ある魔法都市の日常

工事帽

文字の大きさ
上 下
22 / 91

メイドの細川さん

しおりを挟む
 明かりに照らされた部屋。
 中央には大きなテーブルが置かれ、その上だけが綺麗に片付けられている。
 それ以外は床の上と言わず、壁際のキャビネットと言わず、全ての場所に得体の知れないものが転がっている。いや、ほとんどのものは転がっているわけではなく、雑多にまとめられた箱や棚から飛び出て見えるというのが正しいか。
 片付ける気持ちはあっても、片付くほどには少なくない。
 それは決壊寸前の防波堤の上から顔を覗かせる波のように、多くのものが溢れていた。
 得体の知れない物の中には、ただの石にしか見えないものから、魔獣の牙らしきものもある。ある箱からは、人の手にしか見えないものが何本も飛び出している。
 そんな得体の知れない物に溢れた工房では、一人の男がひたすらに図面を注視していた。

 周囲のものなど目に入らないとばかりに、図面だけを一心に見続ける。その男のくすんだ金色の髪からは、僅かに尖った耳が覗く。
 顔の横に僅かに尖った耳。それは妖精属ようせいぞくと呼ばれるいくつかの種族の特徴だ。男は、妖精属の一つ、エルフであった。
 かつては森の民と呼ばれ、森の中に結界を張って隠れ住んでいた種族。今はどこにでもいる種族の一つ。この魔法都市でも雑多な種族の一つとして、普通に暮らしているだけの人である。

 カツン、カツン、カツン。

 遠くから、男のいる部屋に足音が近づく。

 カツン。

 部屋の前で足音が止まる。

 キィ。

 わずかな音を立てて扉が開く。男は図面を見たまま気づかない。

 カツン、カツン、カツン。

 足音が男のすぐ側まで迫る。男はまだ図面を見たままで動かない。

 パカンッ。

 軽快な音が響いて、男は机に突っ伏した。



「痛った。なにをする!」

 後頭部をさすりながら机から身を起こせば、隣にはいつの間にか、メイドのオートマタが立っていた。
 脛丈すねたけのエプロンドレス、私と同じくすんだ金髪の上にはホワイトブリム。顔の造形も私と同じエルフに近く作り込んであるため、初対面でオートマタと気づく者は少ない。

「食事ノ用意ガ出来ました。お父様」
「なら始めからそう言え、なぜ叩く!」
「お父様ハ耳ノ機能が劣化シテイマスので」
「私はまだ若い!」

 オートマタはこてりと首を傾げて不思議そうに見てくる。
 何十年も前に、初めて作ったオートマタだとは言え、この性格の悪さはどうにかならないものか。手直ししようとすると「お父様ハわたくしヲ黒歴史トシテ闇ニ葬り去ろうト言うのデスネ」とか言い出して拒否する。そのせいで、もう何年も簡単なメンテナンスしか出来ていない。
 しかも、屋敷の掃除を任せるつもりでメイドとして製造したはずが、なぜか私の娘を名乗っている。
 そのせいで、師匠はおろか兄弟弟子からも随分と揶揄からかわれたものだ。

「立てないホド老化ガ進行シマシタカ? トットト食堂マデお越しください」

 本当、こいつの言語回路はどうなっているんだ。全部バラして作り直したい。
 師匠から独立して個人で工房を構えた後は、料理や洗濯も含めた家事の全て任せて開発に没頭出来るかと思いきや、この言葉使いのせいで食材の買い出しなどは私の仕事になってしまった。

 カツン、カツン、カツン。

 言うだけ言って背を向けたオートマタを追いかけるように立ち上がる。
 幸いにも料理の機能については問題ない。毒舌に加えて毒料理となったら目も当てられないが、普通に食べれる料理を作ってくれる。どこから仕入れてきているのか、たまに新しい料理のレパートリーも増える。

ときニお父様」

 不意に立ち止まったオートマタの言葉に身構える。

「次ハ弟デスカ妹デスカ」

 そうだ。こいつは、自分を娘と言い張るだけでなく、新しく作られたものは全て弟妹ていまいだと言い張るのだ。
 確かに今さっきまで見ていたのは新しい設計図だが、弟でも妹でもない。

「今度作るのははガーゴイル型だ。男でも女でもないぞ」

 ソウデスカ、と言って歩き出したオートマタは、なんてことないように言葉を続ける。

「デハ妹ニしましょう」

 勝手に性別を付けるんじゃない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

処理中です...