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01【 魔女の殺し方】心臓病を患った青年のもとに現れた謎の女 ー彼女から語られる驚愕の真実とは
魔女の殺し方
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「貴方は魔女の殺し方をご存知ですか?」
安らぎを与える穏やかな声で、女は不穏な言葉を投げかけた。
フードを目深く被り、女の顔ははっきりと見えない。
しかし垣間見える唇は妖艶で、美しく、静かに微笑みを浮かべている。
青年がベッドで目を覚ました時には、女は既に病室の椅子に座っていた。
見知らぬ女のはずだが、青年はどこか懐しい心地よさを感じ、警戒心はまるでなかった。
「んー……『火炙り』じゃないかな?」
青年はベッドから上体を起こし、少し間を置いてから答えた。
「なるほど…『魔女狩り』と言えば、やはり『火炙りの刑』が有名ですからね」
「そうだね。…他にも諸説あるみたいだけど……どの文献にも『火炙りの刑』が載ってることが多い」
「そうですね。でも残念ながら、ハズレです。魔女は『火炙り』などでは決して死にません」
「…そうなんだ」
青年は驚いて目を見張った。
「…でも、この文献では『火炙りによって多くの魔女が処刑された』って書かれてある。載っている絵画だって…。見てみるかい?」
青年は脇に置いていた本を、女に手渡す。
女はペラペラとページを捲った。
「…確かに、この本の記述には『火炙りで多くの魔女が討ち滅ぼされた』と書いてありますね」
「そう」
「ふふ、まったく違いますけど」
女は可笑しそうに笑って、本を閉じた。
「違うのかい?」
青年はすぐに聞き返した。
「ええ…傷みを伴うことは双方共通していますが、火傷の重度によって跡が一生残る人間と違って…魔女の場合は重度関係なく瞬時に自己回復します。そしてどんなに深い火傷を負ったとしても跡は一切残りません」
「……まるで……不死鳥みたいだね」
「確かに、似ているかもしれませんね」
「でも、それだと死ねずに焼かれ続けて、永遠の苦しみを味わうことになる」
「ええ。ですから、魔女への恨みが強い人間には魔女が苦しむ姿はさぞかし心踊る光景なのでしょうね。…魔女にとってはこの上なく苦しい拷問ですが」
「心躍る?…皮肉な言い方をするね。人間は“いたぶることが好きだ”と言いたげだ」
青年は不快感を露わにしたが、女はどこ吹く風で、ただ静かに微笑んだ。
「僕の祖父は生前…魔女を討ち倒したことをとても誇らしげに語っていたよ。『悪しき魔女を倒して、家族を守り、村を救った!』とね。そして、そんな祖父のことを祖母は自分が死ぬ間際まで、ずっと自慢していた」
「…そうですか。貴方のお祖父様の武勇伝…私もこの耳でぜひ聞いてみたかったです」
「でも、貴女は『魔女は火炙りで死なない』と言っていたね?それなら何故…『火炙りで多くの魔女が死んだ 』と、多くの文献には残っているんだ?」
「その文献を鵜呑みにする根拠はなんですか?」
「え…それは、さっき話した通り…祖父が『生き証人』だったからだよ」
さっきの話を聞いていなかったのか?
