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第三章・月想い
月想い・第四話
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何故、本人ではなく、わざわざ自分に取りに行かせたのだろう。
ファミレスへと向かって走りながら、仁志の疑問は膨れ上がっていった。
仁志のほうが足が速く、効率を考えれば正しい選択である、ということは理解できる。が、敬語を丁寧に使って、物腰が低かった郁が、自分ではなく人に任せるのだろうか。それにスマホという貴重品を、赤の他人に扱わせていいのだろうか。
肯定的な意見を、段々と否定的な意見が押しつぶし、仁志の疑問を続々と増やしていき、最終的に不安感を増長させる。
更に頭に巡ったのは、郁の手荷物の違和感。ギターケースを置いたときに鳴った、金属の音。
もしあの中身が、銃刀法に触れるような何かだとすれば。
そんなことを考えていると、いつの間にか仁志は大通りに出ていた。同時に、駐禁を取っていたらしい、二人組の警察官を目撃する。
そういえば、引き返す前に同じ道を通った際も、警察官たちがいた。経過時間からして、やるべきことを終えている可能性が高い。
不安に駆られた仁志は、警察官たちを誘導し、再び、返ってきた道を戻る。警察官まで連れてきて、もし何もなかったら、土下座でも何でもしてお詫びするしかない。不安に蝕まれた仁志は、なりふり構わずに自身が安心する行動をとっていた。
幸か不幸か、その不安が的中してしまった。仁志が目撃したときは、ちょうど仁美が殴られた瞬間だった。
警察官に呼び止められたが、先に飛び出したのは仁志だった。都合良く、郁はこちらに気づいておらず、仁志のタックルをもろに受ける。地面に倒れかけた仁美を支え、怒りの目線を郁に向けた。郁は対して怯えた様子もなく、手に持った短刀をちらつかせる。
脅しのつもりだろうか。だがこれで、警察官の視界にもバッチリ入り、銃刀法違反確定となった。路地裏に逃げると、郁が追う素振りを見せるが、警察官の叫び声の後、追って来ずに、こちらを恨めしそうに見ていることを確認した。
防犯ブザーが聞こえなくなるまで、仁美を抱えながら走り続けた仁志は、息を整えるために立ち止まり、電柱に寄りかかる。
「おい、仁美、大丈夫か、仁美!」
抱えた腕で仁美を揺らして起こそうとする。すると腕の中で、仁美が小さく呻き始めた。短刀を持っていたのに殴りつけたということは、郁は殺す気はなかったのだろうが、それでもダメージはあるはずだ。
「大丈夫だ、今から救急車を呼ぶから、」
「ダメ」
救急車と聞き、仁美は小さな声で、しかしはっきりと制止する。苦しそうな表情を浮かべる仁美のその発言は、仁志にとって理解しがたいものだった。
「何か、呼んじゃいけない理由があるのか」
「あの人……、警察に、頓着しないって言っていたの……」
あの人とは、郁のことだろう。そういえば、逃げるときに確認したとき、霖太郎は動揺していたが、郁は警察に見向きもせず、こちらを見ていた。
「それがどういう意味か、わからないけれど……、多分、すぐに警察から、抜け出せる」
「おいおい、裏取引でもするってか」
だがそうなると、搬送先で身動きがとれない状態はまずい気がする。それに警察とグルになった場合、救急車の通報を追って居場所がばれるかもしれない。
しかし、仁美をこのまま放っておくわけにも、当然いかない。少し考えた仁志は、顔を上げ、仁美を抱える手を動かし始めた。
「じゃあ一度、家に帰るぞ」
「でも、そこもその内把握される可能性が、」
「だから『一度』だ。家に行けばいろいろ揃ってるから、休むにはちょうどいいだろ」
