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1章 長い長いプロローグ(後編)

初デート②

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初めての留守番から一転、初めての外の世界はすごいの一言だった。

おうちよりもおっきい建物があちこちに並んでいて、果物や食べ物が売ってあったり、かと思えば洋服が飾ってあったり。建物を見るので精一杯なのに、人がいっぱい歩いてるからぶつからないように気をつけなきゃいけない。ただ歩くだけなのに非常に疲れる。でもわくわくするから楽しい。外の世界は変な気持ちになる。

「これすんっっごいおいしい!」
「だろ?ずっとハルに食べてもらいたかったんだ」

くれーぷというものを買ってくれた。クリームとイチゴを薄い生地で包んでる。それだけなのに絶品なんだから、外の世界は危険である。いやほんといくら食べても食べ飽きない。

「っと、危ないよ」

人混みを避けながら歩いて食べる、これの難しいこと。ランディが誘導してくれてるから何とかなってるだけで、一人だと人に流されてぶつかってしまうと思う。

耳と尻尾を隠すためにフード付きマントを羽織ってきてるけど、フードだけは脱げないよう死守しないと。

「ほんとに耳と尻尾が生えた人はいないんだね」
「そりゃそうだよ。ぼくが知ってる限りハルだけだよ、それ生えてるの」
「何でだろう。突然変異?」
「何で頭悪いのにそういう言葉を知ってるわけ?」
「それは私が天才だから」
「バカと天才は紙一重ってね」
「にゃにおう!」

冗談で振り上げた手が道行く人に当たってしまった。しかも運の悪いことに、振り上げた手にはくれーぷが。

「……ああ?」

くれーぷが当たって洋服がクリームまみれになったおっさんに睨まれてしまった。どう考えても私が悪いのですかさず頭を下げた。

「ごめんなさい!」
「お、おおお」

次に頭を上げたとき、事件は起きた。フードが脱げた。

「お天使様あああ!」

おっさんが発狂した。それのせいで町ゆく人が一斉にこちらを見た。すぐにフードを被り直したけど、もう遅かった。

「なにこれ、なにこれえ!どこの本から飛び出してきたんだって思うくらいお天使なお猫様なんだけどおお!」
「チラッと……チラッとでもお猫様の御顔尊を見れたぞおお!もう死ぬ、死んでもいいと思わせるトキメキがあるっ!」
「も、もう一度!我々に、そのお可愛らしいお姿を……!」
「オール、ハイル、お猫様!」
「オール、ハイル、お猫様!」

マジで引くほどの熱量で迫られて何をどうしていいものか分からず、でも我に返ったランディが走り出した。

それでも「ああ、我々のお猫様がー!」とか言って後ろ付いてくるもんだからほんとに怖くて。ランディの手をぎゅうぎゅうに握り締めながら必死に逃げた。

路地裏に入って、あっちを曲がってこっちを曲がって建物の間をすり抜ける。どんどんと建物が低く古くなり、何か妙に薄暗くなっていく。とある一角を曲がったとき、がんっと頭に衝撃が走った。

「う、あ」

あまりの痛みに足が止まる。でも手は繋いだままだったから、そのまま転けてしまった。

「ハル!?」

転けた痛みよりも頭が痛い。割れる。たまらず頭を抱える。声も出ない。脂汗しか出ない。

「ど、どうしよう……!まだ追っ手も……」
「う、ぐ」
「っっ!ごめん!」

ランディは私を抱えると、すぐ近くにあったゴミ箱の中に隠れた。真っ暗で生ゴミ臭い、その臭いですら、頭を刺激する。

私は、知っている、これを。

ざざっ、ざざっと頭の中にノイズが走る。

ーー「いいですか、絶対に、今から外でどんなことが起きても、出てきてはいけません。大丈夫ですよ、あなたはいつか……」

誰だっけ、この声。

でも、見たことが、ある。

凛とした女の人のーー。

ーー「自由になるのです」

ぷちゅんと何かが切れた。

「っは……うえ」

パッと目を開けるとそこは真っ暗闇。生ゴミの強烈な匂いで吐きそうになった。

「静かに」

そうは言っても絶叫しながら逃げたいほど吐くほど臭い。でも逃亡中の理由を思い出して鼻を塞いだ。口呼吸の方がマシだ。嗅覚が死んでしまう。

早く出たい一心で耳を澄ます。鼻も臭いに慣れてきた頃、騒がしかった外も静かになった。用心に越したことはないからと、それからしばらく待って、ようやくゴミ箱のフタを開けた。