女が何故こんな不毛な投げかけをするのか、青年は不思議に思った。
「そうですか…家族の言う事なら信憑性があると…貴方はそう言いたいのですね?では『魔女狩り』の当時から生きている魔女はそれをなんと言っていると思いますか?」
少し考えて青年は首を横に振った。
「……分からないな」
「なら特別に教えて差し上げます。他の人には内緒ですよ」
魔女は形造りのよい唇に、自身の人差し指をそっと押しあてた。
「そんな秘密を…僕に教えていいのかい?」
「ええ、あなたは『特別な子』ですから」
女の言う『特別な子』に、青年は引っかかりを覚えたが、秘密への好奇心が勝った。
「…じゃあ、教えてくれるかい?」
「もちろん。魔女達の間ではそれを『同胞殺しの業』と呼んでいます」
「……どうして、そう言われているんだい?」
「……顔色が悪いようですが、大丈夫ですか?」
そこで女は初めて青年に対して気遣う言葉を口にした。
青年は、こそばゆい気持ちになった。
家族にまで見捨てられた自分の身を、赤の他人である女が心配するのだ。
「…気にしないでいいよ。病人は寝てることしか出来ないし…とても退屈なんだ」
青年は苦笑した。
「…では、お話を続けましょうか」
そう言って、女は窓の方を向いた。
「大昔から大きな災いが起こるとそれはすべて魔女のせいにされてきました。
人間にとって、魔女は恐怖の対象です。人間は自分の命を脅かす恐怖をどうにか払拭しようとします。そのためにはその恐怖の『根源』を断つことが手っ取り早い。しかし…その『根源』である魔女は特殊な個体で、文献に書かれている数よりも遥かに少ない。そして姿形は人間とまったく同じなのです」
青年が今まで読んできたどの文献にも、そんなことは全く書かれていなかった。
「……そうなんだ」
「はい」
「じゃあ、この本の書かれていることは全部…嘘なんだね」
「いえ、必ずそうだとは言い切れません」
「え?」
青年は困惑した。
『魔女は火炙りでは死なない』と断言したのは、他の誰でもなく女自身だ。
それに先ほどの話で『文献より遥かに個体の数が少ない』とも言った。
ならば記載されていることが全部嘘でなければおかしい。
そんな青年の心を見透かしたように、女は意味深な笑みを浮かべた。
「それは私が知る『魔女の真実』です。貴方の知る『人間の真実』とは異なる」
「どういうことだい?」
青年はすぐ尋ねた。
「至極簡単な話です。人間達は別に本物の魔女を殺す必要がないのです。自分以外の人間を“魔女”に仕立てあげて排除すればいい。そうすれば、本物の魔女を殺さなくても簡単に“恐怖”は取り除かれます」
女の話に、青年は息を呑んだ。
「人間には魔女と人間の区別がつかない。だから魔女と疑わしい者は誰構わず全て殺すのです。そう…人間はそれを魔女ではないとは疑わない。
…『魔女狩り』と称して正義を掲げる人間はただの臆病者です。己の恐怖心を拭う為だけに多くの同胞を殺すのですから…」
青年は言葉を失った。
「そう、本当は…その本に書かれている魔女狩りで殺された『悪しき本物の魔女』は…誰一人いないのに」
「そんな…すべて同じ人間だったなんて…」
ショックを受けた青年に、女は最後にこう締めくくった。
「この話を他人に話すことは勧めません。話をすれば貴方は異端者だと批難させられて異端審問官に捕まり、酷い拷問を受けることでしょう。なので、あなたの胸の中だけに留めて置いてください」
「どうして貴女は僕にここまで、こんな話をするんだい?」
青年は不思議だった。
「……昔語りをしたくなっただけです。偶然ここを通りかかった時、貴方が魔女に関する本を読んでいたので……ちょうどいい話し相手になると思って」
「ここは病院だよ?病気も怪我もしない『魔女』には無縁の場所じゃないか」
青年に言われて、魔女は苦笑する。
「…確かに、病院には初めて来ました」
「僕が『魔女』を異端審問官に差し出すと思わないのかい?」
そう言われても、魔女はただ無言で微笑む。
青年は心を読まれている気がした。
「…まぁ、貴女を突き出すつもりは毛頭ないよ。幾らでも話し相手にもなる。もう時期…僕は死ぬ。言ってはいけない秘密事でも何でも気兼ねなく話してもらって構わないよ。ほら、死人になんとやら…と言うしね」
青年は自虐的に笑った。
「貴方は死にません。貴方は『特別な子』ですから」
