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第四十五話 湖とフィッシュトラップ
しおりを挟む「黒羽君」
声をかけられて背後を振り向くと、そこには蘭子先生が立っていた。
「何だ。蘭子先生ですか……何か用でも?」
「あの……ごめんね。ちょっと相談があるのだけれど」
蘭子先生は少し言い辛そうにしながら、目の柄に聳える巨大な岩山を指さした。
「その……あの巨大なお城って、黒羽君が造ったものではないの、よね?」
「えぇ、前にも話しましたが、この天空城塞は俺が造ったものじゃないです。てか、なんなら俺の所有物でもない。
ま、使う人が居ないみたいだから、便利に利用させてもらってますけどね」
「そう……それで、ね。話と言うのは、あの場所をクラスの女の子たちの夜の寝る場所にしたくて……」
「それは……良いと思いますよ。あそこには転移ポータルを使わないと来れないし、何なら野生のモンスターは転移ポータルを使う知恵がないので」
ハイゴブリンクラスになれば別だが、ゴブリン程度の知能では転移ポータルを上手く使うことができない。
俺もこの世界に来た初日などは、ゴブリンのあまりの要領の悪さにイライラさせられた。
野生のモンスターが転移ポータルを使えない以上、あの大広間はこの樹海で考えうる限り最も安全な場所だ。
そこをクラスメイトの寝床にするのは、当然の結論だと思う。
「うん。そう……なのだけれど、実はね……男子組の寝床は別の場所にしようと思っているの」
「それは……男子組と女子組で寝床を分ける、ということですか?」
俺が尋ねると蘭子先生が頷いた。
「本当は寝床を分けるなんて危険な真似はしたくないのだけれど……」
そう前置きしてから、蘭子先生は訥々(とつとつ)と話し出した。
曰く、こういった非常時にこそ人間というものはその本性を剥き出しにするものだと。
クラスメイトとはいえ、年頃の男と女が同じ屋根の下にいたら、何かの間違いが起こりかねない。
この場合の間違いとは、恐らくは男子生徒がクラスの女子連中を襲う可能性のことを危惧しているのだろう。
「私も、教え子のことは疑いたくないけれど。念のために、あらかじめそれを予防できるのであれば、それに越したことはないのだし」
「なるほど……それは確かに」
それは盲点だった。ただ、言われてみれば当たり前の話ではある。
「じゃあ、俺も夜は別のところで寝ます。つっても、多分転移ポータルがあるログハウスの近くになるでしょうけど」
「えぇ、お願い。それで黒羽君には、それとは別にお願いしたいことがあるの」
「お願いしたいこと?」
「えぇ、男子組の寝る場所は……あの湖の近くにあった洞窟にしようと思っていて。それで、黒羽君にはあっちにある転移ポータルの周りを頑丈な素材の建物で覆ってほしいの。
欲を言えば、湖の周りを少し整備してくれるとありがたいわ」
「それは、また……」
大変なことをお願いされたな。
転移ポータルを頑丈な建物で囲うのはそう難しいことじゃない。
俺の手持ちにもある程度の数の石材は揃っているし、足りなくなったら採石場の方から石材を補充すればいい。
問題なのは、湖の周辺の整備の方だな。
整備と一言に言っても、色々な仕事がある。
例えば、衛生面の観点からのトイレの整備や、安全確保、あとは頑丈な足場の整備など、本気でやろうとするといくらでも思いつく。
けれど、それらすべてをやろうとすれば間違いなく数日がかりの大仕事になってしまう。
「……とりあえず最低限の整備はしておきますよ」
「本当っ!? ありがとう、黒羽く――」
「ただ、こちらにも一つお願いしたいことがあります」
俺は蘭子先生の感謝の言葉を遮って、言葉を続けた。
