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閑話 思わぬ恩恵と副産物
しおりを挟む※タキナがミッドラスを出発して、数ヶ月ほど経過している話になります。
タキナ達がミッドラスを旅立ち、暫く経ったミッドラスの露店街、相変わらず広場には所狭しと店が立ち並んでいる。
嘗ては魔獣の素材や食料品などが主だったが、少し前から爆発的に数が増えたある物を売る店、その中でも一際は賑わう店が1軒、本日も大繁盛で群がる人々を前に女の威勢の良い声が響く
「さぁーさぁー、1枚どうだい!
こんなスラム育ちの私の命を、見返りも求めず助けてくださった命の恩人!
そんなタキナ様から、直々に絵を売ることを許され、間近でそのお姿を拝見して描かせていただいた!
その上、タキナ様の付き人からも太鼓判もらって、正真正銘!
嘘偽りないタキナ様のお姿を描いた有難い絵はウチだけしか手に入らないよ!
版画はどれも、銀貨1枚!
手書きの絵画は金貨5枚!おっと、コレは見本だから売れないよ!
生憎うちの旦那が描いてるんでね!予約制だよ!」
そう叫ぶと、次から次へと銀貨が手渡されて店に並べた版画が飛ぶように売れていく、店の奥から「印刷上がったよ!」と、息子のエイルが紙の束を背負って印刷屋から帰ってきた。
「丁度よかった、売り切れちまうところだったんだ。」
愛想よく客から銀貨を受け取りながら、持ってきたばかりの版画を店に並べるように言えば、めんどくさそうな顔をしながらも、エイルが種類ごとに版画を店の台へと乗せていく
「母ちゃん、気が引けるとかなんとかタキナ様に言ってたくせに、すげー売り込むじゃん」
「そっ…そりゃアンタ、タキナ様への感謝の心は忘れてないさね。
けど、生きていくには金が必要だからね。
アンタも学校に通わせてやりたいし、タキナ様のお慈悲におんぶに抱っこで申し訳ないとは思ってるんだ。」
「どうだかー」
と、ニシシと笑うエイルの足を踏めば、イッテ!!!と声をあげる。
エイルの言うことは間違いではない…心の片隅では未だにタキナ様の恩を金に変えているようで、申し訳ない気持ちはある。
けれど、私らは生きて行かなければならないんだ。
この商売のおかげで、まともな家に住めて、食事ができるようになり、あの酷い咳もなりを顰めている。
タキナ様はご自身の自画像が売れるとは思えない。と、仰っていたけれど、魔獣襲来以降はタキナ様の名をこの国では知らぬ者などいない。
何せドラゴノイドとエルフだけでなく、ドラゴンさえ従えて数百の魔物を一掃したこの国の英雄、神という種族名からタキナ様の事を「黒の神や黒き守り神」と呼ぶも者も増えた。
確かに初めは売れなかったが、タキナ様の戦いを間近で見た兵士達がタキナ様の絵を買い求めるようになり、いつからだったか?
魔獣から国を救い厄災を遠ざけた事から、タキナ様の絵を家に飾ると厄災が遠ざかると言われ始め、スラムの者や、この国を見返りを求めず救った事から、祈ればタキナ様のご慈悲を頂け、願いが叶うなどとも言われ、自宅や職場にタキナ様の絵を飾ったり、絵札を持ち歩いたりと、その人気は止まるところを知らない。
最近では、タキナ様の人を超えた力にあやかろうと、軍の敷地内にタキナ様像でも作ろうか?などと、言う話が出ているそうだ。
私はこの目で見たわけじゃないが、兵士達が圧倒的だったと未だに語るほど惚れ込んだ強さ、兵士達からすればタキナ様は戦の神でもあるのかもしれない。
老若男女、職種を問わず幅広い獣人達がタキナ様を崇めている。
誰にも頼らなさそうな、シルトフィア代表ですら「タキナ様さえ居れば」と愚痴をこぼしているのだと耳にした。
本当にタキナ様は凄いお人だよ。
広場にはタキナ様と従えていたドラゴンの実寸代の像の建設が近々始まる予定だ。費用は国民からの寄付で賄われている。
もちろん、その際はしっかり寄付をしたさ!
