井戸端会議所

ほたる

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第四章・言霊

言霊・第三話

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「あの、私は何も謀略とかは考えていませんよ。もちろん、目的があるからお誘いしましたけど、何も貶めるようなことじゃないです」
 次の日、仁美の車椅子を押してショッピングモール内を歩いていると、仁美からそう言われてしまった。警戒するあまり、態度に出ていたらしい。
「私の目的は、女子だけで買い物することと、天王寺さんと仲良くなることです」
「仲良く……?」
「そうです。私の命を助けるべく奮闘してくださるわけですから、お互いのことを知らなければいけませんからね。それに、天王寺さんと純粋に、少し年が近い友達みたいな関係を結びたいですから」
 友達、という言葉は、郁にとっては久々に聞いた言葉だった。郁の立場上、郁と歳が近い人とは、友達ではなく主従関係が発生してしまう。今の郁には、友達と呼べる人はほんの一握りしか存在せず、郁自身も「友達」とはあまり呼称しない。
「関係と言えば、仁志はまだ怒っているようだったが」
 郁は高校の校門前に呼び出され、部活が始まる前に仁志が仁美を連れてきたのだ。仁志はしばらくは部活をサボって仁美に寄り添いたかったそうだが、仁美に命令されてサボりを禁じられた。そして、仁美を託す相手は郁だ。郁の視界から消える間際でも、仁志は不機嫌そうな顔でこちらを見ていた。
「ああ、ごめんなさい……。昨日から叱ったんですけど、仁志は『総合的に悪くないって理屈は認めてる。でも俺はしばらくは怒っていたい。怒る役割を誰かが担わなきゃいけなくて、それを俺がやる』みたいなこと言うんです」
 そんな我が儘言って、子供か、と仁美も少し怒っている様子だったが、郁は逆に仁志の意見をすんなり受け入れる。
「仁美の為に怒れるんだ。良い奴じゃないか。確かに、今私に真っ正面から怒るべきなのは、仁志だな」
「ええ~、天王寺さんもそっち側なんですか~?」
 段々と砕けた話し方になってきた仁美。数年ぶりのこのような会話に、郁は自分の心が少しずつ、緩やかになっていく感覚を感じた。
「それで、買うものは何なんだ」
「えっと、家用の食材と……、あっ、あとここです」
 仁美が制止するので、郁は足を止める。そこは、女性用の下着販売店だった。
「天王寺さんも、ちょうど欲しかったとかあります?」
「いや、数が足りてるからいい」
 郁は機動性に優れたものを選んで、大量に買っているので、衣服に関してはあまり苦労をしていない。逆に言えば、おしゃれとは縁が無い。それを察した仁美は、「今度は洋服を買いに行きましょうね~」とさりげなく口にした。
「なるほど、仁志を部活に押し込んだのは、ここに連れて行くことを阻止するためか」
 男性がこのコーナーに入るとなると、例え家族や親戚、若しくは彼女と来ることになろうとも、背徳感が生まれてしまう。それを回避するためだろうと郁は考えたが、実際は違う。
「いえ、一緒にお買い物するときは、仁志も付き合ってくれます」
「え、じゃあ何故わざわざ遠ざけようとした」
 この郁の質問に対する仁美の返答は、少し溜めがあった。仁美の声色からは、悲しさとやるせなさを含んだ、少しの絶望を感じ取れる。
「私がこの身体になった時、あの人は着替えもお風呂もサポートするって宣言してたんです。流石に勢いで言ったんだと、我に返って訂正するだろうとか思ってたんですけど、けっこうやる気満々で、それも下心とかは見せずに。『自分は尽くすんだ』って表情してて。そんな覚悟が決まってるんだったら、下着コーナーに入るとかはもう余裕なんですよ。文房具買うみたいに私の買い物に付き合ってくれるんですよ。でもそれって、いくら下心が無いとは言っても、羞恥心無く下着コーナーを出入りするって、それはもう人としてまずいのでは、と、そう思って……」
 長々と喋っていた仁美は、手に取っていた下着を震わせながら、あまり周りに聞き取られないように、郁に衝撃の事実を伝えた。
「それで、私を使って一度、仁志を下着コーナーから切り離したと」
「はい。利用する形で申し訳ないんですけれど、わかってください」
「いや、言いたいこととか思ってることはわかる。だからあんまり、プッ」
 思わず吹き出した。一瞬の沈黙。仁美は目をまん丸にして、郁の顔を見た。
「……今、笑いました?」
「ああ、笑った」
 逃れようもないので、郁は開き直る。その間も、口角が少し上がっていた。
「天王寺さんがこういう笑い方するのって、初めて見たけど、意外です」
「誰でも笑うだろう。こんなしょうもないエピソード」
「しょうもないって?」
「くだらない、という意味だ」
「くだっ、天王寺さんにとってはくだらないかもしれないですけど、私からすると割と深刻なんですよ!?」
「ああ、それも込みで第三者からすると面白いんだろうが」
「からかわないでくださいよ!当事者に向かって失礼なんじゃないですか!」
 ハハハ、と声に出して笑ったのは、いつぶりだろうか。自分の素の感情を出すことで、今まで自分がずっと緊張状態で、感情を出来るだけ殺していたことを気づかされる。
 緊張状態になったのは、恐らくあの時、葵が死んでからだろう。





