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二章

8話 本の妖精

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(手がかりと言ってもね…)

 アマリエは分厚い本を閉じると積み上がった本の塔の上にそっと載せた。
一つため息をつき、まだ読んでない本のページをめくる。



 タルーデに着いて3日目、アマリエは市立図書館にいた。



 堕神に関連する本に『煉獄に居た堕神を地上界に手引きした協力者』について、何かヒントになるような事が書かれてないかと調べていたのだ。
 しかし神学や児童書まで読みあさったが、なんの成果もない。

(ほとんど読んだことのある内容だし…)

 アマリエは積み上がった本の塔を抱えて、一つずつ本棚に戻していった。

「ほぅ…【災厄の神】についての調べておるのですか?」

 本を仕舞おうとした時、しゃがれた男性の声がした。

 アマリエが振り向くと、小柄な老人が佇んでいた。
 
 長い白髪を一つに束ねており、背中に流している。
ハの字の白く太い眉は両目を覆っていて、目の前が見えてるのが不思議だ。
まるで物語に出てくる東洋の仙人のような風貌だ。

「はい。…ちょっと気になることがありまして」

「ほぅ」

 老人は長く蓄えられた髭を撫でた。

「でも知りたいことは書かれてませんでした…」

 アマリエはため息をついた。

「知りたいこと…ですかな?」

「ええ…災厄の神に関わりのあった“人”を調べていて」

冥界から堕神を逃した協力者について、とは言えずにアマリエは言葉を濁した。
老人は「ほうほう」と興味を持ったかのように呟いた。

「貴女は学者さんか何かですかな?たまに神話学の研究者さんが遠路はるばる来られることがありますが…」

「え…ええ、実はそうなんです」

アマリエは老人の話にあえて乗ることにした。

「この図書館は、数こそ少ないですが歴史がとても長く、“本の妖精”が住むなんて言われていますからね」

「本の妖精…?」

「ええ、“生き字引じびき”とも言わてましてな。どんな答えでも導いてくれると噂される存在なのですよ」

 老人が言うには本の妖精は気まぐれに人々の前に現れて、知りたい答えを教えてくれるのだそうだ。

「それはぜひ会ってみたいです!」

 アマリエは興奮気味に言った。

「まぁ、気まぐれですからな…でも会えるといいですな」





「あ、館長!」

その時、若い司書が声をかけてきた。

「館長さん?」

アマリエは老人を見る。

「おや、ニナさん。どうしました?」

ニナと呼ばれた司書がつかつかと歩み寄った来た。

「この資料を探している方がいて、でも見つからないんですよ」

「あ、それなら私が持っております…」

「また勝手に持ち出したんですか!ちゃんと閲覧申込書を提出してくれないと困りますよ!!」

「……すみません」

 上司と部下の関係を抜きにしても、若者が老人に説教している様はちょっとシュールだ。

 しばらくニナの説教は続いた。

「あの…図書館ではお静かに」

 見かねたアマリエはそう言って、館長に助け舟をした。
ニナは「あ…」と声を出し、迷惑そうに見ていた周囲の人に頭を下げるとそそくさと去っていった。

「いやいや、助かりました」

「いいえ」

「助けてくださったお礼に一つ」

「?」

「災厄の神は“魔女”と深い関わり合いがあったと聞いたことがあります」

「魔女?」

「ええ。残念ながら…その魔女に関する資料はここにはないのです。私も人伝に聞いたことでしてね」

 魔女は魔族の女性に対して呼ばれることが多い。

(魔族…)

 ロバルンレッド王国の南端に魔国【エンド・ラグリオン】と呼ばれる場所がある。

 魔族と呼ばれる高い魔力を持つ種族が住み、人間が失った喪失魔法ロストマジックが今も息づいていると噂される魔法文明の最先端の国だ。
 昔から人間と折り合いが悪く、互いにいがみ合い、何度も戦争があった歴史がある。

 現在は停戦状態であるが、人間の入国は不可能だ。

(もしかしたら手がかりになるかも)

「ありがとうございます…ってあれ?」

 お礼を言ったアマリエは目の前に館長の姿がないことに気づいた。

「館長さん?」

「……私が何か?」

 後ろから声かけられて振り返る。

館長は不思議そうにアマリエを見ていた。

「はて、何処かでお会いしましたかな?」

「はい?」

 アマリエは間抜けた声を上げた。

「い、今、私とお話してましたよね!?」

「?貴女とは今しがたお会いしたばかりだと思いますが…」

 館長は困ったように言った。

「あ…もしかして!!」

館長の反応に、アマリエは“館長”が言っていた本の妖精を思い出した。



            ・
            ・
            ・



『ふふ…楽しく・・・なりそうね』

 本棚の上で両脚を投げ出し、座っていた“本の妖精”は愉快そうに笑った。


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