ある魔法都市の日常

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牧場の山浦さん5

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 晩飯の後片付けの後で、もう一度、家を出る。
 月の出ている晩は、とても明るい。
 家の前にある空き地もよく見える。
 母屋と厩舎の間にある空き地は、馬車を止めたり、食事の用意をしたりする場所だ。家の中にもかまどはあって、雨の日なんかはそこで作ることもある。でも、外で焼きながら食べるほうが好きだ。

 今日も晩飯はこの空き地だった。
 その時も既に日は落ちてしまっていて、玄関先に点けた明かりと、パンと野菜を焼く焚火の灯りでの食事だった。月が出ている日は、これくらいの灯りで十分に明るい。

 街では夜になると至る所に灯りが点く。家の中も、日が落ちると灯りをつけるって聞いた。
 うちの場合は、家の中で灯りを点けることは、あまりない。雨で真っ暗な日の晩飯くらい。だから、灯りも一つしかない。普段は台所にあって、晩飯の時に玄関に持ってきたり、雨の日に食堂に持っていったりするのが一つだけ。
 灯りの魔法道具に魔力を流すのは、僕の仕事だったけど、学校に通うようになってからは弟が点けることも増えてきた。

 今日の晩飯は、羊のエサの買い付けの時に、農家から貰って来た野菜だった。沢山あったから、もう何日かは野菜が続くはずだ。
 羊を潰した時は羊肉が続くし、野菜を貰うと野菜が続く。

 広場の適当なところで足を止めて、ゆっくりと集中する。
 体の中にあるモヤモヤした何かをグッと持ち上げる。体の中を移動してきたソレは自然と顔に集まってくる。それが顔に集まってくるにつれて、いろんな臭いが存在していたことに気づく。
 晩飯だったパンや野菜の焼けた臭い。薪が燃えた臭い。家族の臭い。厩舎から漂ってくる羊の臭い。

 羊の臭いはもう一カ所、厩舎の裏手からも臭う。使い終わった寝藁を入れてある小屋。羊たちの糞なんかと一緒に発酵させて、農家に売りにいくやつ。お金になるから大事だとは言われてるけど、あれはとても臭い。
 一度、朝にあれを荷車に乗せる仕事をして、そのまま学校に行ったことがある。クラスの皆から臭い臭いと言われた。それから学校のある日は、あれには近寄りたくない。

「……はあ」

 少し気が逸れてしまって、モヤモヤしたのが散ってしまった。
 それと同時に、どんな臭いがあったのか分からなくなる。

「うーーーん」

 意識してモヤモヤを押し上げていないと、すぐに嗅覚強化は解けてしまう。
 学校の先生からは、狼獣人は日常的に使えるようになると言われた。でも、一生懸命に集中してないと使えないのは日常的なのかな。
 何度か嗅覚強化を試していると、段々、使うのも難しくなってくる。魔力が足りなくなってきたのか、体も少しだるい。

「おーい、そろそろ寝るぞ」
「あ、父さん」

 玄関から父さんが呼んでいた。
 うちは晩飯の後は割とすぐに寝るほうだ。いつもなら寝る時間になっても戻って来ないから、呼びに来たんだろう。
 疲れてきた所だしと、練習は終わりにして家に入る。

「何してたんだ?」
「魔法の練習」
「おー、あれは大変だよな」
「父さんも苦労した?」
「おお、したした。感覚的なもんだろ、あれは。昔は、何をどうすればいいのか分からなくてなあ」
「ふーん。そうなんだ。今は平気?」
「いや、今も苦手だな。街の中とか臭いがキツイだろ。どうもあれがな」
「そっか」

 父さんも嗅覚強化が苦手だと聞いて少し安心する。
 先生の言う日常的というのも、きっと先生が誰かからそう聞いただけで、全員がそうではないんだろう。きっと。
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