タキナ様に依頼されたこの国の噂話や、サンタナムの情報は時折送っているが、それだけではこの恩は到底返せない。寄付して恩返ししないとね!と言ってもタキナ様の性格からして、ご自分の銅像ができるなんて聞いたら、嫌そうな顔をするのが容易に想像できる。それにおそらく、お付きの少女が何故私は居ないのかと怒り出し、それをタキナ様が宥めるのだろう。思わず笑ってしまいそうになるのを、営業スマイルで誤魔化して版画を手渡す。
あらかた客が引いて、エイルは友達と遊んでくると店から出て行き、そろそろ片付けようかと思っていると1人の男がフラリと店にやってきた。
寄れたシャツに寄れたズボン、そして白い肩掛けカバン、服装こそ冴えない感じではあるが、人垣からでも頭ひとつ飛び出るだろうなと思うほどの、ガタイの良い若い大柄な男が店先に置いてある見本の絵画を真剣な顔をして眺めている。
しかし、その顔はどこか疲れているようにも見えなくもない。
「生憎とそれは見本なんですよ、うちの旦那が1枚ずつ手描きで描いているんでね。
3ヶ月待ちでよければ、金貨5枚でお受けしますよ」
「この絵、アンタの旦那が描いたのか?露店を色々と見てきたが、この絵が1番だ。
まるで動き出しそうなほど精密な絵だ。」
「当たり前さ、なんせうちの旦那がタキナ様に頼み込んで、本人を見ながら描かせてもらった絵なんだからね。それに、タキナ様の付き人からもお墨付きを頂く完成度さ、要望があれば背景も構図も変えられるよ」
「タキナ様に頼んだだと!?」
「そうさ、嘘偽りない話だ。
絵が物語ってるだろ?」
椅子に腰掛け、商品台に肘をついてその男を見上げるように眺めれば、驚いた様子を見せつつも再び食い入るように絵を見つめるその目は真剣そのものだ。
大体そう言う見方をするのは、絵描きか陶芸家の類の芸術に携わる者の目だ。
「お客さん、兵士みたいなガタイだけど、もしかして絵描かなんかかい?」
「兵士だが絵描きではない。
ただ…その…趣味で木彫りをしている」
目を離して、なぜだかバツが悪そうに言うその男の耳が少しだけ斜めに倒れる。
見た目にそぐわず素直なお耳だねー、可愛いじゃないか、笑っちゃ悪いと思い口元を引き締めつつ、そうかい。と返事をする
「絵画を1枚予約したい。
これと同じ絵を頼む、それと…これに絵付けしてもらうことは可能だろうか?」
そう言って、白い鞄から取り出したのは男の手のひらよりも少し大きいサイズの、白に近い明るい色の木材で彫られた木彫り人形だった。
「これに?」と、言って受け取った木彫り人形をよく見れば、着ている服はワンピースの上にフードのあるローブだが、この人形はフードをかぶっておらず顔が出ており、木彫りなのにも関わらず翻る布も表現されている。動物や家なんかの木彫りの人形は見たことがあるが、人物は初めて見た。あまりの精密さに感心しながら眺めつつ、人形の顔を見れば…
「えぇっ!?アンタこれ、もしかしてタキナ様かい!?」
「分かるか?」
恐る恐ると言うように聞いてくる男だが、タキナ様を間近で見たことがある者なら、誰がどう見てもこの顔はタキナ様と分かるだろう。
薄く微笑んだ表情もそうだが、こんな細かく目元まで正確に彫られて…って…
「もしかして、お客さんもタキナ様を間近で見たことあるのかい?
じゃなきゃこんな本人そっくりに掘れないだろ?」
「以前、宿屋でみっともなく吐いていたところを助けられて………そんなところだ…」
なぜ言い淀んだのかは、分からないが…まぁ、間近で見てなきゃこんなに細かく掘れやしないだろう。
この男の技術もあるのだろうが
「お客さんの彫った人形こそ、今にも瞬きしそうなくらい本物みたいじゃないか!
こりゃ凄いねー、確かにこれに色が付いたら小型になったタキナ様だわ」
商品台の上に置いて、しゃがんでタキナ様人形と目線を合わせるようにマジマジと眺める。
見れば見るほど、細かい所まで彫られている。
「これを人に見せたのは初めてなんだ。
その感想はありがたい…自分でもなかなかの出来だと思っていたんだが、どうにも何かが足りない気がしていてな…色が付いたら理想に近づくんじゃないかと思って、絵師を探して露店を見て回っていた。
絵画と絵付けは全く違う技術だとは思うが、ぜひ頼みたい。」
「こんな依頼、受けたことないけどアタシも見てみたいよ、このタキナ様人形に色がついた姿をさ!
旦那も引き受けると思うけど、いきなりこの人形に色つけるのはね…絵付けの練習用に失敗した人形とかないのかい?」
そう問えば、男は引き受けると言った言葉が嬉しかったのか、疲れ切った顔が吹っ飛ぶくらいに明るい顔に変わる。
「本当か!?
ありがたい!!
彫ったものの納得がいかなかった物がいくらでもある。
好きなだけ使ってくれ、明日…は仕事だった。
夜で良ければ持ってこよう」
「アハハハ!そうと決まれば行動が早いに限る!そしたら明日の夜にでも、家まで持ってきてくれないかい?
うちの旦那と色とか塗り方とか細かい話を詰めとくれよ、私にはその辺はわからないからさっ、うちの旦那も如何に絵を本物のタキナ様に近づけるかって事にご執心だから、アンタと話が合うと思うよ!
アタシの名前はルイ、お客さんは?」
「俺はガイルだ。
よろしく頼む」
こちらこそ、と言って互いに笑った。
この翌月、ルイの店には色つきのタキナ人形が並び、絵付け師と彫り師を雇うほどの人気商品になる。
ガイルはホセルに絵付けしてもらったタキナ人形を、銀細工が施されたガラスのケースに入れて飾り、エイルの店で売れたタキナ人形の売上の一部が入るようになったため、その売上金で兵士の仕事を続けながらも新たなタキナ作品の資金にしているそうな
おしまい
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