「もう誰も居ないよ」

ランディが出たあとに私が出る。ゴミ箱から出たというのに視界は暗い。隠れてる間に日が落ちたようだ。

「これはまずい、本当にまずい、まずい、真剣にまずい」
「かなりまずいね」

ランディの顔色は伺えないけど、きっと真っ青に違いない。さっきから「まずい」と言う声が震えてる。私も約束を破ったことの罪悪感が今頃出てきた。

でも、時を戻せるわけもなければ今日をなかったことに出来るはずもない。誠心誠意謝る道しか残されてない。分かっちゃいるけど、これからのことを考えると帰りたくない。

帰り道は二人とも終始無言で、握りあった手は汗まみれ。森の奥へと進めば進むほどうっすらと額に汗もかいてきた。

「あ」

松明の明かりが目に飛び込んできた。お家の門にジョージがいる。ランディは覚悟を決めたのか真っ直ぐに前を向き、口をぎゅっと結んでた。

私は誠心誠意謝れば許してくれるだろうと思ってた。二人でいっぱい謝ったら許してくれるって。どうやらその考えは甘かったようだ。

「ランディ、貴様っ!」

門についたら、ジョージはランディの胸ぐらを掴んで吠えた。初めて見る怒りに私の尻尾が足の間を通ってお腹に張り付いた。

「自分が何をしたか分かってるのか!」
「……何人かにバレただけだろ!?」

謝るどころか歯向かうとは思ってもみなくて、でも怒りに満ちた二人の間に入るのも怖くて耳を塞いだ。

「町の混乱を静める、その意味を分かってるのか!お前のせいで何人の犠牲が出たと思っているっ!」
「知らないね!ハルの幸せに比べたらそんなのどうでもいい!」
「何も知らん子どもがこの子の幸せを語るんじゃない!この子にとって今が幸せなんだ!」
「それは父さんがそう思ってるだけだ!ずっとおかしいと思ってた。これが幸せだなんて……こんなの間違ってる!」

耳を塞いだ手に重なるランディの手。目を開けると、怒りとは程遠いほどの柔らかい笑みを私に向けてた。

「今日は楽しかっただろ?もっと色んなことを見たいと、知りたいと思うだろ?この家だけがすべてなんて、この家から出られない、そんな人生は嫌だろう?」

外も楽しかった。家も好き。それが正直な気持ちだけど、ランディの求めてる答えと違うんだと思う。

「父さんは間違ってる、そうだろう。そうじゃなきゃ……、そうでなくちゃ……きみは、ずっと……」

エメラルドグリーンの瞳から水が溢れた。

「何で泣くの?」

その質問の返事はなかった。

「家に、帰ろう」

ジョージは泣いてるランディの肩を持ち、私の手を取って歩きだした。

空を見上げたジョージが言った。

「……今夜は月が綺麗だな」

つられてランディも空を見上げた。

「……ほんとだ、月が綺麗だね」

私も月を見た。

「……もう死んでもいいわ」

二人が立ち止まった。

「それはどっちに対しての返事かね」
「父さんではないことは確かだね」
「いや、いやいや、分からんよ。今のは分からん」
「食い下がる辺りがマジで気色悪いロリコンオヤジ」
「最近は反抗期かな、ランディくん。やめたまえ、反抗期は黒歴史だぞ」
「猫耳っ子にデレデレしてあわよくばを狙ってる辺りがすでに真っ黒黒の黒歴史だよ、気色悪いロリコンオヤジ」
「……やるか、クソガキ」
「……上等だよ、ロリコンオヤジ」

二人はなぜか取っ組み合いを始めた。さっきのモヤモヤもあるんだろう、いつもより派手に絡み合ってるから、邪魔するのもなんだし放置してお風呂に入った。

「あの子はわたしが見つけたわたしの猫なんだぞ!」
「あの子に誕生日と名前を与えたのはぼくだよ!だからぼくの猫に決まってる!」

お風呂から上がったあともずーーーっと取っ組み合いをしていた。

私は思った。

外がいいとか家がいいとか、私の幸せの定義とか、ほんとどうでもよくて、それよりもまずは……

「わたしの猫だ!」
「ぼくの猫だ!」

猫に呪われたこの家をどうにかするべきじゃないのかと、私は思う。

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