ある魔法都市の日常

工事帽

文字の大きさ
上 下
17 / 91

酒場の尾華さん

しおりを挟む
 カランコロン。
 ベルが、扉が開くのに合わせて軽い音をたてる。
 扉の上側に取り付けられたベルは、飲食店にはよくあるものだ。客が入ってきたことを店員に知らせるためにつけられている。
 この酒場は特にベルも綺麗に磨き上げられている。音が軽いのはそのせいだろう。
 少し暗めの照明に彩られた、木のカウンター。周囲の壁も木の板が張り巡らされて落ち着いた雰囲気を作り出している。
 狭い店ではあるが、天井は高く、あまり圧迫感は感じない。

「あら、いらっしゃい」
「おう」

 この酒場は狭い。入るとすぐにカウンターがあって、そこには女主人である尾華さんが立っている。
 あまりに近すぎてベルは必要ないんじゃないかと思うくらいだ。
 店が狭いから、客だって十人も入れない。最も、店が一杯になっているところなんて見たこともない。特に、仕事が終わってすぐのこの時間は、まだ客は俺一人だ。

 カウンターの前に並べられた椅子の一つに腰かけ、カウンターの上に持ってきた袋を置く。
 カタンと音がして、何も言わずに置かれた皿。そこに袋からブドウの搾りかすを入れる。
 普通の酒場なら持ち込みは断られるところだ。なにせ食い物を持ち込まれたら、食い物が売れないからな。
 この店はうちのワイン工房から酒を下ろしていることもあって、ブドウの搾りかすだけは持ち込みを認めてもらっている。

 再びカタンと音がして、ワインが入ったコップが置かれる。
 毎日来てるからな、このあたりはいつも通りだ。カウンターに酒代を載せて、代わりにコップを手に取る。

 ゴクリ。
 一口。よく冷えたワインが喉を滑り落ちる。酒の味に続いて、ブドウの香りが口から鼻に突き抜ける。
 追い打ちにブドウの搾りかすを口の中に放り込めば、いっそう強い香りが走り抜け、ワインを飲んでいる喜びを実感する。

「あ゛~、この一杯のために生きてるなぁ」

 心の底からの呟きに、なぜか尾華さんは苦笑いで答えてくれた。

「あんた、毎日そう言ってるじゃないかい」
「そりゃそうよ。今日生きてるのはこの一杯のため、明日生きるのは明日の一杯のためってな」

 続けてもう一口。
 じっくりとワインを舌で転がして香りを楽しんでから飲み込む。

「ふぅ~。……今日のお勧めは何よ」
「今日は鶏肉かしら」

 一息ついてから尋ねるとすぐに回答がある。
 鳥肉か。鳥肉ってのは部位によって随分と違う。パサパサしている肉もあれば、脂でごてごてしてる肉もある。あの大きさでよくそれだけの違いがあるもんだと感心するくらいだ。
 それだけに当たりハズレをちょっと考える。
 まあ、尾華さんならハズレはないだろうと、そのまま注文することにした。

 ジュワーーー。

 カウンターの内側で肉を焼く音が鳴る。
 ワインをゆっくりと飲みながら、なんとはなしに肉を焼く尾華さんの背を眺める。
 カウンターの奥の壁際には、コンロやシンク、棚が作られていて、そこで料理が出来るようになっている。
 たまにツイっと体を伸ばして、高い棚から何かの瓶を取っては肉に振りかけている。なにかの調味料だろうか。視線を上げれば、棚には何十もの瓶が並んでいる。
 俺の背丈じゃ、まったく届かない高い棚だ。
 尾華さんが体を伸ばした時だけ、蛇のような長い足が目に入る。
 高い所に手が届くのはちょっとうらやましいが、あの足ではブドウを潰すのには向かないな。

「ほら、出来たよ」

 カタンと音がして、目の前に焼いた鳥肉が出て来る。

「あんがとよ、もう一杯くれや」

 空のコップを振っておかわりをもらう。
 鳥肉は良く焼けていて、表面の脂はまだぶつぶつと音を立てている。
 ワインにも負けない香ばしい臭いを放つそれを切り分けて口に入れる。溢れ出る肉汁と共に飲み込み、つかさずワインを一口。
 口の中に残った脂がワインに洗い流され、ワインの持つ酒の香り、ブドウの香りが再び口の中を占領する。

「うまい」

 多分これは良い肉だ。

「あんた、そんなに直ぐにワインで流し込んで。そんなんで肉の味がわかるのかい?」

 勿論だとも。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

推しがラスボスなので救いたい〜ゲーマーニートは勇者になる

ケイちゃん
ファンタジー
ゲームに熱中していた彼は、シナリオで現れたラスボスを好きになってしまう。 彼はその好意にラスボスを倒さず何度もリトライを重ねて会いに行くという狂気の推し活をしていた。 だがある日、ストーリーのエンディングが気になりラスボスを倒してしまう。 結果、ラスボスのいない平和な世界というエンドで幕を閉じ、推しのいない世界の悲しみから倒れて死んでしまう。 そんな彼が次に目を開けるとゲームの中の主人公に転生していた! 主人公となれば必ず最後にはラスボスに辿り着く、ラスボスを倒すという未来を変えて救いだす事を目的に彼は冒険者達と旅に出る。 ラスボスを倒し世界を救うという定められたストーリーをねじ曲げ、彼はラスボスを救う事が出来るのか…?

【完結】義姉上が悪役令嬢だと!?ふざけるな!姉を貶めたお前達を絶対に許さない!!

つくも茄子
ファンタジー
義姉は王家とこの国に殺された。 冤罪に末に毒杯だ。公爵令嬢である義姉上に対してこの仕打ち。笑顔の王太子夫妻が憎い。嘘の供述をした連中を許さない。我が子可愛さに隠蔽した国王。実の娘を信じなかった義父。 全ての復讐を終えたミゲルは義姉の墓前で報告をした直後に世界が歪む。目を覚ますとそこには亡くなった義姉の姿があった。過去に巻き戻った事を知ったミゲルは今度こそ義姉を守るために行動する。 巻き戻った世界は同じようで違う。その違いは吉とでるか凶とでるか……。

幼女に転生したらイケメン冒険者パーティーに保護&溺愛されています

ひなた
ファンタジー
死んだと思ったら 目の前に神様がいて、 剣と魔法のファンタジー異世界に転生することに! 魔法のチート能力をもらったものの、 いざ転生したら10歳の幼女だし、草原にぼっちだし、いきなり魔物でるし、 魔力はあって魔法適正もあるのに肝心の使い方はわからないし で転生早々大ピンチ! そんなピンチを救ってくれたのは イケメン冒険者3人組。 その3人に保護されつつパーティーメンバーとして冒険者登録することに! 日々の疲労の癒しとしてイケメン3人に可愛いがられる毎日が、始まりました。

処理中です...