井戸端会議所

ほたる

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第一章・井戸端会議所

井戸端会議所・第一話

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「『かぐや』って、結構ありがちな名前じゃない?」



 そこは、何の変哲もないアパート。特異な点を挙げるとするならば、専用庭がついていること。隣の庭とは簡単な柵でしか区切られていないが、それなりのガーデニングも楽しめるくらいのものである。
 そんな中、一つの柵を挟んで展開される「会合」があった。隣同士に住んでいる一組の中学生男女が、お互いに決まったタイミングでフラッと庭に出て、特に重要性のない会話を繰り広げる。何の前触れもなく始まったその「会合」は、やがて日常になり、柵に近い場所に椅子が一つずつと、日避けと雨避け用のパラソルが備え付けられ、完全に専用スペースと化した。二人はその場所をテキトーに「井戸端会議所」と呼んでいる。
 そして、本題となる今日の会議内容は、そのアパートに住む住民、有中仁美ありなかひとみにつけられた、「かぐやさん」というあだ名についてだった。
「私、知ってるだけでも二人、その名前が付けられたキャラクター知ってるよ」
「じゃあ別にいいんじゃない」
「よくないよ、せっかく付けられるんなら、唯一無二のあだ名がいい」
 自分のあだ名について、こだわりを持っているらしい仁美に対し、隣に住む置弓仁志おきゆみひとしは、どうでも良さそうな顔をしている。
「あだ名なんていつの間についている物だからさ、あれがいいこれがいいって言える物じゃないと思うけど」
「んー、でも納得いかないな」
 黒の長髪でそれなりの美人。中学生ながらおしとやかさを醸し出す仁美は、確かに「かぐやさん」と呼ばれても不思議でない。その美貌に心を奪われ、勇気を出して彼女に挑み、玉砕した男は少なくないはずだ。
「じゃあ、そのあだ名嫌いなのか?」
「ううん、ちょっと自慢げには言えないんだけど、……正直このあだ名、私に合いすぎて逆に変に感じる」
「だいぶ力の入った自画自賛だな」
 若干引いた仁志に対し、仁美は「待って聞いてよ」と引き留める。
「おしろい付けてさ、眉毛とか描いて着物着たら、かぐや姫のそっくりさんでテレビに出られると思わない?」
「何故かぐや姫の方に寄せようとする。てかかぐや姫のそっくりさんって何だよ」
「それぐらい、私に「かぐや」って印象があるってこと。実際私も、このあだ名は気に入っているし」
「じゃあ、そのあだ名が嫌いだから今回の議題を出したんじゃないのか」
 てっきり自分のあだ名に不満があるから、それについて話し始めたのかと思ったのだが、どうやら仁美はそういう意図で話していた訳ではないらしい。
「違う違う、この世に一つしかないあだ名で呼ばれたいなーって思ってるだけで、このあだ名には不満はないよ」
「とはいえ、『かぐや』も十分珍しいとは思うけど」
 仁志は男だが、もし女で「かぐやさん」と呼ばれるのなら、かなり満足すると思っている。だがそれでは仁美を満足させることは出来ないという。仁美は仁志に、例を出して問いかけた。
「例えば変な話、『イザナミ』ってあだ名の人は居ないでしょ?」
「逆にそれなら唯一無二だな」
「やだそんなあだ名」
「じゃあ『アマテラス』とか」
「もっと変な感じになってない?」
 竹取物語と神話を同列に並べるのは少しおかしいかもしれないが、確かに「かぐや」という名前は、他と比べてあだ名として、妙なフィット感がある気がする。美人ということをストレートに表現できるところも良い。
「確かに、『かぐや』って表現は、珍しくはあるけれど、そういう分類の中ではよく使われている名前かもな」
