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第十三話 空に輝くものは……。
しおりを挟むゆったりとした微睡のなかで、俺の意識がゆっくりと覚醒していく。
「んっ……朝、か」
まだ眠気がこびりつく瞼を擦りながら、俺は目を醒ました。そのまま欠伸を一つしてから、ゆっくりと起き上がる。
今日でこの世界に転移してから四日目だ。
「ふわぁぁ……」
そのまま転移ポータルを起動して、ログハウスの中に転移する。家の外に出ると、ハーキュリーがいた。
ハーキュリーは俺に気付くと、地面に跪き首を垂れてくる。
「おはようございます。ご主人様」
「あぁ、おはよう」
周りを見てみると、ハーキュリーの他にも二体ほどのハイゴブリンが周囲を警戒していた。
この交代制での見張りの制度は、いつの間にかゴブリン達の間でできあがっていた。どうやらリーダーであるゼクトールが俺の安全のためにこの制度を始めたらしい。
本当にアイツには頭が上がらないな。
「ご主人様、どちらへ?」
「ん~~、朝の生理現象。あっ、ついて来なくていいぞ」
俺について来ようとするハーキュリーを制して、ログハウスの近くに設置した公衆トイレへと向かう。
最初に厳しく躾けたおかげか、ゴブリン達もこのトイレを使うことに慣れたようだ。おかげで四日経った今でもあの大広間が糞尿塗れにならずに済んでいる。
「さて、と」
朝の生理現象を終えたわけだが、せっかくなのでここでスキルの試し撃ちもしてしまおうかな。
昨日の夜に新しく取得したスキルで、まだ試していないのは二つだな。
「麻痺(パラライズ)の霧(ミスト)と血濡(ブラッディー)れの鋭爪(クロー)か」
さっそく試してみよう。
アクティブスキルのセット数が限界なので、ひとまず非戦闘系のアクティブスキルを外してその二つをセットする。
「これで、良しっと……まずは、麻痺(パラライズ)の霧(ミスト)からかな」
俺は樹海の方に手を翳すと、スキルを発動させる。すると、俺の目の前に黄ばみがかった白い霧が出現する。
「おっ?」
やはりというべきか毒霧(ポイズンミスト)のスキルと同系統のスキルみたいだ。出現した麻痺霧は、ゆっくりと前方に拡散しながら進んでいく。
恐らくはこの麻痺霧を吸い込むと、麻痺の状態異常を付与させるのだろう。
「範囲も威力も毒霧(ポイズンミスト)と同程度か……」
これは良いな。
何より、毒霧(ポイズンミスト)だと相手を死に至らせてしまうが、このスキルなら相手を殺さずに無力化できる。
効果と言い威力と言い毒霧(ポイズンミスト)の上位互換スキルと言った感じだな。
「アリだな。毒霧を外して、コッチの方をセットしておこうか」
俺は毒霧(ポイズンミスト)のスキルを外すと、代わりに麻痺(パラライズ)の霧(ミスト)のスキルをセットする。
「次は、血濡(ブラッディー)れの鋭爪(クロー)か……」
問題はコッチの方だな。
この血濡(ブラッディー)れの鋭爪(クロー)というスキルは、かなり特殊なアクティブスキルだ。
まずこのスキル単体では発動できない。
操血のスキルを発動している時しか発動できないスキルで、操血のスキルに効果が重複する形でスキルが発動する。
なので、まずは指先を切って操血のスキルで血液を噴出させる。
「この状態で、【血濡(ブラッディー)れの鋭爪(クロー)】のスキルを発動させればいいのか?」
俺は血濡(ブラッディー)れの鋭爪(クロー)のスキルを発動させた。すると、操血で操作している血液の先端が、鋭い鉤爪状へと変化する。
「ふむ?」
俺はその状態で近くの木に攻撃してみた。すると、鋭い爪は木の表面を削り、木の幹に深々と爪痕を残す。
「ほぉ……これは中々」
このスキル……結構な威力が出るな。
試しにそのまま木に攻撃を続けていると、十数撃目で木の幹の真ん中を、血液の爪が粉砕した。
