ある魔法都市の日常

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検査技師の柊さん3

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 朝、病院の事務室の一つでは朝礼が行われていた。
 事務室といっても、一般的な事務室とは少し違って、事務作業のためだけの部屋ではないの。事務机のほかにも、消耗品や検査器具が並んだ棚がある。だから正式名称は事務室ではないってだけだけど、正式には準備室という名前になってるわ。

 朝礼では、夜勤と日勤の間での申し渡しが行われるの。
 夕方から明け方にかけての夜勤の結果、どういう患者が来て、どういう処置を行ったということが申し渡しで告げられるの。そのときに、次の検査の予定とか、要注意な患者の有無も話しが出るわ。それはここが病院だからね、連絡もれで検査してませんなんて、命にかかわるかもしれないもの。
 朝礼が終わると日勤の人たちは仕事を始め、夜勤の人たちは帰り支度を始めるわ。

「検査室行ってきます」
「はーい」

 朝礼後すぐに、準備室を出て行くのはひいらぎさんね。
 あのは検査技師の後輩の一人。仕事はキチンとしている娘だけれど、たまに変な言葉が出るわ。「ふざけんな」とか「この野郎」とか、ひとり言で相手はだいたい検査装置。装置相手だから、誰かと喧嘩になるわけでもないけど、ふとした時に聞こえてくるとビックリしてしまう。

 日勤の時に、朝一番に検査室に行くのは、あの娘のクセみたいなものよね。
 以前に一度、夜勤の人が器具の洗い忘れをして、そのせいで検査器具が足りなくなってしまったことがあったの。それからあの娘は、まず始めに検査室の確認をするようになったわ。
 何年前からだったかしら。
 几帳面なのは良いのだけれど、もう少し仕事以外にも気を使ったほうがいいと思うわ。

 だって、そろそろ結婚する年齢でしょう。
 それなのに、この職場は日勤と夜勤とが交代で、休みの日もまちまちだから、ちゃんと自分で理解してくれる人を探さないと。
 私は昔からの知り合いで、近所に住んでいたのが夫だったから、理解もあったし愚痴も言えたけど、それでもこの仕事を続けるのかと聞かれたことはあるわ。それも何度もね。

 今は、子供たちも学校に通う年齢になって、手が掛かる事は少なくなってきたけど、まだ赤ん坊だった頃なんて大変だったんだから。
 まだ若いうちなら無理も利くし、徹夜の一晩二晩は乗り越えられても、年を取ったらダメね。だからまだ若いうちに赤ん坊を育てないと、子供か仕事のどちらかを選ぶことになるわ。

「お届けものでーす」
「はーい、ありがと」

 いつもの配達人が、書類を届けてくれたわ。
 今日は、役所からの書類もあるのね。血の提供契約のよね。本当はあの娘の担当だけど、今は手が空いているわ。こっちで整理してしまいましょう。

 あら。この書類は、提供先が綾小路先生になってるわね。そういえば、綾小路先生への血の提供って、しばらく見た覚えがないわ。いつも激務で顔色が、いえ、あの顔色は種族的なものね。青白い顔をしているから勘違いしそうになるのよね。

 でも、そうね。綾小路先生へ提供してくれる人はどんな人かしら。あの先生も独身が長いわよね。そろそろ結婚すればいいのに。
 血の提供は、昔のイメージが残っているせいで、恋人関係に見られたりすることがあるのよね。医療関係者は当然、そんなことはないって知っているけど、まだ夫婦か恋人しか血を提供しないと勘違いしている人もいるわ。

 それだからか、結婚すると吸血鬼同士の夫婦でない限りは、結婚相手と血の契約も行うのが多いわね。吸血鬼の夫婦の場合には、相手も夫婦だったりとかね。説明をしても、本人だけじゃなく、家族まで含めて理解してくれる提供者を探すのは難しいから。
 あの先生もそろそろ結婚はしないのかしら。もしかして、契約者が恋人だったり……。

 あら。あらあらあら。書類の契約者名が柊さんになっているわね。
 あの娘も思い切ったわね。同じ職場の人に提供するなんて、ご家族に勘違いされないかしら。でも、そうね。あの二人なら丁度いいかもね。

「戻りました」

 あ、柊さんが戻ってきたわ。
 これはちょっとお話を聞いてみないとね。もし、そのつもりなら応援してあげなくちゃ。
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