 竹取物語の作者は天才なんだなと、別方面で納得する二人。はっと我に返った仁美は、慌てて話を戻す。
「違う違う、そうじゃなくて、何かもっと知られてない名前で、ぴったり合うのがいいの」
「仮にそういう名前が見つかったとして、それをみんなに広めてもらうつもりか?」
「そりゃあ、まあ」
 仁美が自ら友達やクラスメイトに、自分の新しいあだ名を広めて欲しい、と頼み込む姿は、今までの仁美のキャラからして考えにくくて、逆に面白そうではある。仁美の取り巻きはすぐにでも了承しそうではあるが。
「そういうのって、あだ名って感じしないよな。やっぱりいつの間にかついているのが普通なんじゃね?」
「それはそうだけど……」
「それに俺も、お前には『かぐや』がぴったりだと思うけどな」
 言ってて少し気恥ずかしいので、仁志は視線を上に逸らしてそう言う。
「やっぱお前は綺麗だし、人を寄せ付けるし、それでいてミステリアス、とも言えるよな。うん、やっぱお前は『かぐや姫』だよ」
 ストレートに褒めすぎたのか、仁美は少し戸惑った様子だった。だがすぐに口を開く。
「……かぐや姫って、けっこう好きなんだよね。ストーリーはざっとしか知らないけど、純粋で、人のことを気にかけてあげられるし」
 その割には、かぐや姫が吹っ掛けた無茶な要望によって、五人ほど被害に遭っているような気がするが、それは多分かぐや姫の管轄外だろう。
「それに、ザ・日本人って感じなのに実は宇宙人だし」
「宇宙人、……か、一応。月に住んでるもんな」
 というか、そこが好きってどういうことだ、と変なところで困惑する仁志。と、そこに仁美が笑みを含めて聞いてくる。
「ね、仁志は、私のあだ名は『かぐや』しかない、って思ってる?」
「ん? ああ、さっきもそう言ったろ」
 また少し、気恥ずかしさが戻ってきた仁志。こういうときは、オチを付けるに限る。
「あとは『アマテラス』もいいかな」
「だからそれは違和感しかないでしょ!」
 言い返してくる仁美の様子がおかしく、笑いが零れる仁志。つられて仁美も笑い出した。この二人はこうやって、この井戸端会議所で日常的に、どうでもいい会話を楽しんでいる。
ひとしきり笑い終えて、仁志はふと気づいて思わず口にする。
「あ、『アマテラス』って、もしかすると俺の方が合ってるんじゃないか」
「え、なんで?」
「確か神話にさ、天照大御神がニートになる話があったはずじゃん」
「そんな話はないと思う」
 天照大御神の話の一つに、怒りのあまり天岩戸という洞窟に引き篭もる、というものがある。天照大御神が顔を出さないと、良くないことしか起きないため、あれこれと工夫をして、天照大御神が少し扉から顔を出した隙に、引きずり出したという、なんだか強引な話である。
「ほら、俺は何回か隠れちゃってさ、うちだけじゃなくて、お前の家族にも迷惑かけて、なんとか見つけ出されたりしてるから」
 ヘラヘラとした様子で仁志は言うが、仁美の顔は少し曇る。それに気づいて、仁志はすぐに謝った。
「……ごめん。あんまり笑えない話だった」
「仁志は隠れてないよ、謝らなくていい」
 仁美は膝を抱えて顔を埋めながら、仁志の発言を訂正する。
「仁志は、隠されてたんだから」





 有中家の子供が「仁美」で、置弓家の子供が「仁志」。この偶然から、両家は強い信頼関係で結ばれた。母同士の趣味も合っているようで、二人が物心つく前から、ただのお隣さんではない程の交友をしていた。
 幼稚園前という、かなり早い段階で、二人は共に遊んでいた。俗に言う幼なじみで、二人は幼稚園から小学校、中学校と、共に過ごしてきた。なので、他の人よりも多少は、お互いのことを知っている。
 お互いの秘密を持っていると、幼なじみだから、という意味とは別に、より親密になれる。そんな二人が、お互いに周りには言いふらさないようにしようと決めている秘密が一つ。