「えっと……私達にできる範囲のことなら何でも協力するわ」
俺は蘭子先生に頼みたい仕事内容を話した。すると、蘭子先生は怪訝そうに眉根を顰めた。
「えっと、あの……そんなことで良いの? というか“そんなもの”に何の意味が……?」
「成功するかは分かりませんが、一応試すだけは試してみようかと。とりあえず蘭子先生はクラスの皆から“アレ”を集めておいてください」
蘭子先生は俺の頼みに怪訝そうな表情を浮かべていたが、頷いてくれた。
「あぁ、すみません。もう一つ頼みたいことがあったのを忘れていた」
俺は立ち去ろうとした蘭子先生を呼び止めて、もう一つの仕事の説明をする。
「すみませんが、クラスの男連中を全員、湖の方に集まるように言っておいてくれませんか。
男子連中には別件で頼みたい仕事がありますので」
「え? えっと……わ、分かったわ」
そっちの別件の方は、ずっと前々から考えていたことだった。
ただ、かなり大規模な仕事になるので、俺一人ではできない。
配下のゴブリンを動員しても良いのだが、それだと俺達ばかりが働き過ぎだ。
この世界に来てまだ間もないとはいえ、クラスメイト達の庇護まで引き受けたわけではない。
せめて、クラスの男子連中には体の言い労働力として働いてもらうとしよう。
働かざるもの食うべからず、ってな。
俺は蘭子先生に仕事を頼むと、転移ポータルに向かい、転移ポータルを起動させた。
転移ポータルを使って、まずは湖に行く。
「ふむ……なるほど……?」
湖に入って、その深さや、湾の形状などを調べていく。ある程度、調べ終わったタイミングで、転移ポータルが開く音が聞こえてきた。
そちらの方に視線を向けると、クラスメイトの男子組がぞろぞろと湖の方にやってきた。
「おっ……黒羽がいた」
「おい……俺達に用って何だよ?」
「あぁ、少し頼みたいことがあってな」
「頼みたいこと? 悪いが、俺達はお前みたいに強くないから戦闘面ではあまり役には立たないぜ?」
「いや、頼みたいことは戦闘じゃない。まあ、誰にでもできる簡単な仕事だよ」
俺はそう前置きすると、クラスメイト達に頼みたい仕事を説明していく。
現状で、クラスメイト達も含めると、おれたちは百にも届きそうなほどの大所帯だ。それだけの人員が一日に必要とする食料はかなり膨大な量になる。
「皆も薄々勘付いているだろうが、現状、食料の消費に供給が追い付いていない」
今は岩盤竜の肉や、持ち込んだスナック菓子、あるいはバスにあった保存食などがあるからこの人数でも数日はもつだろう。
けれど、それは逆に言えば数日しか俺達には猶予が残されていないことを意味する。
「あぁ? それは……果物とか、野生の動物を狩ってくれば良いだけじゃないのか?」
それは……ずいぶんと簡単に言ってくれる。
この森での狩猟は言うほど簡単じゃない。
危険なモンスターが生息しているせいか、この森にいる動物はやけに警戒心が強い。
ただのゴブリンでは、狩るどころか動物を補足することすらままらない。
半吸血鬼としての超感覚を持つ俺でギリギリ。それも一日中探し回って、一匹を狩猟できるか否か、というレベルだ。
この森の中で狩猟で職を補うためには、警戒心の強い動物を上回る狩猟能力を誇るシャドウゴブリンが必要になる。
「あるいは……岩盤竜のような危険度の高いモンスターを狙って狩猟するか、だな」
岩盤竜のような位階の高いモンスターはその強さゆえか警戒心が皆無だと言っていい。彼らは自分たちがこの森での頂点捕食者であることを自覚しているのだ。
王者はこそこそと隠れることはしない。だから、高位階のモンスターであれば簡単に捕捉できる。
「嘘だろ……あんな化け物とやり合えってか?」
