井戸端会議所

ほたる

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第三章・月想い

月想い・第三話

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 だから、私は宇宙人なの。宇宙人だから、他の人とはオーラが違うって事。

 あの子は、嘘をついている。それも、誰かを陥れようとするような嘘。

 あの子が君の敵だとして、君には対抗手段がある?

 じゃあ、それをいつでも使えるように、準備した方がいい。



「え……、何言ってるんですか」
 霖太郎は、一部始終を呆然と見ていた。二人の会話がやけに一触即発なように感じ取れた時から戸惑い、郁が刃物を突き出したときには驚きのあまり声も出なかった。
 そして郁がその言葉を口にしたとき、やっとの事で口を開くことができた。
「仁美さんは、厄災討伐の手伝いをしたんですよ。僕が疑いきれなかったことを、仁美さんが結論づけてくれた。それをどうして」
「んなもん関係ないだろ」
 霖太郎の反論は、郁がすぐさま一蹴した。霖太郎には振り返らずに、仁美を目で捉えたまま続ける。
「私たちは、霊力を感覚で追える。普通の霊か悪霊か、妖怪みたいな別物かを区別できて、今まで感じ取った経験上で判別できる。そのくらい知ってるだろ。あいにく、こいつから感じ取る感覚は、私の経験上当てはまるものはないが、消去法でこれが厄災の感覚だろう」
「そ、それは宇宙人だからで、実際厄災のそれとは違う感覚、」
「本当にそうか?」
 郁の言葉に、段々と威圧感が含まれていく。その高圧的な口調に、霖太郎は反射的に口をつぐんでしまう。
「仮に宇宙人だとして、ここまで地球人に似通っておいて、霊力だけが違うっていうのは、どちらかと言うとおかしくないか。もし本当に違うとしても、長らくここで暮らしている影響で、こっちの霊力に変化し始めてるくらいは、予想できる」
 霊力はエネルギーと同様に、無尽蔵ではない。食事や睡眠によって、蓄える形で生成、回復される。これらは霊力の源に当たるため、同じ行動をしていれば、同じ霊力が生み出されるはず、という理屈である。
「まあ、完全にそうだと言えるかというなら、嘘になってしまうが……。その為のお前だ」「は……?」
「お前は厄災の感覚を直に、至近距離で体感している。その目線で、もう一度こいつを感じ取れ。それで白黒はっきりとつく」
「だから、それは違うってさっきも、」
 そこまで言うと、霖太郎がフリーズした。言葉が続かないことに違和感を持ち、仁美は初めて郁から目線を外し、霖太郎を見る。
 霖太郎も、仁美を見ていた。というよりも、釘付けになっていた。その表情からは驚愕さが読み取れ、次第に恐怖に変わっていくことを感じた。
 まるで、過去のトラウマを思い出したかのように。
 仁美が表情の変化に気づいたと同時に、霖太郎の身体がビクンと跳ねる。そして無意識下で手が動き、もう片方の腕の袖に突っ込んだ。
「あ……」
 袖に仕込んだお札を掴んだとき、霖太郎は動きを止める。反射的な自分の行動を、意識的に止めたのだ。だが、掴んだお札は離せずに、動きが止まったままの状態を維持している。 一連の動きを目の当たりにした仁美は、確認のため、しかし霖太郎に警戒されないために穏やかに話すように努めて、消え入りそうな声で質問した。
「……感じた、の?」
「いや、でも……、あの時は、」
 口では否定する霖太郎だが、身体の動きが合っていない。覆しようのない結論を、駄々をこねるようにどうにかしてごまかそうとしていた。
 郁の目の前にいる、車椅子に座った女子高校生は、あの時の曲留美と同じ感じを醸し出していた。
「身近な厄災の感覚に気づくことがなかったこいつもこいつだが、霖太郎が本体と比べて違う感覚と間違ったのは、恐らく濃度が違かったからだろうな」
 郁が短刀を首に押しつけたことで、仁美の目線は強制的に郁に戻される。郁は尚も表情を変えずに、仁美を睨み付けて逃がさない。
「霖太郎が、陰陽師として経験が浅いのが仇となったが、改めて見るとどうだ。しっかりと厄災と認識している。奥底にある本質を見抜けば、濃度ごときではごまかしは効かない」
「違……」
 尚も霖太郎は否定しようとするが、説得情報が皆無で、何も言い返せずにいる。挙動不審な霖太郎を無視し、郁は仁美に圧をかけ続ける。
 本体の濃度を一とするならば、分身はいくつになるだろうか。どちらにせよ、増えたところから分身を繰り返せば、末端の分身は維持する機能のみを残した、僅かな存在になり、それが郁の言う濃度が薄い存在となる、ということだろう。
 しかし薄かろうと、霖太郎が「曲留美」と名付けてしまったことで、厄災の力が増幅した。それは分身も例に漏れず力を持ったこととなり、全体的に濃度が底上げされ、十分に認知されるレベルになった。
 それが、仁美だというのだ。
「で、お前は厄災の貴重なサンプルとして捕縛しようと思うんだが、今手に握ったそれで、どう抵抗する気だ?」
 ばれている。郁に対して姿勢が横だったため、陰になっている手でゆっくりと手をポケットに入れたのだが、何故だか郁はそれに気づいている。
 気づかれたのならば仕方がない。それに、これは今出来うる、唯一の逆転の一手となる。
「……そちらこそ、余計なことをしないほうがいいですよ」
「あ?」
 郁は様子を見ているので、警戒心を煽らなければ、ポケットに隠した物を見せることは出来る。仁美は手に取ったものを、ゆっくりとポケットから取り出して、郁に見せた。それは比較的どこにでも売っているような、簡単な作りの機械だった。
「防犯ブザーです。私を手にかけようとしたら、即座に鳴らします。今、凶器を持っているのはそちら側。状況的に、被害者となるのは私です」
「鳴らされる前にお前を黙らせるが」
「車椅子にも二個、仕掛けています」
 少しだけ、郁の顔が曇った。仁美がここまで用意しているとは思っていなかったらしい。
「簡単に取り付けているだけなので、すぐ外せますが、つけたまま私が車椅子から離れると鳴るように繋いでいます。もちろん、仕掛けた場所を探そうとしたら、手に持ったこれを鳴らしますが」
「おいおい、用意する割には、随分と周りを使うじゃないか。自分の力では何かする気はないのか」
「車椅子という立場上、犯罪の標的になる可能性が高いので、護身しているのです。仁志からのお願いでもありますし、何より、