女はすぐに否定した。
「……さっきもそう言ったよね?…僕のどこが『特別な子』なんだ?自分の手足なのに自分で思うように動かせない。べッドの上でただ死ぬのを待っているだけの存在なんだよ?家族は僕が無駄に生きてることで治療代がかかると常に嘆いている…むしろ死ねば多少なりの保険金が入るから、僕が早く死んだらいいって思っているんだ。死ぬことでしか今の僕に価値はない」
「そんなことはありません」
女は強く否定した。
「なぜそう言えるんだ?」
青年は女の気休めの言葉に苛ついた。
「私は貴方に生きてほしいと望んでいるから。そして貴方には生きる資格がある。あぁ…やっと…あの日の約束を叶えてもらえる!」
女は初めて感情を露わにした。心底嬉しそうで高揚した気持ちを隠しきれないようだった。
「……資格…?あの日の約束…?それは一体どういう………」
その時、『ドクン』と心臓が大きく跳ね上がった。
「くっ…!」
青年は激しく痛む胸を咄嗟に抑えた。
ー心臓の発作だった。
「もう………時間ですね」
女はそう言うと静かに椅子から立ち上がった。
そして青年の側に寄り添うように座ると、彼の手に何かを握らせた。
「ナ…イフ……?」
青年が握らされたのは銀色のナイフだった。
青年の手に自身の手をそっと重ねると、女は自身の胸元にナイフの切っ先を定めた。
「な、何を、するんだ…!?」
女の行動に、青年は混乱した。
「私を殺すのです」
「!?」
青年は目を見開いた。
「魔女である私の『命』を貴方に差し上げます。そうすれば、貴方は『健康な身体』を手に入れられる」
「そ、そんな、こと…!」
ドクン、 心臓がまた大きく跳ねる。
(まずい…今度大きな発作が起きたら…僕は…)
「大丈夫」
女は優しく微笑んだ。
「貴方を死なせはしない」
「や、やめ…ろ」
青年はナイフを手放したかった。
しかし女の冷たい手がそうさせてくれない。
ナイフを握らせた青年へ、女が自身の身体を引き寄せる。
そして…その手に確かな重みが伝わった。
女に抱きしめられる形で、青年はしばらく動けなかった。
カラン。
血に濡れたナイフが手から滑り落ち、床に落ちた。
「…あ…ああ…ぼ、僕……は…」
青年は思わず、女をかき抱いた。
血を流しながらも、女の口元はとても穏やかな微笑みを浮かべていた。
「なぜ…なぜなんだ!?」
青年が半狂乱して叫んだ。
とその同時、酷い頭痛が襲った。
「くっ…頭、が…!」
頭を押さえた青年の脳裏に、ある昔の記憶が鮮明に流れ始めた。
・
・
・
「お姉さん。これあげる!!」
少年は紙に包んである飴玉を女に差し出した。
「どうして、私に…?」
「その飴ね。お姉さんの瞳と同じ色なんだよ」
青年は照れ臭そうに頬を掻きながら言った。
「そう、ですか」
「うん!とても綺麗な蜂蜜色の瞳だね」
「ありがとうございます…」
「えへへ」
「でも…本当は醜い…ですよね」
女は自身の顔をそっと撫でた。
「この顔…こんな爛れてしまって…気持ち、悪いですよね……」
「そんなことないよ!!」
少年は声を上げた。
「僕は知ってるんだ!お姉さんはとっても優しい人だって!!この街に奇跡を起こしたってことも!!」
「…君、あれを見ていたのですか?」
心当たりがあった女は息を呑んだ。
「うん…。この街は死の霧にのまれてみんな死ぬしかなかった…。でもお姉さんがこの街を救ってくれたんだよね」
「死の霧は…身体を腐らせる魔女の死の呪い…私の同胞が犯した罪です…ごめんなさい。私がもっと早く彼女を止めていたら…多くの人間が死なずにすんだのに…!」
魔女は悲痛な面持ちで、少年から責められる言葉を待った。
しかし彼は首を横に振った。
「それは違うよ。お姉さんのせいじゃない」
魔女は泣きそうな顔のまま、廃墟と化した静かな街を見渡す。
「彼女は人間をとても憎んでいました。気持ちはわかります。私も人間がとても憎いっ!……でも、この負の連鎖は断ち切らないといけません。そうでなければ魔女と人間が共に歩める道はない…だからもっと早く止めるべきだった!」
「…その顔は…その魔女の呪いを受けたせいなの?」
少年の無垢な問いに、魔女は目を見開いた。
しかしすぐに優しい笑みを浮かべる。
「君は聡い子ですね」
「どうしたら治るの?僕が治してあげるよ!!」
「ありがとう…優しい子」