 幼稚園生の頃、この時から既に仁美はおとなしくて、仁志は活発だった。二人が一緒に遊ぶときは基本的に、仁志が複数の遊びを次々と遊んで、仁美はそれを眺めており、仁志に誘われれば一緒になって遊んでいた。
 だがある日、二人が遊んでいる最中に突然、仁志が忽然と姿を消した。
 一緒に遊んでいた仁美がいたにも関わらず、少し目線を外していた隙に、仁志はまるでそこに始めからいなかったかのように、存在を消したという。
 仁美からの報告を受け、仁志だけでなく仁美の家族も総出で探したが見つからず、警察に捜索願を出したという。二人が遊んでいた場所が小さな山に近かったので、そこを重点的に捜索した。だが、その日に仁志が見つかることは無かった。
 しかし翌日の朝早くに、仁志は山の中から発見された。見つけたのは、親に無断でこっそりと家を出ていた仁美だった。仁志は意識が朦朧とした状態で、非力な仁美が必死に背負って、ゆっくりと山を出ようとしていたという。
 医師の診断により、仁志はただの疲労で倒れているとわかり、姿を消した理由は遭難であると判断された。
 大きな問題が起きなかったことに、一同は安堵したが、これで終わりではなかった。仁志は数ヶ月後、再び行方をくらましてしまう。そして最初の時と同じように、朝早くに仁美が発見し、命に別状はないと言われて、仁志は元通りとなった。
 結果的に仁志の身に危険が及んだ訳ではないのだが、同じ事が二度も起きたとなると、流石にただの遭難ではないのではないかと、仁志の両親は不審に思った。とはいえ、警察は遭難だと判断していて、それ以上の情報も無いため、何か新しい事実が発覚しそうなことは一つも無かった。
 誰が言い出したのか、神隠しに遭ったのだという話も広まり、仁志の両親だけでなく近隣住民も、仁志から目を離さないようにした。当の本人は何も憶えてはおらず、その時はただ、よくみんなが自分に構ってくれていると思っていた。
 何も解決しないまま、そのまま年月は過ぎたが、これ以降に仁志が姿を消すことはなかった。少し気味の悪いこの出来事については、面倒を起こさないために、仁志と仁美は自分からむやみやたらに周りに言いふらさないようにしている。





 午後八時頃、井戸端会議所でぼーっとしている仁志の元に、仁美がやってきた。
「あれ、まだお風呂入ってないの」
「今日は親父が早めに帰ってきたから、先に譲ってやった」
 いつもは晩飯を食べた後に風呂に直行する仁志だが、予期せぬ空白の時間を弄び、一足早く井戸端会議所に座っていたのだった。
「そっちこそ、髪を乾かさなくていいのか。湯冷めするぞ」
「仁志がお風呂に入るタイミングで乾かすよ。だって仁志が寂しそうにしてるのが見えたから」
「お気遣いありがとうございます」
 本来なら、二人とも風呂から上がって落ち着いてから、会合が始まる。だが今回はイレギュラーなので、長い話は出来そうにない。
「今日もたくさん走ってきたの?」
「もちろん、それが取り柄だからな」
 底なしだと言われるほど、仁志は尋常じゃないスタミナを持っている。その能力を買ってくれたのか、仁志は所属しているサッカー部ではレギュラーを勝ち取った。幼い頃から元気が有り余る様子だったが、それがそのまま引き継がれたようだ。
「終盤はやっぱりバテてくるだろ? そんでどうしてもミスが出てきちゃうときに、まだ元気な俺が点を取る、みたいな。まだまだ技術は足りないけどな」
「そうだね、仁志はボール弄りがまだ上手くないもんね」
「言い方」
 仁美はよく試合を見に来ていて、仁志のプレーをしっかりと確認している。ごまかしは効かない。
「でも、仁美はサッカー見るのってそんなに好きじゃないんじゃなかったか? この前だって、ワールドカップを全く見てなかったし」
