異世界少女は仮想世界で夢を見る

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11.異世界少女は森の中

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 ガサガサと草を足でよけながら、森の中を歩く。
 ここはサードの街を囲む森の中。森とはいっても、木々に光を遮られた暗い森かというと、少し違う。
 木は森らしい密度で生えてはいるものの、上にはあまり葉がなく、日の光は十分に差し込んでいる。明るいことで、地面には草も多い。

 だが、明るくても、ここが森の中である事実を忘れるわけにはいかない。
 森の中は歩き難い。足元の草、地面から飛び出している木の根。草は絡みつき天然のトラップとなり、木の根のせいで地面は平ではない。
 そして、足元だけを気にかければ、木の上から攻撃が降ってくる。

「キキッ」

 その鳴き声が聞こえたら戦闘開始だ。すぐに声のほうを振り向き、飛んでくる青柿をつかみ取る。

『レッドボトック。赤い尻をした猿。木の上から青柿を投げてくる。一説によるとその体の一部は料理の材料になるとも、強力なエンチャントの材料になるとも言われている』

 猿だ。

 手にした青柿をアイテムボックスに仕舞い込み、剣を抜く。猿は大体の場合、青柿を一つ投げたあとは、木から飛び降りて襲いかかってくる。
 青柿が飛んできた方向に走りながら見上げれば、木から飛び降りてくる猿の姿が見える。
 ギリギリのタイミングで、飛び降りる猿の元へ走り込む。
 土に足をつける寸前に、剣で猿を切り捨てれば戦いは終わりだ。

 ドロップした渋柿をアイテムボックスに入れて立ち上がる。
 残念ながらドロップはハズレ。甘柿なら料理の材料になるが、渋柿は捨て値でNPC行きだ。それに、渋柿よりも甘柿よりも、猿に投げ付けられた青柿のほうが高く売れる。

 この森でエンカウントする魔物は、猿か木の二択だ。

『ユース・トレント。樹木系の魔物、普段は動かないため木のように見えるが、近づくと蔦を飛ばして拘束した上で、枝で攻撃される。木材としては高級。別名、森の守護者』

 木のほうは、木らしくその場から動かない。近づかなければ攻撃されることもないから、実質は猿一択だ。だがそれでいい。猿は強さの割にレアドロップがおいしい。
 青柿もその一つだ。
 倒した時のドロップアイテムとは違って、猿が投げ付けてきたものを手で受け止めることでだけ手に入る。青柿はポーションの材料の材料になるため、プレイヤー相手に高く売れる。そしてもう一つ、こちらのほうが本命だが、青柿は持っているだけでも効果がある。

「キキッ」

 また猿の声が聞こえて戦いが始まる。

 続けて数匹の猿を倒しても、青柿以外のレアドロップは早々でない。
 だが、青柿を集めるだけでレアドロップの可能性は上がっていく。
 それが青柿のもう一つの使い道。持っている数が多ければ多いほど、レアな猿の出現率があがる。そしてレアな猿は色が違うだけで、強さも戦い方も変わらないのに、レアドロップを落とす確率が高い、らしい。さすがに、確率が分かるほどは戦っていないから、攻略サイトの受け売りだ。

「ふぅ」

 一息ついて、サードの街に戻る。
 長時間、森の中で投げ付けられる青柿を警戒するのはキツい。
 ファースト周辺と違って、この森の魔物はアクティブばかりだ。一カ所から動かなくても、いつの間にか近寄ってきた猿が青柿を投げ付けてくる。休憩には街の中に戻るのが一番だ。

 休憩ついでに、プレイヤーが開いている屋台を冷やかしに行く。
 冷やかしに行くだけで、まだ青柿を売ったりはしない。

 ほとんどは見本と値段があるだけの無人販売だ。残りの少しの屋台では料理人が料理をしていたり、薬師がポーションを作っていたりする。
 今日は買うつもりも売るつもりもないが、ミドルHPポーションの値段くらいは確認しておきたい。青柿が材料になるポーションだ。もし高騰しているようなら、青柿を売ることも考えなければいけない。

 だらだらと屋台区画を歩きながら売っているものを見る。
 無人の屋台ならば、鑑定すれば見本の映像と値段が分かる。屋台の奥でプレイヤーが作っている途中だと、わざわざ聞きにいかなければ、何を売っているのか分からない。
 まだ屋台の商品として登録していないからだ。
 料理人の中には、わざと登録せずに、自分で売るロールプレイを楽しんでいる人もいる。
 だが、個人的には売っているものを聞いておいて、買いませんというのも気が引ける。自然と無人店舗から買うことが多い。

 屋台の品物は消耗品が多い。つまり料理とポーションの屋台だ。半分じゃきかないくらいにある。残りのほんの少しが剣や鎧の装備、そして製造で作られる材料。
 薬師や料理人は、ドロップ品を加工すれば品物が完成するらしい。
 他の、例えば剣に特殊効果を点けるには、ポーションを材料として使うこともあるらしい。薬師が作ったポーションを鍛冶師が使ったり、符術師が使ったり。
 広い意味ではこれらも消耗品ではあるのだろう。
 ただ、屋台に「薄緑色の粘液」が置いてあっても、自分にはそれが何に使われる物なのか分からない。

 屋台区画には、売る側と同じくらいに、買いにきたプレイヤーもいる。
 最前線どころか、初心者側に近いこの街にいるプレイヤーは、ほとんどが店売りの装備を身に着けている。
 だからあまり珍しい恰好の人はいない。みんなどこか似たり寄ったりで、装備を見れば、大体どんなスキルを持っているのか分かる。