俺の言葉にクラスメイト達は蒼い顔をして震えている。まあ、当然だろうな。
俺だってできればもうあの岩盤竜とは戦いたくない。それほどに岩盤竜は強かった。
「採集にしても、食べられる果実類を見つけて集めるのは結構な労力が必要だし、何より果物じゃ腹はたまらない」
あるいは、シャドウゴブリンがあと十数匹もいれば、この大所帯でも狩りだけでも十分に食を賄うことはできるだろう。
だが、現状で俺の配下のシャドウゴブリンはたったの四体。その人員では、森で狩ってこれる獲物の量にも限界がある。
喫緊の課題として、狩り以外で食料を調達する必要がある。
「んでもよぉ、狩猟以外って言ったって、そんなもん作物を収穫するか、あるいは魚を釣るぐらいしかねぇじゃん?」
「そう、それだ」
肉がダメなら、魚を釣ればいい。
幸いなことに、ここには巨大な湖がある。
澄み切った湖をよく見てみると、豊富な魚影が水面下を泳ぎまわっているのが見える。
この湖に生息している魚を捕れれば、この大所帯の食料事情を大幅に改善することができる。
とはいえ、釣りという手段は取れない。
釣りをするにも時間がかかり過ぎるし、何より丈夫な釣り糸がないから十分な強度の釣り竿を作れない為だ。
なので、今回使うのは……罠だ。
それも、以前に川辺に設置したちゃちなものではない。もっと大規模で、効率的な罠を作る。
「黒羽君っ!」
その時だった。
俺を呼びながら蘭子先生と宗方さんの二人が、やって来た。
「はぁ、はぁ……頼まれていたものを、掻き集めてきたわよ」
蘭子先生と、宗方さんは両腕に抱え込んでいた大量のペットボトルを目の前に置いた。俺はすぐさまペットボトルを拾い上げて、状態を確認していく。
「うん……うん……。
悪くない。これなら十分に使えそうだ」
俺がペットボトルの状態を確認していると、クラスの男子連中も集まって来た。
「おい、何だ? そんなゴミを集めてどうするつもりだ? 俺達にゴミの分別でもさせようってか?」
「いや、お前たちに頼みたいのは別件だ」
俺は立ち上がると、男子連中を連れて湖の中へ入っていく。そこで彼らに頼みたい仕事の概要を説明していく。
「……じゃあ、ここら辺に説明した通りの物を作ってくれ。
材料となるものは俺や配下達が運んでくるから、後は指示した通りに並べてくれればそれでいい」
「あ、あぁ……分かったけどよ。何を作るんだ、コレ」
「おい、黒羽。本当にこんなもの作って意味があるのか?」
「ざっと説明はしただろ? じゃ、よろしく」
俺はクラスの男子たちをまとめて、指示を出すと、その場を離れた。
「あとは、罠を作るための材料だな」
俺は闇(ダーク)の弾(ショット)の魔法で巨大な岩や、巨木を破壊する。
「あとは……」
ゼクトールのところへ行く。ゼクトール達はまだ弓の試し撃ちをしている最中だった。
「すまんな。取り込み中で悪いが、何体か借りていくぞ。それとギラン達を呼んでくれ。アイツらにさせたい仕事ができた」
ゼクトールに頼み、監視用のヒュージゴブリンを数体と、ギラン達の野生のゴブリンを呼んでもらう。
その人員を引き連れて、俺は再び湖に戻って来た。そして、俺が破壊した岩塊や木材をギラン達に湖まで運ばせる。
念のために、ギラン達が裏切らないように数体のヒュージゴブリンを各所に配置して、警戒させる。
「これで、良いかな」
俺がスキルの力で巨岩や木を破壊して、罠の素材を作り、その素材をゴブリン共が湖まで運ぶ。
湖に運ばれた素材は、クラスメイト達が俺の指示通りに浅瀬に並べていく。
「念のために、これもこうして……っと」
ただ木を切り倒すのではなく、その丸太をクラフトして歪曲した板のような物も作ってそれも同様に運ばせる。
