6 / 55
1章 長い長いプロローグ(後編)
これが好き
しおりを挟む
今さらだけど、ウエストリッヂ家にお母さんはいない。私がお母さんと呼ぶのも変だけど、ジョージの嫁でありランディのお母さんは、お猫様がここに来る前に亡くなったと聞かされた。
基本的にお母さんが花壇を手入れしていたらしく、お猫様が来る少し前に、再び花壇の手入れを始めたと、土を弄りながらジョージが語ってくれた。
「野道に咲くような小さな花のような女だったよ。そのくせ根っこは太いから私もたじたじだった。よく怒られたもんさ」
お母さんについて教えてくれたジョージの顔は寂しそうに見えた。何て言えば分かんなくて、でも知らん顔も出来ない。絞り出せた言葉は「そっか」だけ。
ジョージは草を抜きながら話を続けた。
「お猫様を紹介したかった。きっと喜んでくれただろう」
「ネコ好きなの?」
「大のネコ好きだな」
「それはそれで厳しいママになりそうだから勘弁かも。怒られるの嫌だし」
「あっはっは!あいつのことだ、きっと厳しく育てるだろうな!」
何にも面白くないのにおっきな声で笑うジョージに釣られるように笑う。寂しいよりもそっちの方が嬉しいから。
「ここはジョージの宝物なんだね」
「そうだな、あいつが残してくれた宝物の一つだ」
「じゃあ私も一緒にここも守る!毎日水やりして草取りするね!お花を枯らさないように一生懸命」
まだ喋ってる途中だけど、ジョージの大きな手が頭に乗った。
「ありがとう」
それから水やりと草取りは私の日課になった。お花の植え替えとかよく分かんないからジョージに教えてもらいながら一緒にやっている。
今日も陽が昇りかけた頃に起きて、じょうろを使って花壇に水をまく。朝日に照らされた水滴が反射して、色とりどりの花が輝く。花の匂いが体を包む。花の命、これを見て感じるのが大好きだ。
起きてきたジョージがキッチンから顔を出すと「おはよう」とお互いに挨拶。水やりと草取りが終われば、土汚れを落としてジョージが作ってくれた朝ごはんを食べる。
少し遅れてランディが起きてくる。ぶつくさ言ってるジョージを適当にあしらいながらご飯を済ませる。
何てことない、いつもの毎日。
でも、これが好き。
朝ごはんが終わると、次はジョージの書斎にこもる時間だ。ランディはセンセーとベンキョーをしなくちゃだから、一旦屋敷へ帰っている。
ベンキョーが何か知らないし興味ないからどうでもいいけど、遊び相手がいないとつまらない時間なわけで。
だから暇潰しに、書斎の棚にある本を捲っては、載ってある絵を頼りにどんなお話かを考える。
今日は新しい本を渡された。それをソファーで見ていたら、男の人と女の人が唇を引っ付けあってる絵があった。
この前、ランディとしたことと同じ。
ランディの唇と……
ドキドキして、心がぎゅうってなって、思わず本を閉じた。心なしか体も暑い。これは良くない本だ。有害図書ってやつだ。
「お猫様、どうしたんだい?」
「この本、やだ」
「どうして?」
「変な絵が載ってる」
「変な絵?どれどれ見せてごらん」
良くない本を持って、デスクで仕事をしているジョージの邪魔をしようと、いつものように乗っかろうとしたら、お膝の上に座るように言われた。断る理由もないからジョージに背を向けて座る。滑らないようにお腹に回された手の大きさに、何かひどく安心した。
「どの絵かな」
「これ」
その絵を見せるとジョージは「ぷっ」と鼻で笑った。
「これはこれは……お猫様も一応女の子なんだね」
「一応じゃなくて女の子だよ」
「そうかそうか、キスシーンを見て照れていたのだね。ああ、何という可愛さだ。可愛すぎて食べてしまいたいよ」
ジョージがあむっとほっぺたを食べた。
「へへ、食べられた!」
「マシュマロみたいにおいしいな。どれ、もう一回味見をしてやろう」
「きゃーっ、気色悪いオヤジに食べられちゃう!」
「……おやおやぁ、どこでそんな言葉を覚えたのかな」
「ランディが……」
