井戸端会議所

ほたる

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第三章・月想い

月想い・第七話

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 自分をおぶった状態で、車椅子も持ってもらいながら、山の斜面を登る仁志に対して、仁美はどうしようもない申し訳なさを感じている。だがそれを口にすれば、また仁志は黙ってろだのと、グチグチと言い始めるかもしれない。しかしそれは愛情の裏返しなので、もし仁志がそんな態度をとるならば、仁美はどうしようもなく嬉しさを感じるだろうと自覚している。
 そんなことを勝手に考えられている仁志は、一時の隠れ場所として、かつて仁美の両親を装った二人が使っていた、宇宙船を提案したのだった。
「この上ない隠れ場所だと思うんだが、一つ懸念点があって、その、お前が色々とぶっ壊したから、もしかしたら使えないのかなと」
「私が壊したのは、手術をする機能と、飛行機能だけだから、身を隠すぐらいならできると思う。でも、見つからないことは根本的な解決にはならないと思うけど」
「解決法を探すために時間を稼ぐんだよ。それに見つからなくても、二人でそこでずっと過ごしていればいい」
 そう言いながら、かなり攻めたことを言ったと自覚する仁志。普段なら言わないか、躊躇してしまうだろうが、この危機的状況で、自分の考えを素直に口に出来ているのかもしれない。
「でも、それだと親御さんとか、学校とかに、どう言い訳するの」
「あー、それはだな……」
 対して仁志の思うようにいかないのが、仁美という幼なじみである。仁志の愛情や想いは素直に受け取ってくれることが多いのだが、少し格好つけて、頭を使った計画などを立てると、仁美は途端に穴をついてくる。学力やひらめきなど、頭脳関連では仁美に敵わない仁志は、なんだかんだで仁美の手のひらで転がされているのだ。
「あれだ、追々考えるしかないだろ、お前が最優先で、他は後回しってことで……。そうだよ、ノープランだよ」
 結局折れて、逆ギレをかます仁志。いつか仁美を頭脳プレーで惚れ直させてやりたいと、常々思っている仁志だったが、それは今ではないようだ。
 しかし、頭脳プレーでなくとも、惚れ直させることに何度も成功していると、仁志は気づいていないだけだったりする。
(どうしてそんなに、直球で歯が浮くようなこと言えるのかな)
 仁美は、仁志の愛情を何度も受け止めていて、だいぶ慣れたと言ってもいいのだが、それでもたまに、気分が高揚して一生懸命ポーカーフェイスを保っている瞬間がある。
 少し気分が戻ったので、いつものように仁志をからかおうとした仁美は、かえって返り討ちに遭う。言葉の節々に込められた、仁志から仁美への、大きく重い愛情。そしてそれを、身に余ると拒絶することなく、余すことなく全てを受け入れられる自分もまた、重い人間なのだと自覚する瞬間でもあった。
 重い人間は、その重さ故に常識からかけ離れた行動をしてしまう、という認識がある。常識ではない存在である仁美も、その例に当てはまるのだろうか。もし将来結婚し、仁志と同居している時に、愛が重すぎるあまり、仁志を酷く傷つけることがあるのだろうか。それとも、既に仁美の出来事に巻き込まれて、一緒に危機に陥っているのであれば、それは間接的に仁志を傷つけていることになるのだろうか。
「おい、仁美。確かこの辺だったよな」
 深く考えすぎたせいか、仁美は反応が遅れてしまった。仁志が心配する声色をしていたので、また意識を失ったのではないかと思われたのだろうか。そう思わせてしまったことも、また申し訳なく感じる。
「う、うん。デバイスはちゃんと持ってきたから、ここで操作すれば入れる」
 仁志に頼んで、仁美は再び車椅子に座った。そして膝の上で持ってきたポーチを開き、リモコンに似た謎めいた機器を取り出す。地球外の技術の物は、全て仁美が管理しており、その物体を仁志は何度も見たことがあるが、下手に触って壊したくはないので、仁志も自分の意志で仁美に委ねている。
「手、震えてるぞ。大丈夫か」
