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2章 呪いの首輪と呪いのおパンツ

拾われたネコと呪いのおパンツ①

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気がついたら【ここ】にいた。薄暗い路地裏にぽつんといる。辺りを見回しても、人の気配がない。

「……え?……あれ?」

何をしていたんだろうと思い出そうとしても、頭の中は空っぽ状態だ。

「かべ、暗い、地面、空、洋服、建物、ゾンビ、目、鼻、口、髪の毛……」

記憶にあるものを口にして確認。でも、どうしても自分のことが思い出せない。私は一体何なんだ。何でここにいるんだ。何をしていたんだ。考えても何一つ思い出せない。

「と、とにかく……ゾンビィィィ!!?」

見えてはいけないものが見えていたことに驚いて奇声をあげてしまった。そう、ゾンビが隣にいたのだ。かのフランケンさんのような顔色の少年が私を観察している。

「ぼくが見えるの?」

これはどうしたものだろう。返事をして取り憑かれたりしないだろうか。そもそもゾンビがいるってことは、私は死んでゾンビに生まれ変わったんじゃ……

「なーんちゃって!これはコスプレだよ」

コスプレの割にはリアルだけど、違うなら別にいいや。むしろゾンビじゃない方が有難い。ホラーが苦手なの、ものすごっく。

「ネコさんは何をしてるの?迷子?」
「あー……」

ゾンビの問いに言葉を濁すしかなく、もう一度思い出そうとしたけどやっぱり頭の中は空っぽだった。

「うん、迷子。なんか……何でここにいるのか分かんなくて……」
「……わかんない?」
「さっきまで何をしていたのか思い出せないんだよね」

バカ正直に話したところで信じてもらえる内容じゃないけど、話さずにいられなかった。きっと頭の中が混乱してるから、言葉にして現状を整理しようとしてるんだと思う。

「記憶がないってこと?」
「……まぁ、……うん」
「そっか」

信じてくれたかは別として、今の言葉のおかげで多少冷静になれた。

記憶がないってことは、自分の家がわからないってわけで、つまり宿無しの状態ってこと。

洋服のポケットに手を突っ込んでも何も入ってないってことは、身分証的なものもお金もないってわけで、つまり無一文の状態ってこと。

でも私は今を生きてるってわけで、宿無し無一文ってことは、つまり今日を生きる権利が……危ぶまれてるってこと!!?

ノー、ノー、それはダメ。生きる権利は誰にでも平等にあるの。あるはずなの。ないなんてことはないの。とにかく今は、今日を生きるための資金がすぐに必要ってわけね、オーケー、オーケー。

やるべきことは理解した。

「こうしちゃおれぬ!」

とりあえずその辺にいる人の財布を譲り受けようと思い、すっと立ち上がると、ちょうど目の前に曇った窓ガラスがあった。

曇っていても微かに見えるそれに驚き、自分を五度見した。

でも五度見じゃ収まらなくて、しばらくガラス窓を凝視した。

私の心が絶望に染まった。

「なんか付いてる!?」

ネコ耳がある。恐る恐るさわったらふわふわで何かちょっと気持ち良かった。それに反応してノドがゴロゴロ鳴った。思わずノドを押さえた。

「……は!」

まさかと思いお尻に目をやると、やっぱりそこに尻尾がついていた。恐る恐るさわってみると、ふわふわもふも、さわり心地最高だった。ノドは鳴らなかった。

「……ネコ、だ」

信じられなくて窓ガラスに近づく。自分の顔がハッキリと見えて、ようやく自分が【お猫様】であることを認識した。

「そう、だ。そうだ、お猫様だ。私はお猫様だ」

自分の顔を見ながら名前を呟く。これでいいんだと、この名前が正解なんだと、沸き上がる違和感を無視して、脳みそに名前を刷り込む。

「自分で様って言っちゃってる」

バカにしたように笑うゾンビにむくれつつ、窓ガラスを見るのをやめてゾンビの隣に座り直した。

「お猫様は偉いんですぅ」
「そうなの?」
「知らないけど、きっとそうなの」
「んー?知らないのに知ってるの?」
「自分がお猫様ってことは知ってる」
「じゃーぼくはゾンビ様だね!」
「なにそれ」
「なんだろーね」
「だからなによ、それ」
「えへへ、なんとなーく」

ケラケラ笑うゾンビに釣られて私も笑う。記憶がないのに、笑ってる場合じゃないってのに。

でも、現状を思い出したらだんだんと笑えなくなって、ため息がこぼれた。

「行くところがないんだよね?」

ゾンビの質問に頷く。首を下に向けたらもう上を向けなくて、うつむいたままボヤけた地面を見てたらポツポツと水が垂れた。

今になって感情が押し寄せてくる。激痛、苦しい、さみしい、つらい、怒り、孤独、負の感情は今の私を腐らせるのに十分だ。

未来の恐怖に体が自然と震える。涙も鼻水も地面に垂れるけど、それを拭く気力もない。今を、立ち上がる勇気もない。

つらい、一人はつらい、さみしい、痛い、たすけて、たすけて。

たすけて、   たすけて!

「うっ」

キーンと頭の奥に響くような激しい耳鳴りがして、思わず頭を押さえた。次に襲ってきたのは激しい頭痛。脈に合わせて金属バットで殴られてるような、目も眩むほどの激痛に今度はぐるぐると目が回りだした。

回って回って回って回って、ようやく止まったと思えば、今度はバシュンバシュンと白い光が目を眩ませる。白い光と共に見えるそれは、懐かしいと思わせる何か。愛おしいと思うほどの、何か。

「     」

もっと見たい、もう見たくない。

もっと聞いていたい、もう聞きたくない。

もっと、と、もう、が次々にくる。

やめてほしい。

これ以上は、もう……

「あ、そうだ!いいことを思い付いた!」
「っ!」

誰かの声に引っ張られるように意識が戻っていく。目の前にあるのは、さっきまで見ていた地面だ。何か……危ない思考になっていた。それはとても良くないことだ。悪い考えや危ない考えから出た結論はだいたい良いことにならない。

どうにかなる、大丈夫と言い聞かせるように、荒くなった呼吸を整えようと深呼吸した。

「ねぇ、ぼくの話し聞いてる?」
「へ?」
「さっきから話しかけてるんだけど」

すっかりゾンビの存在を忘れてたけど、誤魔化すように笑った。

「えっと、あはは……」
「もう!」

ゾンビはふて腐れながらも立ち上がり、なぜか私に手を差し出した。

「おいで」

呆然とゾンビを見るとゾンビは照れ臭そうに、「ぼくと一緒に行こう」と言ってくれた。

今のこの一瞬で、大雨だった心に光が射し込むようだった。



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