瞬間、ポンッと頭から湯気が出たようだった。変な絵を見たせいで、あの時のことばっかり。
あれをきすっていうんだ。
「キスは好きな人とするんだよ」
「すきな人?」
よく分からなくて首を傾げた。
「お猫様はわたしのことが好きかい?」
「うん、ジョージは?」
「わたしも好きだよ。こうやって食べちゃうくらい」
またほっぺたを食べてきた。でもキスはキスでもランディのときと全然違う。嬉しいのは同じ、でも心がぎゅうってならない。
「唇のキスは、もっと好きな人とするんだよ」
「もっとすきな人?」
「そう。唇にキスをしてもいいと思える人だよ」
何となくジョージの言わんことが分かる気がする。誰でもないランディだから、あのときキスをしたいと思った。
【唇にキス】は特別の証。
私はランディが……
「おーい、お猫様ー!」
外からランディの声がして、すぐに窓に駆け寄って外を覗いた。
色とりどりの花が咲く花壇の前で、ランディが大きく手を振っている。
ああ、毎日見てるのに……
「ただいまー!一緒に遊ぼう!」
やっぱり私は、これが好き。
基本的にお母さんが花壇を手入れしていたらしく、お猫様が来る少し前に、再び花壇の手入れを始めたと、土を弄りながらジョージが語ってくれた。
「野道に咲くような小さな花のような女だったよ。そのくせ根っこは太いから私もたじたじだった。よく怒られたもんさ」
お母さんについて教えてくれたジョージの顔は寂しそうに見えた。何て言えば分かんなくて、でも知らん顔も出来ない。絞り出せた言葉は「そっか」だけ。
ジョージは草を抜きながら話を続けた。
「お猫様を紹介したかった。きっと喜んでくれただろう」
「ネコ好きなの?」
「大のネコ好きだな」
「それはそれで厳しいママになりそうだから勘弁かも。怒られるの嫌だし」
「あっはっは!あいつのことだ、きっと厳しく育てるだろうな!」
何にも面白くないのにおっきな声で笑うジョージに釣られるように笑う。寂しいよりもそっちの方が嬉しいから。
「ここはジョージの宝物なんだね」
「そうだな、あいつが残してくれた宝物の一つだ」
「じゃあ私も一緒にここも守る!毎日水やりして草取りするね!お花を枯らさないように一生懸命」
まだ喋ってる途中だけど、ジョージの大きな手が頭に乗った。
「ありがとう」
それから水やりと草取りは私の日課になった。お花の植え替えとかよく分かんないからジョージに教えてもらいながら一緒にやっている。
今日も陽が昇りかけた頃に起きて、じょうろを使って花壇に水をまく。朝日に照らされた水滴が反射して、色とりどりの花が輝く。花の匂いが体を包む。花の命、これを見て感じるのが大好きだ。
起きてきたジョージがキッチンから顔を出すと「おはよう」とお互いに挨拶。水やりと草取りが終われば、土汚れを落としてジョージが作ってくれた朝ごはんを食べる。
少し遅れてランディが起きてくる。ぶつくさ言ってるジョージを適当にあしらいながらご飯を済ませる。
何てことない、いつもの毎日。
でも、これが好き。
朝ごはんが終わると、次はジョージの書斎にこもる時間だ。ランディはセンセーとベンキョーをしなくちゃだから、一旦屋敷へ帰っている。
ベンキョーが何か知らないし興味ないからどうでもいいけど、遊び相手がいないとつまらない時間なわけで。
だから暇潰しに、書斎の棚にある本を捲っては、載ってある絵を頼りにどんなお話かを考える。
今日は新しい本を渡された。それをソファーで見ていたら、男の人と女の人が唇を引っ付けあってる絵があった。
この前、ランディとしたことと同じ。
ランディの唇と……
ドキドキして、心がぎゅうってなって、思わず本を閉じた。心なしか体も暑い。これは良くない本だ。有害図書ってやつだ。
「お猫様、どうしたんだい?」
「この本、やだ」
「どうして?」
「変な絵が載ってる」
「変な絵?どれどれ見せてごらん」
良くない本を持って、デスクで仕事をしているジョージの邪魔をしようと、いつものように乗っかろうとしたら、お膝の上に座るように言われた。断る理由もないからジョージに背を向けて座る。滑らないようにお腹に回された手の大きさに、何かひどく安心した。