俺達がいま造っているのは、大規模な囲い込み型のフィッシュトラップだ。
一口に湖といっても、湖全域の水深が深いわけではない。当然、岸に近い場所の水深は浅い場所がある。
その水深の浅い場所に、岩の破片や俺がクラフトした木の板を、逆V字型に並べて壁を作っていく。
丁度、湖の岸と岸から始まり、湖の奥に行くにつれて鋭い三角型になっていくように壁を造るのがポイントだ。
そして、その逆V字型の先端の方に、魚の通れるわずかな隙間を作っておく。
かなりの重労働だが、数時間ほどかけてクラスメイト達がやり遂げてくれた。
「ぜはー……ぜはー……こ、これで……良いのか?」
「おい、お前……マジで……これでしょうもないことだったら、ぶん殴るぞ」
岩や木を逆V字型に並べる作業を終えたクラスメイト達は、湖の砂浜にへたり込み、荒い息を吐いている。
俺はクラスメイト達に感謝の言葉を述べると、早速湖の中に入っていく。
罠の形は……悪くない。
「後は……こっちの壁で囲った方にエサとなるミミズや芋虫を放り投げておく、っと」
湖の壁で囲った内側に、活きの良いエサをばらまくと俺はフィッシュトラップの中から外に出る。
これで原始的だが、大型フィッシュトラップの完成だ。
後は時間が経てば、湖の沖の方から勝手に逆V字型の罠の方に魚が誘われてやって来る。
魚は逆V字型の罠の、先端部分の入り口から罠の中へと入っていく。あとは、この逆V字型の罠の狭まった先端部分を石かなんかで閉じれば、もう魚は外に出ることができない。
「なあ、聞いてくれ。このフィッシュトラップの中には絶対に入るなよ。てか、ここ近辺の湖に入るな。
魚が驚いて逃げてしまう。湖に入りたいのなら少し離れた対岸の方でやってくれ」
俺はそのことをクラスメイトの特に男子連中によくよく言い聞かせる。
一応、魚が簡単には出られないように先端は細くしているが、それでもフィッシュトラップの近くで湖に飛び込めば、魚が驚いてフィッシュトラップの中から逃げ出してしまう。
逆に湖の反対方向から衝撃や音を立てれば、それに驚いた魚がフィッシュトラップの方に追い立てられ自ら罠のなかに入って来てくれる可能性もある。
この大型のフィッシュトラップの効果と使い方を説明すると、聞いていたクラスメイト達が簡単の声を上げた。
「凄いわ。こんな方法があったなんてっ! 確かにこれなら釣り竿がなくても魚を捕獲できそうね」
「……えぇ、たしかに言われてみれば簡単な構造の原始的な罠だけれど、非常に効率的だわ」
俺は完成したフィッシュトラップを蘭子先生と宗方さんにも見せて、使い方の説明をしていく。
二人は俺の説明に驚きの声を上げて、完成したフィッシュトラップを見つめている。
「ポイントは、膝の下くらいまでしか水が無い浅瀬に作ることかな。あまり深すぎると壁を作るのも大変だし、何より魚を捕まえられない。
膝下くらいの水深なら魚もそれほど速くは逃げれないし、大きな石を水面にぶつけるだけで気絶して簡単に取れる」
石やハンマーを水に打ち込んでその音の振動や、衝撃波によって魚を気絶させて捕獲する漁法は昔からある。
こういった漁法は石打漁(いしうちりょう)と呼ぶ。
中でも有名なのはダイナマイトの衝撃波を利用したダイナマイト漁だろうか。
非常に効率的に魚を捕れる反面、その場所に生息している魚を捕り尽して根絶させてしまう危険性もあって、先進国などでは禁止されている方法だ。
逃げ場のない大型フィッシュトラップの中でこの石打漁(いしうちりょう)を行えば、フィッシュトラップ内の魚を一網打尽に捕まえることができる。
「今の俺達には何よりも食料が必要です。
魚を根絶させてしまうかも知れない危険な漁法だが、逆に言えばそれだけ効率よく大量の魚を捕獲できる方法でもある。
