「来年、約束ね」
「ああ、約束」
花火大会に行った。
いつの日かにした夏祭りの約束はここで果たすことが出来た。この日も4人で行ったが、途中気を利かせてくれたのか、何かと別行動する事が多かった。浴衣姿の綾はとても新鮮で綺麗だった。いつもと違って纏めた髪、揺れる髪留め、赤い花柄の浴衣がとても似合っていた。
歩きづらいだろうし、と僕は手を差し出した。精一杯の照れ隠しだった。今思えば手なんて何度も繋いでいるし、今更照れることでもなかったのだが、あの時は彼女も照れていたように思う。いつも通りの彼女だったら
「変なの、いつも繋いでるじゃん」と茶化すはずだからだ。そのまま色んな屋台を回って祭りを楽しんで、その後4人で花火を見た。
綾が綺麗だね、と呟いたから そうだね、とだけ返した。手は繋いだままだった。最後の大花火が上がり、散った。辺りに人がほとんど居なくなるまで僕たちは空を眺めていた。
……
やがて 帰ろっか、と春香が呟き、そうだね、と野々宮が続けた。 綾は 楽しかった、ありがとうと僕達に言った。勿論彼女の表情は笑顔だったけれど、どこか寂しそうに見えた。
それは2人にも同じように映っていたようで、春香も野々宮も黙ってしまった。僕も同じだった。誰も何も言わず すっかり人の居なくなった河川敷を駅に向かって歩いた。ゆっくり、ゆっくり進んだ。2人は下駄だったから歩きづらかったのかもしれないが、それ以上にきっと皆この時間を惜しんでいたのだと思う。
……
先に口を開いたのは春香だった。
「来年もさ、4人で来ようね」
拳をぎゅっと握って春香は言った。きっとみんな思っていたけど、口に出来なかった言葉だった。僕は少し上を向いてから、当たり前だろ。と返した。少し遅れて野々宮も、楽しみだね、と言った。
綾は でも、と言ったがそれに被せるように春香が
「今日お腹いっぱいで食べれなかったいちご飴も、瑞樹が失敗して取れなかった射的の景品も、来年リベンジしないとでしょ、」
と言った。綾は少し俯いたが直ぐに顔を上げて、そうだねと笑った。暫くして駅に着き、僕たちは解散した。もう遅いので僕は綾を、野々宮は春香を送っていくことになった。2人になった途端彼女が疲れた、と言ったので 近くの公園のベンチに腰を下ろすことになった。彼女の要望で自販機からいちごミルクを買った。僕はサイダーを買った。特段好きな訳では無いが、彼女が僕の飲んでいるものも飲みたがるのを知っていたからだ。珈琲を選ぶと飲めないのでむくれてしまう。いちごミルクを手渡すとありがとう、と彼女は笑って小銭を手渡してきたが断った。彼女はまた一瞬頬を膨らませたが、じゃあ、お礼。と僕にキスをした。初めてのキスだった。
「お、お礼って、こんな、」
「バカ、ジュースだけじゃないよ。…今日のお礼。」
彼女は照れていた。まあ最も僕も茹でダコのような顔をしていたと思うが。
僕が歩きづらいから、と言い訳して手を繋いだように お礼というのは彼女なりの言い訳だったんだと思う。街頭に照らされた彼女の頬は赤く染まっていて、なんだかいつもより可愛らしく見えて…僕は気付いたら彼女に口付けていた。顔を離すと彼女は泣いていた。嫌な思いをさせてしまったかと焦り僕は挙動不審になってしまったが、彼女は違うの、と言った。
「嬉しくて。」
「うん」
「嬉しかったの。当たり前のように、来年の約束をしてくれたのが」
「うん」
「私ね、未来の話をするのが好きじゃなかったの。」
僕はペットボトルの蓋を開けた。プシュ、と 静かな公園に音が響いた。
「明日すら、普通に生活していられるか分からないのに、明日が来るのが怖いのに。一年後の話なんて怖くて出来なかった。最初に、したいこと50個叶えようって言ってくれた時も、どうせ無理なのに、って思っちゃってた」
「うん」
「でもね、瑞樹くんと出会って、好きになって、なってくれて、春香ちゃんと、野々宮くんと仲良くなって、明日が楽しみになったの。…元気になって、皆と思いっきり遊びに行きたい。そう思うようになって」
「うん」
僕は少しだけ上を向いて答えた。
「来年はさ、絶対春香ちゃんといちご飴食べるんだ」
「うん」
「で、私が瑞樹くんより上手になって射的でぬいぐるみ取ってあげる」
「本当かよ笑」
「本当だもん!でね、野々宮くん金魚すくいがとっても上手らしいの。……金魚、取ってもらってもいつまで一緒にいれるか分からないから今回は遠慮したけど…来年はきっと病気治して、金魚取ってもらうんだ」
「…いいね」
ふと彼女の方を見るともうすっかり笑顔だった。「それ、ちょーだい」と言うからサイダーを手渡した。ゴクゴク、と飲み干して 僕たちはまた歩き出した。
「泣いてたの、秘密だからね」
「うん」
「来年、約束ね」
「ああ、約束」
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