「そうだね、一試合とか長いから、退屈しちゃうからかも」
「じゃあなんでうちの試合は見に来るんだ? 残念ながら、うちにはたいしたイケメンがいないのに」
 女子が部活の試合を見に来る理由は、クラスのイケメンが活躍するから、というのが相場なのだが、仁志の代だと、その手のイケメンは全部バスケ部とバレー部に取られている。むしろ、仁美が試合を見に来ているとのことで、呼んでもない男子が試合会場に来ていることの方が多い。
「それは、仁志がいる試合は、見てて楽しいからだよ」
 ワールドカップとは比較にもならない試合なのだが、と仁志はますます疑問を抱く。何が楽しいのか、と聞こうとしたが、その答えは仁美が先に言った。
「私は、仁志が走り回っているのを、見ることが好きなの」
 素直にびっくりした。自分のことについて好きだと言われると、どうしても変なことを考え、緊張してしまう。現に仁美に言われたことで、心臓の脈打つ音が、はっきりと聞こえている気がする。
「仁美、それって……、

 ……もしかして犬と同じニュアンスで言ってないか?」
 見てて楽しい。仁美は昔から、何故一緒に遊ばないのかと聞くと、こう返していた。
 つまり、仁美が好きなのは、仁志が走り回っている「光景」なのではないか?
「ふふふ」
「笑ってごまかしたな?」
「さあさあ、髪を乾かさなくちゃ、また後でね」
 そそくさと家の中に逃げ込んだ仁美。くそ、と内心で悔しがりながら、ちょうど風呂に呼ばれたので、仁志も家の中に入る。
(完全に乗せられた)
 だんだんと悔しさが膨らむ仁志。恐らく仁美がわざとやった、まぎらわしい言い方に対してではない。
(くっそ、ずるだぞあんなの)
 まだ濡れていた、黒く光る仁美の髪の影響が強かったようだ。実はその髪を目にしていた時から、自身の血液の流れが速いように感じていた。
 幼なじみという一言で、仁美について言い表せるほど、仁志は自分の恋愛について我慢強いわけではないようだった。
(どうせ本人は無自覚だろうし、そんな気を起こさせようとするはずもないしなぁ)





 幼稚園からの幼なじみ。親友を超えた親密な関係は、恋人とは違うということは、二人が一番良くわかっている。その関係をよくわかっていない者から、からかわれることは想像に難くない。
 中学では人の目を気にすることもあって、学校内で話す機会はほとんど無くなり、二人が交流するのは井戸端会議所がほとんどである。
 そして、仁美と一度距離を置くことによって、仁志は仁美を意識することが増えた気がする。
 本人は、周りに散々言われて、それにつられて意識し始めたのだと思い込んでいるが、もし仮にそのような状態にならなくとも、結果は変わらないだろうと、後で気づくことになる。仁美の方はどう思っているのか、仁志としては気になるところであるが、当然そんなことはわからない。そもそもお互いに、お互いのことは深く詮索しようとはしない。それにいつも聞き出そうとするのは仁美の方である。
 仁美は、学校では静かで、優しくて、聖人みたいな存在として君臨しているのだが、仁志の前では、その姿が変貌する。優しいのは変わりないのだが、よくしゃべり、仁志を弄り倒す。仁志としては、自分の事を弄られるのは不本意なのだが、仁美との会話は楽しいので、特には気にしていない。
 何が楽しいかというと、仁美はその時だけ、普段学校では見せないような、楽しげな顔をするのだ。
 仁志の前でしか見せない顔、という箔がついた特別な状況は、仁志の心を揺さぶるには十分すぎる。だが、親密度がそれほどあるとは、仁志は思ってはいない。
 昔から、仁美は仁志と一緒には遊ぶものの、仁美は積極的に遊びには参加せず、仁志を眺めているだけだった。まるで、仁志とは一定の距離を置いているみたいに。その割には、仁美に遊ばせると、とても上手かったりする。だが、いくら褒め称えても、自分から遊びに参加することはなかった。その距離感は、今も残っているような気がする。