 少し分かりにくいのは、ローブ姿のプレイヤーだ。
 ファンタジー世界でローブは魔法使いのことが多い。このゲームでは、ローブは服の上から羽織るフード付きマントのことを示す。だから魔法使いじゃなくても構わないし、怪盗や暗殺者のプレイヤーがロールプレイの一環として被っていることもある。
 それでもローブ上からでも、盗賊か魔法使いか、多少の予想はつく。

 例えば、前から歩いてきたローブ姿。
 フードを被っていて顔が見ずらい。赤い瞳に、金色の髪。少しだけ見えるその顔はいつか見たアンティークの西洋人形のようだ。
 体をすっぽりと覆ったローブ。その背中や腰のあたりにも目立った凹凸はない。それはつまり、剣や槌を持ってはいないということ。
 装備している武器や防具はアイテムボックスに入らない。入れるのは一度装備を解除する必要がある。大抵のプレイヤーはそんな手間をかけずに街の中でも武器を持ったまま歩く。
 フード以外には、兜はないようだ。
 であれば、彼女は魔法使いの可能性が高い。

 一瞬、赤い瞳がこちらに向いた気がして、慌てて視線をそらす。
 屋台を見ているふりをしながら通りすぎる。やましいことは何もないけれど。
 目をそらした先の屋台には剣が置いてあった。自分が今使っている短めの剣と同じくらいのサイズ、でもちょっとだけ攻撃力が高い。
 それもそうだ。自分の剣は店売りの品で、プレイヤーが作るような特殊効果はついていない。ただ、この店の剣も攻撃力が少し高くなっているだけで、他の効果はないようだ。

 値段は。無理をすれば買えないことはない。
 例えば、手持ちの青柿を全部売り払うとか。
 選択肢にはならないけれど。
 それに猿を狩ってるだけなら今の剣でも十分だ。なんとかレアドロップを手に入れて、もっと特殊効果の多い武器を買いたい。
 だから、今は買う時じゃない。

 そう自分に言い聞かせて、振り向くと赤い瞳があった。

「ひぅっ」

 つ、と逸らされていく赤い瞳。
 さっき見ていたことで何か言われるのかと思ったら、そんなことはなかった。彼女は一言も発することもなく離れていく。

「び、びっくりしたぁ」

 休憩に来たはずなのに心臓がバクバクする。
 休憩の気分ではなくなった。いや、本当にやましいことは何もない。ただ見てただけだし、屋台区画で見かけただけで、ストーカーでもない。だから大丈夫だ。
 彼女とは別の方向へ足早に進み、サードの街を出て狩りに戻る。

「キキッ」

 その声が聞こえたら戦闘の合図だ。
 青柿をなんとか手で受け止めて、剣を抜く。
 何度も戦いを繰り返せば、バクバクしていた心臓も落ち着き、いつもどおりに戦えるようになる。

「もうすぐ百個か」

 集めた青柿の数だ。攻略サイトによると、百個以上は持っていてもレア猿の遭遇確率は変わらないという。
 それなら百個を超えた分は売ってしまってもいいだろうか。でも、貯めておいて一度に大金を手にするというのもやってみたい。
 そんなことを考えながら狩りを続ける。

「キキッ」

 声がしたほうを振り向くが、その時に限っては青柿が飛んで来なかった。
 そんなときの理由は一つだ。別のプレイヤーが猿に襲われている。
 少し移動しながら探せば、木の影になっていたローブ姿が見える。
 なぜか武器で攻撃もせず、魔法も打たずに猿の首を掴んでいる姿が見えた。

「あっ」

 思わず声を上げる。
 猿の毛色が赤い。レア猿だ。うらやましい。

 声を上げたところで、ローブ姿の人がこちらを向く。
 赤い瞳に刺される。
 心臓がどきどきする。
 屋台区画で見かけた少女だ。

 まさか追いかけてきた? そんなはずはないと、自分ですぐに否定する。
 屋台区画からは別の方向に出たし、サードの街に居た以上は、この森で狩りをしていてもおかしくはない。こんな美少女に追いかけられたなんて、自意識過剰にもほどがある。
 じゃあストーカーだと思われた? それこそ無罪だ。サードの街にいて周囲の森を狩場にしていないのは、職人のプレイヤーか、たまたま街を通りすぎただけのプレイヤーだ。

 彼女はこちらを見つめたまま猿の首を握りつぶした。
 落ちるのは『猿の手』。
 彼女はそれを持って近づいてくる。
 赤い瞳から目が離せない。

「これは?」

 猿のレアドロップだ。自分が欲しいと思っていたもの、エンチャント素材の一つ。とても高く売れる。

「欲しい?」

 それは欲しい。欲しいにきまってる。それが欲しくてこの森で狩りをしていたんだ。『猿の手』一つで、さっき屋台で見かけた剣を買ってもおつりがくる。
 でも、レア猿は彼女が倒してしまった。ドロップ権は彼女にある。自分のものじゃない。

「欲しい?」

 赤い瞳が見える。赤い。ただ、赤い瞳が。


 気づけば街の広場だった。
 見覚えはある、サードの街だ。そしてどの街でも広場はリスボーン地点になっている。

「死んだ?」

 ひとり呟いてみる。
 気付いたらリスボーン地点にいるなんて、死んだとしか思えないけど、死んだ記憶はない。
 赤い瞳。
 なんでここにいるんだろう。
 気づかない間に青柿の直撃でも受けたんだろうか。

「疲れてるのかな」

 その日は、すぐにログアウトすることにした。

 アイテムボックスの中に「猿の手」を見つけたのは、次にログインした時だった。
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