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58.王宮へ

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   月明かりが差し込む窓辺の椅子に座り、ワットから貰った本を読み進める。
ファンタジーの世界で、ファンタジー小説を読むことになるとは!と、なんとも不思議な気分だが、本の内容は面白いし読みやすい。

 売れない小説家が製本までした本ということだが、今後も本を出版するならぜひ購入したい!と、思えるほどに面白い。元々私が、冒険ものが好きだからなのかもしれないが、なかなかに面白い!そんな事を思っていると、ベッドの方から誰かがモソモソと寝返りを打つ音がして、そちらの方に視線を向ける。

 広かった大部屋は、次々と人が増えたたために手狭でベッドが足りなくなってしまった。 
そこで、睡眠が必要のない私とリリーちゃんは夜通し窓辺で暇潰しの為に本を読みふけっているわけなのだが、向かいの椅子に座っているリリーちゃんは、この街の本屋で手に入れたこの世界の成り立ちという本を読んでいる。
リリーちゃん曰く、自分の知識との乖離がどれくらいあるかを確認したいそうだ。流石リリーちゃん余念がない……。

 続きを読もうと、視線を本に移すと窓の外に真夜中にもかかわらず青い鳥が1羽降り立つと、コツコツと窓ガラスを突っついた。

「この色は、ミッドラスの親子からの知らせですね」

 リリーちゃんが本を目の前の丸テーブルに置くと、窓を小さく開けて鳥を招き入れる。
その鳥が、私の前までピョンピョンと飛びながら近づくと、小首をかしげるとその嘴からは聞き覚えのある男の声が響く

「タキナ様、ご無沙汰しております。
ホセルです。私たち家族は新しく商売を始めて元気にやっています。
タキナ様に頼まれていた件ですが、ミッドラスの元老院の一人がサンタナムの者と結託して、魔獣をおびき寄せていた疑惑で軍に捕まったと言う噂が広まって居ます。国民に詳細は一切知らされていないのですが、噂では……捕まった元老院の者はサンタナムに買収されていたらしいが、ミッドラスに魔獣をおびき寄せるところまでは知らされていなかったと……。
魔獣をおびき寄せた犯人、サンタナムの者だと言うことでミッドラスの国民は帝国よりも先に、サンタナムを潰すべきだという話でもちきりです。とは言え、サンタナムに気を取られて戦を仕掛ければ、手薄になった国を帝国に襲撃されるかもしれない。という冷静な考えもあって、暴動などの気配はありませんが、サンタナムが次に何かして来たらどう転ぶか分かりません……。
また何か話を聞いたらご連絡いたします。タキナ様も皆様も、どうぞお体にはお気をつけて」

 ホセルからの報告を聞いて、椅子の背もたれにトンと背中を預けて天井を仰いだ。
やはりサンタナムが絡んでいたのか!と思うが、これは噂に過ぎない。どこまで信憑性があるかはわからないが、魔獣をけしかけたのがサンタナムではない。と言う理由を探す方が難しい状況ではある。
決めつけは怖いが、ハイランジアの次はサンタナムに行くべきだろうなと考える。
ドラゴン達のその後の調査報告も気になるし……。

 ハイランジアの王と奴隷解放の話をして、ハイ分かりました!奴隷解放します!なんて、あっさり行くわけもないので、国王自体が奴隷についてどう考え、奴隷を解放した際にこの国どの程度の損害が出るのか、その辺の話しをしたいとは思っている。向こうが私を招くつもりなら、聞く耳くらいはあるだろうと思いたい。奴隷の事は予想もしていないだろうがっ…やっぱり最後は、奴隷解放しないと王宮吹っ飛ばす!!とか言わないと無理かな……いや、それじゃぁハイランジアの国民に私が恨まれるよな……。

 「タキナ様……」

 リリーちゃんに名前を呼ばれて「どうしたんですか?」と、リリーちゃんの方を見れば、何やら思い詰めたような顔をしている。リリーちゃんが口を一瞬開きかけたが、すぐに閉じてしまう。何かを言い出したいが、言えない。そんな様子のリリーちゃんの言葉を待つ

「……すみません、やはり何でもないです。
言おうとした内容を……忘れてしまいました」

 その言葉に、ふとサンタナムの事について何か言いたいことがあったのかなと察する。
リリーちゃんはこの世界の情勢を何でも知っていると言っていた。しかし、あの時の口ぶりでは魔石の研究の流用が、魔獣の死体を兵器として開発しているところまでは流石に知らなかったのだろうなと、私が勝手に解釈していたが……実は知っていたのだろうか?