「最後まで元気だったね」
「元気じゃどうにもならなかったけどな」
 雲一つ無い夜空の下で、今回の井戸端会議は、二人ともお風呂を済ませてきた、いつも通りのパターンで行われていた。
「今回はいつもより、元気に走り回ってたから、私は満足だけど」
 仁美が言っているのは、昨日に行われた、仁志のサッカーの試合である。スタミナお化けの仁志は最後まで走り回り、それが功を奏した場面もいくつかあったが、結果は敗北となった。
「元気なだけだったら、いつもと同じだ。技術面で成長してなきゃ、意味が無い」
「まぁ、負けるのは面白くないもんね」
 前日に試合に敗北し、今日は休みとなったのだが、身体の疲れがとれても、心の中はまだ落ち込んでいるようだ。
「今日は日曜だから、明日からまた学校だ。うわー、行きたくねー」
「そんなこと言っても、行かなきゃいけないからね」
「それはそうだけどさー」
 柵にもたれかかって、だらだらと文句を垂れる仁志を見かねてか、仁美が話題を転換した。
「よし、じゃあ今日の議題は『元気』で。仁志は、元気はどこから来ると思う?」
「はー? 元気がー?」
 仁志は、頭がそれほど働いていない状態なので、特に文句を言わずに、素直に仁美に言われたことを考える。
「そりゃ飯に決まってるだろ。疲れたら食って寝る、部活動の基本だ」
「あ、そっか、これだとそう言う解釈になるか……。じゃあ、ご飯の養分を身体のエネルギーにして、溜めるのはどこだと思う?」
 意図しない答えが返ってきたので、仁美は質問を変更する。これまた素直に仁志は考えるのだが、
「エネルギーの変換……? 何だっけな、小腸から養分を取り出すときに、物質を変えてたような、でもどっちみち肝臓送りだったよな確か。じゃあ、肝臓か?」
「ぶっぶー、正解は、『エネルギーを保存する容器』です」
「なんだそれ」
 まるで意味がわからないので、それを顔に出して表現する仁志。仁美はそのまま解説を続ける。
「エネルギーはね、二種類あるの。身体を動かすエネルギーと、身体の中を動かすエネルギー。つまり筋肉を動かすか、脳や臓器を動かすかの違い。今聞いているのは、身体を動かすエネルギーね。身体の中については、一定のリズムで動かし続けなきゃいけないから、溜める必要は無いんだけど、身体を動かすのは不定期で、いつエネルギーを使うかわからないから、溜めなきゃいけないの」
「ほえー」
「それで、そのエネルギーは、ただ養分から作られるんじゃないの。養分を元にして、残っているエネルギーから複製して増やすのが、エネルギー、つまり元気の作り方。複製しているのはエネルギーを溜めている『器』で、その能力には個体差がある。仁志の場合はスタミナの増殖と保存量がずば抜けてるから、凄く優れた器ってことね」
「なるほど?」
 初めて聞く内容だが、何というか、どこか怪しい。人のエネルギーに関しては詳しくは知らないので疑いようもないのだが、仁美が嘘を並べて、仁志をからかって遊んでいる可能性もなくはない。一応は警戒しておきながら、仁志はとりあえず、言われたことを納得しているような態度をとった。
「でね、逆に考えると、エネルギーが一つも残ってなかったら、複製ができないから、もうその器にはエネルギーは溜まらないの。じゃあ少しでも残っていればいいか、って思うかもしれないけど、消費のスピードに追いつかなかったら、結局は無くなっちゃう。だから人間の身体は、本能的に一定以上のエネルギーを溜めるようにしていて、基本的にはエネルギーをギリギリまで消費することはない」
「じゃあ、もう動けねーって状態になっても、実はまだエネルギーは残ってて、でも本能的にそれを使うのを禁止してる、ってことでいいのか」
