ある魔法都市の日常

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病院の綾小路さん3

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 どこにでもある午前中。誰もが自分の仕事をやっと思い出したかのように、日常へと帰る頃。
 待合室を横目に、職員用のドアから奥へ入る。患者さんが入るドアは隣、そちらのドアは開けてすぐに診察室につながっている。職員用のドアは、その裏口のようなものだ。入ると診察室とは目隠しのカーテンで仕切られた準備室がある。

 準備室には、診察中に使う器具やカルテが置いてある。そして必ず看護師が詰めている。
 医師の指示の元、患者のカルテを用意したり器具を用意したりと、医師のサポートをするためだ。

「どうしたの?」

 同僚の看護師が、小声で訪ねてくる。医師からの指示を聞き逃さないように、ここでの無駄話はご法度だ。
 だから私は、手に持つ容器を軽く振ることで答える。
 持ってくるのはまだ数回だけでも、契約したことは病院中に知られている。それは多分、小森さんが周りに言いふらしたせいだ。

「少し待ってね」

 診察の途中なのだろう、診察室からは患者に説明する声が聞こえる。
 患者のいる所へ乱入するほどの急ぐ用事でもないから、待つのは勿論構わない。
 手持ち無沙汰に、なんとなく手元に目が行く。
 容器と一緒に持ってきた書類。そこには血液提供を示す見慣れた文面に、私のサインが書かれている。提供者の欄に書かれた私の名前のすぐ下、受給者の欄は空白だ。

 容器を渡し、この書類にサインをもらえば用事はお仕舞い。
 普通は容器と書類をセットにして受給者宅へ送るか、受給者に病院まで取りに来てもらう。綾小路先生も、自分で取りにくればいい。この病院に勤めている医師なのだから、昼休みでも帰りにでも、いくらでも取りに来る余裕はあるはずだ。
 それなのに、わざわざ私が届けに来ているのも、小森さんの仕業だ。

 いつも採血をするのも小森さんだし、終わったところで書類と一緒に追い出してくるのも小森さんだ。
 そのせいで、毎回、私が血液を届けに行くことになってしまっている。

「終わったよ」

 診察室を覗き込んでいた看護師が、そう言って手招きをする。
 容器と書類を持ち直し、仕事の顔で診察室に入る。
 そこでは綾小路先生が真面目な顔でカルテに何か書き込んでいた。今の患者のカルテだろう。診察結果なのか所感なのか、それとも出す薬を記載しているのか。カルテに書かれる内容は驚くほど多い。

 やがて書き終わったのか、綾小路先生は顔を上げてカルテを看護師に渡す、ところで私の存在にも気が付いた。
 私を目にした途端、いや、私の持つ容器を目にした途端、綾小路先生は真面目な顔から顔がゆるむ。普段の顔になる。この人は仕事以外ではのんびりとしていて、ちょっと鈍い。

「納品に来ました」

 そう言って血液の入った容器を渡して、続いて書類を……。

 ごくり。

「……なにしてるんですか」

 渡した途端に血液を飲み干してしまった綾小路先生を睨みつけて書類を掲げる。

「先に受領のサインです。この前もそうお願いしましたよね」
「あ」
「あ、じゃありません」

 目を逸らす吸血鬼の目の前に書類を押し付ける。

「先生ー、血の匂いが残るから診察室では飲まないで下さいって、この前も言いましたよねー」

 カルテを手に持った看護師から追撃が入った。
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