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1章 長い長いプロローグ(後編)

これが好き

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今さらだけど、ウエストリッヂ家にお母さんはいない。私がお母さんと呼ぶのも変だけど、ジョージの嫁でありランディのお母さんは、お猫様がここに来る前に亡くなったと聞かされた。

基本的にお母さんが花壇を手入れしていたらしく、お猫様が来る少し前に、再び花壇の手入れを始めたと、土を弄りながらジョージが語ってくれた。

「野道に咲くような小さな花のような女だったよ。そのくせ根っこは太いから私もたじたじだった。よく怒られたもんさ」

お母さんについて教えてくれたジョージの顔は寂しそうに見えた。何て言えば分かんなくて、でも知らん顔も出来ない。絞り出せた言葉は「そっか」だけ。

ジョージは草を抜きながら話を続けた。

「お猫様を紹介したかった。きっと喜んでくれただろう」
「ネコ好きなの?」
「大のネコ好きだな」
「それはそれで厳しいママになりそうだから勘弁かも。怒られるの嫌だし」
「あっはっは!あいつのことだ、きっと厳しく育てるだろうな!」

何にも面白くないのにおっきな声で笑うジョージに釣られるように笑う。寂しいよりもそっちの方が嬉しいから。

「ここはジョージの宝物なんだね」
「そうだな、あいつが残してくれた宝物の一つだ」
「じゃあ私も一緒にここも守る!毎日水やりして草取りするね!お花を枯らさないように一生懸命」

まだ喋ってる途中だけど、ジョージの大きな手が頭に乗った。

「ありがとう」

それから水やりと草取りは私の日課になった。お花の植え替えとかよく分かんないからジョージに教えてもらいながら一緒にやっている。

今日も陽が昇りかけた頃に起きて、じょうろを使って花壇に水をまく。朝日に照らされた水滴が反射して、色とりどりの花が輝く。花の匂いが体を包む。花の命、これを見て感じるのが大好きだ。

起きてきたジョージがキッチンから顔を出すと「おはよう」とお互いに挨拶。水やりと草取りが終われば、土汚れを落としてジョージが作ってくれた朝ごはんを食べる。

少し遅れてランディが起きてくる。ぶつくさ言ってるジョージを適当にあしらいながらご飯を済ませる。

何てことない、いつもの毎日。

でも、これが好き。

朝ごはんが終わると、次はジョージの書斎にこもる時間だ。ランディはセンセーとベンキョーをしなくちゃだから、一旦屋敷へ帰っている。

ベンキョーが何か知らないし興味ないからどうでもいいけど、遊び相手がいないとつまらない時間なわけで。

だから暇潰しに、書斎の棚にある本を捲っては、載ってある絵を頼りにどんなお話かを考える。

今日は新しい本を渡された。それをソファーで見ていたら、男の人と女の人が唇を引っ付けあってる絵があった。

この前、ランディとしたことと同じ。

ランディの唇と……

ドキドキして、心がぎゅうってなって、思わず本を閉じた。心なしか体も暑い。これは良くない本だ。有害図書ってやつだ。

「お猫様、どうしたんだい?」
「この本、やだ」
「どうして?」
「変な絵が載ってる」
「変な絵?どれどれ見せてごらん」

良くない本を持って、デスクで仕事をしているジョージの邪魔をしようと、いつものように乗っかろうとしたら、お膝の上に座るように言われた。断る理由もないからジョージに背を向けて座る。滑らないようにお腹に回された手の大きさに、何かひどく安心した。

「どの絵かな」
「これ」

その絵を見せるとジョージは「ぷっ」と鼻で笑った。

「これはこれは……お猫様も一応女の子なんだね」
「一応じゃなくて女の子だよ」
「そうかそうか、キスシーンを見て照れていたのだね。ああ、何という可愛さだ。可愛すぎて食べてしまいたいよ」

ジョージがあむっとほっぺたを食べた。

「へへ、食べられた!」
「マシュマロみたいにおいしいな。どれ、もう一回味見をしてやろう」
「きゃーっ、気色悪いオヤジに食べられちゃう!」
「……おやおやぁ、どこでそんな言葉を覚えたのかな」
「ランディが……」

瞬間、ポンッと頭から湯気が出たようだった。変な絵を見たせいで、あの時のことばっかり。

あれをきすっていうんだ。

「キスは好きな人とするんだよ」
「すきな人?」

よく分からなくて首を傾げた。

「お猫様はわたしのことが好きかい?」
「うん、ジョージは?」
「わたしも好きだよ。こうやって食べちゃうくらい」

またほっぺたを食べてきた。でもキスはキスでもランディのときと全然違う。嬉しいのは同じ、でも心がぎゅうってならない。

「唇のキスは、もっと好きな人とするんだよ」
「もっとすきな人?」
「そう。唇にキスをしてもいいと思える人だよ」

何となくジョージの言わんことが分かる気がする。誰でもないランディだから、あのときキスをしたいと思った。

【唇にキス】は特別の証。

私はランディが……

「おーい、お猫様ー!」

外からランディの声がして、すぐに窓に駆け寄って外を覗いた。

色とりどりの花が咲く花壇の前で、ランディが大きく手を振っている。

ああ、毎日見てるのに……

「ただいまー!一緒に遊ぼう!」

やっぱり私は、これが好き。


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