「そゆこと」
 筋は通っている。が、やっぱり真実かどうか怪しい。仁美が嘘八百を並べているのか、それとも誰かに騙されてるけど、仁美は信じ込んでいるのか、もしくは本当か。
「その話って、誰が話してたんだ? テレビでどこかの学者が言ってたとか?」
 探りを入れてみた仁志だったが、仁美は笑ったまま答えない。嘘ならてっきり、すぐにネタばらしをすると思っていたし、それがよくあるパターンだったのだが、初めてのケースに仁志も対応に困る。仁美は結局、仁志の質問に答えずに、席を立った。
「ねえ、今から外に出れる?」
「外? 別にいいけど」
 仁志はたまにコンビニに出向くことがあるが、仁美が夜に外を出歩くイメージはない。門限もあるんじゃないかと思ったが、仁美が当たり前のように外に出ると言っているので、問題は無いのだろう。
「外に出るって言っても、どこにいくんだ?」
「山」
「は?」
 冗談かと思ったが、いざ外に出て仁美について行くと、本当に山に入り始めたので、仁志は慌てて仁美を引き留めようと腕を掴んだ。
「いくら何でも夜の山はまずくないか? まだ中学生だぞ、俺ら」
「仁志が考えている危険は起きないから、大丈夫だよ」
 そう言うと、仁美は仁志の手をほどいて先に進む。普通なら仁志が力負けはしないのだが、掴んだ腕の感触にドギマギして、握る力が弱まっていた。
 仕方なく仁美について行く仁志。せっかく風呂に入ったのに、と汚れを気にしていたとき、仁美が先程のエネルギーの話の続きを始めた。
「エネルギーって、実は万人共通なんだよ」
「え?」
「つまり、血液型みたいに、人に合う合わない、っていうのが無い。どんな人のエネルギーも、同じ成分で同じ働きをするの」
 つまり移植が自由ということか、と納得するも、そもそもエネルギーの移植ってなんだよ、一人でツッコむ仁志。
「それは、宇宙でも同じ」
 つまりエネルギーの移植は、宇宙人でも可能、……宇宙?
「お前今、なんて言った?」
「聞こえなかった?私と仁志の間で、エネルギーの移植は可能なの」
「いや、さっきは絶対違うこと言ってただろ、……え、『私』?」
 聞き返す前と後では、全く違うことを言っていた仁美。さっきから、話が合わないというか、仁美と仁志の間で、話の前提がずれている気がする。
 そうなると、そのずれている前提とは何か。今の仁美の話の辻褄を合わせることとは。
「そ、私は、仁志たちが言う『宇宙人』。地球にわざわざ訪れた目的は、仁志の体内エネルギーを手に入れること」
 仁美の声のトーンは、井戸端会議で行う会話と同じで、さも当たり前の事を言うような口調だ。
「あ、あのな、冗談も休み休み言ってくれるか? 俺も昨日の疲れが残ってるからさ、ボケを全部拾えないんだよ」
「……あ、ここら辺かな?」
「聞いてる?」
 仁志の話を無視して、仁美は何やら空中に手をかざした。何をしているのかと思ったのもつかの間、仁志は身体を引っ張られる感触に、思わず硬い床に尻餅をついた。いや、
「は!?」
 山が硬い床をしているわけがない。それに、視界が急に明るくなって、思わず目を閉じてしまった。光に慣れた後に、恐る恐る目を開くと、そこは映画で見たような、何やら機械的な通路だった。
「ここは私たちの宇宙船で、この森に隠しておいてたの。今は私と仁志しかいないから、大丈夫」
「大丈夫って、お前……?」
 仁志の脳内は完全にキャパオーバーしており、もはや現状に文句を言う余裕もない。口をパクパクとさせる仁志に対して、仁美は屈んで目線を合わせ、微笑んだ。
「言ったでしょ、『かぐや』ってあだ名は、私に合っているって」
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