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第18話「『アレ』」

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「店長……もう揚げるものが無いわ……」

 どちらの組も一歩も譲らぬ泥沼の長期戦の様相を呈してきた戦場。そのあおりを受け、ついに『コルボ』の厨房からはありとあらゆる食材が無くなろうとしていた……。

「カリン……。急いで近くのスーパーから冷凍唐揚げをあるだけ買ってきてくれ……」

「分かったわ……」

 すっかりくたびれた様子でカリンに指示をする店長。その指示通り、同じくくたびれた様子のカリンがスーパーへと向かった。

          ***

「すみません……。アニキ……。素でもう食えません……」

 弱々しい謝罪の声とともに、赤城がその場に倒れ臥す。

「さあ八九三組、これで三人目の脱落者だー!」

「しかし、後藤氏も流石に限界が見えてきていますな。ここからはもう意地と意地のぶつかり合いですぞ」

 フォンデュの指摘通り、後藤もすでに限界が近そうだ。唐揚げもといブロッコリーの素揚げを、根性だけで口へと運んでいる。

 しかし、それは八九三側も同じこと。既に三人の仲間が倒れ、榊と松田の二人が同じく根性だけでブロッコリーをつまんでいる。

「「……おかわり」」

 両者とも既に、威勢を張ったり不敵に笑ったりする余力もない。ただ弱々しく、内心欲しくもないおかわりを求めることしかできなかった。目の前の敵にだけは負けたくない。ただその一心だけが彼らを突き動かしていた。 

「あ、ごめんなさい……。もう食材切れちゃいまして……。カリンちゃんが戻るまで待っていただけますか……?」

 アオイは申し訳なさそうにそう伝えた。

 ちょうどいいチャンスだ。いっそここでやめてしまえばお互いに幸せになれるだろう。しかし彼らの意地はそれを許さず、カリンの帰りを待つことを選んだ。

          ***

「ただいまー……」

 すっかり疲れ切った様子のカリンが帰ってくる。

「おう、お疲れカリン……。早速だが奴らはもうお代わり待ちだ……。至急皿に並べてくれ……」

「分かったわ……」

 指示通り、買ってきた市販の冷凍唐揚げをひたすら皿に並べるカリン。

 すると二皿分できたところで、朦朧とした様子の店長がアオイにそれを渡し、持って行くように言った。

「あ、店長!? それまだ温めてない……まあいいか……」

 慌てて制止しようと思ったカリンだったが、疲れが勝ってすぐに諦めてしまった……。

         ***

「おーっと、ここにきて唐揚げの復活だぁー!? でも、アレ? なんとまだ凍ったまんまだあー!?」

「ついに温めることすら放棄しましたな。飲食店の風上にも置けませんぞ」

 両陣営の前にあるのは、シークワーサー果汁のかかった凍ったままの唐揚げ。しかし、目の前にある物が何であるかなど関係ない。

 両者とも、凍ったままの唐揚げを口へ運び、頬張ろうとしたその時。

「んーーー!!!」

 声にならない叫び声を上げ、松田がその場に倒れ伏した。

「松田!?」

「すみません、アニキ……。知覚過敏に……冷凍唐揚げは……キツかったみたいっす……」

「松田あぁぁぁ!!!」

 遂に最後の仲間が倒れ伏し、リーダーの榊の慟哭が響く。

「さあー、遂にリーダー同士の一騎打ちに突入だー! この勝負の行方やいかに!?」

「なんか素で面白くなってきましたぞ」

         ***

「店長……私ももう限界だわ……色んな意味で……」

 表の戦いが白熱する中、裏でぶっ通しで戦い続けていたカリンと店長の体力も、すでに限界を迎えようとしていた。油断すればすぐに飛んでしまいそうな意識を、ギリギリのところで押し留めている。

「もう……終わらせよう……こんな戦いは……」

 満身創痍の店長は、息も絶え絶えにそう言うと、ホールのアオイを手招きした。

「アオイ……『アレ』を……ノアに……」

「まさか、店長さん!? 『アレ』を使うのですか……!?」

 「いや、『アレ』ってなんなのよ……?」とツッコむ気力は、今のカリンには残されていなかった。

「背に腹は代えられん……頼んだぞ……」

「わかりました……」

 遂に気を失う店長。

 それに釣られるようにカリンの意識も薄れゆく。その最中カリンが最後に見たものは……何やら赤い果実と、何故かガスマスクを持ったアオイの姿であった。
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