まずは頭部の冷却。そして仁美を横に寝かせ、なるべく楽にさせる。外出当初からあった疲労も、仁美の体力を奪っているに違いない。その後に頃合いを見て、再び移動する。
「移動先のアテは、あんまり自信ないんだけど……。仁美が落ち着いたら、そこについて聞かせてもらえないか」
この言葉だけで、仁美は仁志が考えていた移動先に、すぐに気がついたようだった。重いまぶたを少し開いて、仁美は仁志の顔を見つめる。
「それって、もしかして」
「おい、今は頭を回すな。楽にしとけ、目を瞑ってろ。あと、ここからはおぶってもいいか。腕が保たない」
そう言いつつ、仁志は仁美を背中側に回し、持ち上げた。足をしっかりと支え、仁美がずり落ちないように前傾姿勢にする。
「……ごめん」
「謝んな。十中八九、向こうが悪い」
「でも……」
ここで、仁美の言葉は途切れた。呼吸と脈は背中から伝わるので、意識が落ちてしまったのだろうか。
抱えている状態からおぶる状態に変えたのは、そのほうが楽という理由もあるが、仁美の姿を直視したくない、というエゴもあった。もし抱えたままでも、腕は気合いで家まで持つ自信はある。が、弱々しい仁美の姿を、その間視界に入れていると、自分の中から活力がなくなる気がした。
仁美が下半身不随となったことを知った時のような悲しみを、再び感じたくはない。
その日、いつもと同じように男は仕事をこなしていた。自分の部屋に部下が入り、自分に知らせごとがある、ということも、毎日の出来事だ。
「現時点の報告は以上で、あ、いえ、あと一つありました」
「何だね」
「ええと、でもこれは、別にお耳に入れるような件だと思うのですが……」
「焦らさずとも良い。ここまで言ったのなら話せ。必要かどうかは、聞いてから確かめる」
「はい」
何やら報告を渋った様子の部下を見て、もしかすると、何か複雑な事情なのだろうか、と考えたが、その心配はなかった。
その内容は、数秒で理解できるものだった。
「都内の署で、刃物などを持っていた女性と、共にいた学生を逮捕したのですが、その女性が警視総監に繋げろと。名前を伝えるだけで構わないから、と執拗に。その他は取り調べで何も喋らず」
「名前だけを?」
「ええ、天王寺郁、というそうです」
その名を聞いただけで、全身が強ばり、心臓が跳ね上がった。
「やはり、ろくに供述もしないのに、希望をわざわざ通す必要はないと思ったのですが。まあ名前はお伝えしましたし、後は取り調べを続行させて、」
「釈放だ」
「え?」
様々な過程をすっ飛ばした結論を聞き、部下は呆気にとられる。その表情のわけはよくわかるが、それでもこの結論は変わらない。
「釈放しろ。彼女と、一緒にいたという学生を、今すぐに。私から直々に命令したと伝えろ」
「ど、どういうことですか、まだ事情すら把握していないというのに。それに持っていたギターケースから、刃物などが大量にあったと聞きましたが」
「特例だ。彼女の持っている武器の類いは、全て不問とする」
「らしくない横暴です! まさか、その女に脅されてるとかありませんよね!?」
ヒートアップした会話を、男は深く息を吐いて、一度落ち着かせる。
今の立場なら、ドラマでやっているような汚い手段など、いくらでもできる。しかしそれに手を染めない、という株で、今の部下たちの信頼を守ってきた。
今、その信頼を犯してでも、横暴を通すときだった。
「脅されてはいない。彼女には、借りがあるだけだ。それに、彼女は我々と同じ、国の治安を守る存在。その行動を、私が保証させるのだ」
「同じ存在って、秘密警察とか、そういうことですか……?」
「いいや、組織としては、警察とは無縁の間柄だ。だが決して、消してはならない」
私も一国民として、あんたにその席を退かれちゃ困る。だから助けた。今度は同じことを、私にしてもらいたい。私も、この国を守っているんだ。
「横暴ですまない。だが、これは我が国にとって、利益となる行いなのだ」