俺の目の前で、巨木が軋みながら地面へと倒れ込んでいく。
「威力はそこそこ。ただ、MP消費0か」
純粋な威力を比較するのなら、闇(ダーク)の弾(ショット)や闇剣(ダークソード)のスキルの方がはるかに強力だ。
その上、操血のスキルを発動中でなければ発動できない、という制約もある。
その代わりに、この【血濡(ブラッディー)れの鋭爪(クロー)】のスキルは一切のMPを消費しない。
「デメリットもあれば、メリットもあるな」
俺は少し悩んだが、【血濡(ブラッディー)れの鋭爪(クロー)】をアクティブスキルの欄にセットしておいた。
操血のスキルも合わせて、二枠のアクティブスキル欄が埋まってしまうのは痛いが、それでもMP消費なしの攻撃スキルは貴重だ。
このスキルがあれば最悪、MPを使い切ったとしても戦うことができる。
保険の意味でもセットしておくことにした。代わりに、解体のアクティブスキルを外す。
解体のスキルは常にセットしておく必要はない。また必要になったセットし直せばいい。
「良いね。
新しく手に入れたスキルはどちらもかなり有用で使い勝手が良さそうだ」
さて、今日の目的は何をしようか……。
食料集めをしても良いが、それは今はダークゴブリン達にやらせた方が効率的だ。
ダークゴブリンたちは獲物を狩る能力も高いが、木や崖を登るなどの特殊技能にも秀でている。
むしろ、俺よりも上手く木に登って沢山の果実や木の実を集めてくる。
なので、俺が率先して食料集めをする必要性がなくなった。
「テイムしたモンスターにおんぶに抱っこで惰眠を貪るのも良いかもな」
口に出してみてから……フッと声を出して笑ってしまった。
あり得ないな。
せっかくいくつかの仕事が無くなったのだ、その空いた時間で俺にしかできないことを進めるべきだ。
「……と、なると。
やはりアッチか」
俺は無言のまま天高く聳える岩山を見つめた。あそこに埋まっている天空城塞デュナス・ザギリアスのことについて俺はまだ何も知らなさすぎる。
辛うじてあの天空城塞が空を移動する物である、ということは分かっているがそれ以外はさっぱりだ。
天空城塞がまだ動くのか、それとも完全に壊れてしまっているのか、それすらまだ分かっていない。
「ただ、もし起動できるのであれば……これ以上ない強い味方になる」
ここまでの四日間は、ただその日を生き延びるので精いっぱいだった。けれど、順調に配下の数を増やして今は少し余裕がある。
そろそろ今後の身の振り方も考えていく必要がある。
「とはいえ、まずは……朝飯だな」
俺は軽く伸びをすると、ハーキュリー達が待つ拠点へと戻ろうと足を向けた。
その次の瞬間だった。
「っっ、何だ……!?」
一瞬目の前に激しいノイズが奔った。
最初は疲れているせいで幻覚を見ているのかと思った。でも、違う。
「っ……」
そのさらに数舜後だった。樹海全体を揺らすような地震が俺を襲った。
あまりの揺れに俺は立っていられずにその場でしゃがみ込む。
これで何回目だ、と内心で舌を打ちながら耐えていると、地面から光の粒子のようなものが立ち昇っていることに気づいた。
「これ、は……」
同じだ。
俺がこの世界に来て二日目のあの時と、まったく同じ現象が起こっていた。ただ、今回は前回とは規模が違う。
地面から、木の幹から、茂みから、露出した根っこから。
まるでこの樹海全体から生気そのものが立ち昇っているかのように、膨大な量の光の粒子が頭上へと立ち昇っていく。
上空に集まった光の粒子は、やがて巨大な魔法陣へと姿を変えていく。
何だ……アレ……は……。
上空に出現した魔法陣は一瞬だけその姿を見せると、やがて溶けるように空へと消えていった。
「…………」
魔法陣が消失してからも俺は暫く空から視線を外せずにいた。
あれは、一体何だ……?