使わない手はないでしょう」
「……ねえ、ならこんな罠を作らずに直接湖にその石打漁(いしうちりょう)をすれば良いんじゃない?」
宗方さんの言葉に俺は首を振った。
確かに……俺達のなかにダイナマイトと同等の破壊力を出せるスキルを持つ人間がいれば、それも可能かもしれない。
「で、そんな強力無比なスキルを持っている人間は誰かいるか?」
俺の言葉に宗方さんは言葉を詰まらせた。やがて彼女は無言のまま俺と蘭子先生を見つめた。
「……残念だけれど。今の私の攻撃スキルにはそこまで強力な物はないわね」
「俺も同じだ。職業(ジョブ)のレベルが上がって強力なスキルを習得できるようになれば、確かに宗方さんの言う通りこんなフィッシュトラップは必要ない。
ということで今はこのフィッシュトラップで我慢してくれ」
逆V字型のフィッシュトラップは湖の浅瀬に作った。これなら、より衝撃が魚にダイレクトに伝わりやすい。
「あとはこれと同じものを湖のこちら側の岸に横並びにするようにして設置していけば、上手くいけば結構な量の魚を得られると思いますよ」
「そうね。名案だわ。さっそくクラスの皆に話して実践してみるわ」
この逆V字型のフィッシュトラップは構造が簡単なため、原理さえわかれば誰でも簡単に造れる。
素材にしても、そこらの木を切り倒して、その切り株を湖に沈めればいい。
俺でなくとも、クラスメイト達の力を合わせれば比較的簡単に造れるはずだ。
俺の言葉に蘭子先生は何度も頷いている。と、そこで思い出したように蘭子先生が、近くの地面を指さした。
「そういえば、黒羽君に頼まれていた……空のペットボトルはどうするの?
黒羽君のことだから、これも何かに使うのよね?」
蘭子先生が指さした先には、地面の上に大量に積まれた空のペットボトルが置かれている。
この空のペットボトルはさっき蘭子先生にお願いして掻き集めてもらっていたものだ。クラスの全員のバックから、残らず掻き集めてもらった。
「えぇ……次はこれを使ってフィッシュトラップを作ります」
俺はさっそく空のペットボトルを湖の水で綺麗に洗って、その真ん中を剣で真っ二つに切断する。
あとは、入り口になる白い飲み口部分も根元から剣で落としておく。
「……黒羽君。ペットボトルを真っ二つに斬って……それをどうするつもりなの?」
その様子を見ていた蘭子先生と宗方さんが不思議そうに俺の手元を覗き込んでいる。
「これはだな……」
俺は真っ二つに斬ったペットボトルを両手に握りしめる。
二つに切り分けたペットボトルは上部分と下部分の二つに分かれる。この二つのパーツを組わせることで、簡単なフィッシュトラップができる。
「で、後は飲み口が付いていた上部分を逆さにして、こっちの下部分に強くはめこむ、と……できた」
トラップの基本的な原理はさっきの逆V字型のやつと同じだ。
逆さにした飲み口の部分から魚がこの中に入ったら、先端が尖っているペットボトルの飲み口の部分が邪魔になり外に出られなくなってしまう。
「これであとは、この中に餌を入れて、水の中に沈めて重りかなんかで動かなくすればOKです」
こっちの方は湖、というよりは流れのある川などで非常に有効なフィッシュトラップだ。こっちの方はサバイバルの本などにも書かれているほどにメジャーで、簡単に作れる上に、効果も高い。
「へぇ……こんな身近なものでも簡単に魚を捕るための道具ができちゃうものなのね」
蘭子先生は出来上がったペットボトル式トラップを手に取ってしげしげと眺めている。
「ねえ、でもこれって入って来たなら、簡単に外に出られてしまうんじゃないの?」
蘭子先生の手の中にあるペットボトル式トラップを見た宗方さんが疑問を呈してくる。