 私は、厄災ではありませんので」

 郁の煽りにも、冷静に受け答えする仁美。元より仁美は肝が据わっており、その精神力と決心力で、かつて仁志を窮地から救った。
 今の最善手は、人目が全くないとは言えない環境での現状維持と、仁志との合流であり、郁に手を出させるわけにはいかない。このまま状況が動かなければ、まだ可能性はあると、仁美は考えていたのだが、
「悪いが、小賢しいだけで、私の一歩後ろの手だ。私は警察には頓着しない」
 郁はそう言って、ニヤリと笑った。何かする、と直感した仁美は、手に力を入れ、前傾姿勢をとろうとする。
 同時に、郁は短刀の柄で仁美の頭を殴りつけた。栓を抜く行為は間に合い、防犯ブザーがけたたましく鳴り響くも、間髪入れずに郁が短刀で破壊する。
 が、別の箇所で新たなブザー音が、二つ重なって鳴り始めた。
(前傾姿勢をとったのは、意識を失ったときに姿勢を崩して、車椅子から降りる為だったか)
 どうやら仁美の腰辺りに防犯ブザーを取り付けていたらしい。だが腰には抜けた栓のみがぶら下がっており、防犯ブザーの本体は車椅子の内側に入れ込んでいた。いちいち探すことが手間だと判断した郁は、車椅子を足蹴りにし、路地裏の中に押し込んだ。
「て、天王寺さん、有中さんをどうするんですか」
「いちいち聞くな。厄災討伐が、秋雨家の使命だろうが」
 それに仁美を連れていれば、警察に捕まっても結果は変わらない、と、郁は口にせずに確信する。だが面倒事には変わりないため、防犯ブザーが鳴り響くこの場から、早く退散することが先決である。
 地面に倒れ込んだ仁美を、郁は乱暴に持ち上げようとする。まだ動かない霖太郎に対して、もう一度喝を入れようかと考えていたその時、
 何者かが、郁を突き飛ばした。
「っ!?」
 仁美を持ち上げようとしたため、郁の姿勢は不安定になっていた。よろけて数歩、身体が流れてしまうが、倒れることはなく姿勢を立て直す。そして突き飛ばした人物を見て、思わず驚きの声を上げた。
「おい、お前、ワープでもしてんのか」
 持ち上げられかけた仁美が再び地面に落ちる前に、腕を伸ばしてなんとか阻止する。そして素早く抱えながら、郁をギロリと睨み付けた。
 仁美のパートナーの、置弓仁志だ。
(一部始終を見たのか、とてつもなく恨みを込めた目だ。その目がどういうものか、私はよく知っている。
 だがそれはとんだお門違いだ、浮かれ野郎が)
 仁志によく見えるように、短刀を見せつける郁。だが、仁志はすぐさま目をそらし、路地裏を抜けようと走り出した。
 人を抱えたまま走って、逃げられるわけがない。愚策だと笑いながら、郁はノータイムで仁志を止めようとするが、
「動くな!」
 耳を刺したのは、全く知らない声。対象が郁であることは明白で、言い放ったのは、誰もが信頼できる人間。
「おいおい、いくらなんでも来るのが早すぎる」
 二人組の警察官が、郁に向かって制止を促す。しかし、郁は意に介さずに仁志を追おうとした。が、
「動くなと言っている!」
 警察官は銃口を郁に向けていた。それに気づいた霖太郎が、ヒッと息をのむ。
 警察官の度重なる怒号に、周囲に野次馬が現れ始めた。仁志の介入で状況が一変したことに、郁は舌打ちをする。
(目の前で逃すのは惜しいが、無理に追っては後々に響くかもしれないな……)
 少し前に郁が言ったように、警察には頓着していない。だが、銃声を鳴らされたりでもしたら、一大スクープとなり、秘匿主義である陰陽師界隈に、大きな亀裂を生じかねない。
 路地裏に逃げた仁志を後ろから追えば、警察官はその後ろから銃を構えようとも、流れ弾が仁志に当たることを考えると、撃つことはほぼない。なのでその状況になる前まで、正確には、郁が路地裏の中に入る前までが、警察官が銃を撃てるチャンスだ。威嚇射撃をするにしても、機会はそれしかない。今動けば、確実に銃声を鳴らされる。
 郁は持っていた短刀を地面に落とし、足で蹴って警察官の元まで転がした。そしてギターケースを降ろし、その位置から数歩離れる。
 警察官の指示で、隣にいた霖太郎も連れて行かれることになり、霖太郎は半泣きの状態だった。対して郁は動揺した様子を見せず、態度を変えないまま警察官に尋ねる。
「おい、報告はちゃんと『上』に通すんだろうな」
「は……?」
 発言の意図が読めず、警察官が困惑している中、郁は至極面倒そうな表情を浮かべて、こう続けた。
「絶対に、一番上まで報告しな。でないと、後悔するのはあんたらのほうだ」
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