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女魔王イブリータの奸計

ただ一本の槍

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「さあ、その槍で私を突き殺してみせろ。でないと、小娘は帰ってこぬぞ」
 ガストンの眼前に迫った女魔王イブリータが挑発する。それまで瘴気の霧で隠されていたソフィアの入った結晶結界が地面から生えているのが見えた。
 結界は紅玉《ルビー》でできているようだった。地上に出てきたとき、表面に小さな傷がいくつかついており、それが十字に光を反射していた。
「我が命があるうちはこの結界は破れぬ」
 イブリータは豪語する。
「そうかい。じゃあ、こっちの手は決まった」
 ガストンは言い、チャリオットに残った槍を次々にイブリータめがけて投げていく。
「そんなものか。そんなもので私が斃せると思っているのか。違うだろう。お前のとっておきを出せ。さあ、早く…」
 ねだるようなイブリータのことばに何かあるなとガストンは気づく。だが、どうしたらいいのかわからない。
  ソフィアも結界の内側を叩きながら、何かを叫んでいた。絶対になにかある。
 チャリオットの上にあった槍は金属製から獣の骨でできたもの、竹槍にいたるまですべて投げ尽くした。そんなもので女魔王が倒せるはずはない。刺さった次の瞬間には、再生してきた肉にはじき飛ばされ、ダメージを残せたものは1本もなかった。
 ガストンは白獅子の背中に飛び乗る。紐を槍で断ってチャリオットは捨てた。
馬などではとうてい出せない速さだったのでチャリオットは砂煙をあげてバラバラに砕けた。
 重い荷物がなくなった分、白獅子は俊敏になった。加速して目標をめざす。その姿は白い稲妻のように見えた。
 ガストンは左手で白獅子のたてがみを掴み、右手でオリハルコンの槍を構える。
 念じているのはただひとつ。一瞬を捉えること。
 魔法が使えるこの世界で、槍の用途は限られている。おっかなびっくり長槍で叩きあいをしていたのは大昔の話。今なら魔法の道具で戦う距離だ。
 槍に求められているのは精密な刺突。急所を貫き、一点突破で勝利を掴むこと。ただ一本の槍としての仕事を全うすることだ。
「女魔王、オレの槍を受けてみろ!」
 ガストンは言い、白獅子は目標にぶつかっていく。
 目標、それはイブリータの身体ではなく、ソフィアを閉じ込めた結晶結界であった。
 鋭く尖った槍は金剛石より硬いオリハルコン製。走ってきた勢いと獣の体重を一点に集中させ、奇跡を起こす。女魔王の命があるうちは開かぬと言っていた結晶にヒビが入り、次の刹那せつな、粉微塵に飛び散った。
「ギャー!」
 魔王の悲鳴が響きわたる。果たせぬ魔法は術者に逆流する。女魔王をもってしてもこのことわりには逆らえなかったらしい。口から血を、続いて自らの内臓はらわたを吐き出す。
 すかさずガストンはソフィアの身体を掴んだ。二人を乗せた白獅子は跳ねて十分な間合いをとる。
「オレの担当は救出作戦。あんたの敵はオレじゃない。そっちだ」
 ガストンの言葉に、悶え苦しみながらも女魔王は振り返った。
 そこには、剣士アレックス率いる冒険者たちがいた。体制を立て直し、イブリータの背後から迫ってきていたのだ。
「全力で行け! 仲間の仇をうつんだ」
 アレックスが剣を掲げる。
 魔法使いと弓遣いが遠距離から攻撃を  しかける。魔法の暴走で内側から痛手を追っているイブリータは反撃することもできない。
「一気に決めるぞ。魔王の首を取るのは誰だ」
 剣士や槍遣い、斧や槌を使う者たちまでが全面に出てくる。これから始まる復讐の宴を前にみんなギラついた目つきに変わっていた。
「殺れ! 殺れ!」
 誰かが叫びはじめ、その声が広がっていく。殺意を依り代に集いし者たち。野太い罵声のなか、黄色い声がした。
「やめて! イブリータを殺してはダメ」
 ソフィアの声だった。せっかく助かったばかりだというのに、彼女は殺気ばしった冒険者たちとイブリータの前に割って入った。はたして彼女の思いは。そして、彼女の命は…。
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