 また別のある日、放課後の時間帯に呼び出された郁は、仁美と駅近辺のカフェで珈琲を啜っていた。
「なんだか、金使いが荒くないか」
「んー、まあ、普段よりは出費が多いですけど。自分の人生が終わるかもしれないなら、出し惜しみはしたくないですし」
「……生き残りたいんじゃなかったのか」
「もちろんです。当たり前じゃないですか。無事に生き残ることが出来たら、私はこれから先も長生きするんだって実感しながら、節約してコツコツと貯金して、使った分のお金を取り返すんです。もちろん、全財産を叩いて買い物なんかしませんよ。死亡フラグみたいになっちゃいますから」
 なんというか、仁美のメンタルの強さは尋常じゃない。普通なら、発狂しかねない状況でも、仁美の生き方は参考にするべきポイントで溢れている。それについて言及すると、仁美はこう返した。
「私には、仁志がいます。仁志が私を生かすって強く宣言してくれるから、私も安心できるんですよ」
 その考えは仁志に関係なく、強メンタルなんだよ、と返したくなった。二人の関係性は、ここまで影響をもたらすのだろうか。
 あの時の自分も、そうあれただろうか。
「天王寺さんって、お付き合いしてる人とかいたんですか?」
「何故今はいないみたいな言い方をする」
「だって、今はその人を気にする素振りを一切見せないですし。連絡が来てないか気になってスマホを見る、とか」
 仁美はよく見抜いている、と郁は諦めた。残った珈琲を一気に飲み干し、マグカップを置く。
「どっちにしろ、そんな関係性になった奴は、生まれてこの方いたことがない」
「じゃあ、好きな人はいたんですか? あとちょっとで、恋人になれたかもしれないなーって」
「……何だか、ただの質問には思えないな。まるで確信を持って聞いている感じがするが」 誘導質問ではなく、事実として認識した上での言葉遣いに、郁は疑いを持つ。仁美はその問いかけに対して笑ったが、いたずら的な意味を持った笑い方だった。
「私たちのことを、何とかして解決しようという必死さの理由が、多分それなんじゃないかな、と。天王寺さんは理由もなく、誰かを助けることに必死になるほど、献身的ではなさそうですし。私たちの関係性を、理解できるから肩入れしてくださっていると思ってます。つまり理解しているってことは、私たちと似た感情を抱いたことがあるのかなって」
 何やら馬鹿にされたような気もするが、当たっているので反論をする気にはなれない。効果的でない嘘を吐くことも苦手なので、郁は素直に答えることとする。
「恋愛とかとは、また違うとは思っているんだが……。他の誰に対しても抱いたことのない、特別な信頼を持っていた奴なら、一人いた。あいつの隣に立って、二人で色々と成し遂げてみたいとは、かなり本気で思っていたこともある」
「いた、っていうのは」
「そのまんまだ。もうこの世にはいない。本当なら、あいつが当主になるはずで、私は裏方で色々と手を回していたはずだった。そうならなかったことが悔しい気持ちもあるが、そうじゃなくて単純に、一個人として、あいつともう二度と顔を合わせられないっていうことが、……そうだな。悲しかった。
 だから、お前らにはそんな私みたいな想いをさせるわけにはいかない。芦々家としてではなく、私の意志でだ。それが私がお前らに尽くす理由だ。言っておくが、ついこの間知り合ったばかりだが、第三者の中では私が一番、お前らの幸せを願っていると自負できる」
 仁美は目を丸くして、郁の話を聞いていた。手に持っていたアイスティーから、結露の雫が腕に垂れ、肘まで流れていたが、一向に気にしなかった。
 天王寺郁という人物には、最初は恐れを抱いていたし、厄災退治のため、仁美を犠牲にする手段を選ぶ可能性もあると、少しの警戒をしていた。その上で、郁の人物を見極めるための交流であったということも、否定は出来ない。
 しかし、蓋を開けてみれば、この発言である。仁美をある程度信頼しているからこその発言だろうし、仁美もそんな郁の想いに答えたいと、心から思える。そんな人に、少しでも警戒をすることは、失礼に値すると感じた。
「……私たちを、推してくれてる、ってことですかね」
 推す、という言葉は郁には聞き慣れない言葉だった。不思議そうな顔をする郁だったが、姿勢をスッと伸ばして真剣な表情となった仁美と、目が合った。
「私は、死にたくありません。また言いましたけど。でもこれからは、私と仁志の意志に加えて、天王寺さんの意志でもあると思えると、非常に心強いです」
 真っ直ぐと、自分の心の内を伝える為、郁の目を見て放つ言葉。仁美の心の強さと性格の良さを感じ取った郁は、それを真正面から受け止めると同時に、少し恥ずかしくなって、話を逸らした。
「その、あれだ。名前で呼んでくれ。あと敬語も使わなくていい」
「え、でも、私とは二、三歳くらいは離れているんじゃ」
「社会に出たらそのくらい誤差だろ。それに私も、芦々家の爺さん婆さんに対して、偉そうな口叩いているし」
 少し歳が近い友達になりたい、と言ったのは仁美だ。それを受け入れてくれる最大の表現だと気づいたとき、仁美の感情が昂ぶり、足が自由に動くのならばぴょんぴょんと跳びはねそうなくらいだった。その代わりに、テンションが上がった声で郁を質問攻めにし始める。
「あの、じゃなくて、さっきの話で気になったんだけど、その人の名前って、何て言うの」
「その人って、ああ、葵だ」
「葵さんか。葵さんの次に郁さんが選ばれるってことは、二人がツートップで優秀だったってこと?」
「初っ端からぐいぐい来るな……。えーと、葵は間違いなくトップだったと思うが、私は目もかけられてない存在だったよ。そんな私が当主になったのは、葵と立てた策略のおかげ。いわばクーデターかな」
「く、クーデター!? そこのところ、もっと詳しく!」
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