最初はいつもの地震だと思った。けれど、今回は今までよりも規模が大きくなり、さらに今までにない現象まで現れた。
「……考えても、分からないか」
ただ、見たところあの魔法陣はなんだか不完全な感じがした。恐らくはだが、それが原因で溶けるように消えていったのだと思う。
あの地震のような現象に遭遇するのはこれで四度目だが、日を重ねる毎に規模が大きくなっているような気がする。
その原因があの天空に出現した魔法陣にあるのだとしたら……。
「いや……分からないことをこれ以上考えても仕方がないか」
俺は頭を振ると、頭の中からさっきの魔法陣のことを追いやった。
「ご主人様っ!! ご無事でっ!!」
「ご主人様っ! よくぞご無事でっ!!」
拠点に戻ると、ゼクトールとハーキュリーの二人が出迎えてくれた。
「お前たちも、アレを見たか?」
俺は開口一番に二人にそう尋ねた。すると、二人はしっかりと頷いた。
「それで状況は? 拠点に被害はないか?」
「ハッ! 拠点にも、我らにも被害はありません。ただ……」
そこでゼクトールが気まずそうに隣にいたハーキュリーを見た。
「申し訳ございません、ご主人様。
緊急事態だと思い、メロウに協力を仰ぎ、ダークゴブリン達を駆り出して、ご主人様の安否確認のために周囲の森に出しました。
私の独断です。勝手なことをした罰はいかようにでも」
ハーキュリーの話によると、あの地震があった時に真っ先に俺の身を案じて、ダークゴブリンとハイゴブリンからなる斥候部隊を三つ作り、周囲の森にはなったとのことだ。
「なるほど……悪くない判断だ。よくやったハーキュリー」
ダークゴブリンはその性質上、周囲の探索や索敵に向いている。だが、ダークゴブリンだけでは弱すぎる。
その弱さを補うために、ハイゴブリンを護衛として放ったみたいだ。
良い判断だ。
多分、俺がここにいたら同じような判断をしたと思う。本当にハーキュリーは思考がゴブリンらしくない。
「ハッ! 斥候にはダークゴブリン二体に、ハイゴブリン三体を一チームとしています。その分、拠点の守りが手薄になりますが、周囲の安全の確認が先決かと」
「あぁ、俺もそう思う」
そのまま暫く拠点で待っていると、斥候に出した部隊が、一隊、また一隊と拠点へと帰還した。
「ゴシュジンサマ、シュウイニハ、異常はアリマセン」
最後に帰還したメロウ隊から報告を聞いて、周辺にもあの魔法陣の影響が出ていないことを確認する。
ただ、メロウの話ではあの魔法陣の影響で樹海中のモンスターが驚き、活動が少し活発になっているようだと話を聞いた。
「それは、少し怖いな」
「ハッ!」
モンスターが活発になるということは、今まであまりで合わなかった高位階のモンスターと遭遇する確率も上がるということだ。
俺はあの巨大な巌のようなモンスターの姿を頭に思い浮かべる。
ダメだ。
今はまだあのレベルのモンスターには勝てない。
「ゼクトール、ハーキュリー、メロウ。周囲の探索をする場合は、今まで以上に警戒するように全隊に伝えろ」
「御意にっ!」
「了解しました」
「ハッ!!」
俺の命令を受けて三体はそれぞれ忙しなく散っていった。
やれやれ、だ。
まだ朝早いというのに、あの魔法陣のせいで忙しなくなってしまったな。
朝食を食べた後、俺は大広間の玉座に座り目の前の半透明な画面とにらめっこをしていた。
「うーん……なるほど」
朝からずっと同じ姿勢で目の前の画面を見ていたせいで、肩が凝ってしまった。
俺は気分転換がてらに、大きく伸びをすると、ほうっ、と息を吐き出した。
朝からずっとやっていたおかげで、この天空城塞についていくつか分かったことがある。
まず、この天空城塞はまだ生きている。
玉座に座ると目の前に出現する操作パネルを弄っていると、いくつかの機能がまだ使えるということに気づいた。
その一つが……これだ。
俺は目の前の操作パネルを弄る。すると、操作画面の横に新しい画面が出現する。
「これは……地図機能かな」
目の前の画面に表示されているのは天空城塞の内部を詳細に映し出した地図だ。
「なるほど……この天空城塞は俺が想像していた以上に巨大な建造物だったみたいだな」
こうして、地図を動かして天空城塞の内部構造を見ているだけでも、この天空城塞の広さが分かる。
ちなみに地図は【天空城塞内部】を映し出したものと、【外の樹海】を映した二種類があるみたいだ。