魔女は少年の頭を優しく撫でた。
「どうすればいいの?」
少年の目に薄っすらと涙が溜まっていく。
「貴方なら私を救ってくれるかもしれませんね」
「ほんとに!!」
少年は顔をぱっと輝かせた。
魔女は眩しそうに目を細める。
「でも…それはまだ少し先の話ですね。いずれ、また貴方に会いに行きます」
魔女はそっと少年から離れると、身を翻した。
「え…待って!!」
少年は必死に手を伸ばした。
「あっ!」
しかし少年の手は宙を掴むだけで、魔女の姿は陽炎のようにかき消えてしまった。
『その時は、貴方の手で私を殺してください…約束ですよ』
魔女の声が、まるで呪いの様に耳に残り続けた。
・
・
・
「っ…!」
青年の意識が戻った。
「思い出した…僕は…僕は…この手で命の恩人を、殺したんだ…!」
青年は堪えられない悲しみに、嗚咽を漏らした。
…トクン。
……トクン。
………トクン。
その時、青年は静かに鼓動する自身の心臓の音を聞いた。
「……ああ」
ゆっくりと自身の胸に手を当てる。
「……そうだね」
彼女に語るように、青年は呟いた。
「貴女は…ここに、僕と生きてる…」
青年は満ち足りた表情で、微笑んだ。
そしてベッドの上に寝かせた魔女のフードをそっと外す。
ー魔女の顔はとても美しかった。
子供の時に見た爛れた跡は一切なく、呪いが解けたのだと青年は悟った。
「…大好きだよ…僕の初恋の人…いつまでも…僕は貴女と一緒だ…」
そう言うと青年は、魔女に静かに口づけをした。
『あなたは魔女を殺す方法をご存知ですか?それは……』
安らぎを与える穏やかな声で、女は不穏な言葉を投げかけた。
フードを目深く被り、女の顔ははっきりと見えない。
しかし垣間見える唇は妖艶で、美しく、静かに微笑みを浮かべている。
青年がベッドで目を覚ました時には、女は既に病室の椅子に座っていた。
見知らぬ女のはずだが、青年はどこか懐しい心地よさを感じ、警戒心はまるでなかった。
「んー……『火炙り』じゃないかな?」
青年はベッドから上体を起こし、少し間を置いてから答えた。
「なるほど…『魔女狩り』と言えば、やはり『火炙りの刑』が有名ですからね」
「そうだね。…他にも諸説あるみたいだけど……どの文献にも『火炙りの刑』が載ってることが多い」
「そうですね。でも残念ながら、ハズレです。魔女は『火炙り』などでは決して死にません」
「…そうなんだ」
青年は驚いて目を見張った。
「…でも、この文献では『火炙りによって多くの魔女が処刑された』って書かれてある。載っている絵画だって…。見てみるかい?」
青年は脇に置いていた本を、女に手渡す。
女はペラペラとページを捲った。
「…確かに、この本の記述には『火炙りで多くの魔女が討ち滅ぼされた』と書いてありますね」
「そう」
「ふふ、まったく違いますけど」
女は可笑しそうに笑って、本を閉じた。
「違うのかい?」
青年はすぐに聞き返した。
「ええ…傷みを伴うことは双方共通していますが、火傷の重度によって跡が一生残る人間と違って…魔女の場合は重度関係なく瞬時に自己回復します。そしてどんなに深い火傷を負ったとしても跡は一切残りません」
「……まるで……不死鳥みたいだね」
「確かに、似ているかもしれませんね」
「でも、それだと死ねずに焼かれ続けて、永遠の苦しみを味わうことになる」
「ええ。ですから、魔女への恨みが強い人間には魔女が苦しむ姿はさぞかし心踊る光景なのでしょうね。…魔女にとってはこの上なく苦しい拷問ですが」
「心躍る?…皮肉な言い方をするね。人間は“いたぶることが好きだ”と言いたげだ」
青年は不快感を露わにしたが、女はどこ吹く風で、ただ静かに微笑んだ。
「僕の祖父は生前…魔女を討ち倒したことをとても誇らしげに語っていたよ。『悪しき魔女を倒して、家族を守り、村を救った!』とね。そして、そんな祖父のことを祖母は自分が死ぬ間際まで、ずっと自慢していた」
「…そうですか。貴方のお祖父様の武勇伝…私もこの耳でぜひ聞いてみたかったです」
「でも、貴女は『魔女は火炙りで死なない』と言っていたね?それなら何故…『火炙りで多くの魔女が死んだ 』と、多くの文献には残っているんだ?」
「その文献を鵜呑みにする根拠はなんですか?」
「え…それは、さっき話した通り…祖父が『生き証人』だったからだよ」
さっきの話を聞いていなかったのか?