「うん、ちょっと疲れが出てきたかも。今日は色々と負担があったし……。でも、今頑張れば、後はゆっくり休めるから」
 そう言って、デバイスを開いたりボタンを押したりと、よくわからない操作をする仁美。ここで、謎の技術関連で、仁志は聞きたいことを一つ思い出した。
「そういえば、ここに宇宙船があるってことなのか。別の場所にあってそこにワープするなら、別にここまで移動する必要無いんじゃないかと思ったんだが」
「うん、ここにある。頑張って見れば見つかるかもしれないよ」
 そう言って仁美は目の前の空間を指差す。試しに目を凝らしてみるが、予想通り何も見えない。
「やっぱわかんねぇぞ」
「まあ、私もわからないからね。見つけたらラッキーどころじゃないよ」
「で、どういう理屈で見えない宇宙船に乗り込めるんだ」
「私も断片的にしか理解してないんだけど、簡単に言うと、『次元が違う』、みたい」
 なんだか漫画で出てくるようなフレーズが出た。うさんくさく感じて、仁志の表情が少し曇った様子が可笑しく、仁美は少し笑みをこぼした。
「どういうことか、っていうと、」
 突如、仁美が言葉を止めた。こぼした笑みも既に無く、仁志の後ろを凝視して動かない。どうしたのか、と一瞬考えた後、仁志はある可能性を思いつき、背筋が凍る感覚を受ける。
 まさか、と言いたくなるような展開。この状況で最も起きてほしくない可能性は、仁志の願いとは裏腹に、現実となってしまった。
 郁が、二人に追いついてしまった。
「次元が違うってところ、もう少し詳しく聞きたいんだけど、駄目?」
 本当に警察から逃れてきたのか、と、想像はしていたがあまり信じることの出来ない事実に、驚愕して震えてしまう。鉈を手に持った郁は、恐怖の対象でしかなかった。しかし震えながらも、仁志は仁美を後ろに庇い、姿勢を少し低くした。
「献身的だねー。私は止めた方がいいって、忠告したいんだけど」
「余計なお世話です、どうも」
 今のうちに宇宙船に入るべきだが、仁美が未だそうしないということは、何か不都合があるのだろうか。その仁志の考えを読み取ったのか、仁美は小声で後ろから伝える。
「ごめん。宇宙船に入る人物は、範囲選択で決めているの。あの人はその範囲に入っているから、一緒に宇宙船に入れることになっちゃう」
 そういうことか、と仁志は苦虫を噛み潰したような顔になる。もう少しで、あと少しで、仁美を助けられたというのに。
「大丈夫」
 仁美が続けた言葉は、仁志の想定の範囲外だった。思わず後ろを振り返りたくなってしまうが、ぐっと堪えて次の言葉を待つ。
「無理矢理、範囲外に出させる。その為に少しだけ、時間を稼いで」
 無理矢理とはどうやってだろうか、何か野蛮な手段ではないだろうか。仁美は乱暴な言動とは一切無縁の存在なので、手を染めてしまうのだとしたら少し悲しいのだが、
(仁美が、俺の意志を選んでくれた)
 仁志のエゴに負けて、全力を尽くしてくれる。その事実だけで、仁志は感無量だった。そして頼られた以上、役目をしっかりと果たさねばならない。
「ずっとあなたに主張したかったことですが、仁美は悪事を働くことはできません。仁美が悪役側になることは、決してない」
 郁の表情は、最初に会った時と変わらずに、真顔で変わらない。郁にとって厄災退治はただの仕事で、そこに感情を入れる必要は無いのだと感じ、仁志の中で恐怖がじわじわと広がる。それを押し殺しながら、郁の返答を待った。だが、
「うん、まあ、君の気持ちもわかるよ。何せ物心ついた頃からの幼なじみで、その上二人だけの秘密も握り、挙げ句の果てには恋人になったときた。そんな彼女が、あの極悪非道な厄災だなんて、証拠があっても信じたくないよね」
 何だ、想像していた返しではない、と、仁志は少し戸惑った。てっきり「問答無用」と襲いかかってくるか、何か直球に物を言ってくるのかと思っていたのだが、何やら仁志に寄り添うようで、少し煽りを込めた口調をしている。
「で、信じたくないだけで目を背けている事実は、どう受け止めるつもりだ。厄災ではないという可能性、それらが全て潰されて、認めたくない事実を認めなければならないならば、お前はどうする。そもそも霖太郎の件から、お前の後ろにいるような『それ』は、最近の厄災の手口として完璧に当てはまるんだが」