地図情報を切り替えると、そこには詳細な周辺地図が表示される。
「まるでグー○ルアースみたいだ」
目の前に表示されているのは、衛星写真のような地図で青々と生い茂っている樹海の様子も、川の流れも全てがはっきりと写りこんでいる。
「地図は伸縮・拡大が自由自在にできるのか。本当に便利だな、これ」
惜しいな。
この地図を持ち歩けたら、凄く便利なのに。
「あとは使える機能としては、転移ポータルか……」
俺も利用しているこの転移ポータルは天空城塞の基礎機能だ。
この操作パネルで指定した任意の場所に転移ポータルを設置することができる。設置した転移ポータルは、同じ転移ポータルと繋がっていて望んだポータルへと転移することができる。
今はこの大広間と樹海の二カ所にしか設置していないから、基本的にポータルが繋がっている場所は一つだが、転移ポータルを増やせば、好きなポータルからポータルへと移動が可能になる、らしい。
「設置できる転移ポータルに制限は無いのか」
好きな場所に設置すれば、その先のポータルが破壊されない限りは距離も高度も関係なく一瞬で転移することができる。
ただ、この転移ポータルを設置するためには特殊な素材が必要になるみたいだ。
「ポータルストーンが1個、ラルゴクラスタ鋼のインゴットが5個、ミスリル銀のインゴットが10個、あとは鋼のインゴットが10個か……」
中々に必要素材が厳しいな。
ミスリル銀と鋼のインゴットは知っているが、ポータルストーンやラルゴクラスタ鋼などは見たことも聞いたこともないクラフト素材だ。
幸いなことに、既に何個かの素材があるみたいで、あと二個までは転移ポータルを設置することが可能だ。
「二個、か……」
これは悩むな。
現状、転移ポータルがやすやすと作れない以上は設置する場所はよくよく考えなければならない。
「他の機能は……ダメか」
この天空城塞には他にもいくつかの機能があるみたいだが、現状で使用できる機能は上記の二つだけみたいだ。
それ以外の機能を起動しようとすると、「エネルギーが不足しています。動力炉にルーン結晶をセットしてください」と表示された。
「ルーン結晶……」
どうやらこの【ルーン結晶】とやらがこの天空城塞の動力源になるみたいだな。
「ってことは、まずはそのルーン結晶とやらを見つけてこないといけないわけか」
いや、まずはその動力炉ってところを見てみたいな。
俺は地図機能を呼び出すと、天空城塞の内部を映し出し、動力炉がどこにあるのか探す。すると、どうやら動力炉は天空城塞の下部にあるみたいだ。
「天空城塞の下部、か……」
今いるこの大広間は天空城塞の最上部にある巨大な城のさらに一番上だ。天空城塞はその大部分が地下に埋まってしまっているせいか、少しでも下の階層は一切の光の無い真っ暗な空間になってしまっている。
これは、どう考えても徒歩では行けないな。
下部どころか、この大広間から少しでも下に行こうとしたらその先は真っ暗な闇が広がっていて、数歩歩くだけでも精いっぱいだ。
「仕方ないな。ここは転移ポータルを設置しよう」
俺は操作パネルを弄り、動力炉のある部屋に転移ポータルを設置した。
「あとは……松明が欲しいな」
恐らくは動力炉がある部屋も真っ暗だろうからな。
一応、俺には夜目のスキルがあるが、夜目のスキルでは暗視ゴーグルを付けているようで見辛いのだ。
灯りがあるならば、それに越したことはない。
俺は一旦、操作を止めると転移ポータルで樹海へと向かう。そこで松明の素材になりそうなものを集める。
聞いた話では松明は松の樹脂を染み込ませた枯れ草や布を燃やすらしい。
「……無いな」
俺は近くを探してみるが松の木なんて見当たらない。仕方がないのでそこらの木でそれらしい種類のものを見つけると、その表面を削り樹脂を採取する。
「採取した樹脂を枯れ草に染み込ませて……木の棒に巻いていく、っとこれで完成かな」
これできちんと燃えるかどうかは分からないが、まあ木だし燃えるは燃えるだろう。
念のために同じものを三本ほど作っていく。
「よし、準備は万端。さっそく行くか」
俺は準備を整えると松明に火を点けると、転移ポータルを開いた。
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