女が何故こんな不毛な投げかけをするのか、青年は不思議に思った。
「そうですか…家族の言う事なら信憑性があると…貴方はそう言いたいのですね?では『魔女狩り』の当時から生きている魔女はそれをなんと言っていると思いますか?」
少し考えて青年は首を横に振った。
「……分からないな」
「なら特別に教えて差し上げます。他の人には内緒ですよ」
魔女は形造りのよい唇に、自身の人差し指をそっと押しあてた。
「そんな秘密を…僕に教えていいのかい?」
「ええ、あなたは『特別な子』ですから」
女の言う『特別な子』に、青年は引っかかりを覚えたが、秘密への好奇心が勝った。
「…じゃあ、教えてくれるかい?」
「もちろん。魔女達の間ではそれを『同胞殺しの業』と呼んでいます」
「……どうして、そう言われているんだい?」
「……顔色が悪いようですが、大丈夫ですか?」
そこで女は初めて青年に対して気遣う言葉を口にした。
青年は、こそばゆい気持ちになった。
家族にまで見捨てられた自分の身を、赤の他人である女が心配するのだ。
「…気にしないでいいよ。病人は寝てることしか出来ないし…とても退屈なんだ」
青年は苦笑した。
「…では、お話を続けましょうか」
そう言って、女は窓の方を向いた。
「大昔から大きな災いが起こるとそれはすべて魔女のせいにされてきました。
人間にとって、魔女は恐怖の対象です。人間は自分の命を脅かす恐怖をどうにか払拭しようとします。そのためにはその恐怖の『根源』を断つことが手っ取り早い。しかし…その『根源』である魔女は特殊な個体で、文献に書かれている数よりも遥かに少ない。そして姿形は人間とまったく同じなのです」
青年が今まで読んできたどの文献にも、そんなことは全く書かれていなかった。
「……そうなんだ」
「はい」
「じゃあ、この本の書かれていることは全部…嘘なんだね」
「いえ、必ずそうだとは言い切れません」
「え?」
青年は困惑した。
『魔女は火炙りでは死なない』と断言したのは、他の誰でもなく女自身だ。
それに先ほどの話で『文献より遥かに個体の数が少ない』とも言った。
ならば記載されていることが全部嘘でなければおかしい。
そんな青年の心を見透かしたように、女は意味深な笑みを浮かべた。
「それは私が知る『魔女の真実』です。貴方の知る『人間の真実』とは異なる」
「どういうことだい?」
青年はすぐ尋ねた。
「至極簡単な話です。人間達は別に本物の魔女を殺す必要がないのです。自分以外の人間を“魔女”に仕立てあげて排除すればいい。そうすれば、本物の魔女を殺さなくても簡単に“恐怖”は取り除かれます」
女の話に、青年は息を呑んだ。
「人間には魔女と人間の区別がつかない。だから魔女と疑わしい者は誰構わず全て殺すのです。そう…人間はそれを魔女ではないとは疑わない。
…『魔女狩り』と称して正義を掲げる人間はただの臆病者です。己の恐怖心を拭う為だけに多くの同胞を殺すのですから…」
青年は言葉を失った。
「そう、本当は…その本に書かれている魔女狩りで殺された『悪しき本物の魔女』は…誰一人いないのに」
「そんな…すべて同じ人間だったなんて…」
ショックを受けた青年に、女は最後にこう締めくくった。
「この話を他人に話すことは勧めません。話をすれば貴方は異端者だと批難させられて異端審問官に捕まり、酷い拷問を受けることでしょう。なので、あなたの胸の中だけに留めて置いてください」
「どうして貴女は僕にここまで、こんな話をするんだい?」
青年は不思議だった。
「……昔語りをしたくなっただけです。偶然ここを通りかかった時、貴方が魔女に関する本を読んでいたので……ちょうどいい話し相手になると思って」
「ここは病院だよ?病気も怪我もしない『魔女』には無縁の場所じゃないか」