 『それ』呼ばわりに思わず目を怒らせる仁志。その表情を見て、郁は少しだけ、表情を変えたような気がした。しかしやはり、真顔から変わっていない。
「哀れんでいると思われそうだが、そうだとして受け取ってくれても構わない。それでも、お前がとるべき最善手は、そこから退くことだと、助言させてもらう。私には、お前を人生を守る務めがある。陰陽師、そして当主として、お前のような一般人を心身共に傷つけるわけにはいかないんだよ」
 郁の目は、物事の真剣さを物語るほど、真っ直ぐとしたものだった。思えば、郁と面と向かって対峙するのは、今が初めてだ。仁志は頭の中のどこかで、郁をとんでもない悪者のようにイメージし、さぞおぞましい悪人面だと思っていた節が、少しあった。
 しかし、悪人は仁美で、それに加担する仁志も悪人である。それが、郁を筆頭とする芦々家から見た現状だ。全ての悪者が、自らを悪だと認識しているわけではないということを、仁志は身をもって知ったのだった。
 そして今なら、郁とわかり合える。郁が差し伸べた手を取れば、仁志が望んでいない争いを回避することが出来る。郁たちがいる「善」の側に、仁志は舞い戻れる。
 だが、それでも、理屈でわかっていたとしても、
「哀れんでくれて、ありがとうございます。それで十分です」
 郁もまた、仁志の返答を予測できていなかった。戸惑いを見せる郁に、仁志は背筋を伸ばし、毅然とした態度を見せる。
「あなたが俺を慮ってくれていることは、よくわかりましたが、それでもできません。もし、俺が騙されているとしても、それでいいんです」
 自分が善の立場になるために、愛する人を手放すことは出来ない。もし霖太郎と同じ立場で曲留美が仁美だったなら、簡単に殺されていた。
 置弓仁志とは、そういう人間なのだと、知っている。
「心苦しいですが、抵抗させてもらいます」
「今っ!」
 仁美の合図を聞いた瞬間に、仁志は横に飛び退いた。そして郁の視界に入ったのは、
 銃を握って郁に向けて構える、仁美の姿だった。
(は?)
 銃刀法はどこにいった、と困惑する郁。しかしそもそも、仁美の持っているものは本当に銃なのだろうか。郁の知っている拳銃とは形状がまるで違い、改造だとしても、仕組みの面で色々と説明がつかない。
(おもちゃか? しかしここで出す意味は)
 念のため、持っている鉈を横にして構え、もし弾丸が飛んできても防げる角度を保つ。
 しかし、仁美は銃口を下にずらした。
(足か、いや、もっと下……?)
 銃口の先から逸れたので、郁の身の危険は無くなった。意味の無い行動にしか見えないが、仁美はその角度のまま、銃からエネルギーを発射した。
(あれは、あの時俺がへそに繋げて撃った、体内エネルギーを元にした銃か!?)
 仁志がその銃を視界に捉えて、驚愕する。あまり記憶にないが、デザインはその時の銃と同じに見える。しかし仁美の話だと、仁志の強大なエネルギーに耐えられずに壊れて蒸発したはずだ。辺りを調べた警察も言及していなかったので、もう存在しない物だと仁志は思っていた。
(さては、スペアか何かか。自分の部屋に隠していたな)
 タクシーを呼ぶために一度部屋を離れた仁志。仁美が再び消えてしまうことばかり心配していたのだが、その時間なら隠していた物を自分の懐にしまうことなど、容易だろう。
 そしてその銃は、エネルギーが強いほど、爆発に近い衝撃を与える。
(足下の地面から爆発させて、天王寺さんを吹き飛ばす。そうすれば、宇宙船の範囲選択外まで距離を離せる!)
 宇宙製といえど、地球と同じ銃の一種である。弾が飛ぶ速さは尋常じゃない。撃ってしまえば、仁美の策略が勝つ。
 そのはずなのだが、
(ちゃんと不意を突いて、法に触れそうなものを使って、それで照準が合わなかったから終わり、なんてことはねぇよな!)
 仁美の行動に意味があると瞬時に悟った郁は、咄嗟に前に飛び出し、すくうように鉈の刀身を弾に当てる。そして弾の入射角と刀身の角度を保って、弾を空中に逸らそうとするのだが、
(なんだこれは、異常に重い……!)