「そこがこのトラップの優れているところだな。入り口のところをよく見てくれ」
ペットボトルの飲み口は先端にいくにつれて細まっている。それを逆に被せることで、入るときは、ペットボトルの壁によって魚は真っ直ぐにトラップの中に入ることができる。
「でも、いざ出ようとするとこのペットボトルの飲み口の部分がカエシになって、なかなか出られない。
もちろん、こうトラップの中で身体を真っ直ぐにして頭から飲み口の部分に突っ込めば出られるし、数匹は出てしまうかもな」
でも魚にそこまでの知能があるわけじゃない。
ほとんどの魚は、何も考えずに外に出ようとして、カエシの部分に身体が引っかかって出られなくなってしまう。
「もし、中に複数の魚が入ってしまったら、他の魚の身体が邪魔をしてさらに外に出られなくなる。
単純な仕組みだが、非常に効率的で優秀なフィッシュトラップだよ」
無論、このフィッシュトラップでは身体の大きな魚は捕らえられない。
このフィッシュトラップで捕らえるのは主に小魚や、川エビなどだ。
「仕組みも簡単だし、これならクラスの他のみんなでも作れそうね」
蘭子先生の言葉を聞いて、俺は作業の手を止めた。
確かに……この作業は、簡単で誰でもできる。しかも、誰が造ったとしても等しく高い効果を発揮できる罠だ。
だったら……、
だったら、俺がわざわざやる必要性もないのではないか?
「…………」
俺はゆっくりと手元を見下ろした。
目の前にはクラス中から集めたおかげで数十個もの膨大な、大小無数のペットボトルが転がっている。
これを俺一人でやるとすると、かなりの労力を要する。
俺には蘭子先生に頼まれていた他の仕事もある。他人に任せられる仕事は、積極的に他人に任せる方が良いに決まっている。
「……蘭子先生。一つ頼まれてもらえますか?」
「えっと、何かしら?」
俺は作りかけていたフィッシュトラップを蘭子先生へと手渡して、詳しい作り方を教える。
「すみませんが。クラスの皆にこのペットボトルを同じような罠にしてもらいたいんですが」
「えぇ、構わないけれど……黒羽君は?」
「俺は、蘭子先生に頼まれていた湖の整備をします。なので、こっちを代わりにお願いします」
そう言うと蘭子先生と宗方さんは頷いて、フィッシュトラップを作り始めてくれる。
俺は周りでへばっている男子生徒を数人呼び寄せて、蘭子先生達の助っ人としてあてがう。
あとは、ついでに完成したフィッシュトラップの設置場所として湖の浅瀬と、近くを流れる川の中を指定しておいた。
「……これで魚を捕れれば良いんだけどな」
蘭子先生達から離れると、俺は溜息を吐いた。
「まったく……それにしても、こんなところで昔読んだ本の知識が生きてくるなんてな」
実際に、この類のフィッシュトラップを作るのは初めてだ。なので、これが本当に効果的に機能してくれるかどうかは、まったくもって未知数。
「ただ、今は……サバイバル本に書かれていた情報を、信じるしかないか」
魚は食料改善につながるだけではなく、栄養面からみても優秀な食材だ。もし、魚を捕れるようになれば今の切迫した食糧事情もかなり改善される。
どころか、取れる量如何(りょういかん)によっては食に悩まされることが無くなるかもしれない。
「さて、と……俺は俺で、やるべき仕事をこなすとするか」
現状では俺にしかできない重要な仕事は山ほどある。その中で優先順位を付けて、最も優先度が高い仕事から着手するとしよう。
「まずは……湖周辺の整備からだな」
俺は軽く伸びをすると、洞窟の方へと足を向けた。
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