青年に言われて、魔女は苦笑する。
「…確かに、病院には初めて来ました」
「僕が『魔女』を異端審問官に差し出すと思わないのかい?」
そう言われても、魔女はただ無言で微笑む。
青年は心を読まれている気がした。
「…まぁ、貴女を突き出すつもりは毛頭ないよ。幾らでも話し相手にもなる。もう時期…僕は死ぬ。言ってはいけない秘密事でも何でも気兼ねなく話してもらって構わないよ。ほら、死人になんとやら…と言うしね」
青年は自虐的に笑った。
「貴方は死にません。貴方は『特別な子』ですから」
女はすぐに否定した。
「……さっきもそう言ったよね?…僕のどこが『特別な子』なんだ?自分の手足なのに自分で思うように動かせない。べッドの上でただ死ぬのを待っているだけの存在なんだよ?家族は僕が無駄に生きてることで治療代がかかると常に嘆いている…むしろ死ねば多少なりの保険金が入るから、僕が早く死んだらいいって思っているんだ。死ぬことでしか今の僕に価値はない」
「そんなことはありません」
女は強く否定した。
「なぜそう言えるんだ?」
青年は女の気休めの言葉に苛ついた。
「私は貴方に生きてほしいと望んでいるから。そして貴方には生きる資格がある。あぁ…やっと…あの日の約束を叶えてもらえる!」
女は初めて感情を露わにした。心底嬉しそうで高揚した気持ちを隠しきれないようだった。
「……資格…?あの日の約束…?それは一体どういう………」
その時、『ドクン』と心臓が大きく跳ね上がった。
「くっ…!」
青年は激しく痛む胸を咄嗟に抑えた。
ー心臓の発作だった。
「もう………時間ですね」
女はそう言うと静かに椅子から立ち上がった。
そして青年の側に寄り添うように座ると、彼の手に何かを握らせた。
「ナ…イフ……?」
青年が握らされたのは銀色のナイフだった。
青年の手に自身の手をそっと重ねると、女は自身の胸元にナイフの切っ先を定めた。
「な、何を、するんだ…!?」
女の行動に、青年は混乱した。
「私を殺すのです」
「!?」
青年は目を見開いた。
「魔女である私の『命』を貴方に差し上げます。そうすれば、貴方は『健康な身体』を手に入れられる」
「そ、そんな、こと…!」
ドクン、 心臓がまた大きく跳ねる。
(まずい…今度大きな発作が起きたら…僕は…)
「大丈夫」
女は優しく微笑んだ。
「貴方を死なせはしない」
「や、やめ…ろ」
青年はナイフを手放したかった。
しかし女の冷たい手がそうさせてくれない。
ナイフを握らせた青年へ、女が自身の身体を引き寄せる。
そして…その手に確かな重みが伝わった。
女に抱きしめられる形で、青年はしばらく動けなかった。
カラン。
血に濡れたナイフが手から滑り落ち、床に落ちた。
「…あ…ああ…ぼ、僕……は…」
青年は思わず、女をかき抱いた。
血を流しながらも、女の口元はとても穏やかな微笑みを浮かべていた。
「なぜ…なぜなんだ!?」
青年が半狂乱して叫んだ。
とその同時、酷い頭痛が襲った。
「くっ…頭、が…!」
頭を押さえた青年の脳裏に、ある昔の記憶が鮮明に流れ始めた。
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「お姉さん。これあげる!!」
少年は紙に包んである飴玉を女に差し出した。
「どうして、私に…?」
「その飴ね。お姉さんの瞳と同じ色なんだよ」
青年は照れ臭そうに頬を掻きながら言った。
「そう、ですか」
「うん!とても綺麗な蜂蜜色の瞳だね」
「ありがとうございます…」
「えへへ」
「でも…本当は醜い…ですよね」
女は自身の顔をそっと撫でた。
「この顔…こんな爛れてしまって…気持ち、悪いですよね……」
「そんなことないよ!!」
少年は声を上げた。