昔、その女性が堂々と自分に言い放った言葉を思い出しながら、その男は部下に、頭を下げた。
ファミレスへと向かって走りながら、仁志の疑問は膨れ上がっていった。
仁志のほうが足が速く、効率を考えれば正しい選択である、ということは理解できる。が、敬語を丁寧に使って、物腰が低かった郁が、自分ではなく人に任せるのだろうか。それにスマホという貴重品を、赤の他人に扱わせていいのだろうか。
肯定的な意見を、段々と否定的な意見が押しつぶし、仁志の疑問を続々と増やしていき、最終的に不安感を増長させる。
更に頭に巡ったのは、郁の手荷物の違和感。ギターケースを置いたときに鳴った、金属の音。
もしあの中身が、銃刀法に触れるような何かだとすれば。
そんなことを考えていると、いつの間にか仁志は大通りに出ていた。同時に、駐禁を取っていたらしい、二人組の警察官を目撃する。
そういえば、引き返す前に同じ道を通った際も、警察官たちがいた。経過時間からして、やるべきことを終えている可能性が高い。
不安に駆られた仁志は、警察官たちを誘導し、再び、返ってきた道を戻る。警察官まで連れてきて、もし何もなかったら、土下座でも何でもしてお詫びするしかない。不安に蝕まれた仁志は、なりふり構わずに自身が安心する行動をとっていた。
幸か不幸か、その不安が的中してしまった。仁志が目撃したときは、ちょうど仁美が殴られた瞬間だった。
警察官に呼び止められたが、先に飛び出したのは仁志だった。都合良く、郁はこちらに気づいておらず、仁志のタックルをもろに受ける。地面に倒れかけた仁美を支え、怒りの目線を郁に向けた。郁は対して怯えた様子もなく、手に持った短刀をちらつかせる。
脅しのつもりだろうか。だがこれで、警察官の視界にもバッチリ入り、銃刀法違反確定となった。路地裏に逃げると、郁が追う素振りを見せるが、警察官の叫び声の後、追って来ずに、こちらを恨めしそうに見ていることを確認した。
防犯ブザーが聞こえなくなるまで、仁美を抱えながら走り続けた仁志は、息を整えるために立ち止まり、電柱に寄りかかる。
「おい、仁美、大丈夫か、仁美!」
抱えた腕で仁美を揺らして起こそうとする。すると腕の中で、仁美が小さく呻き始めた。短刀を持っていたのに殴りつけたということは、郁は殺す気はなかったのだろうが、それでもダメージはあるはずだ。
「大丈夫だ、今から救急車を呼ぶから、」
「ダメ」
救急車と聞き、仁美は小さな声で、しかしはっきりと制止する。苦しそうな表情を浮かべる仁美のその発言は、仁志にとって理解しがたいものだった。
「何か、呼んじゃいけない理由があるのか」
「あの人……、警察に、頓着しないって言っていたの……」
あの人とは、郁のことだろう。そういえば、逃げるときに確認したとき、霖太郎は動揺していたが、郁は警察に見向きもせず、こちらを見ていた。
「それがどういう意味か、わからないけれど……、多分、すぐに警察から、抜け出せる」
「おいおい、裏取引でもするってか」
だがそうなると、搬送先で身動きがとれない状態はまずい気がする。それに警察とグルになった場合、救急車の通報を追って居場所がばれるかもしれない。
しかし、仁美をこのまま放っておくわけにも、当然いかない。少し考えた仁志は、顔を上げ、仁美を抱える手を動かし始めた。
「じゃあ一度、家に帰るぞ」
「でも、そこもその内把握される可能性が、」
「だから『一度』だ。家に行けばいろいろ揃ってるから、休むにはちょうどいいだろ」
まずは頭部の冷却。そして仁美を横に寝かせ、なるべく楽にさせる。外出当初からあった疲労も、仁美の体力を奪っているに違いない。その後に頃合いを見て、再び移動する。
「移動先のアテは、あんまり自信ないんだけど……。仁美が落ち着いたら、そこについて聞かせてもらえないか」
