ある魔法都市の日常

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魔力屋の山岸さん

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 何をするわけでもなく、ゴロンと寝返りをうつ。腕にハマったままの腕輪が邪魔だ。

 日はとっくに高く登っている。
 仕事に行くやつらはとっくに出掛けている時間だ。
 俺も数日前なら仕事に出掛けていた時間だ。日雇い仕事だが。

 一攫千金を目指して、他人の畑に踏み込み、衛兵に突き出された。
 この腕輪は罰金を払い終わるまで外れない、罪人の証だ。
 そればかりか、牢屋から出た翌日に、また牢屋で目が覚めた。そっちは何をしたわけじゃない。だからすぐに出られたし、罰金の追加もなかった。ただ怪しい行動を取るなと釘を刺されただけだ。

 この街はなんなんだ。
 畑に出れば気絶させらて、夜中に歩いては気絶させられる。
 納得出来ない気持ちで、もう一度ゴロンと寝返りをうつ。

 外から声が聞こえた。

「あにきぃ、魔力屋ですぜ」

 あばらと言ってはばからない俺の住処は、隙間だらけだ。外からの声もよく聞こえる。

 魔力屋か。
 魔力を買い集める魔力屋。集めた魔力は大店の店や、魔法生物に売るらしい。
 他人の魔力を金を出してまで集めるのは、イマイチ納得出来ない。故郷の村には魔力屋なんて居なかったからだ。それ以前に魔力を使うこともなかった。
 魔力屋がそう言ってたから、この街ではそうなんだろうが。

「兄貴、魔力屋が来てますぜ」

 今度はすぐ近くで。扉から顔を覗かせた男が声を掛けてくる。
 この街に来てから知り合った。よく日雇いの仕事先で顔を見ていた相手で、なんとなくつるむようになった。あいつは俺を兄貴と呼ぶが、兄代わりになったつもりはない。人手がいるときに声を掛けてるだけだ。

「ああ、わかったよ」

 面倒臭いと思いながらも身を起こす。
 正直なところ、魔力を売るのは好きじゃない。短時間で金になるのは分かっているが、同じ金ならまだ荷運びでもしたほうがマシだと思っている。今日はその荷運びすらやってないわけだが。

(今日の酒代くらいにはなるか)

 元より日雇いだ。蓄えなんて無いようなものだ。
 だらだらと歩いて家の外へ向かう。
 家と言っても狭いあばら家には寝床しかない。すぐに外に出る。

 外に出て、いつもの空き地に行く。
 広場なんて大層なものじゃない。古いだけのあばら家が並ぶこの一角で、崩れた家の跡がそのまま空き地になってるだけの場所だ。
 そこではいつものように年寄りたちが、魔石を握って魔力を注いでいる。

 近寄ると、いつもの腕が翼になっている魔力屋が魔石を渡してくる。
 思わず利き手で受け取って、しまったと思った。
 利き手には腕輪が付けられている。
 後ろから追いかけて来たあいつも同じだ。魔力屋に腕輪を付けた腕を見られた。

(別にどうってことじゃない)

 そう自分に言い聞かせながら魔石に魔力を込める。
 日雇いの仕事に行かなかったのも、この腕輪があるからだ。腕輪一つで雇うのを止められたらと思うと、いつもの仕事場には顔を出し難い。
 白く濁った石が魔力を注ぐ毎に、少しづつ淡い光を帯びる。同時に、倦怠感。体がだるくなって、頭痛がしてくる。

(気持ちわりい)

 先に来ていた年寄りたちが、淡く光る魔石を渡して、代わりに代金を貰っている。
 年寄りたちはどうってこともないように立ち去っていく。
 こっちはこんなに気分が悪いのに。
 体のどっかが悪い年寄り連中には、腕が動かない奴も、足を引きずっている奴も、腰が悪くて杖にすがって歩いてる奴もいるのに。そいつらはいつも通りの動きで立ち去っていく。

 いつの間にか、空き地には俺達二人と魔力屋の三人だけになる。

「毎度あり」

 あいつが魔石を渡して代金を受け取っている。

(くっそ、頭いてえ)

 こんなもんでいいだろうと魔石を魔力屋に渡す。入れた魔力が少ないと代金を値切られることがあるが、このくらい光ってれば大丈夫なはずだ。

「はい、お兄さんも毎度あり。若い人に入れてもらってありがたいね」

 とっとと立ち去ろうとしたところで、魔力屋に呼び止められた。

「ところでお二人さん。もうちょっとお金を稼ぐ気はあるかい?」
「し、仕事があるんですかい?」

 魔力屋の言葉にあいつが食い付く。
 馬鹿が、そんな聞き方したら足元を見られるだろが。

「勿論あるさ。うちは魔力屋だからね。魔力はいつでも買い取ってるよ」

 何か言いかけてあいつを押しやって俺が代わりに応える。

「そりゃいつもの通りってことかよ? わざわざ呼び止める話じゃねえだろ。何が言いたい」
「私がここに来るのは3日毎だろ。他の日にも魔力を売る気があるなら、カラの魔石をいくつか置いていくよ、って話さ」

 魔力を、か。この頭痛を毎日? 冗談じゃねえ。

「や、やる。やるよ」

 俺が何か言う前に、あいつが答える。
 あの野郎どういうつもりだ。

 睨みつけてやると、あいつはオドオドした態度で言葉を返してくる。

「でも兄貴。金、稼がないと」

 視線は腕輪、そんなことは分かってる、罰金を払うまでずっと腕輪はこのままだ。
 そして、払わないまま一年が経つと強制労働か、街からの追放だ。

「それに二人とも健康そうだ。魔力が増えたら良い仕事が見つかるかもしれないよ」

 どういう意味かと詳しく聞いてみたら、魔力とは使えば使うほど量が増えるものらしい。そして魔力を使って気分が悪くなったり、頭が痛くなるのは、魔力量が少ないからだいう。

「この街じゃ子供の頃から魔力を使わせて増やすんだがね。兄さんは村育ちかな。私もよく村に魔力の買い取りに行くんだがね。なぜだか、魔力を使うと体が成長しないなんて言ってる村が多くてね。不思議なものさね」

 魔力屋はそう言って、魔石をいくつか置いていった。
 頭が痛くなるほど無理をする必要はないから、3日後に溜まった分だけ買い取ると言って。
 ふざけんな、こちとら魔石一つで頭が痛くなるんだよ。

 くっそ。これで魔力が増えなかったら、ただじゃ置かねえからな。
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