 弾のエネルギーの高さは想像しきれていなかった。想定よりも押し込まれる力に抗うため、手に力を入れる郁。結果的に空中に弾くことは成功したが、高さが足りずに郁の後ろにある木に、弾が当たってしまった。
 その直後、雷に撃たれたかの如く、爆発が起こった。
「嘘でしょ……」
 自身の作戦が失敗したことと、郁が防いだという事実に、仁美はショックを受ける。
 一度も見せていなかった、おもちゃのような銃。それに困惑して止まるどころか、銃だと認識していながら、わざわざその弾道に割り込んで、地面に着弾させないようにした。その判断力と瞬発力と、それを実現させるフィジカル。
 郁は本当に、並の人間ではない。彼女は今まで、どのような環境下で育ってきたのだろうか。
 その郁は爆発四散した木を見つめ、ゆっくりと仁美の方に振り返る。反撃されるのかと、二人が身構えるが、郁は足を踏み出さずに、仁美に声を掛けた。
「それは、何だ。どうやって作った?」
 どうしたのかと、郁の顔を見た仁志は、その表情を見て一瞬、戸惑った。
「霊力を発射する装置か、いや、それ自体からは何も感じないし、弾も正確に言えば霊力じゃなくて、霊力から霊的なものを除いた感覚か、だが」
 よくわからないことを口走る郁は、真顔ではなかった。困惑という表現が一番当てはまり、それは仁志が不意打ちでタックルした時のようなレベルではない。得体の知れない物を見て、恐怖に近いような警戒心をむき出しにしている、そのような困惑だった。
「答えろ、それは何だ」
「こ、これは、私の生まれた星で開発されている銃です。弾はエネルギーで、私たちの体内に存在しています」
 郁の今までと違う圧に押され、正直に答える仁美。だがその答えを聞いても、郁の表情は崩れたままだった。わからないものを必死に理解しようとするように、頭を手で掴んで、独り言を続ける郁。今の状態ならば、逃げ出す方法が別に生まれたのではないか、と思っていたが、その矢先、
「三人とも、落ち着いてください」
 聞いたことのない声が、その場の三人を制止した。その場に現れたのは、三十代辺りの大人の女性で、明らかに山を登ることを目的としていない、普段着のような格好をしている。新しい勢力かと、仁志は警戒するが、その女性はゆっくりと歩いたまま、郁と二人の間に入り、郁に顔を向ける。
「天王寺さん、一度、私たちに案件を預けてください。あなたは当主ですが、専門的には私の方が適しています」
「秋雨家か、随分と早いな」
「ええ、私は家族内で一番上にいますから、このくらい」
 郁は仁美を捕らえ、秋雨家に連れて行き、厄災の調査を任せるつもりだった。秋雨家の人間がこの場に現れたのならば、主導権は秋雨家にあると考え、郁は素直に女性に任せる。女性は続けて、仁志と仁美に身体を向け、丁寧なお辞儀をした。
「初めまして、霖太郎の母、秋雨一紗かずさです。この前の厄災の件では、ご迷惑をおかけしました。そして今回でも……。
 霖太郎から、あなた方のお話は聞いております。今日も、仁美さんが厄災だとは、頭でわかっても信じがたいということを、息子から聞いています。私は、息子の意見を信じたいです。ですが、あなたのことを調査しなければ、息子の意見の真偽が判別できないのです。どうかご了承いただいて、今この場で、私に調べさせてください」
 下手に出たお願いに仁志は面食らい、返答に困ってしまう。仁美も言葉に詰まっているようだが、自分のことを調べられる怖さを抑え、震える声で「はい」と答えた。
「息子の意見を信じる、ということは、厄災でないという浅はかな願望を、真に受けていることですか?」
「親は基本的に子の味方であるべきです。敵になるのは、子が間違っているという確信を得たときだけ。……それに、自分の子を傷つけられたとなれば、例え状況から仕方ないと言えたとしても、親は恨みますよ。すぐに手を出すのは、人間として直すべき点だと思います」
 自分より年上の人間に諭され、郁は不服そうに黙り込んだ。一紗は郁との論争を止め、改めて仁美に向き直るが、仁志が口を挟む。
「あの、調査って、仁美が傷ついたりするんですか」
 これ以上、仁美に負担をかけたくない。それに郁が追いつく前よりも、仁美の疲労感はかなり浮き彫りになっている。呼吸は耳を澄まさなくても聞こえる程荒く、頭も俯き気味だ。
「大丈夫です、触診と、霊力を感覚で感じ取る程度で済みますので。仁美さん、数分だけ頑張ってもらえますか」
「……はい、お願いします」
 仁美はそう言うが、一挙一動が弱々しい。心配が重なり、どうにかしたいと思う仁志だが、残念ながらもう出来ることはない。せめて、監視の役割はこなそうと、仁志は郁の目の前まで移動し、視界の端で郁を捉えておくことにした。
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