「どの絵かな」
「これ」
その絵を見せるとジョージは「ぷっ」と鼻で笑った。
「これはこれは……お猫様も一応女の子なんだね」
「一応じゃなくて女の子だよ」
「そうかそうか、キスシーンを見て照れていたのだね。ああ、何という可愛さだ。可愛すぎて食べてしまいたいよ」
ジョージがあむっとほっぺたを食べた。
「へへ、食べられた!」
「マシュマロみたいにおいしいな。どれ、もう一回味見をしてやろう」
「きゃーっ、気色悪いオヤジに食べられちゃう!」
「……おやおやぁ、どこでそんな言葉を覚えたのかな」
「ランディが……」
瞬間、ポンッと頭から湯気が出たようだった。変な絵を見たせいで、あの時のことばっかり。
あれをきすっていうんだ。
「キスは好きな人とするんだよ」
「すきな人?」
よく分からなくて首を傾げた。
「お猫様はわたしのことが好きかい?」
「うん、ジョージは?」
「わたしも好きだよ。こうやって食べちゃうくらい」
またほっぺたを食べてきた。でもキスはキスでもランディのときと全然違う。嬉しいのは同じ、でも心がぎゅうってならない。
「唇のキスは、もっと好きな人とするんだよ」
「もっとすきな人?」
「そう。唇にキスをしてもいいと思える人だよ」
何となくジョージの言わんことが分かる気がする。誰でもないランディだから、あのときキスをしたいと思った。
【唇にキス】は特別の証。
私はランディが……
「おーい、お猫様ー!」
外からランディの声がして、すぐに窓に駆け寄って外を覗いた。
色とりどりの花が咲く花壇の前で、ランディが大きく手を振っている。
ああ、毎日見てるのに……
「ただいまー!一緒に遊ぼう!」
やっぱり私は、これが好き。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
騎士団長の欲望に今日も犯される
シェルビビ
恋愛
ロレッタは小さい時から前世の記憶がある。元々伯爵令嬢だったが両親が投資話で大失敗し、没落してしまったため今は平民。前世の知識を使ってお金持ちになった結果、一家離散してしまったため前世の知識を使うことをしないと決意した。
就職先は騎士団内の治癒師でいい環境だったが、ルキウスが男に襲われそうになっている時に助けた結果纏わりつかれてうんざりする日々。
ある日、お地蔵様にお願いをした結果ルキウスが全裸に見えてしまった。
しかし、二日目にルキウスが分身して周囲から見えない分身にエッチな事をされる日々が始まった。
無視すればいつかは収まると思っていたが、分身は見えていないと分かると行動が大胆になっていく。
文章を付け足しています。すいません
悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~
一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、
快楽漬けの日々を過ごすことになる!
そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!?
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
腹黒王子は、食べ頃を待っている
月密
恋愛
侯爵令嬢のアリシア・ヴェルネがまだ五歳の時、自国の王太子であるリーンハルトと出会った。そしてその僅か一秒後ーー彼から跪かれ結婚を申し込まれる。幼いアリシアは思わず頷いてしまい、それから十三年間彼からの溺愛ならぬ執愛が止まらない。「ハンカチを拾って頂いただけなんです!」それなのに浮気だと言われてしまいーー「悪い子にはお仕置きをしないとね」また今日も彼から淫らなお仕置きをされてーー……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる