井戸端会議所

ほたる

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第二章・雨霖鈴曲

雨霖鈴曲・第三話

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 今となって思い返せば、とんでもない距離の縮まり方である。
 始めて知り合った初日にマンツーマンでの会談。その次の日に二人きりでの外出。神様がパラメータを弄っているのではないかと思うほどに、事が上手く運んでいる。
 しかしそれは、久留美が林太郎の特異な仕事に興味があるからであって、林太郎自身に魅力があるわけではない。そんなことは林太郎も百も承知である。今ここで、林太郎と久留美との関係を恋愛方向に持っていこうとすれば、今の関係まで崩れるのはほぼ確定だ。
 だが、このままの関係を維持したまま、ずっと日々を過ごすつもりはない。いつかは、自分の想いを打ち明けなければならない。今必要なのは、時間だ。慌てずに、自分ができる最大限の優しさを、与え続けよう。
 こんな結論を出した林太郎は、落ち着いた行動を心がけた。そんな林太郎とは対極的に、久留美は林太郎の仕事のスケジュールを聞き、何かあれば同行できるように頼み込み、予定がなければ、どこかくつろげる場所で仕事について聞き出していた。
 林太郎は授業が終わると暇になるが、久留美に合唱部の練習が終わるまで待ってもらうようにお願いされる事が増えたため、手頃な部に入って時間を潰していた。言葉を知るという意味で文芸部に入ったが、個人作業ばかりだったので負担も少なかった。
 仕事について話す会談は、最初に行った社会科準備室やその他の空き教室で行った。なぜちょうど良く空いている場所を知っているのかと久留美に聞くと、「先輩が妙に詳しいんだ」と笑っていた。
「ねえ、もしかしてだけど、秋雨くんの家ってザ・日本みたいな屋敷とかだったりする?」
「いや全然。何の変哲もないただの一軒家」
 林太郎の返答は期待外れだったのか、えー、と残念そうな顔をする久留美。別に林太郎は悪くないのだが、少しだけ申し訳なくなる。
 久留美と出会ってから二ヶ月以上は経っただろうか。お互いに打ち解けているのか、話し方が親しくなっていた。というのも、久留美は始めからフレンドリーな物言いだったが、林太郎は最初の失敗もあり、誰とでも距離のある話し方をしていた。
 久留美といるときに話す砕けた言い方は、別に意識して行っているわけではない。知らず知らずのうちに、話し方が変わっていたのだ。一度、何故だろうと考えてみたことがあるのだが、結論は思いのほかすぐに出た。
(僕の仕事について理解してくれることが、嬉しいからだ。それは、)
「秋雨くんの屋敷とか、一回行ってみたくなるんだけどな」
「え」
 久留美の発言で、林太郎の思考はぶった切られた。代わりに余計な思考が埋め尽くす。
「ほら、由緒ある歴史的な屋敷とかだったら、見学って意味でお邪魔したいな、って思うけど、一般的な家なら、そんなに軽々しく来ちゃいけないかなって」
 つまりは、秋雨家の陰陽師らしい雰囲気を味わいたい、ということだろう。余計な思考をどこかに追いやり、普通に返答しようと努める。
「どうだろう、親に聞かないとわからないな。でもいつ返答が来るか……」
「え、もしかして家にいないの?」
「うん。厄災退治のために遠出してる。しばらくは帰ってこないし、携帯で連絡してもいつも返信が遅いんだ」
「じゃあ、実質一人暮らしって事?」
「そうなんだけど、大事なものもあったりするから、やっぱり許可なく他人を招くのはまずいかな……」
 だが、目の前で目を輝かせている久留美の期待にも応えたい。少し悩んだ後、林太郎はある解決策を思いつく。
「じゃあ、家から持ち出せそうなものを持ってくるよ。古めかしいものとか」
「ほんとに!?」
 持ち出しても特に問題のなさそうなもので、見た目がそれっぽいものを見繕えば、何個かは見せられるかもしれない。それは林太郎の仕事を語る上では、特に核心を突くものではないのだが、久留美の期待には応えられるだろう。
 そうして次に集まった時、林太郎は鞄に入るものを披露した。巻物のものが一番手頃で、取り出すと「わーそれっぽい!」と久留美が声を上げる。
「な、なにこれ。読めない……」
 一つ目の巻物を広げると、久留美が困惑した様子になる。文字しか書かれていないのだが、古文の授業でよく見るような、筆記体に似ている文章が綴られている。
「これには、自分の中の力を引き出す方法が書かれているらしい。言ってみれば体操みたいなものだよ。これで引き出した力で、除霊をしたり悪霊に立ち向かったりする」
「呪力ってことね」
「そういう言い方だと漫画寄りになっちゃうんだよね……」
 力の呼び方については、どうやら統一はされていないようだ。呪力と言ってもいいのだが、秋雨家の持つ、厄災特化の力は本来の力とは別物なので、統一はできない。
 だが、一般的に陰陽師が使う力については、「霊力」と呼ぶ。
「もしかして、秋雨くんコレ読めるの!?」
「いやいや読めない読めない。形で伝わってるからいいんだよ」
 親からは、これがそういう文書だとしか教えられていない。形で伝わっているので、この巻物自体に重要性がないため、持ちだしても良いということだ。
 ただ、「言葉を大切にする」という考えに従って、改めて文書を読み解いても良いかもしれないと、林太郎は考えながら次の巻物を取り出した。
「あ、これはわかりやすい」
 二つ目の巻物は、秋雨家本家の家系図だった。紙を継ぎ足しできる簡単な作りで、直近に書かれている名前は読みやすい字体をしている。途中で名前に×が書かれているのを見ると、本家から外れたのか、などと想像が膨らむ。
「え、でもこれ」
 久留美は巻物を見直して、あることに気がついて声を出した。林太郎の名前が書かれている箇所を指し、林太郎に尋ねる。
「これ、名前違ってない?」
 林太郎の両親の名前から線で結ばれた先には、「霖太郎」と書かれていた。
「この漢字、どこかで見たかもしれないけど」
「あー、この漢字、人の名前として使えないものみたいなんだ」
「え、そんなのあるんだ」
 当時の林太郎の両親の反応も、まさに久留美と同じだった。縁起が悪い、他の漢字と混合しやすいなどの理由で、人名として使えない漢字は少なくない。しかし名前として使えないとしても、せっかく名付けた名前を変えたくはない、ということで、
「表記上は『林』だけど、家族内とか仕事関係では『霖』で通すことになってる」
「なにそれ面白いじゃん、コードネームみたい」
 裏の名前があるというのは、少し厨二感みたいなものもあるが、久留美は良い方向で受け取ったようだった。それどころか、
「私もそういうの作ろうかな」
「え」
 予想だにしていなかった発言に、林太郎は思わず声を漏らす。
「秋雨くんみたいに名前の一部を変えて、コードネームみたいに呼び合うの。私は仕事とか無いから、秋雨くんとだけなんだけどね」
 どうしようかなー、とスマホで検索をかけながら考え始める久留美だが、林太郎は別のことを気にしていた。
 これはつまり、二人だけの秘密ということになるのではないか?
「あーでもわかんない! ただ使えない漢字を使うだけじゃなくて、少しは思い入れがある方が良いんだけど」
 なら思い入れのある漢字を先に考えよう、と再び頭を悩ます久留美。林太郎を、一文字目を変えたい様子だが、ふと思いついて「あーっ!」と声を上げる。
「これ、これどう思う?」
 例の如くノートに書き殴った文字を林太郎は見せつけられる。そこには、書き殴ったにしては綺麗で美しい字で、『曲留美』と書かれていた。
「『きょく』で『曲』……。確かに、人の名前としては見たことがないな」
 調べてみると、名前としては使える漢字ではあるが、大抵は「ま」という読みで使われており、そもそもの候補も少ない。
「読み方も間違っているわけではないし、ここまでマイナーなら秋雨くんのと同じようなものじゃない?」
 理由付けは少し強引な気もするが、林太郎としては久留美が良ければそれで良いと思っている。気になることとしては、
「どうして『曲』を使おうと思ったの?」
「ほら私。合唱部じゃん」
 久留美のことだから、そこから先に理由があるだろう。林太郎の予想通り、久留美は続けて話す。
「前にも言ったと思うけど、言葉ってすごいって思って考え直したときに、歌もすごいって気づいたんだ。ただでさえ広い世界の『言葉』に、メロディーを加えることで更に拡張してる、って。言葉を知ることの延長線で、歌についても知りたくなった。だから合唱部。今もかなり熱中してるから、『曲』は今の私にぴったりだと思う」
 やっぱり久留美はすごいな、と林太郎は再確認した。元より下に見ているつもりは微塵もなかったが、久留美の思考は林太郎が今まで気にもとめなかったことで、素直に尊敬できる。
「じゃあ、これでお互いに呼び合おうよ。これから」
 この人はいつも、息つく暇も与えない。久留美から言われた言葉を耳にして、脳に送り、解析を進めている途中で、笑顔でこちらの情緒を壊してくるのだ。
 再び現れた余計な思考を押さえつける林太郎に、久留美は満面の笑みを浮かべる。
「改めてよろしくね。霖太郎くん」
 秋雨林太郎改め、秋雨霖太郎。火鈴久留美改め、火鈴曲留美。少し奇天烈な二人の関係は、段々と予想外の方向に向かっていった。