 リリーちゃんは間違いなく私に尽くしてくれている。
けれど、時々…何か違和感を感じてしまう。ミッドラスで様子がおかしかった時も……何処まで踏み込んで良いかわからない。

「そうですか……思い出したら聞かせてくださいね。
……リリーちゃん、私は頼りない主人かも知れませんが何かあれば遠慮なく言ってください。
私にとって、この世界で頼れるのはリリーちゃんだけです。だからこそ、少しでもリリーちゃんの力になりたいとそう思っています」

そう言って笑いかければ、リリーちゃんの大きな目から涙が溢れる。

「リリーちゃん!?」

 慌てて、ハンカチ!ハンカチ!?と自分のポケットをゴソゴソと探せば、椅子から飛び降りたリリーちゃんが、タタタとテーブルを避けて私の方へ来たと思ったら、何時ぞやの時のように腹部へとダイレクトアタックをかまされて、思わず「グハッ!!」っと殴られたような声を上げてしまう。

何も言わず啜り泣くリリーちゃんの頭を、ゆっくりと撫ぜる。

話したいが、話せない。

 リリーちゃんの行動がそう物語っているようで、心の中で不安が渦巻く……。
リリーちゃんの産みの親である創造主、もしくは創造主の召使に「話てはならない」と口止めされているのだろうか?

 今はただ気づかぬふりをして、やり過ごすしかないのだろう。
いや、ただ、私が聞きたくないからかも知れない……リリーちゃんを苦しめているのは、私自身かも知れないのだから……。
何処までも変われない自分、そんな自分に

本当私って、最低だな…

と、心の中でつぶやいたのだった。




 翌朝、憎らしいくらい清々しい晴天の元、宿屋の前に真っ白な馬車が停められる。
ファグレスに王宮に行く事を、ハイランジアの王に話を通してもらったのだが…まさか、こんなVIP待遇で迎えられるとは夢にも思わず……。
宿屋の2階からは、留守番組のロメーヌやアレイナ達、旅の仲間が「すごーい!」「高そうな馬車!」「乗りたいぃー」と、やんや言っているのが聞こえる。

 目の前の光沢のある白い馬車は、角やドアの淵など惜しげもなく金が使われており、そこかしこに赤や緑、青など色とりどりの石が装飾品として、さりげなく埋め込まれている。

えっ…まさか、馬車に宝石使ってんの!?ハイランジアの財力とんでもないなっ!?

 迎えの馬車に同行してきた騎士は5人、1人はファグレスだ。
今日は初対面で会った時のように防具をしっかり身につけている。
王宮に行くんだから当然なのだが、今更ながら自分のこのローブ姿……まずくない?と、思い始める。
同行者である、隣に立っているリリーちゃんを見れば冷めた目を騎士達に向けていた。

「リリーちゃん…、王宮に上がるにあたり、私たちの装いは場違いですよね?
この服以外の…よそ行きの服とかあたりしますか?」

腰を屈めてリリーちゃんに耳打ちすれば、リリーちゃんが何故?と言う顔をする。

「タキナ様が人風情の習慣に合わせる必要などありません、人共がタキナ様に合わせるべきだとリリーは思っております。
タキナ様にお会いするにあたり、正装すべきは人間共の方です。」

……リリーちゃぁぁぁぁぁん!!!
私をリスペクトしてくれるのは大変嬉しいが、今はそうじゃない!
同行者の人選ミス感がヒシヒシとぉ!!
王宮で上から目線発言しないか、非常に心配になってきた……胃が痛いっ……

思わず目を細めて、遠くを見つめる。
もう無理やー、まぁ、服装に関しては昨日気付いて居たとしても、この世界で王宮に上がる用の正装など、昨日今日で仕立て上がるわけもなく……。

そんな事を考えているうちに、馬から降りてきたファグレスが

「タキナ殿、王宮までご案内させて頂きます。
陛下より、タキナ殿にはいくつか贈り物があるそうで、王宮に着きましたらその……ドレスを用意していると……」

「え〝っ!?」

と、思わず声が出てしまう。この服装はやっぱりダメですよねー!!
セーフ!なんて思っている自分もいるが、居るんだが!!!

「私の身体に合うドレスをどうやって!?」

「あぁ……えぇー、それがその……陛下にタキナ殿が王宮に来られる話をした際に、大まかな背格好を尋ねられまして、おそらく、それで取り急ぎ用意したのではないかと思われます。」

「そっ、そうなんですね。……取り急ぎ…」

まぁ、誰かのお下がりなのかも知れないなー

「もし気に入らない様であれば、無理強いは致しませんので、何なりと周りの者に申しつけてください。」

周りの者ねぇ…と、騎士達の顔を見れば、私と目の合った者は皆一様にビクリと肩を震わせて、背筋を正して遠くを見つめる。

明らかに恐れられている!!
舐められないのはいい事だが、一体私のどんな話を聞かされているのやら……。
「分かりました」と、小さくつぶやいてファグレスの手を借りて馬車へと乗り込んだ。

「はぁ……」

と、深くため息を吐き、柔らかい馬車のソファーに身を預けて、ひと時でもこのVIP待遇を味わおうと目を瞑ったのだった。



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