「僕は知ってるんだ!お姉さんはとっても優しい人だって!!この街に奇跡を起こしたってことも!!」
「…君、あれを見ていたのですか?」
心当たりがあった女は息を呑んだ。
「うん…。この街は死の霧にのまれてみんな死ぬしかなかった…。でもお姉さんがこの街を救ってくれたんだよね」
「死の霧は…身体を腐らせる魔女の死の呪い…私の同胞が犯した罪です…ごめんなさい。私がもっと早く彼女を止めていたら…多くの人間が死なずにすんだのに…!」
魔女は悲痛な面持ちで、少年から責められる言葉を待った。
しかし彼は首を横に振った。
「それは違うよ。お姉さんのせいじゃない」
魔女は泣きそうな顔のまま、廃墟と化した静かな街を見渡す。
「彼女は人間をとても憎んでいました。気持ちはわかります。私も人間がとても憎いっ!……でも、この負の連鎖は断ち切らないといけません。そうでなければ魔女と人間が共に歩める道はない…だからもっと早く止めるべきだった!」
「…その顔は…その魔女の呪いを受けたせいなの?」
少年の無垢な問いに、魔女は目を見開いた。
しかしすぐに優しい笑みを浮かべる。
「君は聡い子ですね」
「どうしたら治るの?僕が治してあげるよ!!」
「ありがとう…優しい子」
魔女は少年の頭を優しく撫でた。
「どうすればいいの?」
少年の目に薄っすらと涙が溜まっていく。
「貴方なら私を救ってくれるかもしれませんね」
「ほんとに!!」
少年は顔をぱっと輝かせた。
魔女は眩しそうに目を細める。
「でも…それはまだ少し先の話ですね。いずれ、また貴方に会いに行きます」
魔女はそっと少年から離れると、身を翻した。
「え…待って!!」
少年は必死に手を伸ばした。
「あっ!」
しかし少年の手は宙を掴むだけで、魔女の姿は陽炎のようにかき消えてしまった。
『その時は、貴方の手で私を殺してください…約束ですよ』
魔女の声が、まるで呪いの様に耳に残り続けた。
・
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「っ…!」
青年の意識が戻った。
「思い出した…僕は…僕は…この手で命の恩人を、殺したんだ…!」
青年は堪えられない悲しみに、嗚咽を漏らした。
…トクン。
……トクン。
………トクン。
その時、青年は静かに鼓動する自身の心臓の音を聞いた。
「……ああ」
ゆっくりと自身の胸に手を当てる。
「……そうだね」
彼女に語るように、青年は呟いた。
「貴女は…ここに、僕と生きてる…」
青年は満ち足りた表情で、微笑んだ。
そしてベッドの上に寝かせた魔女のフードをそっと外す。
ー魔女の顔はとても美しかった。
子供の時に見た爛れた跡は一切なく、呪いが解けたのだと青年は悟った。
「…大好きだよ…僕の初恋の人…いつまでも…僕は貴女と一緒だ…」
そう言うと青年は、魔女に静かに口づけをした。
『あなたは魔女を殺す方法をご存知ですか?それは……』
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老人のような白髪に空を溶かしこんだ蒼の瞳。
バケモノと謗られ傷つけられて。
果ては誰にも顧みられず、幽閉されて独り育った。
願った幸福へ辿りつきかたを、仔どもは己の死以外に知らなかった。
――だのに。
腹を裂いた仔どもの現実をひるがえして、くるりと現れたそこは【江戸裏】
正真正銘のバケモノたちの住まう夜の町。
魂となってさまよう仔どもはそこで風鈴細工を生業とする盲目のサトリに拾われる。
風鈴の音響く常夜の町で、死にたがりの仔どもが出逢ったこれは得がたい救いのはなし。
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