 自分はモテる方だと思っている。
 ここで言うモテるは、ちやほやされるという意味よりかは、誰かに意識されやすい、という意味に近い。
 そういう自分を目指すために準備もしているので、この自画自賛はあながち間違いではないと確信できる。他人の目線とは思ったよりもわかりやすいもので、自分に向けられる意識には、少し敏感になった。
 そんな自分でも、落とすのに難航している相手がいる。
 向こうからの好意は透けて見えている。それは願ったり叶ったりなのだが、今ではないと思っているのか、そういう関係に踏み切ろうとする様子はない。こちらとしては早く決断するに越したことはないが、比較的早いと言えるかもしれない。
 さあ、これからどうしようか、と考え、とりあえず服装を一新してみようかと思い立ち、曲留美はショッピングモールに出向いた次第である。
 店のラインナップを見て、夏服をしっかりとそろえておかなければ、と考えながら店内を巡る。いろいろと思考を巡らしていたので時間がかかり、服を買って荷物になる前にトイレ休憩に行くことにした。
「ふう」
 トイレ前のベンチで腰を落ち着かせる。かなり歩き回ったので、足に疲れを感じているが、他にも回る店があるので、あまりゆっくりはしていられない。
 休憩中も少し考えながら、曲留美はふと隣を見た。そこにある人影を見て、思わず目を見張る。
 その人はベンチに座ってはいなかった。ベンチの横に車椅子を置いて、そこに座っていた。年齢は曲留美と同じくらいだが、長い黒髪と美形の横顔は、大人の女性を連想させる。
 曲留美はその女子を知っていた。実際に会って話したことはないのだが、その姿を遠くから見たことがある。
「もしかして、かぐや先輩ですか!?」
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