この言葉だけで、仁美は仁志が考えていた移動先に、すぐに気がついたようだった。重いまぶたを少し開いて、仁美は仁志の顔を見つめる。
「それって、もしかして」
「おい、今は頭を回すな。楽にしとけ、目を瞑ってろ。あと、ここからはおぶってもいいか。腕が保たない」
そう言いつつ、仁志は仁美を背中側に回し、持ち上げた。足をしっかりと支え、仁美がずり落ちないように前傾姿勢にする。
「……ごめん」
「謝んな。十中八九、向こうが悪い」
「でも……」
ここで、仁美の言葉は途切れた。呼吸と脈は背中から伝わるので、意識が落ちてしまったのだろうか。
抱えている状態からおぶる状態に変えたのは、そのほうが楽という理由もあるが、仁美の姿を直視したくない、というエゴもあった。もし抱えたままでも、腕は気合いで家まで持つ自信はある。が、弱々しい仁美の姿を、その間視界に入れていると、自分の中から活力がなくなる気がした。
仁美が下半身不随となったことを知った時のような悲しみを、再び感じたくはない。
その日、いつもと同じように男は仕事をこなしていた。自分の部屋に部下が入り、自分に知らせごとがある、ということも、毎日の出来事だ。
「現時点の報告は以上で、あ、いえ、あと一つありました」
「何だね」
「ええと、でもこれは、別にお耳に入れるような件だと思うのですが……」
「焦らさずとも良い。ここまで言ったのなら話せ。必要かどうかは、聞いてから確かめる」
「はい」
何やら報告を渋った様子の部下を見て、もしかすると、何か複雑な事情なのだろうか、と考えたが、その心配はなかった。
その内容は、数秒で理解できるものだった。
「都内の署で、刃物などを持っていた女性と、共にいた学生を逮捕したのですが、その女性が警視総監に繋げろと。名前を伝えるだけで構わないから、と執拗に。その他は取り調べで何も喋らず」
「名前だけを?」
「ええ、天王寺郁、というそうです」
その名を聞いただけで、全身が強ばり、心臓が跳ね上がった。
「やはり、ろくに供述もしないのに、希望をわざわざ通す必要はないと思ったのですが。まあ名前はお伝えしましたし、後は取り調べを続行させて、」
「釈放だ」
「え?」
様々な過程をすっ飛ばした結論を聞き、部下は呆気にとられる。その表情のわけはよくわかるが、それでもこの結論は変わらない。
「釈放しろ。彼女と、一緒にいたという学生を、今すぐに。私から直々に命令したと伝えろ」
「ど、どういうことですか、まだ事情すら把握していないというのに。それに持っていたギターケースから、刃物などが大量にあったと聞きましたが」
「特例だ。彼女の持っている武器の類いは、全て不問とする」
「らしくない横暴です! まさか、その女に脅されてるとかありませんよね!?」
ヒートアップした会話を、男は深く息を吐いて、一度落ち着かせる。
今の立場なら、ドラマでやっているような汚い手段など、いくらでもできる。しかしそれに手を染めない、という株で、今の部下たちの信頼を守ってきた。
今、その信頼を犯してでも、横暴を通すときだった。
「脅されてはいない。彼女には、借りがあるだけだ。それに、彼女は我々と同じ、国の治安を守る存在。その行動を、私が保証させるのだ」
「同じ存在って、秘密警察とか、そういうことですか……?」
「いいや、組織としては、警察とは無縁の間柄だ。だが決して、消してはならない」
私も一国民として、あんたにその席を退かれちゃ困る。だから助けた。今度は同じことを、私にしてもらいたい。私も、この国を守っているんだ。
「横暴ですまない。だが、これは我が国にとって、利益となる行いなのだ」
昔、その女性が堂々と自分に言い放った言葉を思い出しながら、その男は部下に、頭を下げた。
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