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10−1. 理由

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 ハイランジアは水と花の国
 街は所狭しと水路が張り巡らされ、その脇には色とりどりの花々が植えられており、白を基調とした石畳の上を日中は、多くの馬車や人々が行き交う。

 国の中心部に位置する場所には、一際白い石造の王宮が佇んでおりその華やかな国の王宮内の地下…その一室には、王宮とは思えぬ魔精霊避けを施された殺風景な部屋がある。

 部屋には煌々と光る石が天井にいくつも嵌め込まれており、窓のない地下だと言うのに陽の光の当たる部屋の様に明るい。
部屋にはベッドが一台と、高級感のある重厚なローテーブル、それと同じデザインの長椅子が一脚置いてある。

 一見、寝室のような部屋なのだが、その寝室には似つかわしくないジャラっという鎖特有の音が時より響く
その音を心地よさげに眺める男がベッドの上に1人、黒のブーツのままベッドの上であぐらをかき、ミルクティー色の少し長めの髪を後ろに束ね、人の良さそうな笑みを浮かべている。
 
 その男は白いズボンに白いシャツ、その上に黒い布と金色で縁取られているゆったりとした布を纏っている。
 その男の視線の先には、悪どい商人を絵に描いたような人相の男がおり、愛想笑いを浮かべながら太って丸い顔と同じく丸い指で、吹き出た汗をハンカチでしきりに拭っていた。

「それで、今日は何を持ってきたのだ」

 重たい空気の部屋に楽しそうな声が響く、跪いていた男はその言葉に下品なニヤつき顔でベッドに座る男を見上げる。

 「本日は新しく入荷しました奴隷を連れて参りました。
人に獣人、今回は珍しいエルフもおります。
 オリエンテ様より前回ご要望をいただきましたので、気の強そうな物を多目にお持ち致しました。
如何でしょうオリエンテ様、お気に召した物はございますか?」

 ニヤつき顔の奴隷商人が端にずれると、その後ろには重たい鎖に繋がれ、赤い首輪と手錠を嵌められた女が7人、啜り泣く者、殺してやると言わんばかりに睨みつけている者など様々だ。

「ククッ…良いじゃないか、どれも唆るではないか、痛めつけて泣き叫ぶ声も、鳴いてやるものかと食いしばって耐える姿も、想像しただけで私を昂らせる。」

 そう言って男はベッドから降りると奴隷の前まで進み出て、ゆるむ口元に手を当て上から下までネットリとした視線で奴隷達を値ぶみする。

「さて、どれにしようか…確かにエルフは珍しいが、獣人も良いな獣人は牙のある獣だからな…口輪が必要じゃないか?なぁ?ククッ…」

視線を商人に向ければ、汗を拭いながらニタリと笑い

「仰るとおりでございます。
 口輪は直ぐにご用意致します」

耐えるように歯を食いしばっていた獣人の女が、オリエンテと奴隷商言葉に不意に立ち上がり激怒する

 「人間ごときが!!! 八つ裂きにして貴様の腹腸引き摺り出してやる!!
必ず殺してやるからな!!!」

己の首輪と、後方の壁に繋げられた鎖を引きちぎらん勢いで前のめりになり、オリエンテを睨み殺さん勢いで怒鳴る

「ククッ、犬だけによく吠える」

 楽しげに笑いながらオリエンテは、腰の横に下げていた金属製の細長い警棒のような物を手に取ると、目にも止まらぬ速さでその女の横っ面を殴りつける

「ガハッ」

 殴られ口を切ったのか血を吐く女は、脳震盪を起こしたのか視点が虚になりながらも、倒れてなるものかと踏みとどまる。

「良いぞ良いぞ、その気概!だが、無駄吠えする犬には躾が必要だからな!
ククッ…こやつに決めたぞ、金は外で受け取れ用意させてある。」

最早、奴隷商人にも他の奴隷にも興味を失ったオリエンテは、さっさと出て行けとシッシと追い出すように手を振る。

「お買い上げありがとうございます。
口輪は後日、お届けいたしますので私共はこちらで失礼致します」

 背後に支えていた屈強な男に、壁に繋がれていた他の奴隷達の鎖を外させ、抵抗する奴隷達を車輪付きの檻に無理やり押し込ませると、お楽しみが始まる前にそそくさと退出する。

 部屋を出ると執事の様な出立の男が無言で皮袋を手渡してくる。
中身を見ればこぼれ落ちそうなほどの金貨が数十枚、その辺の貴族に売った時よりも3倍ほど多い。
まぁ、これにはハイランジアの若き国王オリエンテの悪癖の口止め料も含まれているのだろう。

 部屋から獣人の悲鳴が聞こえる度に、執事の顔が苦虫でも噛み潰したかの様に歪む、奴隷推奨国家だが基本的に奴隷は労働力だ。
 奴隷の娼婦小屋もあるが、大体は金のないスラムに住むようなゴロつきが買いに行く、何故なら奴隷は獣同然、どんな病を持ってるかも分からぬ不衛生な野生動物を、わざわざ抱く悪趣味な権力者はいない。

国王を除いては…

 オリエンテの場合は暴力を振るう事が1番の目的のようでもあるが、どちらにせよ趣味が悪いことには変わりない。
 執事へ満面の笑みと会釈を一つして、部屋の前から立ち去る。
人払いをしてはいるらしいが用心するに越した事はない
口止めと言う、つまらない理由で死にたくはない。

 いつもの通り地下の秘密通路から表へと出ると、既に外は夜半で辺りは真っ暗だ。
いそいそと目の前に停めていた馬車に乗り込み、奴隷は後ろの荷馬車に詰め込まれ、準備が出来次第すぐさま馬を進ませる。

 夜になると些か冷える。
窓の外に目をやれば、月明かりに照らされ青白く輝く美しい王宮が目に入る。
この国同様、醜いものを美しい外観で塗り固めたようだ。

 帝国が次の戦の準備を始めていると言うのに、呑気なものだ。

静まり返った夜の冷たい空気に、ガラガラと馬車を引く音だけが響いた。



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